53 魔法使い「商人さんまじ武士」
魔法使い「へえ、じゃあ商人さんは世界中を歩き回ってるんだ」
商人「然り。……あの、呼び捨てで構いませんよ。アッシのほうが二つ下ですし……」
魔法使い「商人!」
商人「はい」
勇者「(ぼっちなう)」
商人「世界中を――と言っても、それがアッシの職業なんで。そうでもしないと食っていけぬのです」
魔法使い「でも凄いよ。いいなあ、いろんな土地のこと知ってるんでしょ? そんなに若いのに立派だよ」
商人「いえ、平凡な旅人より少しばかり詳しい程度で。……それに立派など、アッシには到底似合わぬ言葉です」
勇者「……もしかして、武闘家のこと気にしてるのか?」
商人「……」
魔法使い「武闘家の保護者っていうのは聞いてたけど、姉妹なの? それとも親戚とか……」
商人「血を分けた姉妹、です。一応は」
魔法使い「一応?」
勇者「なんていうか、職業柄、あまり一緒にいてあげられないんだよ」
商人「アッシが不甲斐ないばかりに、あの子には色々と苦労をさせてしまって……もはや合わせる顔もありません」
勇者「き、気にしすぎだよ。武闘家はさ、小さいけどああ見えてしっかりしてるし、お前もよくやってるよ。ちゃんと会うことは会ってるんだろ?」
商人「ですが、幼くして家族を失った武闘家にはもうアッシしかおりません。それを一人、アラバの森のボロ家に置き去りにしているアッシは姉として失格ですよ、勇者様」
勇者「商人……」
?「めんどくせえやつだな」
商人「!」
ガンナー「お前、ちょっとネガティブ思考が過ぎるんじゃねえの? それお前が勝手に思ってるだけだろ。お前は姉として失格だって、武闘家がそうお前に言ったのか?」
勇者「ガンナーお前寝てたんじゃ……」
ガンナー「剣士が調理道具取り出そうとガチャガチャやってんのがうるさくて起きた」
勇者「ああ、あいつ結構物の扱いとか雑だよな」
商人「……」
ガンナー「何か言いたそうだな」
商人「い、いえ……何も……」
ガンナー「あっそ」フイ
勇者「あ、ガンナーどこ行くんだよ」
ガンナー「部屋にもどる」
魔法使い「……行っちゃった。ごめんね、ガンナーの言い方ってちょっとキツイよね」
商人「は……はい」
魔法使い「でも、言い方が厳しいだけで間違ったことは言ってないと思うよ」
勇者「たしかに、武闘家も寂しい思いをしてるかもしれないけど、でもどうしようもないことだし、悩んでもしょうがないっていうか。時間が出来れば極力帰るようにする以外、何もできないよ」
商人「……」
~甲板~
商人「……はあ」
僧侶「おや、どうかなさいましたか」
商人「! そ、僧侶殿。いつから」
僧侶「少し前です。ため息など吐いて、何かありましたか?」
商人「い、いえ……」
僧侶「またガンナーが何か言いましたか」
商人「!」
僧侶「彼の言い方には棘があると言いますか、良くも悪くも厳しくて容赦がありません。耳を塞ぎたくなるようなことも言いますし、辛い思いをしている相手に平気で現実を突きつけます。しかし、彼の言うことは正しいです」
商人「魔法使い殿も、そう仰せられました」
僧侶「そうでしょう。彼女もつい先日、彼から厳しい説教を受けたのです。彼のやり方を身をもって体感した彼女のその言葉もまた、間違っておりません」
商人「……どうすればよいのか、まるでわからぬのです」
僧侶「……」
商人「アッシは武闘家に不自由な生活をさせまいと身を粉にして働きましたが、それはつまりあの子をずっと放ったらかしにして、己だけで仕事に生きてきたということ。確かに金銭で困ることはなかったでしょう。しかしそれは本当にあの子のためになっているのか。いつもいつも疑問に思ってはいたのです」
