9-1 ブルー大空騎士団
和也がそんなことを考えているとき、譲はまた『神様に忘れ物』にいた。
「すごい!源。今までで一番飛んでるよ、飛んでる」
源が岩場から海に向かい飛び込んでいる。前は飛びこむだけだったがここ数日、滑空し着実にその距離を伸ばしている。しかし海上に顔をだした源の表情は硬い。
「アルの旦那、正直に言ってくれや、このままじゃ駄目。そうだよな?」
譲の横で見ていたアルベルトが頷き答えた。
「そうですね。ここから先はこれでは駄目ですぞ。」
そう言うとアルベルトは両翼を羽ばたかせ源の頭の上に飛んで行き言った。
「源に足りないのはこの翼の動きですよ」
アルベルトはその場で羽ばたきながら続けた。
「源、あなたは今空を掴むことを出来るようになったところですぞ。しかし飛ぶためにはその感覚を使い空を駆け上がることをしなくてはいけません。その為にはユズのいうように食事をとり、身体を鍛えなくてはいけない。今の干物のような身体では空にぶら下がれても駆け上がることは出来ませんからね、お分かりかな?」
「そうだよ、源。僕のパパもママもそう言ってたよ、よく食べろって。」
譲が横から口をはさんだ。源の言ってもなかなか聞かない気性が分かってきたため、譲はここぞとばかりにアルベルトに加勢したのだ。
「わかってるって、あっしも馬鹿じゃない。これからはよく食べるよ。断食してたのはコツを掴むまでって最初っから考えてたしよ、それより、アルの旦那こそ太りすぎじゃねえか?」
この数日和也の無責任な発言が原因で源は絶食し、干物のようにやせ細り、アルベルトは普段の5倍の食事をこなし見事な球のような身体となっていた。アルベルトは身体についた脂肪が邪魔なようで源の上でフラフラしながら必死に羽ばたきながら言った。
「いやはや、増量してもなかなか上手く潜れませんでして。…。そんなに太りましたかな?自分では実感がないのですが」
「うん。すごく太ったよ、太りすぎだよね、源?」
「うむ、そうだ、いわゆるD・E・B・Uってやつだな」
容赦のない二人の攻撃にアルベルトは小声で白状した
「実はなんだか肉が邪魔して飛ぶのがつらいのですよ。やっぱり太っていますか。しかし、これも海の冒険にでるための試練。覚悟のうちです。
それにこの島の食事はなかなかいけましてね、このアルベルト少々癖になりかけてますぞ。」
それを聞いていた源と譲が冷ややかな視線を送っている。アルベルトはあわてて付け加えた。
「いや、源同様、コツを掴むまでですよ、今日にでもコツをつかんでもとの体系に戻るべく努力をしますよ」
海から上がってきた源に譲は小さい声で言った。
「あのね、パパが言ってたけど、太ったら厳しく言ってやるのも愛なんだって」
「たしかに、あのアルは少しみにくいからな」
その会話が聞こえたのかアルベルトが譲の横に舞い降りながら呟いた。
「もう少しやさしい愛がほしいですよ」
そんないつもの会話をしていると源が西の空を指差しながら言った。
「アル、旦那のお客さんですかね?」
源の指す方角に4羽の鳥が飛んでいる。それを見てアルベルトが言った。
「あれはブルー大空騎士団。っとそれにジャック?一体どうしたのでしょうね?」
4羽の方もアルベルト達を発見したようですごいスピードでぐんぐん近づいてくる。あっという間にアルベルト達の横に着陸した。そして先頭を飛んでいた一番小さな鳥がアルベルトに向かって吐き捨てるように言った。
「おい、なんだよ伝説の初代ブルー大空騎士団隊長は今じゃ単なる太った鳥かよ!海に潜るとか適当なこと言って怠惰な生活おくってたのか!」
それを聞いて譲がすぐに言い返した。
「アルは本当に海に潜る鳥になるんだぞ、毎日特訓だってしてるんだ。知りもしないのにアルを馬鹿にするな」
「いつまでも出来やしないことをやっているから馬鹿にしたんだ。馬鹿を馬鹿にしてどこが悪いんだい」
「あやまれ、アルがやっていることは出来やしないことじゃないぞ」
そういうと譲はその小さな鳥に飛びかかった。源は他の鳥に目を向け、加勢するどころかすまないっという顔をしたのを見て、
「やっちまえ、ユズ」
と無責任に声援をおくる。アルベルトはあたふたしながら言った。
「いいのですよ、ユズ。無茶をしているのはわかってるんですから、源もけしかけたりしないで止めてくださいよ、ほらお前達も止めてくださいよ」
そんなアルベルトの言葉は興奮した二人の耳には届かずついには取っ組み合いになった。実力は伯仲しているようでなかなか勝負はつかず、鳥が譲の隙を見つけて空へと逃げた。
