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「メリーちゃんの両親の結婚は、親戚連中に相当反対されたらしいわね」

「なんで?」

「あそこのお家は今時珍しく、由緒正しいお家柄だったからよ。そこに外国人のお嫁さんなんて古い人達からすればとんでもない話なんでしょ」

「あぁ、確かにあそこの家はでかいよな。何回も行ってんのにいまだに全体図が分かんないよ」

「あれはメリーちゃんの両親が新しく建てたもので、本家は田舎の方に別にあるわよ」

 「げ、マジかよ」

「まぁ、それもメリーちゃんの御祖父様方が亡くなられてからは使ってないみたいだけどね」

「それって相当昔のことだろ?」

「そうよ。だからメリーちゃんの両親は結婚出来たみたいなものだし。さすがに御祖父様が生きてらして、当主になってもいなければ結婚は出来なかったでしょうね」

「面倒臭いんだな」

「周りのやっかみも相当だったんじゃない? 何しろ、メリーちゃんのお父さんが遺産を一人で相続したわけだし」

「うちは何でそういう風に金持ちじゃないの?」

「まぁ、親戚って言っても遠縁だからね」

「ふーん」

「まぁ、そんな流れがあるからあそこの家は親戚と疎遠に近いのよ。二人とも大変なんだから、あんたがちゃんとメリーちゃんの面倒見てあげなさいよ」

「はいはい」

「お兄ちゃーーん!」

「ほら、噂をすれば来たわよ」

「げ、今日は友達と約束があったのに」


(あぁ、そうか。だからお袋はあんなに心配そうに……)


 けたたましい携帯のアラームがこたつの上で鳴り響いている。

 手を延ばしそれを止めると、まだ霞がかった頭で夢のことを思い返した。

 目覚めはあまりよくない。

 ついつい二度寝への誘いに負けてしまいたくなるが、思考が勝手に回りはじめる。昨日のことも全部夢だったんじゃないのかと。

 メリーが来たことも、メリーの身体のことも。

 しかし、そんなはずはない。昨夜ガラス戸ごと床へたたき付けられた腰の痛みがそれを物語っている。

 首を傾けベッドを見るとメリーが、……あれ、いない。

「私メリーさん、今おコタの中にいるの」

「うおっ!?」

 不意打ちで声をかけられたため、思わずのけ反る。

 顔を腰の方に向けると、メリーがコタツから顔だけ出していた。

 余程居心地がいいのか、締まりのない顔でゴロゴロとしている。

「ふへへ」

「だらしなく笑うな」

「だって暖かいんだもん」

「そんな風に全身入ってたらむしろ暑いだろ。汗かいてもしらないぞ」

「そしたらまたお風呂入るからいいもん」

「そしてまた蜘蛛が出るんだろうな」

「っ!! 倒したんじゃなかったの!?」

「無駄な殺生は嫌いなんだ」

 まぁ、そんなしょっちゅう出るわけではないが。

「じゃ、じゃあ、えっと、お兄ちゃんと一緒に入る!?」

「入らねーよ。というか何で言ったお前が驚いてんだ」

「だ、だって怖い」

「それにいいのかよ、見られたくな……、あ」

「……」

 俺が、〝ハダカを〟ではなく、〝傷を〟と言おうとしたニュアンスを察したのだろう。

 メリーがしばらく黙り込む。

「……別にお兄ちゃんにだったらいいよ。もう見られちゃったし」

 そう言うと、「さすがに暑くなってきちゃった」とコタツから這い出て来た。

 俺の方は、見られてもいいのがどちらのことを言ってるのか察することが出来なかった。

 いや、悪い冗談だ。当然傷のことに決まっている。

 ブカブカのワイシャツの隙間や裾から、今もそれらが見え隠れしている。

 自分の軽はずみな無神経さを恥じた。

 昨夜の寝る前の陰鬱な感情が甦ってくる。

 生々しいメリーの傷跡が脳裏に浮かびあがる。

 しかし、メリーはそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ベッドに腰をかけ足をブラブラと揺らしていた。

