素性を隠した依頼人【美麩】
前回の後書き通り、美麩編です。
バレンタインデー当日。私は一つの紙袋の前で悩んでいた。これを誰に渡すべきか模索しているのである。
いつもお世話になっている人へ渡すにしては手が込みすぎているし、かといって本命(?)に渡すにしては、質素すぎる。
だとすれば誰に渡せばいいのだろう?
今日の朝からしきりに届くメールは、多分嫌がらせ。チョコをくれというメールが既に30件を越えた。一体誰から来ているというのだろう。悪戯にも程がある。
学校へ行って最初に会った人に渡そうかとも考えたけれど、恐らく校門前には人が殺到していて入れないだろう。それに今日は自由登校。わざわざ学校へ行く必要はない。
私はとりあえず気分を鎮める為に図書館へ向かった。勿論、あの紙袋は持っていった。
図書館はいつもよりもの寂しい感じになっている。というのも、今日は平日だ。一般の人は通常の1日を過ごしている。そんな中で図書館に来る人が少ないのは当たり前。
私は椅子に座って本を読みながら、この紙袋をどうするかをまた考え始めた。
・・・またメールだ。
私は携帯を二種類所持しているが、このメールは学校のクラスメイト達とアドレス交換をした方の携帯に来ているので、恐らく知人からだろう。しかも、こんな事をしてくる人は限られてくる。
いつかも私とペアを組んだあの人が静さんのゲームデータを弄って助けてくれた。多分あの時と同じ要領でやっているんだと思う。
私はそれを確認する程暇ではないので、とりあえず放置している。・・・が、メールは一向に止まらない。
このまま放置していても、ずっとメールが来るだけだと理解した私は、仕方なく返信する事にした。
『どうしてそんなにチョコが欲しいの?』
すぐさま返事が帰ってきた。
『美麩のチョコは美味しそうだから』
・・・完璧にあの人だ。
『・・・駄目です。これはもう先客がいるので』
こうでも言えば、納得してくれるだろうか。
『ふぅん・・・じゃあ今から受け取りにいくよ』
はい?
言っている意味が今一分からないので放置。まず、私が何処にいるのか把握出来ているのだろうか?
何故か急に不安が込み上げた私は、図書館の窓から外を眺めた。まだ近くには居ないようなので安心する。
・・・。
暫くどうしようか考えていたが、そもそもこれは誰にあげていいか分からなかったもの。だからあの人にあげても問題ない。かといって簡単に渡すのはつまらない。私はあるゲームを仕掛ける事にした。
『ではこうしましょう。私がある人を私がいる場所に呼び出します。その人より先に貴方が来たら、このトリュフは貴方に差し上げましょう』
『おっけー。そのゲーム、乗った!俺、それ勝てる自信あるよ』
私は返信が来た事を確認すると、今まで知り合いに対し使ったことのない携帯を使って璢夷を呼び出した。彼なら先に来てくれると思ったからだ。
璢夷には、図書館に来てほしいとだけ送った。彼は個人的な依頼を受ける際にメールでやりとりをしていると聞いた。そのやり方に沿ってメールを送ったのだ。これなら私だとバレる心配もないし、璢夷も多分急いで来てくれる。
しかし、予定とは裏腹に中々璢夷がやって来ない。何かあったのだろうか?それと同時に、先にあの人に来てほしいような、そんな気もしてきた。
・・・何でだろう?
