46 勇者「そんなことは、きっとない」
~近くの村、宿~
勇者「なあガンナー。さっきの話って一体なんだったんだ?」
ガンナー「さっきの話ってなんだ」
勇者「なんかほら、『あの男』を殺したとか憎いとか濡れ衣とか……」
魔法使い「私も気になる。おいてけぼりで何がなんだかわかんなかったよ」
ガンナー「ああ、あれな」
剣士「アイツが刺客になる前の話――じゃないのか」
ガンナー「そう」
勇者「風が刺客になる前の?」
ガンナー「簡単な話だ。まず、家族構成。母親と父親と、風とそれからまだ赤ん坊の妹。『グリナフ』っつう貧しい地域の、貧しい家に生まれて、貧しいなりに毎日過ごしてたら、職を失って自暴自棄になった父親が一家で無理心中を図った。だが心中に失敗した父親が風に殺しの濡れ衣を着せて、風が父親に復讐した。まとめるとこうだな。ちなみにグリナフはアロネモの近くにあった村だが、今はもう廃村になってる」
勇者「一家心中に失敗――って?」
ガンナー「まず近くにいた母親と赤ん坊を刺す。母親の悲鳴を聞きつけた隣近所のやつらが何事かと集まってきた。そのとき悲鳴を聞きつけて部屋にいた風が出てきてその光景を見たんだ。父親は風を殺そうとするが、一家を心配した外の連中が家の中に入ってきた。父親は咄嗟に自分の腹を斬って、茫然としてる風に包丁を握らせた。外から来た連中は誰もが風の仕業だと思うだろ」
魔法使い「それで捕まったの」
ガンナー「それからは風が言っていた通りだ。同じ殺人でも親殺しの罪は特に重いからな。冤罪で風は牢屋行き。しかも死刑だ。どれだけ真実を訴えてもまったく取り合ってもらえない。だから、どうせ死ぬならあのクソ親父も道連れにしてやる――と。そういうことだ。牢獄を抜け出して親父を殺してまた捕まって、死刑執行の当日に」
剣士「あいつは刺客になった?」
ガンナー「ああ――アイツの前に魔王が現れたんだ。つまり、風は元死刑囚ってことだな」
勇者「……風は、これからどうするんだろうな」
ガンナー「アルボルやアグアと違って元から人間だったからな。何処かで人間らしく生活するにしても、刺客だったとバレれば殺されるだろう。刺客になってからは特に、色々やらかしてきただろうしな。その罪を咎められるべきではある」
勇者「そう……だよな」
剣士「仮に刺客の時に何もしていなかったとしても、やはり魔王の手先であったことに代わりはない。普通の人間に混ざって暮らしていくのは決して楽じゃないだろう。もし魔王の刺客として面が割れてるんだったら尚更だ」
僧侶「『グリナフ』の村がもう廃村となっているのが唯一の救いでしょうかね。風さんも子供ではありませんし、これからのこともご自身でなんとかなさるでしょう。私たちが今できることは、ガンナーの勝利を祝福することだけです」
魔法使い「そういえば結局一人で戦ったよね」
勇者「勝てたからよかったものの……ガンナー、あんまり無茶すんなよ」
ガンナー「別に無茶じゃねえだろ、勝ったんだし」
勇者「もー……」
~???~
『……ん?』
『あれ、俺どうしてこんなところに……』
?「……」
『あ、貴方は――』
?「……俺の言ったとおりだったでしょう、勇者様」
勇者「……」
鍛冶屋「どうでした、彼に銃を向けられて。どうでした、空砲だったとはいえ、彼に撃たれた気分は。全然、迷いがなかったでしょう? あの人の目」
勇者「本当に撃たれたと――思った」
鍛冶屋「あの人、ガンナーさんは、まるで躊躇しなかった。彼はそういう人なんです。迷いのない人です」
勇者「ガンナーが」
鍛冶屋「もし敵にまわったら――どうします」
勇者「どうもできない」
鍛冶屋「でしょうね。勇者様がこれからいくら強くなろうと、きっと彼には適わない」