 Yシャツ一枚なので、そのたびに裾がめくれそうになり、メリーが子供でなければかなり際どい光景と言えた。

「お前、着替えとかそういったもんは」

「へ?」

「あるわけないな」

 よしOK。まず俺がやるべきことが分かった。

 取り敢えず昨日櫛と一緒に買ってきたコンビニ惣菜を冷蔵庫から取り出す。

「お前、嫌いなものとかあるか?」

「蜘蛛。それと炭酸」

「いや、食べ物で」

「ドッグフード」

「それは一般的に人が食すものではない」

「じゃあお米」

「はぁ!? だいたい無理じゃねーか」

「温かくて柔らかければ好き」

「……」

 いや、今は深く考えるな。今そんなことを掘り下げたところで、聞いたところで、何が出来るわけでもない。

「じゃあ取り敢えずこれ食って留守番してろ」

 コンビニ袋から、稲荷ズシと卵焼きを取り出して机の上に広げる。

 子供が好きそうなものと安易に選んでしまったが、メリーの表情を見るとどうやら当たりだったようだ。

「食べていいの!?」

 まるでサンタにプレゼントをもらったかのような反応だ。

 たかがコンビニの総菜の一つや二つなのに。くそっ。

「あぁ、俺はちょっと出かけてくるから、その間に食べちまえよ」

「え!? わ、私メリーさん、今置き去りにされようとしてるの?」

「人聞きの悪いことを言うな。ちょっとスーパーまでだ。すぐ戻るよ」

 そう告げると、メリーは安心した表情で頷いた。どうやら俺の外出を了承してくれるようだった。

 別にこいつの許可を取る必要はないのだが、何の説明もなしに出掛けるのはバツが悪い。

「じゃあ行ってくるな」

「い、いってらっしゃい!!」

 閉まる扉の隙間から、メリーのぎこちない送りだしの言葉が聞こえた。


 近所のスーパーはかなり大きい。

 外国のお菓子だって売ってるし、2階には洋服屋だって入っている。

 貧乏学生の懐事情にも優しい価格設定だ。そこで俺はメリーの服を物色することにした。

「子供服は、えーと、この辺りか」

 陳列された洋服類は、何故もう少しシンプルに出来ないのかと疑問に思うほど無駄な装飾が施されていた。

 謎のキャラクターが印刷されていたり、明らかに蛇足と思えるワッペンが付いていたりと様々だ。

 その中から出来るだけマシなものを手に取り、上下で合わせてみる。

 チェックのハーフパンツ、白地に黒リボンが付いたブラウス、コート、は 流石に高いな。その分防寒のインナーとタイツでも買っておくか。あとはカーディガンと適当にパーカー、スウェットも買っておこう。

 一通り買い物カゴに入れると、俺は気が進まないものの意を決してそのまま下着のコーナーへ移る。

(平静だ。なるべく平静を装え。俺はお袋に頼まれて妹の服を買いに来ただけのただのお使いだ)

 店内は休日のせいかわりと人が多い。

 年齢層が高めの女性が多く、当然俺のような若い男は場から浮くこととなる。

 誤魔化すように携帯を開き、別に見る必要のないメールの履歴を確認しながら、なるべく人と目を合わせないようにして俺は女児用の下着を手に取った。

(あいつ、上はまだしてないよな。でも一応上下で揃え――)

