1話
「約束だよ?絶対に私より・・・!!」
「私より・・・なんだったっけ?」
不思議な夢を見た。
多分幼い頃のあの時のことだろう。
覚えてないわけじゃないけど、はっきりと覚えているわけではない。
断片的には覚えている・・・はずだ。
忘れてはいけないのに、僕の初恋の人――――
僕の名前は相河隆矢。
どこにでもいる高校生、のはず。
少しだけ昔の記憶がない。
そう、ほんの少しだけ。
僕にとっては一番大切な、なくしたくないもののはずなのに・・・。
「おはよ、母さん」
挨拶をして席に座る。
父さんはもう出勤しているらしい。
「おはよう、隆くん♪今日も可愛いわよっ」
「はいはい・・・」
この人が僕の不肖の母親、相河香奈子。
30代後半のはずだが、20代にしか見えない。
子供の僕としてはもう少し年相応な容姿でいてほしかった。
二人でスーパーとか行くと姉弟に間違われるほどだ。
それが相まって、この人はすごい親バカだ。
その愛情を強く拒めないあたり、僕もマザコンなのだろう。
「ん・・・ちょっと母さん」
「どうかした?ご飯少ない?」
「や、逆だよ。多いよっ!」
「もぉ、男の子なんだからいっぱい食べないと!」
「はぁ・・・とりあえず、これ半分くらい戻しとくね~」
僕は朝ご飯はあまり食べたくないんだけど、それを母さんに伝えたら・・・
「母さんが作ったご飯・・・食べてくれないの・・・?」
泣きそうな顔で言われた。
こんなの肯定できるわけがない。
こんな感じでなし崩し的に朝ご飯を食べることにした。
「どう?クラス慣れた?」
「慣れたも何も、去年とあんまり変わらないし・・・」
僕が通っている高校は中高一貫だ。
この春に僕は中等部から高等部へと進学した。
「元々生徒数少ないんだし、転校生と編入生が大量に流れ込んでこない限りはいつもの顔ぶれだよ」
「そう?今年も真亜耶ちゃんにお世話になるわねぇ」
「・・・そだね」
真亜耶というのは僕の幼馴染、美空真亜耶のことだ。
家が近所ということもあり、保育園の時から家族ぐるみで仲がいい。
「ごちそうさま」
「お粗末さまです♪」
そこから顔を洗い、お手洗いをしていたら時間になった。
「定期持った?はい、お弁当♪」
「ん、いってきます」
僕の家から学校までの道のりは遠いので電車通だ。
家から駅までは自転車を使っている。
16になったら原付の免許を取る予定だ。
と、玄関を出て自転車を押していくと外によく知った顔があった。
「おはよ、隆君♪」
「おはよ~」
この子が美空真亜耶。
10年来の付き合いだ。
「今日はちょっとゆっくりしちゃったから急ぐよ?」
「うん、りょーかいっ」
そういい真亜耶は後ろへ乗る。
いわゆる二人乗りというやつだ。
中1の時からこうして駅まで行っている。
田舎の駅ということもあり、人が乗る人が少なくあまり人目につかないのである。
「じゃ、いくぞー」
「うん♪」
そういい自転車を走らせる。
慣れているのですいすい走る。
「予想はしてたけど、やっぱりオリエーテーションとかなんもなかったなー」
「そうだね。基本的には中等部の頃と同じだからじゃないのかな?」
「かもなー」
そう、先日あった始業式の翌日から授業が始まったのだ。
無理もない、クラスメイトは大体顔見知りなのだ。
今更クラスに慣れるためのオリエーテーションなんかする必要なかったのだ。
「でも、こんな早く授業はないよなぁ」
「仕方ないよぉ。一応、進学校なんだよ?」
一応、というのが引っかかるが仕方ないだろう。
そもそもうちの学校はかなり校則が緩い。
とはいえ、学校の風紀は悪くない。
と、いうのも・・・
「隆君のお父さん、今年も生活指導?」
「あぁ、そういってたよ?はぁ、ついに父さんの管轄内に入ってしまった・・・」
そう。そうなのだ。
うちの父親は教師だったのだ。
どうやら学校ではかなり厳しく取り締まってるらしく、高等部では恐れられているらしい。
「父さんがねぇ・・・信じられない」
「あはははっ♪」
家ではかなり穏やかなあの父さんが・・・。
