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神様の忘れ物  作者: k2k2
12/14

 8 社長の思惑



 昨日早く寝て、久々にゆっくりと眠ることのできた和也は目覚ましや譲に起こされるより早く目を覚ました。和也は一昨日の樹の電話から一時期頭が混乱していたが、昨日は意識してそのことを忘れるようにした。しかし実際はそんなにゆっくりとしていらない。明日のライブには樹が顔を出すため、少なくとも他のメンバーに樹の話をしなくてはいけないのだが、自分の考えがまとまる前に樹の話しをするのは和也は気が進まなかった。そうして和也が上の空のまま朝食をとり出かけようとすると智美が声をかけた。

「今日は直己さんの歓迎会でしたっけ?晩御飯はいらないわよね?」

 その声にそうか今日は歓迎会があるのだと思い出し、自然とメンバーに樹の話をするのは後伸ばしとされた。

 どうにか出社した和也だが正直仕事どころではない心情だったが、今日出荷の製品があり、品質保証課はそこそこ忙しかった。課長の吉田は先日久々に出勤したが、社長の息子の話を聞くと驚きながらすぐに和也に返事をした。

「いや、大事な時期に申し訳ないが娘が海外挙式をすることになってな、10日ほど休ませてもらうよ。いや、いままで仕事一筋でやってきたろ?こんな時ぐらい休んでよって妻にいわれてしまってな。いやはやすまんがここは砂原君にまかせて悪いが家族孝行してくるよ」

 さすがの和也も「ちょっと」っと吉田を呼び止めたが、続きの言葉を言う虚しさに気づきただ「お気をつけて」とだけ言ったのだった。そんな訳でこれから先10日程は名実ともに和也が品質保証のトップとなるためとても仕事を休むわけにはいかないのだった。

 今日の製品の出荷は午後5時、それまでに簡単な動作チェックを行う。和也は山田と橘、自分と直己のペアで仕事にあたらせ、和也が直己の面倒を見ることにした。ここ2,3日直己を山田、橘の両名につかせたが未だ緊張がとけてないようで、いつも直己からの反応はうすく「はあ。」っという曖昧な相槌だけだった。まだここへ来て1週間も経っていないので壁があるのはしょうがないことなのだが和也は直己が少々自己主張がなさすぎるように思えた。いつもの和也ならここで直己の緊張をほぐすべくいろいろと試案するのだろうが、今の和也には樹のことで頭がいっぱいであり淡々と動作確認の要領を説明しながら電圧を測るよう指示をだした。図面を見ながら必要なチェックについてひととり説明し終えると珍しく直己が自分から口を開いた。

「砂原係長は昔、西立にいたそうですね。その当時はどんな仕事をしていたのですか?」

「ああ、昔な。空港の制御番関係だな。有名なので関西空港、の増設とかかな」

 和也は答えながら直己の意図することを知ろうと制御盤から顔をあげた。しかし、直己が制御盤に集中しているようなので諦めて顔を戻し作業を続けた。端子台を見ながらアンプを連想し、和也はまた樹の言葉を思い出していた。ずーっと待っていた樹からの誘いの言葉なのに実際に誘われると考え込んでしまう。学生の時もそうだった「将来はプロになりたい」そう思っていたのに実際の転機が訪れるとしり込みしてしまう。すべてを掛けるのが怖くなってしまう。あの時はプライドが邪魔をした。自分を汚してでもその世界でやりたいという覚悟がなかった。今は…。そう和也が考えていると、いきなり直己がぼそっと一言もらした。

「今の仕事で満足ですか?」

 その一言に和也は手に持っていたドライバーを落とした。「どうだ?今の仕事で満足してるか?もう一度だけ、もう1度だけ誘う、俺と一緒に音楽をやらないか?」という樹の誘いの言葉が和也の頭をよぎった。和也はなぜ直己からそんな言葉出たのか理解できなかった。樹の話は智美以外のだれにもしていない、直己が知っているはずがない、そう頭の中で断言するのだが和也は直己の問いに答えることが出来なかった。また直己も問い直すこともなく再び黙々と動作確認を続けていった。

 5時を過ぎ、無事に製品の出荷も終わった。出荷が終わったところで品質保証課は皆、幹事の橘お勧めの居酒屋「トコロ」へ向かった。直己の歓迎会を行うのだ。歓迎会は宴会部長の橘の盛り上げでほどよく盛り上がった。1次会、2次会を終え解散した後和也は直己を飲み屋に誘った。日中に聞かれた「今の仕事で満足ですか?」と言う問いについて聞いて見るためだった。座敷に通され、二人とも日本酒を注文するとすぐに和也は素直に直己へ尋ねた。

