9―2 アルベルトの話
アルベルトは渡り鳥の一族で生まれた。アルベルトの育った群れは「青」と呼ばれていた。同じ一族の群れが「青」以外に5つあり、それぞれ「赤」「黄」「黒」「白」そして「星」と呼ばれていた。その六つの群れをまとめるのが「星」の群れの女王マリアだった。互いの群れは女王マリアの指示で航路や餌場、そして人事交流さえ行った。アルベルトはすぐに青の群れの隊長となり、その有能な指揮は他の5群れでも有名だった。海を渡り、天敵の動物に狙われる危険な航海の中でアルベルトが隊長を務める群れでは死者がでなかったからだ。そんなアルベルトにある日、女王のマリアから召集がかけられた。アルベルトはすぐに星の群れのいる西の海の岩島へ向かった。岩島に到着したアルベルトは島の側面に控えていた星群れの鳥に案内され、島の中心にある小さな池のほとりに通された。池のほとりでは大きな岩の上に女王のマリア、それを囲むように4羽の側近がアルベルトの到着を待っていた。
「女王陛下、青の群れのアルベルト只今参上しました」
アルベルトは岩の前にひざまずき到着を告げた。
「良く参った。案内の者もご苦労であったさがれ」
一番右の側近がそう言うとアルベルトを案内してきた鳥が立ち去りマリアが口を開いた。
「ご苦労であった、表を上げなさい。今日はお前にお願い事があり呼び出させてもらった」
マリアは高齢であったが、その佇まいからとてもその年齢を感じさせない凛とした空気の持ち主であった。
「っは、なんなりとおっしゃってください。このアルベルト必ずやご期待に応えてみせます」
アルベルトとマリアは何度か謁見を繰り返していた。マリアがアルベルトに特別に期待をしていてくれていることをアルベルトはなんとなく感じていた。
「今回のお願いというのは命をかけてもらうほど危険な依頼じゃ、それでいて必ず生きて帰ってきてもらわねば意味がないというものだが、お願いできるか?」
マリアはいつになく真剣なまなざしでアルベルトを見つめながらいった。しかし、どんな危険な任務だろうとアルベルトの答えは決まっていた。
「っは、命にかえましても」
そう答えるアルベルトにマリアはいつもの優しい目で言った。
「だから言っておろう、生きて帰ってこなくてはいけないと。まあよい。内容を話そうではないか。アルベルトお前は最近のこの6群れの状態をどう思う?私は少々、大きくなりすぎておると思う。かといって仲間を減らせという訳ではないから安心するがよい。しかし現実問題として餌場の問題があるのも事実だ。そこでお前には新しい航路の散策にでてもらいたい」
マリアがそう言うと側近の鳥達の間でどよめきが起こった。マリアどうやらこの話はまだだれにもしていないようだとアルベルトは思った。普段決して動じないマリアの側近の鳥達でさえ動揺してしまう「新しい航路の発見」という任務にアルベルトも正直不安を覚えた。今現在、6群れが交互に使っている3航路でさえ航海には死を含む危険が付きまとうのに過去にだれも行ったことのない航路の散策とはいったいどんな危険が待ち受けていることだろう?有能な隊長であるアルベルトだからこそそう思った。
「期間は1年。この世界は球体と伝え聞く。この世界を1回りし群れに有益な航路を発見してほしい、できるか?」
マリアが再びアルベルトに尋ねた。もちろんアルベルトの答えは決まっていた。
「っは、おおせのままに」
「新航路発見のための隊の編成はお前にすべて任せよう、好きな者をつれていくがよい、メンバー、出発の日時が分かり次第報告をしろ、よいな。」
そうマリアが言うとアルベルトは少し躊躇った上ですぐに返答した。
「メンバー日時ともに決まりました。日時は明後日の日の出の刻、メンバーは副隊長に黒群れのガッツ、航海士に白群れのピカード、食料調達にタルサこの精鋭の4羽でこの任務に就きたいと思います、よろしいでしょうか?」
不安を感じずにはいられない任務だがアルベルトは昔からこんな日がくるのを心待ちにしていた。いつの日かくる女王陛下からの特別な任務に向かうためアルベルトが昔から考えに考えたメンバーと時期それが今の答えだったのだ。
「荒くれ者に、変わり者。そう世間に思われているものばかりだな。しかしよい選択じゃ、皆よい能力を持つものたちじゃ、しかし、心して隊を束ねるがよい。それにしても日が明後日とは少し急だがなにか考えがあるのだな。わかった。すべてはそちに任せよう」
マリアの言葉は聞きアルベルトは最後の挨拶をしてさっそく準備にかかろうとすると再びマリアが声をかけた。
「アルベルトよ、少し待たんか。おい、お前達席をはずして二人にさせてくれ」
マリアがそう言うと側近の鳥達は飛び立ち、アルベルトは一人でマリアに謁見した。それはアルベルトにとって初めてのことであり、マリアのアルベルトに対する信頼と期待の表れだとアルベルトは誇りに思った。
「陛下、このアルベルト身に余る光栄に…」
アルベルトがその喜びの言葉を口にしていると予想外の言葉が遮った。
「おい、せっかく他の者を払ったんだからそんな堅苦しい言葉遣いはやめな。アルベルト、いや、アルでいいか?」
マリアは側近の鳥がいなくなると、先ほどまでと言葉遣いや立ち振る舞いまで豹変した。アルベルトはその変貌に少々飲まれ言葉を失っているがマリアはそんなことは気にも留めていないようで言葉を続けた。
「アルお前にもう一つあたしから指令がある。お前のさっき選んだ精鋭の隊に星の群れのレナを入れな。あの子が今回の任務には必要さ」
そのマリアの言葉にアルベルトは納得できなかった。レナのことはアルベルトも知っていた。星の群れのアイドル的な存在で人望はあり少々機転は利くが特に運動能力は特記すべきところなく中の上、それがアルベルトの中でのレナの評価だった。
「お言葉ですが陛下。今回の任務は少数精鋭でいくべき。先ほどのメンバーにて足りない点などないそう思いますが」
