45 ガンナー「風」
~絶壁の真下、荒野~
風「……来たか」
勇者「風……」
魔法使い「……ガンナーこんなところまで来てたの。外に出ないように言ってあったのに」
ガンナー「出るなって言われたら出て行きたくなるじゃん。……ああそうだ、おい勇者」
勇者「なんだ?」
ガンナー「アイツは俺が倒す」
勇者「……は?」
ガンナー「だからお前は引っ込んでろ」
勇者「な、何言ってんだよガンナー! そんなの駄目に決まってるだろ、危険だ!」
ガンナー「うるせえぞ黙れ勇者」
勇者「これが黙ってられるかよ!」
ガンナー「いいか勇者。風の相手は、俺一人で十分だ」
剣士「無茶言うなガンナー。相手は剣を扱う前衛だぞ、後衛のお前には不利だ」
ガンナー「まあ落ち着けって剣士、聞け。俺だって何も考えなしにこんなことを言ってるわけじゃない」
剣士「……」
ガンナー「――俺はな、『勝てない相手』に喧嘩は売らないんだ」
風「話はまとまったか」
ガンナー「ああ。綺麗にまとまった」
勇者「ま、まとまってるもんか! どういうことだよガンナー、お前――」
ガンナー「勇者」
カチャ
勇者「!」
ガンナー「――黙れッつってんだ」
パァンッ
勇者「ッ!?」ドサッ
魔法使い「勇者!?」
僧侶「心配ありません、今のは空砲ですよ。風の力で後ろに押しただけです」
勇者「あ――」
魔法使い「立てる?」
勇者「え――あ、う、うん……」
吟遊詩人「ガンナー、本当に……大丈夫なのね?」
ガンナー「お前に心配される筋合いねえよ。離れとけ」
ガンナーはそう言いながら前に歩み出てビエントと向かい合った。風が吹いている。雑木林と絶壁に挟まれていた狭い荒野に立つ二人の間に障害物になるものはない。
数秒じっと固まっていた二人はある時同時に駆け出した。一気に距離が縮まる。
一方は腰のベルトに固定されたホルスターからハンドガンを取り、一方は白い手袋をはめた手に細長い刃の剣を二本召喚し、二人は大きな金属音と共にすれ違った。
一度詰められた距離がまた広がり、ガンナーは絶壁を前に、ビエントは林を前に足を止めた。
ざくん、と音がして、二人の間の地面に銀色の棒のような物が突き刺さった。
ビエントが刃のない剣を放り捨てる。折れた剣は砂のように消えた。ガンナーは右手に持ったハンドガンの銃口のあたりにふッと息を吹きかけ、硝煙を散らせる。
ガンナー「……なるほど、アンタの石は手の甲にあったのか。だから手袋をして、いつもポケットに手を入れていたと。どうりで見当たらないはずだ」
ビエントが手袋を外すのと、彼に背を向けたガンナーがそう言ったのはほぼ同時だった。ガンナーの言う通り、彼の右手の甲に緑の石が埋め込まれてあった。
風「ずっと石を首元にぶら下げてる相手と戦うのに、自分だけ隠し続けるのはフェアじゃないだろう」
ガンナー「あ、そう。悪いね。気を遣って自分から的を出してくれたのか」
風「どうせ見せなくてもいつか気付いただろう」
ガンナー「そいつはどうかな。それにしても手の甲とはまた狙いにくそうな的だ。だからどうってわけじゃないが。……要は当てりゃいいんだ」
風「お前の的は随分と狙いやすい位置にあるんだな」
ガンナー「そりゃあハンデのつもりだからな」
ビエントが新たな剣を二本召喚し、ガンナーに向かって投げた。ガンナーの放つ銃弾にはやや劣るかもしれないが、それでもその速度と言えば、剣の通った後に一瞬遅れて白い線が見えただけで、ほとんど目視できるものではなかった。
しかしガンナーは避けた。
