男子とーく
さっきの場所には、未だに覗き見をしているケインさんの姿があった。
「まだ居たんですか?」
「部屋まで案内しなきゃ分からないだろ?」
確かにそうだ。部屋といってもこの家に沢山部屋はあるし、どこの部屋だか分からない。それにまず私はプチ方向音痴だ。
ケインさんに案内された部屋に入ると、そこにはさっき隠れていた皆さん+αが床に座って色々していた。トランプやら読書やら・・・。
私が入ってくるのを見た途端、リラックスしていた皆は一斉に各自の行動を止め、円になるように座った。(但し、1人だけは円の外にいた)
「えっと――」
「隣空いてるから来なよ。どうせあいつは円に入りたがらないから」
私は少し申し訳ない気分になりながら、彼の隣に座った。
・・・とここでフルメンバーを言っておくと、まず私の隣。さっきここに座ればいいと言ったのは紫綺さん。彼が来るとは意外だ。
他のメンバーは、次の通りだ。カインさん、ケインさん、真希さん、璢夷さん、アルバートさん、輝生さん。・・・と璢夷さんの後ろに沙灑さん。付き添いというのは、沙灑さんのだろうか。
「で、何から聞く!?」
早速話を始めたいらしいケインさんがいう。周りの皆は私に伝える事を渋っているようなので、まぁ、一番手は安定のケインさんだった。
「じゃあ霧雨ちゃんの情報からな!」
「は、はい。霧雨さんが作っているのはどうやらトリュフのようです」
「個数は?」
「結構沢山作ってましたが、箱は1つだけでした。あとは袋にいれるみたいですね」
「本命やな」
「誰に渡すんでしょうね」
「安定だろそこは・・・敢えて言わないけどさ」
確かに、璢夷さん宛てに作られていた。それは言わないでおこうと思う。
「ほっほーう、俺のだな!」
「いや違うって!そこ自覚しろよ!」
ここまでポジティブとなると恐ろしい。
「じゃあ次は誰の?」
「はいはーい!」
楽しげに手を挙げたのは、真希さんだ。
「政ちゃんのが知りたいでーす!というか、まずあの子・・・ちゃんと成功したかなぁ」
「セイラさんに手伝ってもらってたので大丈夫だと思いますよ?」
「いやぁ、それがさぁ。政ちゃんって作ったものが真っ黒になっちゃうんだ。ダークマターって呼んでるんだけど」
そ、そこまで大変な事になっていたのか。
「じゃあ、個数は?」
「箱は2つでした。後はやはり袋でしょう」
「2つ?1つは僕のだとして、もう1つは?」
「ついでに聞いておきますが、作ったものは一体?」
「ウーピー何とかでした。すみません、名前が聞きなれないもので」
「そうですか。」
意外にも作ったものに興味を示したのは、カインさんだった。うーん、気になる。
「では次は俺が聞いていいか?」
「璢夷さんも気になる人が?」
「そういう訳ではないのだが、幼なじみが何を作ったのか聞きたくてな」
「幼馴染み?」
初耳だ。そんな人がいたなんて。
「美麩。」
「あぁ、美麩さんですね。彼女はガトーショコラを作ってましたよ」
「ガトーショコラっ!?」
反応を示したのは・・・紫綺さん?
「やはりな。」
彼はそれだけ言うと、口を閉じた。しかし、少し経つともう1つ質問を投げ掛けてきた。
「・・・では氷椏は?」
「?」
何故急に氷椏さんにいくのかは不明だが、答えるしかない。
「氷椏さんは、クッキーを焼いてました。きっと皆さんに配るんでしょうね」
彼女は幟杏ちゃんの作業が全て終わった後に作っていたため、あまり話は聞けなかったが――。
「そうか。・・・有り難う」
「次は誰が聞く?」
「千佳とノエルとセイラと・・・お前は?」
「えっ?」
輪の外からこちらを眺めていた輝生さんが言う。
「千佳さんはやはり紫綺さんにと必死にガトーショコラを・・・ノエルさんは自分の為にとか言いながらチョコケーキを・・・セイラさんは聖夜さんにってフルーツケーキを。」
「・・・で?お前は?」
問い詰められて、正直焦った。皆の情報だけを聞くと思い込んでいたからだ。
「わ、私は――。内緒です」
「え」
「情報元は私なんですからそれ位我慢してください。」
「・・・そ」
一言言うと彼はそっぽを向いた。
「そうか、やはりセイラは聖夜に・・・あいつらは前から仲が良かったからな」
昔を懐かしむように璢夷さんが呟く。
「なぁ、そろそろ俺が聞いてもええか?」
「どうぞ」
「真里亜・・・真里亜の作るもんは?本命か?誰にや!」
「えっと、真里亜さんはチョコマフィンを作ってましたよ。本命かどうかは分かりませんが――。」
「・・・そか」
急に熱くなったり、戻ったり。これはもしや―――!