アルベルトは我慢できずにそう言った。隊の人選はすでにアルベルトが考えに考え抜いたものだったからだ。アルベルトにとってレナは足手まといそうとしか思えなかった。そんなアルベルトを見透かすようにマリアは言った。
「まだ分からんだろうがね、今回の任務、そしてアル、お前に足りないものがあの子にはあるんだよ。なにも最短が最善とは限らんってことだよ。「足手まとい」そうレナのこと思ってるだろお前は?まあそれでいい。将来的には身体の弱い者も通ることになる航路を探すのが目的。そうだろ、いいから連れてきな」
アルベルトはマリアの言葉にまったく納得できなかったが、黙って頷いた。「お荷物をもってこの難関を突破せよ」と大きな期待をかけられているアルベルトはそう解釈することとした。少し曇った顔で去っていくアルベルトにマリアは最後に言葉をかけた。
「アル、あたしは本当にお前に期待してるよ。絶対に生きて帰ってきておくれ」
その翌々日。アルベルトは自分の選んだ3羽とレナを集め、長い航海の前に隊長として一言告げた。
「我々は今から女王陛下より命じられた新しい航路の発見の任務につく。この任務は我々6群れの命運を握る大切な任務だ。みなも私のうわさは知っていると思う。私の率いる隊に死者はいない。そう言われている。だが今回の航海にかぎり仲間の命より新航路の発見そしてその伝達を重んじる。もしこの中の誰かが翼に致命的な怪我を負えば、容赦なく置いていく。もちろん私が飛べなくなったときも見捨てろ。それほど重要な任ということくを皆も覚悟してほしい」
「はい、隊長」
レナが一番に答えた。他のメンバーは頷いたり、副隊長に任命したガッツに至っては
「まあ、そんな堅く考えずいこうや」
と緊張のかけらも感じられなかった。
「では、ブルー大空騎士団いくぞ」
アルベルトはそういうと住み慣れた景色をあとに飛び立った。その後に続き隊員たちは次々に飛び立っていった。一番最後にレナが名残惜しそうに故郷を振り返りそして隊に追いつくべき飛び立った。アルベルトは出発するとすぐに短距離を飛ぶような高速で飛行を続けた。
「おいアル、いきなり飛ばしすぎじゃねえか?先は長いし、女の子だっているんだぜ」
ガッツがアルベルトに追いつき声をかけた。アルベルトはガッツの声を無視し、今度は高速のまま、急上昇、急降下をした。アルベルトは心の中でガッツに返事をしていた。「女の子がいる?だから今、この隊の運動能力を調べているのだ」と。アルベルトの飛行訓練に最後尾を飛んだのはレナだった。しかし、精鋭の鳥たちの中でそれほど遅れることなく飛んでいた。アルベルトは最後尾を見ながらマリアから言われた言葉について考えた。しかしいくら考えても自分に足りないものをあの最後尾を飛ぶものが持っているとはとても思えなかった。そしてそれがよりアルベルトを不快にさせた。自分より運動の力が劣るあのレナが女王陛下の信頼を得ているのか?そうアルベルトは考えていた。充分に飛行能力を試したところでアルベルトは速度を落とし、隊にV字の編隊を取らせた。みなが一呼吸つくとガッツがわざとアルベルトに聞こえるような声でレナに言った。
「いきなりのハイペースごめんな~レナは知らないだろうけど、俺らはすでに何度か組んでてさ、知ってる奴等中じゃ有名なんだぜこの隊長気まぐれだって、困っちゃうだろ」
その問いの息を切らせながらもレナは明るく答えた。
「いいえ。隊長はきっと今後の航行のために私達の能力を把握していたのですよ。それにアルベルト隊長は結構女性陣では人気なんですよ、だから困るなんてことないですよ。えっ、ガッツさんの人気ですか?その・・・。まあ、人それぞれ好みもありますし」
レナの返事で隊の中の緊張感はまったくなくなり笑い声がこだました。その笑い声の中で一人アルベルトは新航路発見の任務の重さを誰も理解していないのではないかと、にがにがしく思い、黙り込んでいた。
騎士団の航海は順調に進んだ。もちろんそれなりの危険もあったが隊員のせれぞれの働きが航海を安全進めた。ピカードが気候を読み。風に乗り飛ぶこともできたし。タルサの鼻はとても頼りになり今のところ食事に困った日はない。数回、野生の狐などに襲われそうになったが、ガッツが撃退した。アルベルトは隊員の働きに満足していた。まったく無駄のない面子そう思い心強く感じた。しかしアルベルトがそう実感すればするほどもうひとつ沸いてくる思いがあった。レナに対する思いだ、アルベルトは他の隊員の働きに感心すればするほどレナが無駄に思えてきた。そしてそのレナが自分よりマリアから信頼されている。そう考えているとアルベルトはレナが憎く思えた。アルベルトは自分でもレナに嫉妬しているとわかっているのだがもはやその感情を自分で抑えることができなった。もちろん正義感に強いアルベルトがそれを表に出すことはなかったが、消し去ることもできなかった。アルベルトのそんな思いとはまったく逆にこの隊でのレナの居場所は広がっていった。持ち前の笑顔で誰からも好かれ、彼女を悪く思うものなど隊にはいなかった。レナはいつも「自分が一番働いていないから」そういい雑務を自分から買ってでた。また、レナは隊員の中で朝一番早く起き、毎朝、どこから取ってくるのか花を一人一輪づつ枕元に飾っていた。「今日も一日がんばれるおまじないです」そうレナは言った。そんなレナの行動にアルベルトはついに嫉妬心を抑えきれずに言った。
「花のおまじないなんて子供みたいなことは辞めろ。我々はそんなことに無駄に体力や時間を使ってる暇はなんだ」
寝ぼすけのタルサを起こそうとしていたレナはいきなり背後からのアルベルトの言葉に驚いた様子だった。すぐに横で出発の準備をしていたガッツが割って入った。