「昼に言ってたさ、あの今の仕事満足か?って質問なんだけど、あれどういう意味?」

「はあ、深い意味はないですよ。西立の仕事をされてたというので、今の、ここの仕事で満足されているか?という意味ですが」

 直己の言葉を反芻している和也をみて不思議そうな顔で直己は続けた。

「別に父に報告するとかそんな意図はまったくないですよ、ただ、興味本位で聞いただけです。」

「ああ、なんだそんなことか」

 樹の言葉と無関係なのを知り安堵の顔で和也が答えると直己の顔が少しだがひきつった。それを見て和也は直己の質問の意図をよみとり

「はは~ん」

 と納得顔をした。それから和也は崩していた足を正して直己を見ながら言った。

「いや、すまない。ちょっと他の考えごとをしてたのでね。仕事に満足かって質問だったね」

 直己は顔を少し伏せながら

「別にもういいですよ」

 と言った。お酒によって薄らいでいた壁が再び表面にあらわれだした。しかし気にせず和也は続けた。

「直己さんはどう思ってる?仕事の規模は明らかに小さくなってる。遣り甲斐もその分小さくなってる。そう思ってる、かな?」

「…。実際そうでしょ?プラモデルだって原寸大に近いものを本当はみんなつくりたいものでしょ」

 今度は横を向きまた視線をそらしながら直己が履き捨てるように言った。綺麗事ではなく本心で話しをして欲しいと言っているように和也には聞こえた。

「仕事の自由度はどうだい?過去の図面をもってきて寸法だけ変更するそんなの仕事したことないとは言えないだろ。ここではいろんな仕事をうけるから今までにしたことない仕事、関係ない方面の図面までいろいろひかされるぞ。どんな小さくても自分の頭をひねって作ることは遣り甲斐だらけだと俺は思うがな」

「…そうでしょうか?それにもしこの会社で頑張っても、所詮社長の息子ってことで正当に評価されないんじゃないんですか?」

 直己は注がれた熱燗を飲み干しながら言った。「なるほど」和也は心の中で呟いた。おそらく直己の本心はそこなのだ、社長の息子ということが原因でこの会社に居たくないそう思ってるのだと和也は直己の様子から考えた。これで合点がいく、自己主張がなさ過ぎるという和也の直己に対する印象はこの会社に居たくないという直己の心の表れなのだ。そこまで考えて和也ははっとした。社長の蛭子の思惑に気付いたからである。蛭子は息子のこの会社に入りたくないという気持ちに気付いていたのだろう。その気持ちに気づいた上で直己を会社にいさせるべく説得役に和也を選んだ。それは父親の自分が説得するのでは反発するだろうと考え、それなら過去に直己と同じような会社に居た和也からの言葉なら聞くだろうそう思ったからだろう。

「あの親父」

 思わず和也は口に出してしまった。直己は不審な顔をしたが和也は気にせず話しを進めた。

「先に一つ聞くけど前の会社はもう辞めてるんだよね?…誓約書の話しが進んでないみたいだからひょっとしてだけど」

 和也はまさかと思いながらも今日の直己の言動から一応確認を入れた。

「・・・実はまだです。上司が相談に乗ってくれていて今は有給扱いで2週間ほど時間をもらっています。まだ父にも言ってませんから内緒にしてください。」

 直己が驚きの発言をしたので和也は口にしていた日本酒を思わず噴出し、「マジかよ」と叫んでしまった。どこまでもこの蛭子一家は和也を翻弄する。もともとは社長の息子の入社を阻止すべく、奮起した和也が今度は上司として社長の息子が会社からはなれるのを阻止しなくてはいけない。和也は小さく苦笑した後に言葉を正して聞いた。

「直己さんはこの会社に入るのがいやなんだね?」

 直己は無言だった。和也はそれが肯定の答えとして受け取った。少し社長の考えが頭をよぎたっが和也は上司としてではなく和也として自分の思うとおりの話をすることとした。結果は出すのはやはり直己本人にさせるべきだから。

