お疲れ様会(必殺)
部屋に足を踏み入れた瞬間、感じたのは違和感だった。
いつも部屋の中心に居るはずの悪魔の姿が見当たらない。
ぐるりと部屋を見渡すと部屋の隅に黒い塊を見つけた。
あれ、悪魔か?
今居る位置からはどうにもテーブルやソファーが邪魔でよく見えなかったので、近付いて確認しようと足を一歩進めた直後。
黒い塊が弾丸のようにこちらに向かって飛び出した。
ク、クラウチングスタートだと…ッ!!
黒い塊はテーブルの角を踏み台に飛び上がると、くるりと一回転して天井に着地する。足が触れていたのはほんの一瞬だ。
そのまま飛び上がった際の衝撃を殺し切らずに足を踏み抜いた!
「ぉぉぉおおおおつかれさまああああっっっ!!!!」
これは落下ではない。確かなる意思に基づいた必殺の突撃だ。逃げるための扉は既にない、背には無機質な壁があるだけだ。前方に避けるか?否。断じて否だ。
悪魔が天井に飛び上がった頃には既に迎撃の覚悟は出来ている。足は肩幅に開き呼吸を整え、構えた握り拳にはこちらも必殺の決意を込めた。
ぶつかるまでの刹那に視線が交差する。
言葉など交わさずとも、お互いの気持ちは通じていた。
「死ねええええエエエエエエッッッ!!!」
「ぐほぁッッッ!!」
成人男性(?)の体重の物体が、推定10m前後の高さから勢い良く飛び降りてきたのだ。まあ、この場の重力はさておき当たり前の話だがお互い無事で済むわけがない。勢い良く殴り飛ばしたので手首が嫌な方向に曲がってしまった。テーブルの上の皿も巻き込んで吹き飛んだ悪魔は、ビクンビクンと床で痙攣している。
「ただいま、マスター」
「ぉかえりぃ…愛が痛いよキティ…!」
「え、マスターって痛覚とかあんの?」
問いを投げかけると何事もなかったかのように悪魔は立ち上がり、手でパンパンと軽く服の埃を払う。そしてこちらに振り向くと嫌味な動作で肩を竦め、ニッコリと笑った。
「何言ってるんだいキティ!勿論ないよ!」
「ですよねー」
殆ど中身が吹き飛んだ皿の中からどうにか無事な皿を見つけ、乗ってた肉を適当に指でつまんで咀嚼する。
念の為弁明しておきたいんだが、私達が遊んでいるのは乙女ゲームであって、格闘ゲームでもサバイバルゲームでもない。はずだ。最近、ちょっと自信がなくなってきた。
「あれ。そういえば暫くお休みするのかい、キティ?」
「んー…」
目を離した隙に近付いてきていた悪魔は、テーブルの上でヤンキー座りをしながら私の顔を覗き込んだ。いかにも英国貴族みたいな見た目の癖に要所要所でガサツなやつだなあ。まだ口の中に残っていた肉を飲み込むと、近くにあったワイングラスを手に取り一気に中身を飲み干した。
「…まあ、多分此処でダラけるのもすぐに飽きるだろうし。別にすぐ仕事でも構わないよ?」
「僕が構うよ!」
「あ、そう」
正面から抱き締められてうんざりする。ソースやらレタスの切れ端やら付着したまま近寄らないで欲しい。言ったところで聞かないのはわかりきっているので大人しくするが。
「辛くなったら、僕にいつでも言うんだよー?」
「へえ、言ったらどうなんの?」
「たーっぷり甘やかしたげる!」
「ふーん」
ドロリと耳の奥底でなにかが溶ける音がする。コイツの言葉は毒そのものだ。本人の言葉通りに甘く甘く、ドロドロに溶かしてくれるんだろう。意識ごと、魂ごと。
「遠慮しとくよ。楽したら人間ダメになるんだってよ」
「え、キティってダメ人間じゃなかったの!?」
「死ね」
深く吐いた溜息に笑い声が重なった。何してても愉しそうでなによりだよ本当に。