「わっりい!アブラカタブラって聞こえた?いや俺のおまじないの声。うるさかった?ごめんよ、俺このおまじないしないことにはどうも落ち着かなくてね。なんだよアルそんなに怒鳴るなよ。みんな驚いて見てるじゃねえか?説教ならあっちでこっそりしてくれ、恥ずかしいじゃねえか?なあ、あっち行こうぜ」
ガッツはそういうと強引にアルベルトをつかみ飛び去った。ガッツは他の隊員から見えないところでアルベルトを下ろし言った。
「らしくないな、アル。荒くれもの役の俺がお前をなだめてどうしすんだ。お前最近カリカリしすぎだぞ」
「確かに言い過ぎかもしれんが、最近のみんなは任務の重さを忘れてる。私たちは花のまじないをしてるほど余裕などないはずだぞ」
アルベルトは興奮を表に出さないようにしながら話した。レナに対する嫉妬心を気づかれたくは無いからだ。ガッツはアルベルトの反論を聞き、頭をかきながらやれやれといった表情で返した。
「アル、物知りゼンダ婆から聞いた話があるがちょっと聞け。なんでも2羽の鳥がいたそうだ。一羽は屈強な若者鳥、ゼンダの話じゃ俺みたいな荒くれ者。もう一羽は、弱弱しくて几帳面な鳥、まあゼンダ婆みたいな鳥らしい。その鳥がそれぞれ一羽づつひどい嵐で孤立してしまうらしい。何日も嵐がやまなくてずーと狭い洞窟かなにかで嵐がすむのを待つらしい。何日も何ヶ月も外に出ることもできないそんな状況。そんな状況ではまずどちらかが衰弱していくらしい。どっちの鳥だと思う?ゼンダの話じゃ、俺みたいな荒くれ者の若者だとよ。何日も、何ヶ月も狭い洞窟ですることもない状態で俺みたいのはすぐに発狂するんだと。それに対してゼンダ婆みたいのはやることが無くても毎日同じ時間に起きて毛づくろいをして規則正しい生活を続けてなんの問題も無くすごすとよ。まあ、俺もゼンダ婆に聞かされただけだから意味はよくわかんないけど、レナのやってるのもそういうことだと思えばいいんじゃないのか?それにあの花で心待ちにしてるやつもいるんだぜ。・・・まあ、タルサなんだけどな、うまいらしいぞ」
話下手のガッツは後半少し面倒くさそうに話した。ガッツの話を聞く前から自分の嫉妬心から出た失敗に気づいていたアルベルトだが、素直にそんな自分を認められずに思わず返事に心にも無いことを言った。
「なんだ、レナの肩もつじゅないか、ガッツはレナのことが好きなんだな」
ガッツが自分のことを心配して隊から離れたここで話をしてくれているのを知っているアルベルトはすぐにその言葉を恥じた。しかし、言葉はもうガッツに届いていた。
「おい、本当にどうした?お前は本当にあのアルベルト隊長か?お前本当に気づいてないのか?今度ゆっくり枕もとの花を見てみろ、花に興味のない俺だってわかるぞ。俺はてっきりお前は隊の規律がとかそんな硬いこといってるのかと思ってたよ。とにかくあんまりカリカリしないで、落ち着け、俺は先に隊に戻ってるから落ち着いたらお前ももどって来いよ」
ガッツはアルベルトの言葉を大して気にしてないようでそれだけ言うと皆の元に飛び去った。アルベルトもしばらくして皆の元に戻った。そしてガッツに言われたようにレナからの花をじっと見詰めた。アルベルトは今まで枕もとの花に目を向けたことが無かった。そして今、ガッツに言われ花を見つめたがアルベルトは「こんな花を観賞する無駄な時間はやはり必要ない」そう思うだけだった。
その後も航行はなんの問題もなく進められた。しかし、ここにきて初めての問題点とぶつかった。それは他の群れとの衝突、縄張り争いだった。それは初めての大陸に上陸し久々の休息と食事をしているときに起こった。アルベルトが事態に気づいた時にはすでに数十羽の鳥たちに隊は囲まれていた。とりあえずアルベルトは隊を一箇所に集めた。
「俺があいつらをけちらそうか?」
ガッツはそう提案したがアルベルトはすぐに却下した。ここでの揉め事はまずい。将来的にここを自分たちの群れの航路をするためには地元の鳥たちともめるわけにはいかないからだ。アルベルトは隊員にその場で待機するようにいい一人こちらを囲むようにいる地元の鳥の群れに向かった。
「私はここの東にある島からきたアルベルトというものだ。ここを荒らすつもりはない、話し合いたいことがある。群れの長の者と話をさせてくれないか?」
アルベルトの呼びかけに地元の鳥たちはざわめき出した。気づくと先ほどの倍ちかい鳥たちがアルベルトの隊を囲んでいる。アルベルトは自分の不注意を呪った。未開の地とはいえ、餌場には必ず地元の鳥たちがいるのは当然。その鳥たちに対する注意を怠った明らかな隊長としての自分のミスなのだ。この数の鳥たちに襲われたらいかなる精鋭ぞろいのこの隊とはいえ全滅間違いないそうアルベルトは思った。圧倒的な数の鳥達に対してアルベルトの隊の少数さ、それが有効に働いたのか負けるはずはないという安心感から群れの長らしきものがお供を連れアルベルトの前に現れた。どうやらいきなり襲われる最悪の事態は避けられたようだ、アルベルトはそう思った。
「私がこの群れ、アパッチの長だ。東の島からの旅人よ、こちらの話はない。即刻ここを立ち去れ」
長と名乗る屈強そうな男が言い放った。会話の機をもうける気はないそう言われたがアルベルトは引き下がる訳に行かない。
「アパッチ群れの長殿、どうか少し私の話しを聞いて欲しい」
相手の返事はなかったがアルベルトは続けた。
「我々は渡り鳥の一族だ。現在、我々の一族は餌場不足の深刻な問題に直面している。そのため私は新しい航路を求めてこの大陸にやってきた。ここに定住するつもりや、荒らすつもりはないが今後ここで休息や食料の補給をさせてほしい。どうかお願いできないか?」
アルベルトの心からの願いに対する返答は大変冷たいものだった。
「この地は先祖より譲り受けた我らの土地。よそ者は出て行くがよい」
「長殿、同じ鳥類。ここは助力をいただけぬか?」
アルベルトは懇願した。
「餌場不足は我々にも深刻な問題。故によそ者をいれるわけにはいかぬ。早々に立ち去れ。さもなくば分かるな」