「お客様」

「はい!?」

 不意に背後から声をかけられたため、思いっきり声が裏返ってしまった。

 振り向くと女性の店員が、何かお探しでしょうか? といった感じで問いかけてきた。

 ……あぁ、これはあれだ。

 完全に怪しまれている。

 レジの方から年配の女性店員がこちらを確認してるし、入口付近では警備員らしき初老の男がこちらに目配せをしている。

 やめてくれ、そんな目で見ないでくれと心の中で叫びつつ、出来るだけ冷静に対処する。

「いえ、田舎から遊びに来た姪の服を買いに来たところで、どういったものがいいかなー、と」

「そうなんですね、サイズはどれくらいですか」

「えーと、小学生の高学年なんですが、結構小柄ですね」

「そうですか、お求めはショーツだけで大丈夫でしょうか?」

「あ、いや、上もお願いします」

 目の前の若い女店員は俺のことを怪しんでいないらしく、至極真っ当に対応してくれた。

 下着を選んでもらい、カゴの中の服を見て「姪っ子さん喜んでくれますよ」とレジへと送りだしてくれた。

 レジの女性店員がかなり訝しげにしていたので、多分こいつに言われて若い女性店員は俺に様子を聞きにきたのだろう。

 何故服一つ買うのにここまでの目に合わなければならないのか、先行きを不安に思いながら寒空の下、俺は帰宅した。


「ただいまー」

 部屋の扉を開け、コートを脱ぎながらそう言うと、奥からバタバタと騒がしくメリーが駆け付け、「おかえりなさい!」と笑顔で迎えてくれた。

 なんかペットみたいだなと思いながら、俺はまんざらでもない気持ちでいた。お帰りと返ってくるのを聞いたのは実家を出て以来だったからだ。昨日はメリーも寝てたしな。

 上着をハンガーにかけると、俺は買ってきた服を袋ごとメリーに渡した。

 メリーは受け取ると、キョトンとした顔でこちらを見ていたが、俺の意図に気付いたのか袋の中を覗き込んだ。メリーが小柄なせいもあるのだろうが、袋は大きくメリーの半分もある。その光景は、猫が袋に頭を突っ込んいるようでもあった。

