55 ガンナー「その傷痕」
~夜、甲板~
商人「……」
商人「(定期船に乗ってからいろんなことがあったな。勇者様と再会できたのは嬉しいけど、なんだか急に賑やかになって……私は寂しかったのだろうか。出会って間もない人に悩み事を打ち明けようとしたりして……何をしてるのだか)」
商人「(特にあの人――僧侶殿。彼にはなんだか、こちらの心のつかえを揺るがしてくるような、糸のほつれた部分を解こうとしてくるような、不思議な感じがする。あの人の前に立つと嘘や隠し事ができない。そのうちなんでも自白してしまいそうで怖いな)」
商人「(……武闘家、今何してるかな。いや、さすがにもう寝たか)」
商人「(僧侶殿は武闘家とのことを相談するならガンナー殿が最も相応しいと言っていた。本当だろうか。……あの人と武闘家の間に交友があったとは驚きだ。やはり勇者様たちが言っていたように、そんなに恐ろしい人でもないのだろうか?)」
商人「(しかし……日中の、脱衣所での事。あれには参ったな。どうしようか。やはり見られたのだろうか。今はそれが気になって仕方がない。でも、直接聞いて確認するというのも――)」
ガンナー「なんか一人でたそがれてるやつがいると思ったらお前か」
商人「はッ!? あ、ガ、ガンナー殿! いつからそこに」
ガンナー「今でしょ」
商人「と、いうより、なにゆえこのようなところに……」
ガンナー「散歩。お前こそ何してんだ」
商人「し、少々考えごとを……」
ガンナー「へー」
商人「……」
ガンナー「何」
商人「あッ、いえ、あの……」
ガンナー「……」
商人「そ、僧侶殿から、伺い申したのですが、ガンナー殿が武闘家と交友関係にあるというのは……まことにございますか」
ガンナー「交友っつうか、あいつが勝手にちょろちょろついてくるだけだ」
商人「ですが、皆様のなかではガンナー殿が最もよくあの子と話をすると」
ガンナー「不本意なことにな」
商人「……あの、武闘家の様子は、如何でしたか」
ガンナー「いかがも何も、いつもギャーギャーうるせえガキだよ」
商人「アッシのことについて……なにか、聞いてはおりませぬか」
ガンナー「……」
商人「……」
ガンナー「気になるなら自分で直接聞きな」
商人「あ……」
ガンナー「ただ」
商人「は、はい?」
ガンナー「俺の知る限りじゃ、お前は嫌われてはねえし、むしろその逆だ。……お前は、自分は姉失格だとか言って自虐していたが、その意味をわかっているのか?」
商人「意味……?」
ガンナー「お前がお前をなじるということは、お前が必死に守ろうとしている武闘家を、お前のことを必死に信じている武闘家を、お前自身が否定しているということに繋がるということに気付かないのか? 武闘家にはお前しかいないんだろ? だったら、その唯一の拠り所である商人という女を否定するようなことをするな」
商人「も、申し訳……ございません」
ガンナー「謝るな。……それより俺は、お前ら姉妹が何故そんな生活をしてるのか、そもそものことのほうが気になるけどな?」
商人「! それは……」
ガンナー「まあ、無理には聞かねえよ。話したくなきゃ話さなくていい」
商人「……いえ、わざわざ相談に乗っていただいたのです……ここまできたならば、何も、隠す気などありませぬ」
ガンナー「……」
商人「まず、アッシと武闘家は既にご存知の通り、実の姉妹にございます。父と母上……今はもう、帰らぬ人と相なりました。今からおよそ五年前のことになります」
ガンナー「――お前のその背中の傷は、それと何か関係があるのか?」
商人「……やはり、見られておいででしたか」
ガンナー「まあ、不本意なことにな」
商人「……アッシと武闘家は北の大陸の生まれです。そこに、かつて『コクトス』と呼ばれていた小さな村がありましたのをご存知でしょうか?」
ガンナー「コクトス……今はもう存在しない村だな。更地になってる」
商人「ええ。静かな村でしたが、とても良いところでした。住民たちは皆心優しく穏やかで、お互いに助け合いながら生きていたのです。決して裕福ではなくとも、それでも家族四人、貧しいながらも仲睦まじく暮らしておりました。……それがある日の晩、唐突に、何の予兆もなく壊されたかと思うと、一晩で全てが消し去られてしまったのです」
ガンナー「一晩で消えた――か」
ガンナー「(サブマラのときと同じだな。壊された、消し去られた――ということは、外部からの力の影響が原因だ。自然災害か、多民族の襲来か、それとも――あいつらか)」
商人「アッシと武闘家は当時は同室で。無論のこと就寝も二人一緒です。あの日の晩、アッシは夜中に寝苦しさで目を覚ましました。北大陸は気温の低い地域です。コクトスは特に積雪が多く、夏場も長袖で過ごせるほど寒さが厳しい村でした。故に、アッシや武闘家は茹だるような暑さというものを知りません。しかし、あの時は」
ガンナー「部屋の中が熱くてたまらなかった――か?」