二本避けたところに新たな刃が投げ込まれ、それらも身軽にひらりと躱してみせる。
当たりそうで当たらない、そうは言うが掠りもしない。敵を苛つかせるためにわざとやっているような、余裕を感じさせるステップだった。
やがてビエントは勢い良く両腕を広げた。その背後に数え切れないほどの剣が召喚される。刃に反射した鋭い陽光が目をさす。
矛先は皆ガンナーに向いており、いくつあるかわからない大量の剣はまるで雨が降るかの如く、ガンナーに向かって発射された。
ズドドドドッという鈍い音と共に砂煙が舞い、小柄な銃使いの姿を隠した。
魔法使いが小さく声をあげる。勇者は顔を青くして身を乗り出し、駆け出そうとするが、僧侶がその肩を掴んで止めた。
僧侶「まさか、あの程度で?」
僧侶はただそう言って茶化すように笑った。
勇者は妙に――納得した。
砂煙が風に流され、視界が晴れていく。
ガンナー「口に砂入ったし」
ガンナーはそう言って砂の混じった唾を吐き捨てたのだった。
遠目なのでよく見えないし、そもそも勇者は銃の名前などはこれっぽっちも知らないのだが、ガンナーの持つ銃が片手で扱えるようなハンドガンから、両手で扱うような大きな銃に変わっていた。
放たれたはずの剣は全て消えていた。
そしてガンナーは――無傷だ。
風「全て――撃ち落としたのか」
ビエントは両手に剣を握り、やや動揺した声を洩らした。
風に掬われた前髪の隙間から赤色の眼が覗く。
元から目つきが悪いだけかもしれないが、彼は鋭い目つきでじっとガンナーを見ていた。
風「――一週間前の話の続きだ」
と、赤い眼の男は突然そう言った。ガンナーは銃口を一旦下ろした。油断しているわけではない。
風「その後、俺は『あの男』を殺した。どうせ死刑になるならいっそ道連れにしてやろう――と思った。そう思うのが普通だろう?」
ガンナー「まあ、お前と同じ立場にたてば十人中八人は思うだろうな」
風「逃げ出すのは案外簡単だった。放心状態を装っていたからな、まさか逃げ出すなど思わないだろうと高を括っていたのだろう。それが真昼間なら尚更だ」
ガンナー「ほう、夜中じゃなくて昼間か。勇敢だな」
風「看守三人ほどに見つかったが面倒なので殺した。捕まれば殺されただろう。こっちはハナから死ぬつもりだったが、憎しみだけを残して死ぬのは癪だったから、捕まるなら『あいつ』を殺したあとでないとならなかった」
ガンナー「そのまま堂々と家に帰って『ただいま』の代わりに殺したと。そんでお前が『そうなった』のは、推測だが――刑執行の日だな」
風「そういうことだ。無論、俺を追っていた兵士数人にすぐ取り押されられたが、その時既にアイツは死んでいた。死刑執行の日が早まったがな、今更冤罪だと言うつもりはなかったし、そもそもあいつを殺した時点で俺は無罪ではなくなった。俺は復讐を成し遂げたんだ。でも何故か――」
ガンナー「――無性に憎かった。か」
風「ああ、もう全て済んだはずなのに、何に対してかわからない憎悪が残った。でも、まあ、あんな胸糞悪い出来事があれば憎らしくもなるだろう」
ガンナー「さあねえ、そりゃ俺にはわかんねえよ。俺はお前じゃないし、生まれ育った環境だってまるで違うんだ。それに加えて家の事情なんかもほぼ正反対だからな」
風「ああそうか。お前は恵まれてるんだな」
ガンナー「……憎いか? 恵まれている人間が。憎いか? 俺のことが」
風「憎くはない、が――腹は立つ。悪く言えば――嫌悪している」
ガンナー「あっそォ」
ガンナーはニィ、と口角を上げた。挑発的だ。