「じゃあさぁ~・・・ズバリ、今のところ誰が一番人気!?」
「あぁそれ気になるな~」
「俺でない事は確かだな」
「えっと・・・」
璢夷さんには霧雨さん、紫綺さんには千佳さん、真希さんには政宗さん、アルバートさんには真里亜さん、聖夜さんにはセイラさん、私は緋威翔さん、ノエルさんはあの人で・・・。
「今のところ、皆さんいい勝負してますよ?」
「へぇ~そーなん?」
「月華ちゃんは誰にあげんの?」
「鏡はあいつだ、分かるだろ」
「え」
「え?誰かそれらしい人居た?」
敏感な璢夷さんと、天然な真希さん。正反対だ。
「逆に質問しますけど、皆さんは誰に貰いたいですか?」
「霧雨ちゃん!義理だろうがなんでもいいから欲しい!まぁ、勿論本命が一番だけどさ」
予想通りだ。気になるのは他の人。
「俺は料理の上手い奴。」
そう答えたのは輝生さん。だが私からみて彼は嘘をついているように見えた。
「輝生さん、それって本当ですか?」
私の急な指摘に驚いたのか、それとも図星なのかは知らないが、彼は体をびくつかせた。
「なっ、何だよ急に!余計な詮索するな!」
「輝生さん顔が・・・」
ものすごい赤い。真っ赤。こんな輝生さん初めて見た・・!
「あいつはあいつで恋をしているからな」
璢夷さんがクスと微笑みながら言うと、輝生さんから煙が出た。
「いいじゃん別に。好きな人がいて何が悪いの?」
紫綺さんが助け舟らしきものを出すが、彼は拒否。
「五月蝿てめぇは黙れ」
「何で俺にだけそんな厳しいの?」
「・・・。」
「僕はね~・・・」
空気を読んだのか読んでないのか、急に真希さんが話し始めた。
「俺は政ちゃんと~、セイラちゃんと~、それから月華ちゃんから欲しい!」
「えっ?」
「セイラちゃんも月華ちゃんも料理うまそうだし、心込めて作ってそうだから!」
「そうだな」
「確かにね」
口々に賛同の声があがり、どう反応していいのかわからなくなる。
「そ・・・そうですか?」
「私は・・・少し気になっている人がいるのでその人から欲しいですね。名前は伏せますが。」
カインにも気になる人が・・・?意外だなぁ。
「・・・ひっ・・」
「?」
小さな、誰かの声がした。はっきりと断定出来ないこの声・・・。
「珍しいなお前が話すなんて」
璢夷さんが後ろに手を伸ばし、頭に近い部分を軽くポフポフしているのが見えた。
璢夷さんの背中に寄りかかっているのは沙灑さんだ。
「どうかしたんですか?急に驚いたような声を出して」
「ふふ、鏡にはそう聞こえたのだな」
今日は何だか機嫌がいいらしい璢夷さん。普段は真顔が多いが今日はにこやかだ。
「沙灑が自分から参加すると言うのはあまり無いんだ。だから嬉しくてな」
「そうなんですか。沙灑さんも気になる人が?」
璢夷さんの後ろからひょっこりと顔を出した沙灑さんはこくりと頷きまた背中に隠れた。
「そういえば鏡。先程女子達の場所から出てきたのだろう?不審がられていないか?」
