ラスボス戦(前編)
襲いかかってくる妖怪どもを倒しながら不気味な屋敷の奥へ奥へと押し進んでいき、最後の障子を開いた先には匂い立つような色香を纏う女がひとり、寝台に寝そべっていた。
「ようこそ、お客人。待っておったぞ」
「…貴女が、ここの主なんですか?」
「そうとも。わらわが此処の主じゃ。すまんのう、客人に茶も出せんでなあ」
気だるそうに彼女は扇子をひらひらと揺らした。彼女は紅の派手な着物をまるで遊女のように着崩していて、身体からは妙に甘い香りが漂っている。深く息を吸い込むとグラリと頭が揺れるような心地がした。
「…蓮華、様」
「なんじゃ焔。わらわに何か言いたい事でもあるのかえ?」
焔さんが恐る恐る声をかけると、彼女―――蓮華さんは冷たい眼差しで彼を見やる。そうだ、焔さんはとても人間らしいけれど、妖怪だったんだ。元々彼女の元についていた彼にとって蓮華さんに敵対するのは本意ではないはずだ。
「…もう、人間に手を出すのはやめていただけませんか。」
「焔さん…!」
「…ああ、なるほど。お主、そやつに情が移ったのか。くくく……ふーむ…さて、どうしようかのう」
蓮華さんはパチンと扇子を閉じると愉快げに笑い、軽く首を傾げた。口元は確かに微笑んでいるもののその眼差しはひどく冷たい。自分と同じ生き物ではなく、虫けらかなにかを眺める眼差しだ。ふいに眼が合った瞬間に背筋がぞっとした。
「嫌じゃ、と言ったら?」
長い髪の毛を軽く払うと、彼女は艶やかに微笑んだ。
本能的な恐れを振り払い、息を吸い込んで彼女をキッと睨みつける。
「なら、力ずくでも…!皆の笑顔の為に、貴女を許す訳にはいかないんです!」
「ほざくのう小娘。よいぞ。お主の力、わらわに見せてくれ」
力が入りすぎてしまい、無意識に握り締めていた御札がくしゃりと音を立てた。この戦いが正真正銘最後の戦い、ここで負けるわけにはいかないんだから…!
いつもと同じように前衛二人が走り出し、それを補助するように御札に力を込めて放つ。後衛が弓をつがえたところで、ほんの僅かのあいだ目を離した瞬間に前衛二人が一瞬で後ろの庭まで吹き飛ばされた。
「なっ…!?忍君!!春彦君!!」
後ろを振り返ると2人ともどうにか起き上がれそうで、安堵に胸を撫で下ろす。一瞬、本気で死んでしまったかと思った…彼のように。
「おなごに斬りかかるなど全く無粋の極みじゃのう」
蓮華さんの傍らには先程まで影も形もなかった男が1人佇んでいた。冷たく感じる程に整った顔立ちをした無表情の男だ。その眼は深く深く濁っており、なんの感情もそこからは読み取れない。
「朔夜。蹂躙せよ」
「お、おせのま…ま…に」
朔夜、と呼ばれた彼は蓮華さんに一礼し、カクリ、カクリと機械じみた動きでこちらに向き直ると、私が瞬きした瞬間には焔さんを勢い良く吹き飛ばしていた。焔さんの身体は先程の2人よりも大きく吹き飛ばされ、庭にある木にぶつかってゴキリと嫌な音を立てた。彼はそのままピクリとも動かない。
「…魅了しか取り柄のない哀れな妖怪だと聞いていたんじゃろう?」
「あ………」
真っ白い顔をした女の骸がニタリと笑う。
「残念じゃのう。それだけで、お主らを殺すには十分すぎるようじゃ」