長のその一言を合図に周りにいた何十羽の鳥たちが一斉に騒ぎ出した。さすがのアルベルトもこれ以上は無理だ、そうあきらめ始めた時、地上で待機していた隊から1羽飛び出してきた。
「長殿、失礼ですがこれを召し上がってくださいませんか?」
飛び出してきたのはレナだった。数十羽の威嚇に臆することなく飛び出してきた。その足にはなにかの木の実が握られている。
「女、なんの真似だ」
長の横で控えていた長身の鳥が長とレナの間に入り警戒するように言った。
「これは、私達の故郷で育つクコと呼ばれる不思議な味の木の実です。せっかくの機会なので是非試していただきたくてお持ちしました」
さすがのレナの笑顔も少し引きつっている。
「そうではない、毒ではあるまいな」
長身の鳥がそう言うのを長が遮った。
「待て、これだけの敵の前で毒を盛る意味はあるまい。その娘の勇気に免じて食べてみよう。それで良いのだな、娘」
その問いにレナは笑顔で応え、木の実を差し出した。長はその実を口にした。
「ぐっふ。げえ」
長のその反応に長身の鳥はレナに襲いかかろうとしたが再び長がそれを制した。
「デン待て、これはなんと不思議な、刺激的な味。癖になりそうな味だ。」
長はレナを見ながら続けた。
「それでこれでどうするつもりだ、娘。まさかこの一粒の木の実で先ほどのその者の提案を飲めといのではあるまいな」
レナは長の問いに一度アルベルトを振り返り深呼吸をして応えた。アルベルトはなにが行なわれるのか全く想像も出来ずひたすらレナの後姿を見守った。
「はい、長のおっしゃる通り、そのつもりはありません。ですがもしここにその木の実の木を運べるかもしれないと言ったらどうでしょうか?まだ必ずとは言えませんが、ここの気候は比較的私の故郷に近いと思います。もし長が私達の群れの航路にここを使わせていただけるのでしたら、ここを通る度に木の実をここに運びます。そうすればきっとここにクコの木が生る。こんな提案でしたらどうでしょうか?同じ鳥類です、私達には長の助けが必要なんです」
レナはまっすぐ長の目を見つめながら訴えた。
「娘、名は何と言う」
「はい、レナ=ニルバーナと言います」
レナと長のやり取りにアルベルトを含め数十羽の鳥の視線が注がれた。
「レナでよいか?名乗りが遅れたが私はノートン=ディアス。お前の提案は面白い。試してみよう」
ノートンの言葉にレナの顔にいつもの笑顔が戻った。
「ありがとうございます」
「アルベルトとやら、良い笑顔の部下を持ったな。お前たちの提案は了解した。そうと決まればお前たちはこのアッパチの客人だ。客人は丁重にもてなすのが我らの慣わし。今宵はこの西にある泉で宴に開く、皆で参れ」
そう言うとノートン達の群れから歓声があがった。
「アッワワワッワ、今日は祝杯だ」
「アワワワワッワ、宴だ、宴!」
そしてそのままアパッチの群れは叫びながら西に向かって飛び立っていった。アッパチの群れが飛び去るとレナが気を失ったかのように落下を始めた。それを見ていたアルベルトは上手に抱え込むよう支えた。
「どうした?大丈夫か」
そう尋ねるアルベルトにレナは微笑みながら応えた。
「さっきまで緊張が一気にでてしまいました。アルベルト隊長、やりました。私達、やりました」
アルベルトはやり遂げた顔でそう言うレナを抱えながらなんて綺麗な笑顔をするんだろうそう思った。アルベルトのレナを見る視線が大きく変化していた。今ならマリアのレナに対する言葉も嫉妬なしで聞くことができる。彼女は自分にないものを確かにもっていたとアルベルトは思った。
「やったのは君だ。とてもすばらしかった」
不思議と敗北感はなかった、ただ尊敬の念だけでアルベルトは言った。そんなアルベルトにまたレナは慢心の笑みで
「私は後ろにアルベルト隊長がいたから頑張れたのです。そうじゃなかったらとてもあんな大群の前にでられません。本当にアルベルト隊長のおかげです」
と応えた。それを聞きアルベルトは「この子にはかなわないな」そう心から思うのだった。
その後、アルベルト達はアッパチ群れの宴に出席した。宴は飲めや、歌えの大騒ぎで連日の航海を続けていたアルベルト達は久々に羽目をはずして楽しんだ。タルサは新しい食材に舌鼓を打ちつづけ、ピカードは持ち前の知識を披露しながらこの群れの女性陣と盛り上がりた。ガッツは飲んでは野郎どもと腕っ節の強さを競うの繰り返し、そしてレナとアルベルトはノートンとその側近達と今までの航海の話題で盛り上がっていた。アルベルトは驚いていた。今日のレナの言葉、一つ一つがとても機知に富んでいるように感じたし、またレナの笑顔がまぶしくアルベルトには映ったからだ。なんで今日はこんなにも特別なのだろう?そう思ったアルベルトは今まで自分がレナを全く見ていなかったことに気付いた。またそれと同時に今日の自分はレナのことしか見ていないことにも気付いた。そんなことを考え悩み込んでいるアルベルトにレナが突然声をかけた。
「アルベルト隊長、お願いがあるのですが」
「どうした?」
「ちょっとこちらに来てもらえませんか?」
レナはそう言うと近くの一番大きな木の一番上に生えている枝に飛んでいった。アルベルトもすぐに追いかけ、同じ枝にとまった。アルベルトが到着するとすぐにレナが緊張した口調で言った。
「アルベルト隊長、どうぞこれを召しあがってください」
そういうとレナは初めて見た木の実を差し出した。アルベルトは先ほどレナがノートンから木の実を受け取っていたのを見たが多分同じものだろうそう思った。
「ああ、ありがとう」
アルベルトはこんなことの為にわざわざレナは自分を呼び出したのだろうか?不思議に思ったがそう返事をして木の実を咥えた。すると、なぜかレナも同じタイミングで木の実を咥えた。そしてなにも言わずにレナは飛び立ってしまった。唖然とするアルベルトに酔っ払いのガッツがにやにやした顔で近づいてきていった。
