事の発端
そもそもの事の発端は私の死亡事故まで遡る。
ありきたりな信号無視による事故死だそうだ。
車側は大したスピードは出ていなかったにも関わらず、私は頭を打ってあっさり死んだらしい。まあ私の反射神経で受け身など取れようはずもないから妥当なところだ。
一体全体何が問題なのかというと、
その死亡事故を他人から知らされるこの現状である。
「何を言ってるんだいキティ?自分の死亡原因を自分で知るなんて出来るはずがないじゃあないか!」
「全くもって正論なんだが、他人から知らされるのもおかしな話じゃないか?」
「自分でわからなければ人に聞きなさいって君は先生に教わらなかったのかい?」
「パパやママには教えられた覚えがあるよ。ところでキティって誰のことでついでにアンタは誰なの?」
家具から壁紙まで真っ黒い部屋で私は名前のわからない誰かと向かい合って座っていた。広い部屋の中でなんとはなしに見上げた先に吊り下がった巨大な鳥籠があり、塗装が剥げたのかそれだけがところどころ銀色の部分を覗かせていて少し気になる。
内装自体は豪奢な英国貴族の一室のようで、一般人たる私には少々居心地が悪い。相席するのが見知らぬ他人であれば尚更だ。
「僕の名前はg*cj%#$b。ただの悪魔さ!」
「…すまない。今耳鳴りがしたのでよく聞こえなかった」
「それは耳鳴りじゃあないよキティ!人間の脳には僕の名前は適さないからねえ、気軽にあくちゃん☆って呼んでね!」
「よくわからんけどとりあえず死ねよ悪魔野郎」
「死んでるのは君の方じゃあないか!」
なるほど、一本取られた。
自分で言って自分で爆笑している悪魔はさておき、話の流れ的にどうやらやはりキティとは私のことらしい。
なんとも性格にも顔面にも似合わない可愛らしいあだ名だが、この悪魔のキザッたらしい仕草にはよく似合う。
真っ白い髪、真っ赤な瞳、わざとらしいながらもどこか気品を漂わせる仕草。
整った顔立ちは確かに人を惑わせるに足るものだ。
「―――はー、笑った笑った」
「面白かった?」
「うん、とっても!…ねえキティ、僕は君がとーっても気に入ったよ」
ニタリと粘つくような笑みで好意を告げられた瞬間怖気が立つ。コイツに敵意を向けられるより、好意を向けられる事の方がはるかにおぞましい。
ふと視線を下ろすとテーブルの上には先程までは存在しなかった紙とペンが転がっている。
笑顔による無言の圧力を感じ、ひとまず紙を手に取り目を走らせた。
こ難しい言い回しが並んでいたが、要約すると己の全てを貴方(悪魔)に捧げますという内容の文面であった。
とりあえずそのまま紙飛行機を折って彼方へと飛ばしてみた。
「ええええ!せっかく作ったのになにするんだい!?」
「いやなんかカップラーメンより制作時間短そうだしいいかなって」
「良くないよ!酷いじゃないかキティ!」
よよよ、と泣き崩れる振りをする悪魔。幼稚園児でも騙せないレベルの嘘泣きである。悪魔が聞いて呆れる。
「まあ署名しなきゃここから出さないけどねえ」
前言撤回だ。なにこの外道っぷり。悪徳商法どころの話じゃないよ?
「死んでうっかり僕の所に紛れ込んじゃった君が悪い!」
故意ではない不法侵入に即決で実刑判決が下された模様。それほど悪い事をした人生ではなかったはずだが、死後がこんなんとかやってられない。
ひたすらに笑顔で書類を差し出され、圧力をかけ続けられる。もはや圧力というより殺気とも呼べるかもしれない。その眼差しに呼吸を乱され、手が震える。
巫山戯ている場合ではなく、理屈抜きに、これ以上踏み越えると殺されるどころじゃ済まないと察した。
進むも地獄、止まるも地獄。退路はもとより見つからない。死んでるのに死刑台に赴くような心持ちでペンを手に取り、ゆっくりと署名をする。名前を書き終わった途端に呼吸が正常に戻り、緊張が緩んだせいか体から力が抜け背もたれによしかかる。
「よし!契約完了!これから君の名前も、過去も、未来も、ありとあらゆる君の存在はぜーんぶ僕のもの、君は僕だけの玩具だよ!わかったかいキティ?」
「…さー、いえっさー」
ノロノロと形だけの敬礼をすると、悪魔はそれで満足したらしい。寛容なんだかそうでもないんだか、よくわからない性格だ。
「キティ、これから君には愛のキューピットをやってもらうよ!」
「は?」
唐突に投げ掛けられた言葉に思考が停止する。すでに混乱しすぎてパンク状態のところにこれ以上情報を押し込まないで欲しい。
「可憐な少女の恋路を叶えるんだ、キューピットがピッタリだろう?時には励まし、時には邪魔をし、必ずその恋を成就させるんだ!」
キラキラとした言葉を吐き出しながらも、口元を飾る笑みは吐き気がするほど残酷な色だ。
「その代償に、死後の魂含めて、ぜーんぶ僕が頂いちゃうけどね」
満面の笑みを浮かべて、夢見る少女を食い漁ると悪魔は告げた。
まだ見ぬ少女に憐れみが浮かんだものの、すぐに消える。どうやら先程から感じていたが感情の振れ幅が酷く小さい。鈍い頭では他人の不幸を上手く感じる事が出来なくなっているようだ。勿論何の言い訳にもならないだろうが。
「ま、詳しい事はおいおい!とりあえず君の寝床はその鳥籠だから」
「マジかよ」
え、これどうやって登んの?飛ぶの?