僧侶「武闘家さんのためにしていることが、逆に彼女を悲しませているのではないか――と?」
商人「……はい」
僧侶「……難しい問題ですね。解決策がほしいのであればおそらく、我々ではなくガンナーに相談に乗ってもらうほうが良い答えが得られるかと」
商人「それは……」
僧侶「無理に、とは言いません。私も勇者さんも話を聞くことはできますし、剣士さんも面倒見が良い人ですので、貴女が真剣に話せば答えてくれるでしょう。ガンナーから毒気を抜いたような人ですからね。男性陣の話ばかりしましたが、魔法使いさんや吟遊詩人さんも相談に乗ってくれるでしょう。騎士も頼めば話を聞いてくれます。相談相手をお求めならば誰でも話しやすい方に声をかけると良いでしょう」
僧侶「ですが」
商人「い、いかがなされた」
僧侶「私や騎士は武闘家さんと接点がありませんから、彼女の気持ちは理解しかねますし、剣士さんも吟遊詩人さんもそうです。武闘家さんとはあまり関わりがありません。そもそも商人さんは勇者さん以外の皆さんとは昨日が初対面だったのですから、勇者さん以外の方には話しづらいでしょう。たしかに勇者さんは商人さんとも武闘家さんとも接点があり関係も良好のようですが、話の聞き手としてはともかく、相手に遠慮してしまう勇者さんは相談相手には少々物足りないでしょう。それならいっそ、勇者さんと同じく武闘家さんと関わりがあるガンナーから、手厳しくも的確な言葉を頂戴するというのもひとつの手だと思います」
商人「関わり? 武闘家とガンナー殿に?」
僧侶「おや、ご存知ありませんか? 武闘家さんはガンナーや勇者さんに会うため、アラバを抜け出してセシリカまで足を運んでくることがあるのですよ。むしろ勇者さんよりもガンナーに懐いているように見えましたが」
商人「なっ……」
僧侶「武闘家さんから何もお聞きしていませんか?」
商人「そ、それでは、あの子の話に毎度出てくる、いつも遊んでくれる『兄ちゃん』というのは勇者様ではなく……?」
僧侶「ガンナーのことでしょうね。最も彼は遊んでやっているというより軽くあしらっているだけですが」
商人「あの御仁に幼子の相手など務まるのですか!?」
僧侶「体を動かす遊びの相手はいつも勇者さんですが、話し相手はもっぱらガンナーですね。セシリカまで遊びに来られた際はよくガンナーの家に寝泊まりされますよ」
商人「な……なんたる。アッシの預かり知らぬところで、そのようなことが……」
僧侶「きっと彼にいろいろなことを話したでしょうね。彼がそれを真面目に聞いていたかどうかは定かではありませんが……ともかく、我々の中で最も武闘家さんに詳しいのは私でも勇者さんでもなくガンナーなのです。武闘家さんのことで悩みがあるのなら、彼に尋ねるのが適切ですよ」
商人「しかし……」
僧侶「貴女の実妹である武闘家さんが気に入った相手です。もう少しガンナーに対する警戒心を和らげても良いのではありませんか? 信用して損はありません。彼は厳しいですが、優しい人でもあります。幼馴染の私が言うのですから、これは絶対です」
商人「……」
僧侶「……さて。ではそろそろ参りましょうか」
商人「え」
僧侶「おや、今朝お話しましたよね? 我々と共に食事を摂ると」
商人「あっ」
僧侶「焦らずとも良いのです。何も今すぐ彼と話せと言うわけではありません。思い切って彼に話してみるか、それとも何も話さず船旅を終えるか――それは貴女が決めること。再三申し上げますが、貴女にその意思がないのであれば、無理に話す必要はありません。これは貴女の問題なのですから」
商人「……考えておきます」
僧侶「ええ、誰かを頼っても構いません。考えて悩んで、そうしてやがて答えを得るのです。迷いなさい、子羊よ」