ビエントは何の前触れもなくガンナーに接近した。側方から迫る白刃をガンナーは隠し持っていたらしい短剣一本で受け止める。
ガンナー「でもよその怒りは――お門違いってモンじゃねえの」
風「短剣なんて隠し持っていたのか」
ガンナー「そりゃあ、剣を手に突然襲いかかってくる奴もいるからな。俺ァ出来れば銃に瑕をつけたくないんだ」
ガンナーの右足がビエントの腹部を直撃する。ガンナーが僅かに眉をひそめる。後ろに飛びずさったビエントは空中で一度右回りにぐるりと体をねじり、回転す拍子に三本の剣をガンナーに向かって投げた。ガンナーはハンドガンでそれらを弾き飛ばす。
ビエントが地面に着地すると、ガンナーは額を袖で拭った。汗をかいている様子はない。
ガンナー「何だ、何か仕込んでたのか」
風「お前ほどの相手にまったくの無策で近寄るはずないだろう」
ガンナー「確かにまあ、今のは予想してなかったわ」
ビエントは服の下から、四センチほどの刃が五本ほど伸びている皿のような物を取り出した。血が付着している。
風「ちなみに自前だ。金はかからなかったが組み立てるのには苦労した」
ガンナー「小賢しいな」
風「大した怪我にはならなかったのか、それとも見栄を張っているだけか。どっちだ?」
ガンナー「なめてんじゃねえぞ。血は出てるが傷はそれほど深くねえよ。悪いが無駄だ」
鼻で笑い、ガンナーは片手を挙げた。
それを合図に、一体何処に仕舞っていたのか、様々な形、様々な大きさ、様々な種類の銃器が、彼の左右に現れた。正確な数はわからないが十以上あるのは確かだ。
そしてターゲットは――ビエントだ。
ビエントが何かを言う前に、ガンナーの腕は前に倒れた。宙に浮いた銃器たちから一斉に銃弾が放たれる。どうやって引き金を引いているのだろうか。
それは銃声というよりも、轟音に近かった。
ガンナーはつまり、先ほどビエントが自分にしてきたのと同じ技を、今度は自分がビエントに繰り出したのだった。
無論、一つの銃器につき一発だけ――などと生易しい考えをガンナーが持っているはずもない。被弾によって木が倒れた。砂煙が舞い、ビエントの姿が見えなくなったところで弾丸の雨は止む。
勇者「ガンナー!」
ガンナー「心配すんな、死んじゃいねえよ」
晴れた砂煙の向こうには、倒れた木に凭れるようにしてビエントが座り込んでいた。あたりに折れた剣がいくらか落ちていて、銃弾のほとんどがそれらによって遮られたのだと悟る。しかし流石に全ての弾を防ぎ切ることはできなかったようで、彼は体の至るところから出血していた。それでも致命傷は避けたようだ。
ガンナー「どうだ、立てるか?」
脚に何発か、腹部にも二発ほど食らっているらしく、ビエントが立とうにも立てないのは一目にしてわかる。
ガンナー「どうした、立てないか?」
だからこそガンナーはこんなことを言うのだ。ビエントを挑発するために。彼はそういう男だ。
ガンナーがビエントに近寄る。ブーツのつま先がビエントの足とぶつかりそうな程の距離になったとき、それまでじっと動かなかったビエントが急に行動を起こした。
彼の右手に剣が召喚されるのと、その腕を振り上げようとするのは同時だった。
そしてガンナーがその右手を地面に踏みつけるのも、ほとんど同時だった。
ガンナー「看守に通用しても、俺には通用しねえよ。その演技」
そのままライフル銃でビエントの手を甲の石ごと撃ち抜いた。ビエントが苦痛の声をあげ、負傷した左腕を動かそうとする。
ガンナー「お前の石は砕けたから勝負はついた、俺の勝ちだ。それ以上妙なマネしたら殺すぞ。これ以上体に穴が空いてほしくねえだろ?」