「さっき聞いたがこの木はこの群れでは特別らしいぞ、いやなに、お前の嫌いなおまじないの木だとさ。なんでもその枝で同時にある木の実を食べるとかなうらしいぞ、なにがって。本当にお前はこの手の話し駄目だな。なんかしらけた。後は自分で考えるんだな」
そう言うとガッツは来たときと全く逆にイライラした様子で立ち去っていった。その日の宴は夜遅くまで続いたがその後、アルベルトはレナを見つけることが出来なかった。
次の朝、目が覚めるといつものように枕元に花が飾ってあった。アルベルトは花を見つめながらレナのことを考えた。それから皆がどんな気持ちで花を見ているのか気になり隊員たちを見まわした。ピカードは花の香りを嗅ぐと胸に花を飾っていた。タルサは花を見るなりおいしそうに食べ始めた。ガッツは花を一目見るとすぐにタルサに花を食べさせ、おいしそうに食べるタルサをうれしそうに眺めている。皆それぞれに花を楽しんでいた。今までアルベルトだけがこの花を見ることさえしなかったのだ。皆の様子を見てアルベルトが一つだけ気付いたことがあった。それはアルベルトの花だけ種類が違ったのだった。きっと花の数が足りなくていつも見てもいない自分の分を他の花でごまかしたのだろうそうアルベルトは思った。でも自分のもらった花の方が他の花よりアルベルトは好みであり得したような気持ちがした。
出発をしようと言うときガッツはまた昨日のようにニヤニヤしながらアルベルトに話かけてきた。
「アル、ちょっと提案がある。航行時の編隊の配置を少し変えたい。俺に少し考えがあってさ、俺に最右翼をさせてくれないか?」
ガッツは普段V字編隊での飛行時はアルベルトの右横におり、ガッツのさらに右の最右翼にレナがいる。ガッツはレナと位置の入れ替わりを希望しているのだがその意図はアルベルトには不明だった。
「なにかあるのか?まあ、今は急ぐわけでもないからいいが、なにかあったらすぐにもとの陣形にもどすんだぞ」
そう応えたあとアルベルトは自分で驚いた。「今は急ぐわけではない」昨日までのアルベルトでは考えられない言葉だった。
「よろしくお願いします、アルベルト隊長」
レナがそう言いながらアルベルトの横に来た。アルベルトも挨拶代わり声をかけた。
「毎朝、花のプレゼントをありがとう。レナの気使いにはみんな喜んでいるよ」
レナはいつもの笑顔で応えた。
「ありがとうございます。でも私もだれにでも気を配るわけではありませんよ」
不思議そうな顔のアルベルトをよそに周りの隊員たちは「そうだ、そうだ、えこひいきが過ぎる」とはやし立てる。その反応に顔を赤らめるレナを見ながらアルベルトはまた新たな自分の気持ちに気付いた。レナの表情一つ一つがとてもいとおしく思えた、アルベルトは自分が恋に落ちたことをはっきりと自覚した。そして赤らめた顔で皆に必死に反論するレナを見つめながらアルベルトは悩んだ。「困ったぞ、重要な任意中に隊内で色恋ごとなんて。しかも隊長の自分が隊員に恋するなんて…」そんな真剣に悩んでいるアルベルトにレナをからかうガッツの声が聞こえてきた。
「どうだい?あんな怪しい木のおまじないより、ガッツ様の方が効き目あるだろう?」
「えっ、ガッツさん、あの木の言い伝えを知っているんですか?まさか、それで急に配置換えを…。全部見てたんですか?」
恥ずかしくて下を向いてしまったレナにガッツは気にせず続けた。
「大体、アルの奴は鈍感すぎるんだ、なんか段々腹が立ってきたぞ、だいたい奴以外はもうとっくに気付いてるんだ。なあ、みんな」
「まったくだ、あのあからさまに違う花、あれはやりすぎだな」
「うん、アルの花だけやたらおいしいんだもんね」
ピカードとタルサも当然と返事を返した。驚きながら黙って聞いているレナとアルベルトを見ながら調子に乗ってガッツが続けた。
「それに、あいつはもし気付いても今度は「隊長たるもの隊の規律をみだす、隊内恋愛なんて」とか言って悩みだすに決まってやがる。だいたい恋の一つや二つで俺らの規律がみだれるって思ってるのはアルぐらいもんだ、馬鹿馬鹿しい。だからな、レナ、俺がやったみたいにもっと強引にやらなきゃ駄目だ」
それを聞いてレナは
「ガッツさんの馬鹿」
そう叫んで隊から飛び出し、昨日の寝床に一人引き返した。
「ガッツ、お前はデリカシーがなさ過ぎる。こう言うのが隊の規律を乱すというだ」
そう怒鳴るアルベルトに3羽は口をそろえていった。
「隊長こそ、デリカシーがなさ過ぎる。女心ってのがわかってない」
そう言いって、早く追いかけろとくちばしを使ってジェスチャーする。
「でも…」
まだなにか言いかけたアルベルトに3羽は
「まだ世話やかせるつもりか?とっと追いかけやがれ、それが隊の規律ってもんだぞ」
と追い討ちをかけた。その言葉に押されてやっとアルベルトはレナを追いかけ飛んでいった。昨日の寝床につくと草の中にレナのかわいい尻尾だけを発見した。レナは草むらの中に頭を突っ込んで泣いている。アルベルトはそっと地上におりてレナの尻尾に向かって話しかけた。
「レナ、アルベルトだ聞きたいことがある。ガッツが言っていた花の話しや、おまじないの話しは本当か?」
アルベルトの声を聞いてピクピク動いていたレナの尻尾が止まった。
「すなない、私はそういうのには鈍くてガッツから言われるまでまったく気付いてなかった。私が自分で気付けたのは自分の気持ちだけだったよ、その、あれだ、レナ、君のことがどうも好きになっていたみたいだ」
アルベルトのその言葉にレナは振り返った。
「本当ですか?アルベルト隊長」
レナは泣いていた顔のまま聞いた。
「そのまあ、隊の規律を乱すわけにはいけないから、その結婚とかはすぐにはできないけどな」
そんなアルベルトの応えを聞いてレナは思わず吹き出した。
「なにが、そんなにおかしい?」
「いいえ、アルベルト隊長。隊長の真面目な答えがうれしくて。あのアルベルト隊長お願いがあるのですが、これからは私も他のみんなみたいにアル隊長っと呼んでいいですか?」