「やい、空も飛べない人の子。お前もアルベルトと同じで口だけなんだよ」
そう言うと島の中心部の森へと飛んでいった。譲はアルベルトが馬鹿にされたのがどうしても許せなくてそれを追って走っていった。二人が見えなくなると先ほどの鳥の隣で同じく先頭を飛んでいた鳥が源に謝った。
「いきなり表れて失礼なことを言ってすまない。まだ、ジャックは幼いものでゆるしてくれ」
「なに、太ったら厳しく言ってやるのも愛ってやつですから」
源は走り去って行った譲に向かい言った。源の言葉を聞き頷きながらその鳥はアルベルトに向かって言った。
「久しぶりだな、アルよ。今のこの隊の隊長はあのジャックだ。女王陛下の任命でね。そのジャックの初命令でこの島に来た。どうしてもお前に会いたかったみたいだぞ。それよりなんだその身体。本当に怠けてなかった?」
「なに言ってる私が怠けるわけわけないだろう。そっちこそ新隊長の教育ができてないんじゃないか?ガッツ」
アルベルトは隊長時代のような口調で答えた。その声に一番後ろを飛んでいた痩せ型の鳥が一言ポツリと言った。
「隊長の蒔いた種だ」
その声に他の鳥達も「そうだ、そうだ」と大騒ぎを始めた。薮蛇をつついてしまったアルベルトが困り果てて慌てて話しをそらすように言った。
「こちらは今私がお世話になっている魚の源殿だ、そしてジャックを追いかけていったのが人の子の譲。お前たちも自己紹介を源殿にしないか」
まず先ほどの先頭を飛んでいた鳥から自己紹介をはじめた。
「俺の名はガッツ=ガルシア、この隊の切り込み隊長を務めてる。」
次に真ん中を飛んでいた少し太めの鳥が言った。
「僕の名前はタルサ=マルク、食料調達の達人さ、よろしく」
そして最後に最後尾を飛んでいた細身の鳥が言った。
「私の名はピカード=モルガン。この隊の航海士を務めている」
それを受けて源も自己紹介をした。
「あっしは壊し屋の源ってけちなもんでやす。アルベルトの旦那には世話になってますんで、以後お見知りおきを…。ところでアル、ユズの奴は大丈夫かね?ユズはまだ一人で森に入ったことないよな?沼とかにはまってなきゃいいがな」
アルベルトは森の方を見ながら答えた。
「いやはや、ユズはそんなドジを踏むような子ではないですぞ、源は心配症ですな。それに、ジャックの奴はあれで面倒見がいいから大丈夫でしょ」
「ああ、誰かに似て少し硬いのが欠点だがな」
ガッツがちくりと言った。なにかこの鳥たちはアルベルトに言いたいことがあるのだろう、そう源は思った。
そんな会話が海岸で開かれていた頃、譲は森の入り口にある沼に腰まではまっていた。しかも譲はそのことにまだ気付いていない。
「やい、アルに謝れ!それに空に逃げるなんて卑怯だぞ!」
「鳥が空を飛んでなにが卑怯だ」
そう言って振り向いたジャックの方が先に譲が沼にはまっているのに気付き驚いた。
「おい、お前はまってるぞ、う、動くなよ」
ジャックはそう言って譲を助け出そうと近づこうとした。
「僕は最初から逃げてないぞ!うん?やっと降りてくるのか、今度こそ謝ってもらうからな」
譲はまだ自分が沼にはまっていることに気付いてなく、握りこぶしを構えて、ジャックに向かって振り回している。
「おい、危ないよ!辞めろって、沈んじゃうぞ」
ジャックが近づくことが出来ず譲の上空を旋回していると、遂に譲は胸までドロ沼に浸かった。腕が沼にとられて始めて自体に気づいた譲は
「なにこれ?なに?」
と慌てて這い出ようとする。しかし既に身体の半分以上が沈んでいて、動けば動くほど深く沈みこんでいく。
「助けて!アル~源~」
譲は必死叫ぶがその声が海岸まで届くことはない。ジャックは肩まで泥沼に浸かっている譲を自分の力だけで引き上げるのは無理と悟り一度沼の畔へと消え去った。周りに誰もいなくなった譲は一人で必死にもがくが、その意思とは逆にどんどん深みにはまっていく。
「パパ。ママ」
譲が情けない声でそう叫んだ時、再びジャックが譲の頭の上に表れた。口には丈夫そうな太い蔦をくわえている。ジャックはその蔦を譲の元に落とすと言った。
「その蔦につかまれ!早くしろ沈むぞ」
譲は頭の上に落とされた蔦を必死につかみ叫んだ。
「助けて~」
「任せろ、隊長たるもの目の前の命を見捨ててなるものか!」
ジャックはそう叫ぶと蔦のもう片方が縛ってある木の下に飛んでいき、力いっぱい蔦を引き上げた。すると譲の体は胸まで沼の上に表れた。
「それ、あとは自分の蔦をたとっで外に出るんだ」