商人「――はい。そして、外はたくさんの悲鳴や泣き声に満ちていました。窓から外を見ると、あたり一面が炎に包まれており、部屋に武闘家の姿はなく、玄関の扉を開けてまず目に入ったのが、地に倒れ伏す両親の姿でした。大勢の人が血を流して息絶えておりました。まさに地獄絵図です。皆悲鳴をあげ、泣き叫びながら、逃げていたのです。ある――二人の男から」
ガンナー「一人は――赤髪の男か?」
商人「そうです。それと、もう一人。緑の髪で長身の男がおりました。長い前髪が顔を覆っていて、人相などは把握しかねましたが、ともかくその二人が村を襲撃したのだと、アッシは子供ながらに察しました。赤髪の男が民家を焼き、屋内から逃げ出した村人たちを緑髪の男が斬り殺す。実に残酷な殺戮でした」
ガンナー「武闘家はどうした」
商人「外に――いました」
ガンナー「そんなんで無事だったのか」
商人「襲撃者は二人。アッシの記憶が正しければ、村人を斬殺するのは専ら緑髪の男のほう。赤髪の男はただ無差別に炎を放つばかりで、逃げ回る村人一人一人を追いたてはしない様子で。緑髪の男は目にも留まらぬ速さで動き、近くにいた人という人を全て斬り捨て、何処からともなく大量の剣を取り出しては村の外へと逃げていく村人たちに投げつけたのです。たくさんの村人を相手にしている緑髪の男の視界に小柄なあの子は入り込みづらかったのでしょう」
ガンナー「そりゃ、結構な幸運だ」
商人「……しかし、その折角の幸運も長くは続きませんでした。アッシがようやく武闘家の姿を発見したころ、緑髪の男も彼女に気付いたのです。男が武闘家に向かって歩いていくのを見て、しばらく放心していたアッシも我に返り、家を飛び出していきました。そして夢中になって男の背中に飛びついたのです」
商人「アッシが男にしがみついているうちになんとかあの子は逃げおおせましたが、あの男は、とても子どもの敵う相手ではありませんでした。男は虫でも払うかのようにアッシを吹き飛ばし、斬りつけてきたのです。この背中の傷はそのときのものです。アッシはそのときに村の東側にある森のあたりまで這いずって、そのまま気を失いました。死んだと思われたか、もしくは放っておいても絶命すると判断したか、男からそれ以上の攻撃はありませんでした。気付いたときには朝になっていて、村は跡形もなく焼き切られ、村人の死体すらも残っておりませんでした」
ガンナー「その重傷でよく生きてたもんだな」
商人「武闘家がありったけの傷薬をアッシに使ったのです。何処に隠れていたのか、アッシの隣で空の薬瓶を抱えたあの子が眠っていたので、それはすぐにわかりました」
ガンナー「それから逃げに逃げてアラバまで来た――ってことか」
商人「はい。クリエントに住む父上の知り合いを頼って。あの村にいても文字通り何もありませんでしたし、何より恐ろしくて、少しでも遠くへ行きたかったのです」
商人「……あの、ガンナー殿。なにゆえ、あなたはあの赤髪の男をご存知で?」
ガンナー「サブマラの事件を知らないか? その件の犯人とお前の故郷を襲った赤髪の男は同一人物なんだ」
商人「な――なんと。いえ、東の方で村が一つ滅んだとは、噂には聞いておりました。ですが、しかし……よもやそれがサブマラであったとは……で、では、勇者様と魔法使い殿は……」
ガンナー「故郷と家族を失った。そして魔法使いもお前と似たような経験をして、その『赤髪の男』に会ってる」
商人「さ、左様でしたか……」
ガンナー「……お前、復讐しようとかは考えなかったのか」
商人「無論、恨みはあります。恨んでも恨み切れぬほどに。今でもあの夜のことを夢に見ては涙を流すことがあります。しかし、アッシと武闘家が力を合わせたとしても――あの二人の襲撃者には敵いはしません。わかるのです、はっきりとした力の差が。やつらは普通ではありません」
ガンナー「すっかり諦めモードか」
商人「……可能であれば、この手で両親や村人たちの仇を討ちとうございます。しかし五年前に手も足も出なかった相手。五年の年月でアッシも武闘家も成長しました。当時より力もついたでしょう。しかしそれはあの者たちにとっても同じこと。この五年で、あの二人もさらなる力をつけたはず。アッシは意気地なしで……生き急ぐことはあろうと、死に急ぐ真似はしとうございませぬ」
ガンナー「たしかにお前じゃ敵わない相手だ。俺と互角に戦うこともできないんじゃ風――いや、その緑髪の男には絶対に勝てない。変に憤って復讐のためにやつらを追って返り討ちにあうよりは、もう二度と遭遇しないように願いながらひっそり生きるほうが安全でいい」
商人「……はい」
ガンナー「事情はわかった。無理に口割らせて悪かったな」
商人「あッ、い、いえ、勿体無きお言葉……こちらこそ、姉妹仲の相談だけでなく身の上話にまでお付き合いいただき……まことに、かたじけのうござる」
ガンナー「お前まじで武士みてえだな」




