心地よき春の凪
春は旅立ちなど、いろいろとした区切りの季節だと思う。
私の住んでいる所はそこそこの田舎だと思う。ゲームセンターなんてありはしないし、カラオケボックスもない。娯楽施設といえるものといえば、寂びれた児童館ぐらいのものだ。はたしてそこを娯楽施設と言っていいものか、甚だ疑問ではあるが。
最寄り駅も無人駅で誰もいない。けれども今日は珍しいことに誰かがいた。一人だけキャリーバックを隣に立たせて次に来る電車を待っている。空を眺めながら、そこらの畑に君臨する案山子のように呆けていた。
私は気づかれぬように後ろに立ち、
「死ね」
「おわぁ……!」
俗に言う膝かっくんをお見舞いしてやった。死にはしなかったが、線路に落ちた。芸人ならば文句なしだっただろうが、残念なことに芸人ではないのだ。
「てめぇ、何しやがる! 殺す気か」
「まさかさま」
「……っんだよ。お前かよ。あいかわらず意味わかんねぇし。……死ね、って聞こえたぞ」
「いや、ほら、……ねぇ」
「はぁ……、いいから、手かせよ」
私は線路に手を伸ばし、彼をサルベージ。
彼はホームに上がり服をはたき、付着した砂を水滴の様に落としながら、元の位置に戻った。
私はキャリーバックを挟んで立つ。
無言。
盗むように横を見れば、彼はまた空を見上げていた。私も何気なく見上げる。青空と白い雲、昇りきってはいない太陽がそこにあった。
―――。
どれほど立ったのか、電車はまだ来ない。
私はこのまま電車が来なければいいのに、と、突拍子もないことを思う。
ただ心地いい。
……無言。
ただ、心地いいのだ。