アルベルトは恥ずかしそうに
「もちろん」
と答えた。アルベルトがレナのまぶしい笑顔から思わず目をそらすと上空にすでにみんなが来ていた。3羽はレナとアルベルトにガッツポーズをした。
「さあ、みんな新航路発見に行くぞ」
アルベルトは照れながら号令をかけた。
「はい、アル隊長」
レナの返事だけが大きく青空に響いた。
それからの航海はアルベルトにとって新鮮な発見の毎日だった。色々な国に渡り、色々な種族と会った。すべての交渉が上手くいったわけではないが、交渉の度にアルベルトとレナの息を揃いっていった。二人の関係が隊に与える影響は強く、それは隊の連携を強めていった。アルベルトはこれがマリアの言った自分に必要なものなんだそう強く実感した。
旅立ちから10ヶ月がすぎ恐らくこれが最後の海上を渡る航行になるだろうという海を渡ることになった。海を渡るという航海でもっとも危険な航路を通るにあたり出発の時期を隊で考えていた。いつもは無口のピカードが久しぶりに真面目な顔をしていった。
「アル隊長、今回は推測でしかないが、恐らく2日後には我々は嵐にぶち当たる。この海を越えるのに一体我々で何日かかるか予測もつかない。しかしこれ以上北上するのは寒さから考えて得策じゃないし、かといってここで何日も足止めを食うのも得策じゃない」
タルサも続いた。
「隊長。ここら辺はもう、食べ物がほとんどないよ~早く移動しないと僕、干からびちゃうよ」
隊員の意見に耳を傾けながらもアルベルトは悩んでいた。出来る限りの危険は回避したいそうアルベルトは考えていた。
「アル、大丈夫だって、俺らは精鋭も、精鋭の選りすぐり部隊だぜ。嵐の一つや二つはへっちゃらさ。早いとこ海を突っ切っちまおうぜ」
ガッツが強気に言った。確かに今のメンバーならよほどの嵐でも無事に回避できる、それよりこれ以上寒さが増すほうが心配だ。アルベルトはそう考えた。
「よし、出来るだけ早く海を渡ろう、各自昼まで翼を休めて、昼食後出発するぞ」
この海を越える航海はアルベルトの最初の予想通り困難な航海となった。アルベルトの隊はピカードの予想より1日早く嵐と遭遇した。予想以上の強風と高波、そして嵐は寒波も連れてきていた。しかし、隊の連携が出発のころとは見違えるほど出来ていて、アルベルトはまるで自分の身体のように隊を操り嵐を乗り越えていった。「レナのおかげでこの隊はここまで一つになれたな」そうアルベルトは思った。嵐を超えて安堵の雰囲気に隊が包まれているとピカードが進行方向の西の空をにらみながら言った。
「もう一つ来る」
その言葉と同時にアルベルト達に降る雨が再び激しさを増した。再び隊は嵐に包まれた。嵐の規模はさっきとほぼ同じ。これならなんとか嵐をやり過ごせる、そうアルベルトは思った。アルベルトが周囲の状況を判断するべく周りを見渡すと眼下に小さな船が荒波の中浮かんでいた。どうにか先ほどの嵐をくぐり抜けたようだが今度の嵐ではもう持たないだろうそうアルベルトが頭の片隅で考えていると1羽の鳥がその船に向かって飛んでいくのが視界に入った。その1羽の鳥はレナだった。アルベルトが驚いて横を振り向くとガッツが言った。
「レナの奴、荷物が落ちそうっていうんで、あの船で一度持ち直せって言っといた、なにすぐ戻ってくるって。まだ嵐が激しくなるのにも間があるし大丈夫だろ。お前は航路の詮索に集中しろよ」
それを聞いたアルベルトは顔色を変えてすぐにレナの元に向かいながら言った。
「嵐のときの小型船は危険地帯なんだ。ガッツ、お前が付いていながらなぜとめなかった。下手に近づくと巻き添えを食らってしまう、覚えとけ!ピカード!隊をこれより上空500フィートにて待機させろ、私がレナを連れ戻す」
そういうとアルベルトはレナに向かい急降下を始めた。
「レナ、戻れ!危険だ」
しかし、すでにレナは小さな船の甲板たたきつけられるように着地をしていた。船は嵐の荒波に木の葉のように頼りなくかろうじて浮かんでいる。アルベルトの声に気付いたレナは慌ててアルベルトの方に振り返りながら返事をした。
「アル隊長、すいません。木の実が落ちそうだったもので、すぐに戻りますから…」
レナはふらつく甲板で必死にバランスを取りながら木の実の入った袋を両足に抱え込もうとしていた。その時だった、レナの背後で船の帆を止めていたロープが「プッツン」っと大きな音をたててはぜた。すさまじい勢いで船の帆を止めていた太いロープが外れそれを止めていた鉄の杭が数本抜けた。そして抜けた数本の鉄の杭のうちの一本がアルベルトの前でレナの右の翼を貫き甲板へ突き刺さった。
「ぎゃあ」
今まで聞いたことのないレナの高い叫び声がアルベルトの心を貫いた。「危ない」アルベルトがそう叫ぶ暇さえない数秒の出来事だった。甲板に降り立ったアルベルトの足元にはレナが大事に集めた木の実が転がっている。
「大丈夫だ、レナ。今杭を抜くからな」
アルベルトは自分に言い聞かせるように言うと、鉄の杭を口にくわえ引抜こうと試みた。しかし、杭はびくともしない。杭を咥えるアルベルトの目に甲板に流れるレナの血が映る。その量に愕然とするアルベルトにレナが消え入りそうな声で言った。
「すいません、アル隊長。最後まで迷惑かけて」
「最後?なにを言ってる。こんな傷ぐらいでお前を休ませないぞ。すぐにこの杭を抜くからがんばれ」
「本当にアル隊長は厳しいですね。私、もう気絶しそうなぐらい痛いですよ。それに何度か試したけど右翼まったく動きません。本当に残念ですけど私の航海はここまでみたいです」
レナのどんどん白くなっていく顔を見て、渾身の力でアルベルトは杭を抜いた。「うっ」レナは小さく唸った。アルベルトの前で必死に立ちあがろうとするレナだがやはり右の翼が動かずバランスをくずし立ちあがれない。
「あわてるな、まずは傷を見せてみろ」