勇者「うん」
鍛冶屋「貴方に銃口を向けましたね、あの人。しかも、二度目は実弾入りの銃です」
勇者「うん」
鍛冶屋「撃ちましたね、あの人」
勇者「うん」
鍛冶屋「撃たれたと――思いましたね。もしくは、殺したと――思いましたね」
勇者「……うん」
鍛冶屋「慣れないことをした緊張から脱力して、思わず腰が抜けちゃいましたか」
勇者「……」
鍛冶屋「違うでしょう。貴方は――怖かったのでしょう。彼が」
勇者「……うん」
鍛冶屋「俺と同じですね」
勇者「同じ、ですね」
鍛冶屋「勇者様」
勇者「何です」
鍛冶屋「あの人はね、やろうと思えばなんだってできるんですよ」
勇者「……」
鍛冶屋「なんだってできます」
勇者「わかってる」
鍛冶屋「彼が敵にまわったらどうします。例えば、彼がしようと決めたことを無理に止めて、彼の逆鱗に触れたら」
勇者「俺には何も――できない」
鍛冶屋「そうです。勇者様たちには何もできません。でも彼は何でもできます。迷いを知らない人です。勇者様たちを殺すことにも――躊躇しないかもしれない」
勇者「そんなことは――」
鍛冶屋「『ない』と言い切れますか?」
勇者「……」
鍛冶屋「勇者様」
鍛冶屋「勇者様が思っている以上に、勇者様たちがいつも見て知っている以上に、ガンナーさんは凄い人なんスよ」
~・・・~
勇者「……ん」
勇者「(夢……?)」
鍛冶屋「あ! 勇者様おはようございます」
勇者「え――」
魔法使い「あ、おはよー勇者、今日は最後だよ。ガンナーより遅いなんて珍しいね」
鍛冶屋「疲れてたんスよ、きっと。昨日はその、魔王の刺客ですか。その刺客との対決があったんでしょう」
魔法使い「勇者昨日は何もしてないよ。ガンナーが一人で戦って勝っちゃったから」
鍛冶屋「……ま、まあ、じゃあ、あの……たまにはそんな日もあるってことで」
勇者「か――鍛冶屋さん」
鍛冶屋「あれ勇者様、顔色悪いッスよ。大丈夫ッスか?」
勇者「ガンナーは」
魔法使い「もう起きてるよ」
鍛冶屋「さっき騎士ちゃんと朝のデートに出掛けたッス」
勇者「え、デ、デート?」
ガンナー「散歩だ馬鹿野郎」ガシ、
鍛冶屋「ぎゃああああ!!」
僧侶「鍛冶屋さんそのうち喉潰れますよ」
魔法使い「あ、おかえり。どうだった?」
ガンナー「まあまあだな」グググ、
鍛冶屋「いででででッ痛、痛いッ、痛いッスガンナーさん! 肩! 肩痛いッス離して!!」
勇者「まあまあ――って、何が?」
魔法使い「靴だよ、靴。ほら、ガンナー昨日靴に穴あけちゃったでしょ?」
勇者「ああ――」
鍛冶屋「俺の肩にも穴が開きそうなんですけど助けて!!」
ガンナー「穴はあかねえよ。できるのは窪みだ」
鍛冶屋「もぎ取るんスか!?」
ガンナー「魔物に囲まれた時放り投げたら役に立つと思って」
鍛冶屋「ええええ俺美味しくないですって!」
勇者「えっと……それで、なんで鍛冶屋さんがここに?」
ガンナー「鈍いなあ、まだ寝ぼけてんのか。コイツが靴持ってきたんだよ。んで、俺は足を慣らすために外歩いてきたわけ」パッ
鍛冶屋「いたたた……ま、まあそういうことッス。昨日ガンナーさんから連絡があって、新しい靴を持ってきてくれって頼まれたんス。俺丁度出張みたいなモンで東大陸にいたんで、急いでガンナーさんの家まで行って……」
勇者「そ、それからすぐこっちに来たんですか」
鍛冶屋「はい、まあ。奥様と旦那様に挨拶して、事情を話して坊ちゃんが使っていたのと同じやつを受け取りまして、それからすぐにこっちに来ました。日が暮れたんで昨日の間には届けられませんでしたが。」
勇者「でもめちゃくちゃ早くないですか。俺たち東大陸から南大陸まで来るのに二日くらいかかりましたよ」
