死んでもいいわ?
妖怪どもの根城であるこの屋敷には太陽の光は入らない。
雲や霧で遮られ、一日中気が滅入るような空気だ。
唯一の例外として今日のような満月の夜だけは雲も霧も去るので、月の光に浮かれた妖怪達が遠くで騒ぐような音も聞こえている。
「携帯がないと不便だなマスター」
『全くキティはわかってないねえ!風情があって素敵でしょ?』
「鏡持ってこようか?」
屋根の上に腰掛けながら小さく息を吐いた。今夜は本当に月が綺麗だ。日本酒が進むこと進むこと。満月と月見酒の最高の組み合わせ。惜しむらくは隣に居るのがコレじゃなければなあ。
『せっかく可愛いキティとお話するのにピッタリの可愛い小鳥さんになって来たのに!つれないねえ』
「選択肢としてはなんら間違ってないのに何故カラーリングをショッキングピンクにしたんだ」
『可愛いでしょ?』
「…ウケ狙いじゃない…だと…!?」
自然界に反旗を翻すようなショッキングピンクの羽にところどころラメゴールドの模様が入った小鳥が囀る。ネオン街に居そうな配色のこの小鳥は残念な事に私のマスターたる悪魔なのである。いやもう本当に、大変残念な事に。
『ん?キティ?なんでそんなゴミを見るような目をしているんだい?可愛い顔がより可愛くなってるよ!』
「死ねよ」
『死んでるのは以下略!』
「略した!?」
というか以下略って口で言うもんじゃないと思う。
「…蓮華様?」
「…なんじゃ朔夜。何用か」
ふわりと風が舞ったかと思うと気づけばすぐ後ろに朔夜が立っていた。バランスの取りづらい屋根の上だというのに余裕そうだ。なんとなく腹立たしい。
「いえ…お姿が見受けられませんでしたので。こちらにいらっしゃったのですね」
「うむ。見よ朔夜。今宵の月は実に見事じゃ」
そう言いながら酒を口に含む。いくら飲んだところで酔えはしないがこれこそ風情というものだ。これ程見事な月を前に酒を飲まない方がありえない。
「…先程まで、他にどなたか居られましたか?」
「いいや?わらわ1人じゃ」
「そう…ですか」
納得はしていないようだったが、そのまま黙って飲み込んだようだ。先程まで居た小鳥はとっくに姿を消していた。深く追求されたところで証拠など残っていないのだから、いくらでも言い逃れが出来るだろう。
そういえば毎度毎度最低限の用事だけしか関わっていなかったせいか、こうして朔夜がすぐ近くに居るのも珍しい。熱を孕んだ視線がとても居心地が悪いのでいつもはすぐ追い出してしまうのだが…なんとはなしに気が向いて声を掛ける。
「朔夜。酌をせよ」
「…はっ」
軽く驚きに目を見張った後すぐに返答をし、いそいそとこちらに寄ってきた。朔夜の表情は少し高揚して赤らんでいる程度だったが、ふと視線をずらすと月に照らされた影のしっぽが物凄い勢いで振られていた。動かないはずの心臓がきゅんと音を立てた気がする。
「…よい月じゃのう」
「…はい。とても、美しいです」
隣の男の視線が月ではなくこちらにガッチリ固定されてるのは気づいていたが、当たり前のようにスルーした。月を見上げたまま静かに酒を呷る。
…ああ、しまった、月が綺麗ですね、なんて似合わない台詞を吐いてしまった。意味が伝わる事はないだろうけど、少しむず痒いような気もする。
話す話題も見当たらず、雲が出てくるまでそのまま2人で月を眺め続けた。…悪くはない、一夜だった。