アルベルトはそういうとレナの傷口を覗き込んだ。溢れ出る血を豪雨が流すおかげでアルベルトはレナの傷口を目視することができた。傷は予想以上に大きくレナの右翼の筋肉を裂いていたが幸い骨は無事だった。これならこの嵐さえ乗り切ればなんとかなる、アルベルトはそう考えた。
「ゆっくり右の翼を動かしてみろ、ゆっくりだ動く筋肉を捜して、動く筋肉を使うんだ。痛みは我慢しろ」
「はい」
レナが苦痛で歪む顔で答えた。少しづつだがレナの翼が縦に動き始めた。時々うめき声を上げながらもなんとかレナは立ち上がった。その様子を見つめながらアルベルトはレナ単独での飛行による脱出をあきらめた。次の行動を思案しているアルベルトにレナは話しかけた。
「アル隊長、やはり右翼がだめです。私をここに置いていってください。このままでは隊が全滅してしまいます」
「勝手にあきらめるな。私の隊では死者はでない。安心しろ」
アルベルトは怒鳴るように言った。そうは言っても状況は最悪なことはアルベルトにもわかっていた。そんなアルベルトの表情を読み取ってレナは最後の力を振り絞るように言った。
「アルベルト隊長、しっかりしてください。今回の任務は群れの命運を握るんですよ。この航海が始まる前に自分で言われた言葉を忘れたのですか?「今回の航海にかぎり仲間の命より新航路の発見そしてその伝達を重んじる。もしこの中の誰かが翼に致命的な怪我を負えば、容赦なく置いていく」そう言われたのは隊長本人ですよ。私たちもそれに同意しているんです。私のためにも私を置いていってください」
そう言いながら揺れる甲板の上で再びレナは倒れた。アルベルトはレナに駆け寄り抱き起こしながら言った。
「馬鹿、隊長が諦めるなと言ったら勝手に諦めるな」
「無理です。私の為に隊を全滅させないでください。駄目ですよ、アル隊長、聞いてください。」
レナは甲板に転げ落ちた木の実を指差しながら細々とした声で言った。
「私はこの隊の役目はその木の実だと思うのです。私はこの航海で知った航路、土地そういった知識を仲間に伝えなくてはいけません。そして私たちの仲間がそれを活用し群れに大きな幸せという樹を咲かせるのです。だからこの隊は絶対に全滅してはいけないのです。それに隊長にはまだ話してませんでしたが、私、ひとつ試してみたいことがあったんです。それもあの木の実です。それを思いつくまで、ずうっとみんなの足をひっぱるばかりでいやでいやでたまりませんでした。でも、あのアパッチ群れでそれを思いついたんです。私の任務、夢があの木の実なんです。これはアパッチ群れからもらった木の実、あれはゾイタの群れからもらった実。これらは全部故郷によく似た気候の土地で生息していた木の実です。もし私の考えが正しければ故郷でこの木の実たちを育てることができるはずです。それぞれ実のる時期が別々だからきっと私達の食料難を救うことができるはずです、そうすれば航海がつらい高齢な鳥も航海なくして越冬できるかもしれないんです。だからこの木の実は絶対に届けなくてはいけないんです。出発前に隊長が言ったように私も自分が傷ついたら自分を捨ててでもこの木の実を運んでほしいのです」
目に涙を溜めながらレナはアルベルトの腕の中で必死にアルベルトの懇願した。それを聞いたアルベルトはレナを甲板に立たせて肩を掴んでゆすりながら言った。
「よく聞け、レナ。俺の隊に死者はでないんだ。お前も助かるし、俺の隊ももちろん助かる。わかるか?しっかりしろ」
レナは黙って首を振る。この嵐ではとても助からないそう言っているのだ。
「レナ見えるか?あのロープ」
アルベルトはレナの首を甲板に落ちている太いロープに向けながら言った。先ほど音を立ててはぜたロープの杭を止めていた短い部分が看板に落ちていた。
「レナ、お前はあれを咥えれるな?咥えたら俺がみんなを呼んでくる。俺一人では無理だが、隊全員の力を合わせればお前一人持ち上げることなんて問題ない。どうだ出来るだろ?」
アルベルトの言葉を聞いてレナは突然泣き出した。
「わあん、わあん」
いきなり泣き出したレナにアルベルトは動揺した。何故泣いているのか理解できないアルベルトはレナの顔を覗き込んだ。するといきなりレナはアルベルトの首に抱きつきながら言った。
「本当ですか?本当に私、助かるのですか?アル隊長、本当は私死にたくないんです。まだアル隊長といろいろしたいんです」
こんな緊迫した状況の中でアルベルトはレナの意外な一面を見てなんだがほっとしていた。こんな一面もあるんだそう思った。アルベルトはレナを勇気付ける為にレナに聞いた。
「ここを抜けたら、なにがしたい、レナ?」
今からアルベルトが仲間を呼びに旅立ってしまうと数分間、レナはこの甲板にたった一人取り残されてしまう。その前にレナの恐怖心を少しでも和らげなくてはいけないそう思いアルベルトは聞いたのだった。
「もっとアル隊長とお話がしたいです」
「そうか」
アルベルトはレナの出血量を確認しながら答えた。雨で流されていて良く分からないがまだ出血は続いてるようだった。止血用のヨモギの葉をタルサが持っていたか?アルベルトがそんなことを考えながら返事をしているとレナが言った。
「それにアル隊長に直して欲しいところがあります」
「なんだ?」
アルベルトはレナの傷口を見つめたまま答えた。
「それです、その口調です。もう少しやさしくできませんか?最初私、怖かったんですよ」
アルベルトは目線をレナまで上げて笑いながら答えた。
「そうか。この嵐を越えたら改める。レナも一つ直してくれないか?」
レナは首を傾げ不思議そうな顔をしている。
「二人のときはアル隊長ではなくて、アルと呼んで欲しい」
アルベルトは再び目線をそらしながら言った。アルベルトはレナを甲板の出来るだけ安全な場所に引きずっていった。レナを運ぶとロープと木の実も集めて、ロープをレナに渡した。甲板に波が先ほどより奥まで来るようになっている、もうあまり時間はない。アルベルトは木の実の袋を足に挟むと飛び立つ準備をした。