鍛冶屋「船じゃなくて転移装置使って来たんス。王都とか都会のほうには大体置いてあるでしょ? 便利ですけど高いんスよねあれ。今回は奥様にお駄賃貰って、それで使いましたけど。普段じゃ勿体なくて使えんです」
魔法使い「ガンナーのお母さんってどんな人なの?」
鍛冶屋「すっごい美人さんッスよ。ガンナーさんの容姿はお母様似なんで、大体あんな感じッス」
勇者「あんな感じなのか……」
鍛冶屋「ガンナーさん家、結構有名ですし、調べてみれば写真くらいならすぐ見つかりますよ」
魔法使い「転移装置って幾らくらいかかるの?」
鍛冶屋「えっと、使用者の年代によって変わるみたいなんでよく分かりませんが、皆さんの歳だと一人分……多分、宿で二泊する方が安いくらいじゃないスかね」
勇者「た、高いんだ……ガンナーのお母さん太っ腹だな」
鍛冶屋「奥様は多分、ガンナーさんが心配だっただけッスよ。あの人息子第一なんで」
魔法使い「親バカさんってこと」
勇者「そうなのか僧侶」
僧侶「はい。例えばガンナーが剣士さんと共に家を出ると言った時も、お母様は猛反対なされておりました」
勇者「え、それは、まだ子供だから? それとも……」
鍛冶屋「自分が離れたくないからですよ。旦那様は賛成しましたけど、その理由がその、まあ、二人なら大丈夫だろうっていう息子たちへの信頼もあるにはあったんスけど、奥様に息子離れして欲しいからというのが本音らしいです。あの時は大変でしたよねえ」
ガンナー「あー。まあ、最終的に泣き出したからな」
魔法使い「泣いちゃったの」
勇者「な、なんか意外だな。ガンナーと剣士のお母さんっていうともっとこう、サバサバしてるイメージあったんだけど」
鍛冶屋「俺と旦那様とお手伝いさん数人とその時偶々居合わせた海賊さんとで奥様をなだめて説得して。その間に剣士さんとガンナーさんがいなくなってて」
勇者「海賊さんなんでいんの」
ガンナー「別にいいだろイトコの家に顔出しに来ても」
勇者「え……えっ、イトコ!? 海賊さんってお前のイトコだったの!?」
ガンナー「あ? 言ってなかったか?」
勇者「聞いてないよ! 知り合いとしか言ってなかったじゃん」
ガンナー「いやだってあんなのとイトコとか言いたくないじゃん」
勇者「うわ容赦ねえ!」
鍛冶屋「旦那様のお姉様の息子さんッスよ、海賊さんは。じゃなきゃ俺やガンナーさんと海賊さんの接点がまるでないじゃないですか。銃使いのお坊ちゃまと雇われ鍛冶屋と野蛮な海の賊ですよ?」
勇者「そ、そういえば……っていうか前も思ったけど鍛冶屋さん、本人いないと言いたい放題だな……」
鍛冶屋「まあ、今後勇者様たちがガンナーさんのご実家にお邪魔する機会もあるかもしれないんで助言しておきますけど、奥様の前で下手にガンナーさんたちの話しないほうがいいッスよ。最低一時間は息子自慢に付き合わされるんで。長引くと昔のアルバム引っ張り出してきますからねあの人」
魔法使い「お、お父さんはどんな人なの?」
鍛冶屋「旦那様は…………ねえ」
僧侶「はい」
勇者「え、何」
鍛冶屋「奥様の話をした後に旦那様の話するとこう、温度差が半端ないというか。性格は簡単に言うと『物静かで腹黒いけどまあまあ穏やかなガンナーさん』みたいな感じです」
勇者「あ、わかんない」
魔法使い「複雑」
鍛冶屋「ですよね」
僧侶「性格で言うならばガンナーよりも剣士さんで例えたほうが解りやすいかと。勇者さん、腹黒い剣士さんを想像してください。それでだいたいあっています」
勇者「ええっ、想像できるようなできないような……」
魔法使い「ていうか『腹黒い』は必須なんだ」
ビエント編終了。




