昼と夜 【前編】
雲で月が見え隠れる夜。犬が遠吠えをする。
それが聞こえて少し私はびっくりする。
たくさんの説明を目の前にいる妖精さんからされて、頭がこんがらがっている。
「――というわけなんだ。わかったかな?」
「……う、うん。えっと、なんとなく…なら」
「今はそれでいい。少しずつ覚えていこう」
優しい妖精さん。
「うん。ありがとう」
それにお礼を言う。
私は目の前にいる、手に乗れるくらいの大きさの妖精さんの名前を確かめる意味で呼ぶ。
「……えと、ユウくん?」
「なんだい」
それに返事をしてくれる。
私は安心する。
「ユウくんは“ようせい”さんなんだよね?」
「そうだよ」
「そっか。いっしょにがんばろうねっ」
「うん。頑張ろう」
なにをがんばるのかはまだよくわかってない。けど、この妖精さんとならがんばれる気がする。
私、凪川亜姫が“魔法少女”という役目をこの妖精のユウくんから与えて貰ったからには、精一杯がんばろうと思う。
ユウくんのためにも、がんばりたい。
……でも、突然窓からやって来たのは驚いたな。思い出すだけで笑いが込み上げるよ。
「ふふっ」
「どうしたんだい?急に笑い出したりして」
「ううん。なんでもないよ」
「そうかい?」
私はその時のことをきっと忘れないと思う。
*
平日の学校のある日の昼休み。
僕こと古屋悠は悩んでいた。
「……コーラとドクペ。今日はどちらにしようか」
飲んだ時にピリピリと舌が痺れるコーラと、その珍味さが堪らないドクペ。
……うむ、どちらも捨てがたい。
「別にどっちでもよくね?」
右隣に座る悪友、杉智一。そのルックスは幾多の女の子を落とし、その脳内桃色思想と空気の読めなさで幻滅させて来た伝説の男だ。
「そうだな。すこぶるどちらでもいい」
左隣に座る悪友、恒太一。そのクールな物腰と知的な判断力で数々の女の子――の彼氏を貶めた外道だ(嘘)。本当は女の子の相談に乗ってやってその内容が色恋関係だったって話だ。
そしてその悪友二人が僕の考えに水を指す。
「どっちでもよくないっ。僕はどれだけこの瞬間に賭けてると思っているんだ!」
「本当にどうでもいいな」
「あぁ。そうだな」
今日は僕がアウェーな日のようだ。
だが僕は負けない。
「なら太一。おまえがどこからか情報を得るとして、それが同じ時間帯、別の場所だとしたら、迷ったりしないのか」
「ふん。それは――」
「しかも重要度も同レベルだとしたら?」
「……ふむ。昔から炭酸を愛して来た悠のことだ。コーラかドクペかと言う選択肢はこれからのモチベーションに関わることだろう。気を察する」
「うわ、太一が俺を裏切った!」
「場の空気を読むことに鈍い智一にはわからないだろうな。悠のこの瞬間の決断の苦行を」
「わからねぇよっ?それがどうしたっ。そんなんぱぱっと決めっちまえばいいんだよ!」
「これだから……」
「……な、なんだよ」
「……ふっ」
「――なっ。わかんねぇけどその態度がムカつくぜっ!」
太一が席を立ち憤慨する。
これで僕はアウェーではなくなり、今度は智一がアウェーになった。
僕はどっちにしようか決めて、自販機に行こうと立ち上がった。
「悠。どちらにしようか、決めたのか」
「うん。だから買って来る」
「わかった」
僕は「いってくる」と告げて教室の扉に向かう。
――ガラガラ
扉を開けて一歩踏み出す。
「きゃっ」
だけど誰かにぶつかり、僕はとっさにその誰かの腕を掴み引き寄せる。
「……大丈夫?」
「……あぅ…」
びっくりしたようで、しばらくそのままだったが、僕が声をかけると、
「凪川?」
「……え、あ、はいっ!?」
僕の顔を見るなり声を上擦らせて離れる。
「……あ、あり、……ありがとごじゃいましたっ!」
そう頬を赤らめさせてカミカミのお礼を言って避けるようにして脇をすり抜けて行った。