「直己さんは自分がこの会社に入ったらなにをすると思う?設計?いや俺は違うと思うよ。やはり経営者側に立つべきだと思うよ。あの親父、いや社長は口では設計のリーダーとか言ってるがそのつもりは無いそう思ってる。父親の夢ってなにか考えたことある?俺は最近考えたんだけど自分の育てた会社を息子に託すなんてのは最高のそれだと思うよ。いや、話がそれたけど、まあ、あの社長がリタイヤを考えているなんて事はまずないが設計を息子に丸投げする、なんてことはもっと考えられない。おそらくそれはポーズで直己さんを会社に入れるための方便なんじゃないかな?もし俺の言っているとおりなら君は今、会社を替わるだけじゃなくて、職種も変わる大きな分岐点にいることになる。よく考えるべきだね。もし設計者として大規模な仕事をこなしたいなら転職すべきではない、やはり大企業にはそういった設計のノウハウが豊富だからね。それにここに来たらその大きな仕事をできるように会社を大きくすることが仕事まったく別物だ。でもな、直己君の設計者としての経験はきっとこの会社の経営者としても大いに役に立つと思う、なにせ今の社長設計についてはあまり分かってなさそうだからね。いや、今のは社長に言わないでよ、いつもは設計にも明るいなんていっておだててるんだからさ。あと、社長の息子として色眼鏡として見られるって言うけど、経営者はあくまで社外が相手。会社外では社長の息子だからってなにも扱いは変わらないよ」

「砂原係長にはもう隠すこともないので猫かぶるのはやめにします。経営者と設計者たしかにそこを考えるのわすれてました。・・・。でも僕には選択権はないんです、なにせ相手があの親父では。」

 和也にまだ転職の決心さえついていないことを話した直己は開き直り言った。

「なにを言っている?分岐点だっていったろ?あくまで選ぶのは自分だよ。今だって社長に逆らって有給扱いで五葉ビルシステムにまだ籍を残してるんだろ?親のいいなりなんていって言い訳作ってるとあとで後悔するぞ!例え今、親を裏切ってもやりたい事を選ばなくちゃ駄目だ。自分を裏切る事はできないんだから。それに父親の夢ってのはつまるとこ子供の幸せだから少なくとも社長には気を使わなくていいぞ」

 和也が熱く語ると直己は和也の熱に壁を溶かし明るく笑いながら言った。

「「自分を裏切る事はできない」か、砂原係長は考え方まで本当にロックですね。僕も少しロックに考えてみますよ。でもまるで昔から考えてた台詞みたいでしたよ、まさかそう言う歌でもあるんですか?これは明日のライブ楽しみだな」

 直己の発言に自分の言葉を振り返りながら慌てて和也は返した。

「まさか、そんな歌はないよ。うん?そっか、みんなで明日来てくれんだったけ?そうか、それはそれはよろしくな。まあ、また明日よろしくな」

 直己と分かれたあと和也は直己の言葉を思い返した「本当は全然ロックじゃないんだよね」そう自分に冷ややかに言い聞かせた。本当の自分はやりたいと思っていたことを早々と放棄して、その癖、未だに未練を持ちその真似事を続ける。そして待ってたチャンスが来ても素直にそれに飛びつけないそんなのが実際の自分だと和也は冷めて静かに思った。

「自分に嘘はつけないっか」

 手酌で酒を注ぎながら呟いた。和也はもう一度樹と一緒に音楽をやるのをずっと夢見ていた、それは間違いがない。しかし実際に樹に誘われた時自分が感じたのは想像していたものとは別物だった。それは昔、ハイオクの解散を決定づけた和也の部屋で感じたものと一緒だった。夢と現実とのギャップ。会社に行き、月に一度のライブそんな毎日を過ごしながら夢見ていた本格的な音楽活動の夢。「いつかは音楽で大きく当ててやるぞ」口癖のように言っていた、その言葉には嘘がないそう思っていたのに実際のそのチャンスに直面すると尻込みしている。それは昔、いきなりプロとしてやる覚悟を問われたあの時となんにも変わらない。想像していた自分の反応と実際の反応とのズレ、それが和也を大きく戸惑わせた。和也は自分はどうしたいのだろう?本当の自分はどうしたいのかそれがわからなかった。

「自分を決めるものは?信念だっけか」

 和也はいつだったか譲との話しを思い出した。

「楽しくかっ」

 そう言うと和也は酒を飲み干し家に帰ることにした。答えは出なかったが和也は自分が楽しくいられる家へ戻ることにしたのだった。

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