47 魔法使い「なんということでしょう」
鍛冶屋「じゃあ、俺はそろそろお暇します。朝食ごちそうさまでした」
ガンナー「また何かあったら連絡するわ」
鍛冶屋「はは……その時のためにいつでも出られるようにしとくッス」
魔法使い「お仕事頑張ってねー」
鍛冶屋「そんな優しい言葉をかけてくれる魔法使いさんは天使みたいッスね。そういえば髪短くなってるじゃないですか、そっちも似合ってますよ」
剣士「今気付いたのか……」
鍛冶屋「俺鈍感なんで」
ガンナー「自分で言うか」
鍛冶屋「ではまた――あ、そうだ勇者様、ちょっといいスか」
勇者「え、なんですか」
鍛冶屋「別れの挨拶を兼ねて、パーティの代表としてちょっとそこまで見送ってくださいよ。一人で村の外歩くの心細いんで」
勇者「は、はあ……」
~外~
勇者「あの、鍛冶屋さん……?」
鍛冶屋「俺の言ったとおりだったでしょう、勇者様」
勇者「え――?」
鍛冶屋「『わからない』って顔してます。それって、ガンナーさんが魔王の刺客に一人で戦って、勝っちゃった事に対して――ですよね」
勇者「そ、それは……え、でも、どうして鍛冶屋さんが、そのことを――」
鍛冶屋「やだなあ、さっき魔法使いさんが言ってたじゃないスか。ガンナーさんが一人で戦ったから勇者様は何もしていないって」
勇者「そうじゃなくて。なんでそんな事を――だって」
"あの人はね、やろうと思えばなんだってできるんですよ"
"勇者様たちには何もできません。でも彼は何でもできます"
勇者「だって、あれは、ただの夢で――」
鍛冶屋「本当にそうですかね?」
勇者「え?」
鍛冶屋「だったらどうして、勇者様はそうなっちゃってるんです?」
勇者「『そうなっちゃってる』って、何が、どういう……」
鍛冶屋「――怖いですか。ガンナーさんが」
"もし敵にまわったら――どうします"
"迷いを知らない人です"
"勇者様たちを殺すことにも――躊躇しないかもしれない"
勇者「そんなことは――」
鍛冶屋「『ない』と言い切れますか?」
勇者「!」
鍛冶屋「勇者様」
勇者「で、でも、ガンナーは――」
鍛冶屋「勇者様」
勇者「……」
鍛冶屋「勇者様、貴方は誤解しているだけなんです」
勇者「誤解……?」
鍛冶屋「そうです。貴方はガンナーさんを誤解しているんです」
勇者「何を……」
鍛冶屋「俺がガンナーさんを怖がっているのは、前にも言ったように過去に色々あったからです」
鍛冶屋「勇者様がガンナーさんを怖がるのは、何故ですか?」
勇者「それは――」
"彼が敵にまわったらどうします"
鍛冶屋「それが誤解なんですよ、勇者様」
勇者「ご――誤解?」
鍛冶屋「あの人はね、臆病なだけなんです」
勇者「臆病?」
鍛冶屋「ええ。臆病です。彼自身が誰かに頼られることには慣れてますし、なんでもできる彼からすれば頼りにされるのはむしろ得意です。ですね?」
勇者「……」
鍛冶屋「でもねあの人は、反対に誰かを頼ることが苦手なんです。苦手というより――頼ることを恐れている。臆病なんですよ」
勇者「それってどういう、ガンナーが」
鍛冶屋「周りを信頼したい気持ちはあるのに、信頼しきることができないんです。他人が怖いんです、ガンナーさんは」
勇者「――怖いんですか」
鍛冶屋「そうです。剣士さんですら、本当の本当に、心の底から信頼されているのかと言われるとまあ微妙なところだと思いますよ」
勇者「剣士も? だって、年の近い兄弟なのに――」
鍛冶屋「――まあ、なんです、とにかく、そういう性格だから誤解されやすいんですよ」
勇者「……」
鍛冶屋「勇者様は、いつも心のどこかで疑っていたんじゃないんですか?」
勇者「疑う? ガンナーを……?」
鍛冶屋「違うんだったら、この間俺の言った言葉なんて『そんなことあるわけないだろう』って笑い飛ばせるはずですよ? でも気にしてるんでしょう?」