彼女は凪川亜姫。人見知りなのか、いつも挙動不審でオドオドしてて危なっかしい女の子だ。
「……そうだ、ドクペ」
僕は決めたドクペを求めて自販機へ向かった。
自販機の前に来ると、そこには保健室の先生の西谷先生がいた。
「……。あ、古屋君もこれ、ですか?」
その手に持つのは僕が求めていたドクペ。
この人も炭酸愛好家で、僕の信者仲間だ。
「そうです。先生もですか。さすがです」
僕よりもいろいろと詳しく、僕は西谷先生を尊敬している。
「ほめてもなにも出ませんよ」
柔らかく微笑む先生。
その物腰の柔らかさで女子生徒に人気があるが、嫉妬はしない。むしろ尊敬の念が増すばかりだ。
「でもこれならあります。どうぞ」
そう言ってドクペを差し出す西谷先生。
「……え、でも。それ、先生のじゃあ」
「いいんですよ。同じ炭酸好きですから。それにいつも楽しませてくれるお礼です」
「そ、そんなっ。僕の方がお世話になってますからっ」
僕は度々保健室に立ち寄り、西谷先生と話をしたりしていた。
西谷先生はその長年の経験と知識で僕にアドバイスなどをくれて、僕にとってはとても有意義な時間をくれる。
むしろお礼をしたいのは僕の方なのに……やっぱり優しくていい人だ。
僕は改めてそう思った。
「じゃあ……ありがたく貰います」
「はい。そうしてください。では、私は行きますね」
先生は保健室にでも戻るのだろう。
白衣をはためかせ歩いて行った。
「……僕も戻るか」
教室に戻ると、智一が僕の昼のパンをかっさらおうとしていたのでとりあえずはたいて阻止した。
放課後になり、生徒は疎らに移動を始める。
僕も帰り支度を済まし、立ち上がる。
「悠」
ふいに太一に呼ばれる。
「これから帰宅か」
「あ、うん。そのつもり」
「そうか。今日智一は部活だから一緒に帰らないか」
その誘いには乗りたいが……どうしようか。
西谷先生の所にも寄りたいけど。
「別に駄目ならそれでいい」
僕の考えに察したのか、太一は気遣ってくれた。
「ん~、いや。じゃあ一緒に帰るか」
「いいのか」
「うん。たまには友人の頼みにも乗らないとね」
「さすが悠。どこぞの阿呆とは違う」
どこぞの阿呆とは十中八九智一のことだろう。
「でもどこぞの阿呆にもいいところはあるぞ?」
「ふ。そんなことは知っている」
知的な微笑みで返す太一である。
いつもはあんなこと言ってても、ちゃんと心の中ではいいところとわるいところを理解している。
むしろだからこその発言ではあるけれど。
「ん、よし。行こう」
「ああ」
僕と太一は教室を出た。
「そういえば」
下駄箱から靴を取り出したところでふと思った。
「太一は部活は休みってことでいいんだよな?」
「ああ。部員の都合が合わなくてな。今日は集まらないで休みってことにした」
太一は文芸部の部長をしていて、少ない人数でどうにか存続を保っている。
「そうなんだ」
「だから今日は暇なんだ」
「だったら、ゲーセンか?」
僕はアーケードゲームのジェスチャーをした。
「その誘いを待っていた」
本当に待っていたようで、目が輝く太一だった。
ゲーセンで格ゲーで太一に負け、音ゲーで巻き返し互角になって僕達は解散した。
ゲーセンを出てブラついていると、とある一角に人の影が見えた。
「……?」
なんとなく追ってみると、影はピクピクと、頭の物体を動かす。
よく見ると、それは耳だった。しかも猫の。
「……黒猫?」
僕は訝しげに様子を見ていると、その猫耳をつけた人影は一瞬にて消え去った。
「――っ!?」
僕は辺りを見回す。
驚いて目をかっ開いて人影を探すと、そのいた場所に一匹の猫を見つけた。
その猫は黒く、毛並みのいい野良とは思えない上品差を持っていた。
「……」
その姿を黙々と凝視していると、
「――っ?!」
途端に口元と肩を抑えられた感覚がして、気付いた時にはもがく暇もなく気を失っていた。