そうして、ジャックの機転のおかげで譲は無事沼の外まで出ることができた。お互い力を使い果たし沼の畔で仰向けに倒れ、荒れた息を整えようとしている。譲は上体を起こし、泥だらけの顔をぬぐいながらジャックにお礼を言った。
「ありがとう。えっと、名前なんだっけ、僕は譲。君の名前は?」
「ふん、どじな人の子だな、俺の名前はジャックっていうんだぜ」
ジャックは仰向けのまま答えた。
「ジャックは頭いいんだね。すぐにロープを使うなんて僕には思いつかないや」
譲はさっきまでのジャックへの怒りなんて忘れて正直に言った。そんな譲に少し得意そうにジャックは言った。
「あれは人に教えてもらったんだ。沼にはまった奴を助けるにはやたら力がいるから一人のときはこうするんだって」
「へえ、頭いいね、その人は誰、ジャックの友達?」
人懐っこい顔で譲がジャックに尋ねるが、ジャックはなにか気に触ったのか
「うるさい、だれでもいいだろ?」
っと一転邪険な返事をした。そんな態度に譲は気づかずまた質問をする。
「あとさ、あの台詞かっこよかったよ、『任せろ、隊長たるもの目の前の命を見捨ててなるものか!』ってやつ。まるでアルみたいだったよ」
その台詞を聞いたジャックが嘴を尖らせて黙りこんだので、譲はようやくジャックの機嫌が悪いことに気づいた。沈黙が続き、心地悪さから「それそろ戻ろう」と譲が提案しようとしたとき、ジャックが口を開いた。
「譲は、アルベルト隊長のこと好きか?」
突然のジャックの質問に戸惑った譲だがすぐに
「うん、大好きだよ」
と答えた。
「さっきの質問な、両方とも答えはアルベルト隊長なんだ。沼には実は俺も上手く飛べないぐらい小さなときにはまっちまって、その時助けてくれたのが隊長だった。それからさっきの台詞も隊長の口癖で、有名なんだぞ。アルベルト隊長のいる航海に死者はでないって・・・。」
ジャックのその言葉を聞き、譲は不思議に思い尋ねた。
「ジャックはアルのこと本当は好きなの?」
その問いには答えずジャックは譲に背を向け、羽についた汚れを取りながら言った。
「でも隊長は変わった。最後の航海では自分の身のために、仲間を見捨てたって言うし、仲間たちを守る栄誉あるブルー大空騎士団の隊長も冒険したいからって辞退したんだ。信じてたのに。隊長を目指してたやつらがどんなに悲しんだか。だから俺はアルベルトを再教育するためにこの島にきたんだ」
譲はジャックの後姿を見てなんだか悲しそうに見えた。きっとアルベルトを目指していたやつというのはジャックのことだろう譲はそう思った。ジャックにとってのアルベルトは譲にとってのウルトラライダーなんだそう譲が考え、数日前のアルベルトとの会話を思い出した。「ウルトラライダーはウルトラライダーらしくあるため勇気を振り絞って戦っている」そうアルベルトは言った。それが信念と言うものだと教えてもらった。つまりジャックはウルトラライダーに裏切られたのだ。ウルトラライダーが信念を捨てて逃げ出した、そんな姿は譲も見たくない。でもアルベルトはこうも言っていた。アルベルトが海に行くのも自分を作るために必要なことだと。それは信念と同じ事じゃないのか。なんか矛盾しているそう譲は思った。
「なんかおかしいよ。」
譲はそう呟き立ちあがると言った。
「絶対おかしいよ、アルにどうなっているか聞きに行こう」
譲はジャックが返事をする前にジャックの手をとり引きずるようにして海岸に向かって走り始めた。海岸に着くなり譲は息を切らしたままアルベルトに聞いた。
「なんでなのアル?」
いきなりの質問になんのことか分からないアルベルトは目を丸くした。そして泥だらけの譲とジャックを見てまた驚いて言った。
「おお、ユズ。あの泥沼にはまったのですか?大丈夫でしたか?怪我はないですか?」
心配してのアルベルトの言葉もほとんど聞かず譲は興奮して怒鳴った。
「そうじゃなくて、なんでアルは仲間を見捨てたの?隊長を辞めたの?なんで海に行きたいの?」
譲のまっすぐな目の横にジャックの目も並んだ。それを見ていたガッツが口を開いた。
「アル、ここまで言われても話さないのか?ジャックがここに来れたのもそれを聞くためだぞ。お前が話さないなら俺の口からはなすぞ」
横から源も口を出した。
「アルの旦那。人に水臭いと言いいながら、自分のことは話さないなんてなしですぜ」
「いや、そんな話すほどのことはないですよ。本当に…。」
そんなアルベルトの返事にそこにいた全員が言った。
「アル~」
結局アルベルトは諦めて話始めた。