8 勇者「嫌なフラグがたった」
手首を締め付ける力がゆるんだ直後に感じたのは背中を打つ強い風だった。僅かな浮遊感の直後、全身へ衝撃と痛みが走り、剣士の身体は地面に叩きつけられる。
剣士「ガ――ガンナー?」
そこは先程まで自分たちがいた崖の上。ガンナーが掴んでいたであろう地面の淵は不自然に欠けている。
――剣士を上に投げ飛ばした反動で、ガンナーが下に落ちた。
それを理解するまでに少しばかり時間がかかった。
剣士「ガンナー!」
痛む体を無理矢理動かし、崖の下を覗くあの小柄な弟の姿はすでに見えない。森の木々がざわめく音がここまで聞こえた。
「……チッ、しくじったか」
背後から聞こえた声に振り返るが、そこには誰もいなかった。
~洞窟~
ドドドド……
勇者「今なんかどこかで何かでかい音が聞こえたような……気のせいか。よし、そろそろ魔法使いに連絡――ん?」
勇者「け、圏外……だと?」
勇者「あ、あー……ち、地下だと電波が届かないみたいなそういうあれですかアハハ」
勇者「……」
勇者「どういうあれだ!!」
勇者「ええ……だって、これ、電波とかあったの? 剣士そんなこと言ってたっけぇ……?」
……
……スン
勇者「――ん?」
グスッ……
勇者「な、泣き声? えっやだ、ちょっと待ってなにこれこわい」
グスッ……ゥゥ……
勇者「お、女の子の声? あ、もしかして」
幼女「ぐすっ……ズッうぅ……」
勇者「やっぱり……君! 大丈夫?」
幼女「だ、誰ぇ……? 誰か、いるの?」
勇者「あ――お、俺は勇者。君のお父さんに君を助けて欲しいって頼まれて……」
幼女「パパ……パパが?」
勇者「うん、凄く心配してたよ。さ、俺が来たからにはもう大丈夫! お父さんの所に帰ろう?」
勇者「(俺が来ても全然大丈夫ではないけどこのセリフ一度言ってみたかった)」
幼女「うん!」ギュッ
勇者「……あ、そういえば君、名前は?」
幼女「あたし、ドロシー!」
勇者「そっか、ドロシーちゃんか。可愛い名前だね」
ドロシー「えへへ……お兄ちゃんは勇者さんなんだよね?」
勇者「そうだよ」
ドロシー「じゃあ、魔王様を倒すの?」
勇者「そうなるね……俺がここに来たのも魔王を倒すための旅の道中だし……」
ドロシー「ドロシーを連れて来た怖い人は?」
勇者「まだ見てないけど……も、もちろん倒すよ」
勇者「(逃げようと思ってたなんていえない空気)」
ドロシー「ドロシー応援する! お兄ちゃんがんばってね!」
勇者「ありがとう……あはは」
勇者「(さっきから脱出系の魔法使えないんですけど!!)」汗だらだら
ドロシー「お兄ちゃん、どうしたの?」
勇者「な、なんでもないよ。早く街に帰ろうか」
ドロシー「うん」
勇者「これはいったいどういうことなのでしょうか」
ドロシー「お、お兄ちゃん……」
勇者「……洞窟の出口が塞がって出られないなう」
勇者「さっきどこからか聞こえた大きな物音とはこれの事だったのでしょうか」
ドロシー「ドロシーおうち帰れないの……?」
勇者「かっ帰れるよ! 俺が絶対無事に街まで連れて帰るから!」
ドロシー「うん……」
勇者「つーかこれ岩って言うより壁じゃね?」ゴツゴツ
勇者「多分斬っても壊れないだろうなぁ……俺この状況を打破できそうな魔法とか使えるっけ。なんとかして出られないか……魔法魔法」ウーン
しかしなにもおこらなかった!
勇者「詰んだ」
勇者「これは、あれか、ボス倒さないと出られないみたいなやつか。うわぁ……」
勇者「(正直一人で勝てる自信ないぞ……でも負けたら俺もこの子もここで死ぬ事になる。とにかく、この子だけでも外に出さないと……いや、でも俺がここにいる事は他の皆が知ってるんだし。仮に俺が死んだとしてもこの子を助けることはできるんじゃないか? いや絶対死にたくないけどさ)」
ドロシー「お、おにいちゃん……」
勇者「ドロシーちゃん」
ドロシー「なに……?」
勇者「このあたりで隠れてるんだ。俺は奥に行って敵を倒して来る」
ドロシー「え?」
勇者「俺が戻らなくてもここで隠れてて誰か他の人が来たら助けを求めるんだ」
ドロシー「や、やだ……お兄ちゃん行かないでっ」
勇者「大丈夫、すぐに戻る」
ドロシー「待って!」
ギュッ ドスッ
勇者「!?」
じわ……
勇者「え……?」
ドロシー「悪いけど――この先には行かせないわ」
勇者「どろ……しー……?」
ドロシー「正直、他の連中が死ぬのは別にいいんだけど、でもドロシーちゃんの魔王様に手を出されるのはイヤなの。だ・か・らぁ――」
ドロシー「――ここで死んでね? 勇者さん」
勇者「う――」
ドサッ
ドロシー「……いるんでしょ? 風」
風「……」
ドロシー「睨まないでよ。いいでしょ、別に。あのまま放っておいたらすぐ罠だってバレてたもの。第一どうして勇者が来たわけぇ? 銃使いとかああいう他のヨワソーなのを期待してたのに。ドロシーちゃんが魔王様に怒られちゃうじゃない。あの下っ端モンスター、ホントだめね。クビよクビ」
風「剣士を殺すことに失敗した」
ドロシー「はぁ!? 何やってんのよあんた! 崖から落とすだけの簡単なお仕事なんでしょ!?」
風「二人とも落ちかけたが、どうやら銃使いのほうだけが落ちた様だ。あの高さからだと助からないだろう」
ドロシー「へえ……じゃ、標的がズレただけで結局一人殺せたんだ。でもあたしとしては前衛削ってほしかったなぁ」
風「過ぎたことだ。……その勇者はどうする」
ドロシー「ほっとけば? まだ生きてたとしてもどうせそのうち死ぬわよ」
ドロシー「それにぃ、お仲間だって死体隠して変に期待させられるよりは、現実を見せられるほうがいいでしょ」
風「そうか」
ドロシー「あー疲れた。子供の姿に化けるって結構大変なんだからね? 早く帰ってやすみたぁい」
風「……」
ドロシー「さ、帰りましょ。……勇者殺しちゃったなんて、魔王様になんて言い訳したらいいのよ」ブツブツ
勇者「う、う……」
勇者「……――」
こつ、こつ、こつ、
勇者「――」
?「ああ、これはいけない」