勇者「鍛冶屋さんが言ったこと……」
"もしも"
鍛冶屋「ガンナーさんが敵にまわってしまったら――」
勇者「!」
鍛冶屋「ほら。やっぱり、それを気にしてるんじゃないですか」
勇者「だ、だって、それは、鍛冶屋さんが――」
鍛冶屋「ええそうです。俺が言った言葉です。でも貴方はそれを気にしてるんでしょう? 彼を疑う気持ちが貴方の中にあるから気にしてしまうんでしょう? だって俺はただ貴方に、ガンナーさんは敵にまわしたら怖いタイプですよねって、そう言っただけです」
勇者「……」
鍛冶屋「俺は別に、大事な『坊ちゃん』を疑う貴方を咎めようと思ってるわけじゃないです。貴方に意地悪するためにこんな話をしてるわけじゃないんです。俺に勇者様を咎める権利なんてないですから」
勇者「すいません……」
鍛冶屋「謝んないでくださいよ、俺が悪者みたいじゃないですか。俺はですね、ただ坊ちゃんが心配なだけなんです」
勇者「心配?」
鍛冶屋「坊ちゃんはきっと、勇者様たちのこともちゃんと信頼できていません。それはもう、生まれ育った環境のせいとしか言い様がないんです。頭の芯の芯まで他人を疑うその意識が根付いているんです。でも、これからどうするかによって、少しでも改善することができると思うんです」
勇者「はあ」
鍛冶屋「ガンナーさんが他人を信じられないこと、信頼することを怖がっていること――まだ半信半疑ですね?」
勇者「だって、そりゃあ……あのガンナーですよ? どんな環境でも一人で生きていけそうな、魔王の刺客も一人で倒せるような奴ですよ?」
鍛冶屋「他人を信じることができないからこそ強いんです。横に並ぶ者がいないほど強ければ、他人を頼る必要なんてないでしょう? まあ、それもあの人だからこそ実現できたことなんでしょうけど」
勇者「それは――」
"あの人はなんでも出来るんス"
勇者「……」
鍛冶屋「……勇者様はこれまで大笑いしたことってあります?」
勇者「え、そ、そりゃあ――ありますよ。そんな頻繁に、そこまで面白い事はないけど、テレビや漫画を見てて笑うこともありますし、皆と一緒にいて面白いことがあったら笑いもします」
鍛冶屋「では勇者様、ガンナーさんが楽しそうに笑っているところ、見たことありますか?」
勇者「え?」
鍛冶屋「あの人が、心底愉快そうに笑っているところを、見たことありますか?」
勇者「え……」
鍛冶屋「普段勇者様たちがしているように、くすくす小さく笑ったり、目を細めて口角をあげて、あははって笑ってるところ、見たことあります?」
勇者「な」
勇者「――ない」
鍛冶屋「あの人の『笑顔』、一度も見たことないですよね」
勇者「ない、です。一度も」
鍛冶屋「皆さんと同じように笑うことができないんです。ガンナーさんは」
勇者「自然に笑みをこぼすことができないんですか」
鍛冶屋「そうです。俺は坊ちゃんに、もっと笑ってほしいんです。まだ十六歳ですよ? まだ子供なんですよ? なのに、楽しく無邪気に笑うことができないなんてあんまりじゃないッスか。俺はね勇者様、あの人の家に雇われていた頃も、一度もあの人の笑顔見たことないんです。俺が雇われた頃って言ったら、あの人は六歳。その頃には既にまったく笑わない子供だったんです」
勇者「い――一度も?」
鍛冶屋「一度も、です。海賊さんも言っていました。赤ん坊の頃は普通だったのに、って」
勇者「どうして、そんなことになったんですか?」
鍛冶屋「……家柄のせいですよ」
勇者「家?」
鍛冶屋「何を隠そう、大金持ちの家ですから。そこの子供が無防備にふらっと外に出れば、野蛮な奴らはすぐに目を付けます。ガードマンや使用人さんが同行していてもですね、ちょっと目を離した隙にひょいと担がれて連れて行かれるんです。あの人は何度も何度も外の世界で人攫いに遭ってきたんです」