母さんもそのギャップに惹かれたらしい。
僕から見ても、お似合いな夫婦だと思う。
「結構余裕あったな。あと3分で電車くる」
「ん、よかった♪」
学校までは電車で約20分くらい。
自転車で行くと50分くらいかかると、自転車で行っている友人が言っていた。
基本的に僕らが乗る駅から乗る人は少ない。
なので、座席には余裕で座れる。
「僕ら学生の定期券の収入がなかったらこのローカル線絶対に潰れるな」
「今でも赤字らしいよぉ?」
「・・・まぁ、潰れないことを祈る。困るから」
学校に近付くにつれて、ちらほら生徒が乗車してくる。
その中には見知った顔も多い。
「おはよ~」
「・・・おはよ」
と、僕と真亜耶の共通の友達が話しかけてきた。
「その荷物なに?」
「うん?部の備品だよ?」
この子は白金唯。僕や真亜耶と同じクラスで部活も同じだ。
何の部活かって?それはあとで聞いてください。
「・・・おやつ」
「あぁ、いつものね」
この大人しそうな子は同じくクラスメイトで同じ部活の高嶺綾。
小柄で日本人形みたいな子だ。
「あれ、でも今日隆君の当番じゃなかった?」
「今月金欠でさ?唯に今月は変わってもらった」
「え、今月丸々?変わってもらいすぎだよぉ!」
「まぁちゃん、大丈夫だから♪」
唯は苗字からわかる通り、結構なお金持ち。
なぜこんな田舎にこんな金持ちがいるのかと思うほど金持ち。
しかし、部の備品は平等にするために日替わりで持ち寄ることになっていた。
僕以外の3人は毎回当番を守っているのだが、僕は諸事情により時々金欠になる。
そーゆー時は唯に条件付きで当番を代わってもらっている。
「えへへ、今回は今月分だから週2だよ?」
「へいへい・・・」
そう、その条件とは唯の家の家事手伝いであった。
お手伝いさんがいるので、そこらへんは足りていると思うのだが、僕のために苦肉の策ということでこういうことになった。
「しっかりお手伝いするんだよ?」
「ふぁいと・・・」
「5人は少ないと思うんだよね」
学校の最寄の駅から学校へ向かいながら僕はそう切り出す。
「週1で当番が回ってくるから僕の懐が寒くなると思うんだ」
「それだけじゃないと思うよ?」
「まずは散財癖を直したら?」
「破産へまっしぐら・・・」
僕は昔から後先考えず使い込んじゃう癖がある。
月初めに貰ったお小遣いももうない。
「今月はついにW○i買ったんだ」
「今度しに行く・・・」
「ん、狩りするのしかないよ?」
「配管工達とパーティーするゲーム持って行く・・・」
綾は色々持っているみたいだ。
真亜耶と唯も呼ばないとダメだなこりゃ。
そんなこんなで学校へ着いた。
ここが僕たちが通う『奥園学園高等学校』だ。
中高一貫だけあって、校舎も校庭も大きい。
施設も色々あって、部室棟も多い。
そのおかげで新部活申請などはすんなり通った。
「金曜は楽だからいいよねぇ」
「ふふっ、隆矢君は毎週それ言ってるね♪」
いいでしょ、金曜日は他の曜日より授業少ないんだから。
他愛もない会話をしながら教室へと向かう。
教室へ着くと、半分くらい生徒が来ていた。
電車組が着くのは大体朝のSHR20分前くらいだ。田舎なので一本遅れると遅刻決定なので、大体こんな時間になるのだ。
ちなみに、先ほど言った自転車で来ている友人はまだ来ていない。あいつはいつもギリギリだ。
僕の席は窓側の一番前。新学期の初っ端は名前順なので必ず一番前に来てしまう。
「おーっす」
「ん、おはよ」
と、ここで隣から声がかかる。
ふと時計を見るとSHR5分前くらいだった。
そして声の主は先ほど言っていた僕の友人、辻山春徒だ。
「今日は結構余裕だな?」
「へへっ、いつもギリギリってわけじゃないんだぜ?」
春徒はSHRの始まりのチャイムと同時に教室へ入ってくる。
時々こうして余裕で登校してくる日もある。いつもこのペースでくればいいのに・・・。
「席替えまだしねぇのかな?」
「まだ始まったばかりだよ?あと二ヶ月はこのまんまかもね」
マジかよ~っと言いながら伏せる春徒。