私はそのもやもやした気持ちと戦いながら、図書館で時間を過ごした。本を読んで気を紛らわせようとしたが失敗。仕方がないので借りる本を探す事だけに集中して過ごした。
まだどちらも姿は見当たらない。
もしかしたらあの人が先に来るのではないかという期待が胸に込み上げる。だからといって、このゲームを止めることは私のプライドが許さない。
一体どうすれば――。
すると急に携帯が鳴った。さっきからずっとメールが届いていた方は既にマナーモードにしてある。・・・という事は、もう一台の携帯のマナーモードをオフにしたままにしてしまったという事だ。私は急いでその携帯をマナーモードにすると、来ていた新着メールを確認した。
それは、璢夷から図書館についたというメールだった。
まだあの人の姿はない。
私が依頼人という役である事を隠すため、その携帯の電源を切って鞄にしまった。そして何食わぬ顔で図書館を徘徊する。すると思った通り、璢夷が依頼人を探しているのを見つけた。
私はそれを知らんぷりして本を探す事に集中している素振りを見せる。案の定、私が依頼人(仮)と知らない璢夷は、私に話しかけてきた。
「美麩。すまん、ちょっといいか?」
「・・・えぇ。どうしたんですか?そんな顔をして」
私はわざとらしくならないように注意しながら答えた。
「この辺で、挙動不審な人を見なかったか?俺の携帯に今日、図書館に来てほしいとだけ書かれたメールが届いたのだが」
さてどう返答しようか。そのままゲームの事を伝えるのはつまらないし――。
私は少し考えたような顔をしてから、ハッと思い出したように言った。
そうだ。依頼人が私に伝言を残したていにすればいいんだと気付いたからだ。
「あぁ、その人なら私に話しかけて来ましたよ。私が仕事仲間だと知っていたようです。」
「そうか。それなら話が早い。・・・それで、依頼というのは?」
「これを渡してほしいと言われました」
私は、鞄から紙袋を璢夷に差し出した。
「これは・・・?」
簡単に言ってしまえば、私が作ったトリュフだ。
「璢夷さんを呼び出したのは、これが理由だそうです。これを渡す為に呼んだと言っていました。きっとチョコレートですよ。」
「そ、そうか・・・」
彼はそう言ってから言葉を付け加えた。
「・・・なら、その人にこれを後で渡しておいてくれ。」
璢夷が懐から何かを取り出した。それは見事な色をした青の花。依頼人への礼だろうか。
「あ、後こっちはお前の分だ。」
それと同時に赤い花も渡してきた。私が依頼人だと知らない彼は、依頼人への花とは別に、私用にも花をくれるようだった。
実に彼らしい。一人一人に花を贈るなんてアイデアはそう浮かぶものじゃない。
私は簡単に有難うと言った。彼はそれを聞いて、その場を後にする。
「宜しく頼んだぞ」
依頼人への花を渡しておいてくれという意味だろう。もうそれはこなしていると言えるが、私は敢えて頷いて見せた。
さて、もう一人はいつ来るのだろう?てっきり場所が掴めていると思っていたから、予定より遅い。
思わぬ足止めでもくらっているのかな?
そろそろ帰ろうかと考え始めた頃、やっと彼が入ってくるのを見つけた。
「遅かったですね」
悔しそうな顔をしている彼を見て、思った。彼は私がいる場所を知らなかったのだと。そんな中でこの日中に見つけている事は凄いのだと。
「ちなみに、貰ったのは誰?」
「璢夷」
私が言うと、彼はやはりという顔をした。まぁ、私が呼ぶとすれば、璢夷しか有り得ない。
「何故こんなに遅かったんです?」
「千佳達に足止めされた」
「・・・成る程。障害があったんですか」
言葉だけで簡単に想像出来るから不思議だ。私はクスクスと笑った。頭の中では、紫綺さんにくっつく千佳さんと、それを剥がそうとしている紫綺さんが浮かんでいる。
「それがなければ、勝ってたかもしんない」
そこまで言うのなら、私は貴方が勝つ所を見てみたい。姫を救いに来た王子のような、その光景を。
「じゃあ」
「ん?」
「来年もやりましょう、このゲーム。私も意外と楽しかったので」
もしかしたら先に来るんじゃないかという期待とはらはら感は普段味わえるものじゃないし、興味がある。それに――。
「じゃあ来年もチャンスがあるって事か。分かった。次こそは先についてやるから。」
彼に私の作ったガトーショコラを食べさせてみたい。どんな反応をしてくれるのかが知りたい。
「来年もガトーショコラを作りますね」
「心込めて作ってよ!」
「・・・はい」
これなら来年も楽しみね、バレンタイン。