「レナ、皆を呼んでくる。出血がまだ止まってないから右翼を押さえとけ、必ず迎えにいくから気をしっかり持ってまってるんだぞ」
「はい、でも任務を優先することは忘れないでください。さっきは情けないとこ見せましたが、任務優先が私の願いです。では、気をつけて行ってきて下さい。そんな心配そうな顔をしないでください。私はここでちゃんと待っていますから。早く帰ってきてくださいね、・・・アル」
レナの返事を聞いてアルベルトは急上昇を始めた。振り返り海を見ると想像以上にあの船は高波にあおられていた。急がねば、アルベルトがぐんぐんスピードを上げ上昇していくとこちらに向かって下降してくるガッツ達の姿が見えた。遅いアルベルトを隊長の命令を無視して迎えにきたのだ。「あいつらめ」アルベルトは口にしながらもその心の中では感謝の気持ちでいっぱいだった。「これでレナを助けることができる」口では気丈なことを言っていたが仲間の姿をみてやっとアルベルトは確信したように言った。嵐の怖さを良く知るアルベルトが本当はだれよりも不安だったのだ。少しの希望に包まれたアルベルトは仲間たちに勇ましく号令した。
「ブルー大空騎士団、全隊あの小型船の後方甲板に急降下!怪我をしたレナを救出にいくぞ!」
アルベルトの声が隊員たちの耳にこだました。隊員のみんなが一瞬にして事態を把握してレナの待つ小型船に注目した。4羽の精鋭が注視するしたちょうどその時、小型船は大きく口を開いたワニの上あごのような高波に飲み込まれていった。それを合図に嵐はもう一段階強さをました。海のワニたちはみなその獰猛な上あごを高々と上げて次々にレナの待つ船に襲い掛かっていく。1つ目の高波で小型船は転覆した。船底を上にして浮かんできた船に高波の第2波、3波が襲い掛かりアルベルト達の目の前で船は粉々にされていく。
「私はここでちゃんと待っていますから。早く帰ってきてくださいね、アル」
アルベルトの頭の中でレナ言葉が繰り返された。アルベルトは「待ってろ」そう心の中で叫び急降下しようとした。その同じタイミングでガッツが叫んだ。
「今行くぞ!レナ。命に代えても助けてやる」
ガッツのその言葉がアルベルトの頭に響いた。「命に代えても助けてやる」アルベルトは突然足に挟んだ木の実がずっしりと重くなったように感じた。
「私たちの任務は木の実です」
木の実の袋がアルベルトにそう話しかけているようにアルベルトには思えた。そしてなぜだかアルベルトはレナとの出会いを思い出した。ジャックという子供の鳥を沼から助けた時それがレナと初めて出会いだっだ。あの時、救出方法に困ったアルベルトに丈夫な蔦を手渡してくれたのがレナだった。今思えばあの頃から自分にはレナが必要だったそうアルベルトは思った。「よし、レナにあったらあの時の話をしよう。きっと彼女も覚えてるはずだ、そうそう言葉遣いも気をつけてな」そうアルベルトは決心しながら隊に号令を発した。
「ガッツ、矢の陣形にもどれ!今よりブルー大空騎士団は急上昇し、この危険海域を離脱する。いくぞ」
雨が降ってて良かった、アルベルトは上を向きながら思った。
「急上昇?離脱?レナはどうなる。まさか見捨てるのか?アルお前の隊だぞ、死者はいないんじゃないのか?」
ガッツがアルベルトの横に飛んで行き、胸ぐらうを摑みながら言った。ガッツに胸ぐらを摑まれたままアルベルトは上空を見つめ消え入るように言った。
「レナの任務はここにある」
アルベルトは木の実の袋をつかんだ足に力を入れながらつぶやいた。そして、腹に力を込めて言った。
「返事はどうした。全隊、急上昇にはいるぞ!」
そのアルベルトの言葉を聞いて今度はガッツがつぶやくように言った。
「お前がそんなこと言ったら、誰も助けに行けないじゃないか。格好つけすぎなんだよ」
アルベルトの号令でブルー大空騎士団は急上昇を始めた。アルベルト達が飛び去るのを待っていたいたかのように海では高波が次々と小船の残骸までも飲み込んでいった。いくらアルベルト達でもあと少し急上昇が遅れれば高波の餌食となっていただろう。
ブルー大空騎士団は無事に嵐を抜けた。しかし、隊は全滅でもしたかのように静まり返っていた。誰もアルベルトを責めなかった、誰もがあの状況でのレナの救出が不可能ということを理解していたからだ。その後、航海は無事続き2ヵ月後には隊は故郷にたどり着いた。到着するとブルー大空騎士団はマリアと謁見した。マリアはレナの死の報告を受け、悲しみ。またアルベルトにレナを連れていけと言ったことを詫びた。そして航路発見の褒美はなにがいいか隊員全員に聞いた。ピカードは女性にプレゼント用にと宝石を希望し、タルサはお腹いっぱいになるようにと、クコの実の木を一本丸ごともらった。ガッツは特にいいと言い「ナイト」の称号をもらった。アルベルトはこう言った。
「私はこのレナから託された木の実の育成に女王陛下のお力を借りたいのと、あと1つ発見した新航路を皆に伝達したあとに隊長の任を解いていただきたい」
ブルー大空騎士団はもはやこの群れでは英雄の隊。この隊の隊長を降りたいという願いにマリアは納得できずに聞くとアルベルトは答えた。
「私は一人で冒険に出たいと思います。私はどうしても他の者といると安全を第一に考えてしまいます。今回は自分の限界を超えなくてはいけないそんな冒険に出たいのです」
アルベルトの答えを聞きマリアはなにか言いかけて一度やめて、一呼吸あけてから言った。
「もし、冒険の目的にたどり着いたら「ありがとう、木の実は大事に育てる」そう伝えといてくれ。それからお前はまだ私の群れには必要な鳥だ。必ず冒険から生還してもどってくるのだぞ」
それから半年後、アルベルトは群れを後にした。そのさらに半年後、アルベルトはある群れから「神様の忘れ物」について聞き今に至る。