「ちょっと不思議に思われたくらいだと思いますよ?」
そうだよね、いってらっしゃい的な事を言われたし。
「そうか。でもあまり長話する訳にもいかないな。」
「ではこれにて解散しましょうか。」
「じゃあまた明日~皆頑張ろ~ね!」
「誰が一番本命貰えるか勝負や!」
「皆さん頑張ってくださいね~」
そんな事をいいながら、別れた訳だが。私はこの場所から出れなかった。いや、出ることは可能だが、出たら迷う。
「すみません、誰か案内を・・・」
「・・・俺が行ってやるよ。カインとかケインだと見つかりやすそうだしな」
私を出口まで案内してくれると言ったのは、部屋の端で皆が出るのを待っていた輝生さんだった。
「いいんですか?」
「お前に、聞きたい事がある」
どうやらその為らしい。
二人で部屋を出て廊下を歩き始める。輝生さんとはあまり関わりがない為、不安でしょうがない。彼のイメージが不良に近いからだ。
「人の顔じろじろ見んな」
「す、すみません。」
誰もいない廊下を歩いていると、急に輝生さんが口を開いた。
「お前さ、もし男性から何か貰うとしたら何が嬉しい?」
顔を真っ赤にしながら真剣に聞いているらしい輝生さん。いつもと違う彼に驚きながらも、私は真面目に考えてみた。男性から貰って嬉しいもの・・・。
「アクセサリー、とかですかね?」
「どんなだよ?」
「ネックレスとか。指輪は人によりますね」
「・・・ふーん・・じゃあちょっと来い」
「え、あー・・え!?」
輝生さんに袖を引っ張られ出口にたどり着く。だが、出口に着いてもその手を離してくれない。
「ど、何処に行くんですか!?」
「あ、アクセサリーショップだよ。この辺にあるのは--っと。」
武器であるゲームをマップ代わりにして移動していく輝生さん。気合いが入っているように見える。
「ここだな!」
数分歩いた後についたのは、最近出来たばかりのアクセサリーショップだった。女子からの評判もいい。
「!!」
急に輝生さんが私を引っ張り物陰に隠れさせた。
「ど、どうしたんですか?」
一応小声で聞いてみる。
「猫がいる」
猫?
疑問に思い顔を覗かせると、そこにはノエルさんの姿があった。
彼女はショーウィンドウを眺めながら溜め息をついている。
「ノエルさん、あれが欲しいんですかね?」
「かもな」
暫く見ていると、彼女は姿を消した。結局店の中には入らなかったようだ。
「よし、行くぞ」
「は、はいっ!」
アクセサリーショップに入店。中は高級感溢れる感じである。白を基調とした店内はピッカピカに磨かれており、光を反射している。
「いらっしゃいませ」
店員さんが話しかけてきた。
「彼女さんにプレゼントですか?」
どうやら私達はカップルに見えたらしい。
「違う。こいつは只の・・・」
知り合い、とでもいうつもりだろうか。彼の性格からして、私を友達と認めているようには思えない。だが。
「・・・友達、だ。」
えっ?と心の中で叫ぶ。今のは空耳だろうか?