勇者「ああ――」
鍛冶屋「まあ、ガンナーさんも馬鹿じゃないんで、段々と誘拐犯の手口も理解して簡単な手には引っかからなくなりますし、勿論彼の周りのガードも堅くなっていきます。でもね、そうすると誘拐の手口がどんどん巧妙になってくるんですよ。例えば、誘拐犯が子供を使って彼と遊ばせ、ある程度の友達関係を築かせて、その子供にガンナーさんを連れてこさせる――なんて下衆な真似をする輩も、何人もいたわけです」
勇者「そ――そんなのが、いつも……?」
鍛冶屋「最初の頃の、ほら、よくある『お菓子あげるからこっちおいで』とかそういう典型的な誘拐やひったくりみたいに攫うやつはほとんどが未遂に終わってたんです。でも子供を使ってくる場合だとですね、利用されてる子供と純粋に彼と一緒に遊ぼうとして寄ってきた子供との区別がつかないんですよ」
勇者「……悪質ですね」
鍛冶屋「ええ。そんな生活を送るうちに彼は――他人を信用できなくなった。そのうち自分の家の使用人さんたちのことも信じられなくなって、やがて剣士さんについていく形で、逃げるようにセシリカに移住したんです。あそこには王宮がありますから、街には兵士もたくさんいるでしょう。実際治安もいいですし、疑心暗鬼になっていた彼が落ち着いて暮らすには丁度よかったんです」
鍛冶屋「あの人が七歳の頃――俺が雇われて少しした頃――にですね。俺の仕事を手伝うって名目で剣士さんとガンナーさんを連れてセシリカに旅行したことがあるんです。勿論他の使用人さんも何人か一緒でした。その頃の記憶が残っていたから土地勘もそこそこ備わっていたらしくて、セシリカでの生活に慣れるのは早かったみたいッス」
勇者「七歳の頃? ってことは――」
勇者「(俺がアイツと初めて会ったのって……)」
鍛冶屋「なんです?」
勇者「いえ、それで――その話をして、俺にどうしろと」
鍛冶屋「……助けてあげてほしいんですよ。ガンナーさんを」
勇者「助ける?」
鍛冶屋「今まで通りでいいんです。今まで通りあの人と仲良くしてあげてほしいんです。きっとまだ勇者様たちを信じていいのかどうかで戸惑ってるはずです。一人きりでずっと迷ってるんです。だから彼を裏切らないで、一緒にいてあげてほしいんです」
勇者「それは勿論、そのつもりですけど――今まで通りでいいと言うなら、どうしてこんな話を」
鍛冶屋「勇者様の誤解を解くため――という理由もありますが、ガンナーさんをきちんと理解した上で受け入れてあげてほしかったんです。もし勇者様が離れていってもあの人は傷付かないと思います。傷付きませんが、さらに他人を信じられなくなります。でも勇者様にその気がないのなら――傍にいてあげてください」
鍛冶屋「……ガンナーさんはね、ちょっと誤解されやすくて、ちょっと不器用なだけで――本当は優しいところもあるし、良い人なんですよ」
勇者「はあ」
鍛冶屋「昨日の決戦の事だって、ガンナーさんが一人で戦うと言い出したのにはきっと何か意味があったんですよ。もしかして、勇者様たちが参戦すると具合の悪い技でも使う相手だったんじゃないんですか? まともに接近戦で戦うとまずいような相手だったのでは? 例えば――大量の剣を投げてくる、とか」
勇者「あ――」
鍛冶屋「当たりですか」
勇者「……俺には、あんなにたくさんの剣を放たれて、それで無事でいられる自信は――ないです」
鍛冶屋「あの人はきっと、何らかの危険を察知していたのでしょう。いくら強いからといってガンナーさんが考えなしにそんなことをするとは、俺には思えません」
勇者「じゃあ、だからあいつ――」
鍛冶屋「勇者様、坊ちゃんの事……どうか、頼みます」
勇者「……はい」