「……これ、なに?」

「お前の服だよ。見れば分かるだろ」

「え? なんで?」

「いつまでもYシャツ一枚でいさせるわけにもいかないだろ。お前の着てきた服もかなりボロボロだしな」

 俺がそう告げても、メリーはしばしボーっと袋の中を眺めていただけだった。もしかして、センスに合わなかったのだろうか。

 失敗したかな、と、心配して様子を窺っていると、メリーがおずおずとした様子で服を取り出し、そのまま服をそっと抱きしめた。

 服に顔を埋めるように俯いていて表情は見えず、何を考えているのかは分からない。

「き、気にいらなかったか?」

 そう言うとメリーはこちらを向いて、首を横に振った。ここでやっと表情を綻ばせたので、俺は胸を撫で下ろす心地だった。

「取り敢えず着てみたらどうだ? 暖房付けてるとはいえ、Yシャツのままじゃ寒いだろ?」

 普段はコタツだけで暖房は付けないのだが、今日はメリーがいるので朝からガス式のファンヒーターを稼働させている。

 メリーは袋から一通り服を取り出して並べると、こちらをチラチラと見てきた。

「なんだ?」

「あの、着替えにくい、です」

「あぁ、はいはい」

 確かに俺がいたら着替えられないよな。昨日メリーが激突して外れてから若干立て付けが悪くなったように感じる扉を閉め、ついでにトイレに入って用を足す。

 トイレから出ると、ガラス戸越しでも着替えが終わってるように見受けられたので、声をかけてから扉を開けた。

 そこにはスウェットの下と、ブラウスを着たメリーがいた。

「何故だ」

「へ?」

「何でそういう組み合わせになる?」

「えっと、上は可愛くて、下は動きやすそうだったから」

 ……何故統一性がないのか。

 しかし、一応俺が見繕ってきたものは、メリーの中で可愛いと認識されるもののようだった。一番マシなものを選んできたつもりだが、そう言ってもらえると悪い気はしない。

「ちゃんとインナーも着たか? 寒いからな、風邪でもひかれたら困る」

「あ、それが、その」

「?」

 何か言い出しにくいのか、モジモジとした調子でスーパーの袋を抱えていた。

「どうかしたのか?」

「シャツみたいなのは着たんだけど、その」

「じゃあ問題ないだろ」

「これ、どう付ければいいの?」

 そう言うと、袋と一緒に握りしめていたブラジャーを前へと差し出した。

「…………」

 いや、そうか。そうだ。メリーは別に悪くない。今まで着けたことがないのだから、分からないというのも至極真っ当な主張だ。

 しかし、しかしだ。男の俺が淡々とブラジャーの着け方を指南するというのは、正直かなり耐えがたいものがある。というか俺もいまいち分からん。

「いや、普通に着けろよ。何となく分かるだろ?」

「うーん、えっと」

 子供用の飾り気のない下着を広げ、メリーが色んな角度からしげしげと分析している。

 すると、俺の前へとそれを広げて呟いた。

「あの、分からないから着けて?」

「勘弁して下さい」

 こいつ、俺を犯罪者にしたいのだろうか。

 昨日から多々危ない状況が重なっているというのに。

 今日は自分の自意識だけではなく他人にまで蔑まれたというのに。

「えー。じゃあ、なんでこれ買ってきたの?」

「いや、一応必要かなって」

 そう言うと、メリーは体をビクつかせ、勢いよく俺の方へと迫ってきた。

「わ、私メリーさん、今第二次性徴期の最中にいるの!?」

「いや、安心しろ。まだ育つ気配はない」

 俺がかぶせるように残酷な事実を突き付けると、昨夜冷蔵庫を確認したときと同じように、分かりやすくうな垂れてみせた。

 女の子座りのまま両手を床につき、床との間にある虚空を見つめている。

「い、いや、そのうち成長するよ。……多分」

 気休め程度に慰めてみる。もともと小柄だし、正直大人になったメリーなど想像が付かないが。しかし、余程ショックなのか、メリーはそんな俺の言葉も耳に届いていないようだった。

「お前、今何センチぐらいあるんだ?」

「……145、ぐらい」

「本当は?」

「134」

「け、結構サバ読んだな。まぁ、なんだ、流石にまだ伸びるんじゃないか?」

「ほ、ほんと?」

「胸はどうなるか知らないけど」

 その一言で再びメリーがガックリと肩を落とした。こいつでもスタイルなど気にするんだな。

「私メリーさん、今、限界という名の壁の前にいるの」

「どこの戦闘民族なんだお前は。そこまで落ち込まなくてもいいだろ」

 ちょっとからかっただけのつもりだったんだが、わりと本気でコンプレックスだったのだろうか。本気とも冗談とも取れないどんよりとした表情を浮かべている。

「あー、その何だ。せっかくだし外にでも出かけるか。今日は俺もバイト休みだし、ずっと家にいてもやることないしな」

「えっ!?」

 気休め程度になればと思ったのだが、その表情を見る限り効果てき面だったようだ。猫っぽいと思っていたが、今度は散歩に連れていく時の犬のように見える。とんだものに懐かれたなと、呆れ気味に笑いがこぼれた。

「ただ、下はちゃんと履き替えておけよ。そんな奇妙な格好で歩いたら嫌でも目立つからな」

 ただでさえ目立つ容姿してるってのに。だいたい、ブラウスをスウェットにインするな。

「は、はい! ちょっと待って下さい!!」

「慌てなくても置いてかないよ」

 そう言うとメリーは、もつれながらも急いでスウェットを履き替えた。どうやら焦ったりすると、俺がいてもいなくても着替えに影響はないらしい。白い太股に出来たシミのようなあざが見えたが、今は見て見ぬふりをした。

玄関で外に出るため靴紐を結んでいると、後ろから声を掛けられた。

「おにいちゃん」

「ん?」

「ど、どう?」

 短くて主語のない問い掛け。

 ただ、メリーがどんな返答を望んでいるかは分かった。

 俺はため息を一つつき、出来るだけ柔らかい表情を心がけながら答えた。

「あぁ、似合ってるよ」

 メリーが嬉しそうに無邪気に笑った。


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