「失礼いたしました。・・・お探しのものはなんでしょうか」
「ネックレス。最近人気があるやつ見せてくれ」
「でしたらあちらに飾ってあるものが一番人気ですよ」
どうやらあれが店一番の人気のネックレスらしい。
「新作ですから」
「じゃあそれを見せてくれ」
「かしこまりました」
店員さんは、暫くしてネックレスの箱を持ってきた。
「こちらでございます」
銀色に輝くそのネックレスには、薄紅色の薔薇の飾りがついている。その薔薇は花弁まで忠実に再現してあり、見事だ。
この花弁、何が材料なんだろうか。
「この花弁は、パールを加工して作られたものです。それを幾重にも重ねて作ってあるんですよ。その薔薇の後ろにある草や刺はエメラルドを使っています」
「へぇ・・・」
パール・・・。確か6月の誕生石だ。
「じゃ、これくれ。」
値段は幾ら程なのかと、ネックレスに繋がった値札をぴらりと捲る。
「!?」
とんでもない数字にびっくりして私は直ぐ様手を放した。こんなに高いとは・・・やはり宝石を使っているだけある。
それを簡単に購入するこの人は何者なんだろうか。
「これ、買ってどうするんですか?」
「・・・内緒だろそこは。」
「す、すみません」
「女子って本当に光物に弱いよな。」
遠くを見るその目は何かを物語っている。言葉も何故か重く感じた。
「光物が欲しいのは、自分を綺麗に見せる為ですからね。誰かを振り向かせたいんじゃないですか?」
「あっそ」
「お待たせしました」
店員さんが品を持ってきた。ディスプレイの物ではなく、店に売り物として保管されている方である。
「・・・あ、あとこれも」
数々のアクセサリーが並ぶガラスケースの一部を指差し輝生さんが言う。しかもそれは私から見た死角の位置にあった。だから何を指したのかは分からない。
「かしこまりました」
会計を(カードで)済ませ、店を出る私達を、店の中にいた大人達が不思議なものを見るような目で見てきた。それもそうだ。あんな高いアクセサリー・・・大人でも渋る値段のものを簡単に購入してしまったのだから。
「ふー、また変な目で見られたか」
「歳が歳ですからね」
「ま、別にいいんだけどさ。1人でいる方が気が楽だし。話し掛けてこないだけマシだな」
「そういえばネックレスともう1つ、何を買ったんですか?」
「は?」
「え?」
そんなの買ってないというような対応をする輝生さんだが、私ははっきりと見ている。もう1つ何かを買ったはずだ。
「人の買い物をじろじろ見てたってことか。侮れねぇな、月華って。」
「つッ・・!?今私の事名前でッ!?」
「悪いか」
「いえ別にっ。ただ、あの時“友達”って言ったのは本心だったんだなって。」
「・・・月華から見たら友達じゃないと?」
「勿論、友達ですよ」
笑顔で微笑み掛けると、輝生さんは少し照れたように視線をずらした。
「じゃあ、月華は友達1号」
「?」
「俺の初めての友達だから。宜しくな、月華」
初めて見た輝生さんの笑顔。毎日皆の前でもこんな顔をしていたらいいのに。皆とも簡単に打ち解けられる筈なのに・・・。
「俺は、誰にも頼らずに1人でいたい。お前ならそーゆーの分かってくれそうだから」
「政宗さんや、真希さんは・・・?」
以前、親しくしてそうに見えたのに。私が1人目の友達だなんて。
「あの二人は親みたいなもん。だから友達じゃない」
「もっと上の、かけがえのない人ですね」
「そう言われればそうかな」
アクセサリーショップを出て、何故か寮まで送ってくれる輝生さん。いつもはツンツンしてるけど、案外優しい人なのかも。
「そういえばこれ、月華と俺だけの秘密な。口止め料にこれやるよ」
寮に着き、彼はそう言った。その時に軽く何かを投げたのを見て、私がそれをキャッチする。小さな袋に入れられた、何か。これって・・・。
「さっきのに比べたら安物だけどさ、月華にはそれが似合う。じゃな、また明日」
「輝生さん」
「何?」
「これ・・・あっ、有り難うございます・・・!」
「その言葉、俺には似合わない」
一言そう言って、彼は走って行ってしまった。
彼はあのアクセサリーを買うために私を連れていった訳で。そのアクセサリーは、誰かの為であって。
でもアクセサリーショップには入りにくくって。
それを言うわけにはいかないから黙って連れてきた訳で。
彼は口止め料って言ってたけれど、これは「お礼」な訳で。
彼は、不器用なだけなんだ。だからいつも1人。
それが分かっただけでも充分なのに。
薄い袋からうっすら見えるそれは、金色に煌めくアクセサリー。彼が見えなくなったあと、こっそりと出して眺めてみる。
トップには、私の名前にある「鏡」の形をした飾り。その鏡には青い「月」が映っている。
あの時追加で頼んでいたのはこれだったんだ・・・。
心の中で、有り難うともう一度呟く。
そして彼の作戦が成功しますように、とそのネックレスをつけ飾りを握り願った。
明日は、バレンタインデー当日。