図書室の彼
「ああ、シュヴァルツ様…なんて素敵なのかしら」
「そうだね。胡桃にとっては理想の王子様だろうね。何と言ってもページの中から飛び出てこないし」
男女問わず虜に出来そうな程の妖艶な吐息を零して、胡桃はぎゅっと本を抱き締めた。特に目的もなく無駄に色気を振り撒くのはやめていただきたい。蚊取り線香の身分からすると切実に。
恋に焦がれる胡桃は三次元の男の子は忌避するものの、二次元の男の子には大興奮だ。本だけではなくゲームや漫画も自室に積まれているあたり、傍から見ると物凄く残念な美少女である。いやまあ、それを差し置いても後光の差すレベルで美少女っぷりを発揮してるから、プラマイゼロどころかプラスぶっちぎりなんだけども。
「さっさと借りてさっさと帰るよ」
「はあい」
カウンターには顔見知りの図書委員が座っていた。私の腕にしがみつきながら歩いていた胡桃が、彼に気づいた途端にあからさまに顔を顰める。向こうも同じくこちらを認識するのとほぼ同時のタイミングで眉間に皺を寄せた。
「…図書室では静かにしろ」
「べーっだ!別にうるさくしてないもん!」
「既に五月蝿い。お前の頭は中身が入ってないのか?」
「入ってるに決まってるじゃない!」
胡桃がうるさいのには心から同意するが、煽ってどうするんだ煽って。口も頭も回らない胡桃は途中で言葉を続けられなくなったのか、助けを求めるようにこちらを見やる。馬に蹴られる趣味はないが、仕方が無いので会話に参加する事にした。
「佐伯。あんまり胡桃をからかうなよ。余計うるさくなるから」
「ああ、それもそうだな。悪いな一宮」
「ふ、ふたりともひどいよう…!」
酷くない、素晴らしい!
まあ冗談はさておき。プルプル震える胡桃も愛らしい事この上ないが、貸出手続きが進まないと帰宅が遅くなる一方だ。
胡桃をからかい続けている佐伯に手に持っていた本を押し付け、さっさと作業に移るよう急かす。
「…と、悪い。すぐやる」
「マッハでよろしく」
「ふふっ…のろまー」
「…小声なら聞こえてないと思ったか?一宮、友人として忠告しておくが、友人にする相手は選んだ方がいい」
「それはこっちの台詞だわ!悠、こんなひどい人とおともだちだと悠の性格まで悪くなってしまうわ!」
「馬鹿が移るよりはマシだと思うが」
「馬鹿じゃないもん!」
口ではなく手を動かせ、と突っ込みたい気持ちでいっぱいなのだが、お口にチャック。…頼むから人をダシにしたあげくに、こちらを放置して二人の世界で戯れるのはやめて頂きたい。業務上の立場的にはやめられたら一番困るのは自分なのだが、仕事だからと割り切る事の出来ない何かが胸の中で叫んでいる。言葉にするなら、爆ぜろリア充。
「よし、終わったぞ。ほら」
「サンキュー佐伯。じゃあな」
「ばーかばーか!」
「躾のなっていない犬みたいによく吠えるな」
「わん!」
きゅん。
ハートの矢が刺さった音が現実に聞こえた気がする。案の定平静を装ってはいるが、佐伯の耳は赤く染まっていた。
借りた本を片手に図書室から廊下に出ると、そこから一歩も進まずに胡桃は頬を膨らませたまま少し俯いた。
「…佐伯なんかきらい」
「ふーん?」
「悠には優しいのに、わたしにはいじわるなんだもの」
「へえへえ」
「…きっと悠のことが好きなのよ、そうに違いないわ」
「ほうほう」
「…もう!聞いてるの?」
「聞いてる聞いてる。胡桃さん?」
「なあに?」
「寝言は寝て言え」
本命には小学生みたいな構い方しか出来ないヘタレかつツンデレのめんどくさい男の子だけど、胡桃判定でイヤラシくなく、普通に触れられる相手は貴重だ。しっかりフラグを立てて回収しなければ。