一番前と言うのは教師の目によく付くので、嫌らしい。僕もそれと同じ理由で嫌だ。
と、春徒と話しているとドアが開き担任が入ってきた。
「席につけー!!」
「んー、終わった終わった」
週末の最後の授業が終わったらかなり開放感がある。
が、僕にはこのあと部活がある。部活が創立して以来、大体毎日行っている。
「春徒今日どーする?」
「んー、今日行くわ」
そう言いながら帰り支度をする僕らの元へ真亜耶達がやってきた。
「隆君は行くとして、辻山君は今日どうするの?」
「今日は俺も行くぜー。金曜だからな」
どことなく楽しそうな春徒。
そりゃそーだろう、春徒は基本的に金曜にしか来ないからなぁ。
さて、ここで僕達の部活を紹介しよう。
『郷土芸能部』という。
この奥園学園では生徒はどれか1つの部活に入らなければならないという規則がある。
しかし、僕や真亜耶や春徒は特にしたくないのでかなり困った。
そこで、父さんに頼み込んでこの部活を設立したというのだ。
部活を創るのには2人と顧問が必要なので、顧問を父さんに頼んでやってもらった。
設立から1週間したところで唯と綾が入ってきた、というわけだ。
「部員入ってくれるかな?」
椅子に座り、唯が淹れてくれた紅茶を飲みながらまったりしていると真亜耶がそう呟いた。
「確かに部員は欲しいね、うん」
「隆矢は楽したいだけでしょ・・・」
「そゆこと」
綾につっこまれたが、肯定する。
だって楽したいじゃないか、色々と。
「勧誘活動とかしないでいいのか?」
「大丈夫大丈夫。唯と綾が入ってきた時だって何もしなくても入ってきたでしょ?だからこのまま何もしなくてもいいのさ。」
「「確かに」」
と、いうことで新入部員の話のことは終わりとなった。
あとはゆっくりしておこう。
「お、もう6時か」
春徒がそう呟く。
この学校の最終下校はこの季節だと6時、大会が近い部活などは特例として7時までとなっている。
お菓子部なんかに大会などはないので、6時には帰らないといけない。
「うおー、帰ったら7時前だなぁ。だりぃ」
「じゃ、また明日な」
そういい春徒と校門前で別れる。
こんな感じが僕たちの日常だ。特に変哲もないが満足している。
「それじゃまぁちゃんは月曜にね♪隆矢君は明日ね、またメールするから」
「私も隆矢の家行く。日曜。メールする」
「へいへい、わかったわかった」
「ふふっ、隆君大変だね」
唯と綾が降車して真亜耶と2人になった。いつも通りだ。
「なぁ、真亜耶も日曜来るだろ?」
「どうかなぁ、家のこともあるし・・・」
真亜耶の家はケーキ屋をしていて、そこそこ地元民からは人気のお店だ。
休みになると、真亜耶もそこの手伝いをしている。
「あ、そうか・・・。差し入れほしいなぁ」
「そんな顔してもダメだよ?・・・まぁいいけど(ボソッ」
「え、なんて?最後聴こえなかった」
「なんでもないよ~♪」
なんか怒ってる?まぁ大丈夫だろう。
と、電車が止まり僕達の降りる駅へ着く。
「じゃ、行くぞー」
「うん♪」
帰りは真亜耶の家まで行く。
これも中学からずっとやっている。慣れたもんだ。
真亜耶の家に近付くと甘い匂いがする。
「あ~、いい匂い」
「ふふっ、それ毎日言ってるよ?」
ケーキ屋なので甘い匂いがしないのは当たり前だが、すごいいい匂いなのだ。
「真亜耶もいい匂いするよね」
「え、ちょっと何言ってるの?!」
「褒めてるんだけど?」
顔の表情はわからないが、怒ってるようだ。
なんでよ、せっかく褒めたのに。
「ほい、到着」
「ありがと、隆君♪」
なんだか少し顔が赤いようだ。
夕日は出てないし・・・まぁ大丈夫だろう。
これが僕の一日の学生生活だ。
僕が家へ帰ってくると、隣の空き地だった場所へ家らしきものが建築中であった。
「あれ、今朝はこんなのなかったのに・・・、まぁいいか。とりあえず帰ってお茶しよ」
その時僕は気付かなかった。いや、気付けというほうが無理だろう。
この家で住人によって、僕の穏やかな生活が騒がしいことになるなんて。