風「――構わん。殺したいなら殺せ」
ガンナー「へえ」
あっそォ、と言いながらガンナーはライフルを仕舞い、ハンドガンの銃口をビエントに向けた。
「やめろッ!!」
声と共に二人の間に割って入ったのは――勇者だった。
ガンナーは銃を下げずに勇者を睨む。
ガンナー「……なんのマネだ、勇者」
勇者「そ――それはこっちの台詞だ、ガンナー。もう勝負はついたんだろう。お前自身が今言ったじゃないか」
ガンナー「あのなあ――」
勇者「俺たちは刺客を『倒す』んだ! 殺すんじゃない。負かすだけだ。俺たちの勝利の条件は石を砕くことであって相手を殺す事じゃない。それだけは絶対に駄目だ! いくらガンナーが相手でもそんなことをするなら俺は――」
ガンナー「敵にまわる――と?」
勇者「!」
勇者「ち、違う。お、俺は――全力でお前を止める。俺の全力なんてたかが知れてるだろうけど、でも俺は、目の前で誰かが殺されるところを見たくないし、仲間が誰かを殺すところも見たくない。俺の目の前じゃなかったらいいってわけじゃないぞ。仲間が殺しをするのも、逆に殺されるのも、俺は嫌なんだ!」
ガンナー「そりゃお前」
ガンナーの言葉が途切れた。
同時に空いた手で勇者の肩を無理矢理掴み、横に押しやって発砲する。
勇者「なッ――」
よろけた勇者が銃声に振り返る。
勇者「ガンナーお前ッ――!!」
折れた刃が少し離れた地面に落ちる。勇者の尖った声はかしゃん、という金属質な音に消えた。
ビエントの左腕が浮いていた。手には刃のない剣が握られていて、肝心の刃は地面に落ちていた。ビエントの肩のすぐ横、木の幹から一筋の煙が上がっている。
ガンナーが撃ったのはビエントではなく、勇者の背に迫った刃だったのだ。
彼の動きがあと少しでも遅かったらきっと――。
ガンナー「そりゃお前、早合点ってやつだ」
勇者「は――」
ガンナー「俺がコイツを殺したところでメリットはねえし、別に個人的な恨みがあったわけでもねえ。心配しなくても殺す気はない。今みたいに至近距離で突然攻撃を仕掛けられてもすぐに応対できるように、ライフルよりも扱いやすい小型の銃に持ち替えただけだ。まあ接近戦じゃ銃より剣の方が速いはずだが」
勇者「早合点――」
ガンナー「誰が人殺しなんかするかッてんだ」
勇者「な」
勇者「なんだ――」
勇者が脱力して座り込む。その背後から僧侶が歩み出てきてガンナーの足の傷を治した。
僧侶「……案外深かったんじゃないですか?」
ガンナー「靴に穴開いた、最悪」イジイジ
魔法使い「弄ると広がるよ」
ガンナー「まじで」
僧侶「風さんは――どうします。治療して差し上げたいのは山々なのですが、回復と同時に襲いかかってくるかもしれません」
剣士「その心配はないだろう。石が砕けて力はなくなったし、残っていた武器もガンナーが壊しちまったからな」
僧侶「左様ですか。では――」
風「おい……お人好しにも程があるぞ」
勇者「何度でも言うがいいさ。でもその度に言い返すよ。俺たちは、刺客を殺したいわけじゃない」
風「……」
勇者「……あ、ちょっと待って腰抜けた」
魔法使い「えー、なにしてんの」
剣士「お前面白いこと言うな」
吟遊詩人「ま、まあそういうこともたまにはあるわよ……」
僧侶「流石にそれは回復魔法では治せないと思います」
騎士「……」
風「ガンナー」
ガンナー「あん?」
風「お前は何故、そんなに強いんだ」
ガンナー「……」
ガンナー「――さて、なんでだろうな?」