36 勇者「ガンナーは恐ろしい」
~翌朝~
鍛冶屋「持ってみた感じ、どうです?」
勇者「おお、丁度良い重さ」
鍛冶屋「それはよかったです。修理が必要になったらいつでも来てください」
勇者「ありがとうございます」
鍛冶屋「いえいえ鍛冶屋として当然の事をしたまでで……」
勇者「いやでも持ちやすいし振りやすいし、流石鍛冶屋さんというかなんというか」
ガンナー「あんまり褒めると調子にのるからやめとけ」
鍛冶屋「はは……」
勇者「そういえば海賊さんは?」
ガンナー「帰った。俺ちょっと剣士のところ行ってくる」
勇者「……」
勇者「行っても今すぐに食べられるような物は持ってないと思うけどなあ」
鍛冶屋「よく寝るのも変わらないと思ってたら、よく食べるのも健在ッスね」
勇者「鍛冶屋さんってガンナーとはどれくらい……?」
鍛冶屋「ああ、そういえば言ってなかったッスね。実は俺ガンナーさんの家に雇われてた時期があったんスよ」
勇者「えっ」
鍛冶屋「ガンナーさんが十六歳で俺が二十七歳だから、ええっと、今からだいたい十年前の事でして。フリーになった今でもあの人の家にはいろいろ仕事もらったりでお世話になってますけどね」
勇者「へえ……雇われ鍛冶屋ですか」
鍛冶屋「まあそういう役職なんで武器もそりゃ打ちましたけど、基本的に坊ちゃ――ガンナーさんの身の回りのお世話を」
勇者「おお」
鍛冶屋「――している人の手伝いとか看病とかですね」
勇者「『看病』ってガンナー何したんだよ」
鍛冶屋「あ、別に坊ちゃんが何かやらかしたわけじゃなくって、いや確かにあの人幼い頃から子どもであるが故の残酷さって奴が普通の子の二倍か三倍かそれ以上強くて『やんちゃ』でしたけども。あの、他の仕様人さんたちが風邪をひいたとか、そういうのの看病ッス。いや、あの人のお世話もしてましたけどね」
勇者「あ、ああ……だから時々ガンナーを『坊ちゃん』って呼ぶんですか」
鍛冶屋「えっ、呼んでました? 言い切る前に言いなおしませんでした?」
勇者「言いなおしてるときもありました」
鍛冶屋「うはあ……マジっすか。まあ、はい……もう十年も前の事なのに、どうもガンナーさんを前にすると……あの頃の事を思い出しちゃって」
勇者「懐かしくなってつい、ってやつですね」
鍛冶屋「思い出すっつっても主にトラウマですけど」
勇者「トラウマかぁ……」
鍛冶屋「はい」
勇者「でも、だからってそこまでガンナーに怯える必要あります?」
鍛冶屋「……」
鍛冶屋「……い、色々……ありまして……」
勇者「顔青いですよ」
鍛冶屋「はあ、その、勇者様が思っている以上に、勇者様たちがいつも見て知っている以上に、ガンナーさんは凄い人なんスよ。あの人はやろうと思えばなんだってできる人です」
勇者「まあ……凄い奴だというのは分かってますけど」
鍛冶屋「ガンナーさんと一緒に旅しててどうです? あの人、すごく強いでしょう?」
勇者「強いなんて言葉じゃ足りない程。現にガンナーはパーティ内での戦力はダントツだからなあ」
鍛冶屋「……勇者様、こう考えた事はありませんか?」
勇者「?」
鍛冶屋「そのパーティ内最強のガンナーさんが、もしも敵にまわってしまったら……って」
勇者「……ガンナーが敵に回ったら?」
鍛冶屋「多分、勇者様たち全員でガンナーさんと戦っても、あの人は本気を出すまでもなく、欠伸をしながらでも皆さんを倒してしまうでしょうね。いくら剣士さんがいても勝てないでしょう。極端な例えですが、たった一人でも魔王を倒せるのではないかって、そう思えるほどの実力者です。もしかしたら本当に倒せるかもしれない」
鍛冶屋「そんな人がもし、敵についたら……どうです? 勇者様はガンナーさんを倒す事ができますか?」
勇者「それは……」
鍛冶屋「『仲間に剣は向けられない』とか『友達を倒すなんて無理だ』とか、そういう、気持ちの問題とかじゃないんス。もっと単純に、あの人と戦ったとして勇者様たちに勝てる見込みがありますか? 俺はときどきそう考えてしまうことがあって……それが怖いんスよ。ガンナーさんが俺を殺そうとすれば、それはもう赤子の手を捻るより簡単な事なんです。なんでも出来る彼が羨ましい反面、とても怖いんですよ」
鍛冶屋「もう一度言いますけど、勇者様が思っている以上に、勇者様たちがいつも見て知っている以上に、ガンナーさんは凄い人なんス」
勇者「……」
鍛冶屋「あ、たとえ話ッスよ。ガンナーさんが勇者様の敵にまわるなんてことはないでしょうし、俺が勝手に想像して勝手にびびってるだけなんで。……まあ、それも理由の一つって事なんス。あと一つはさっき言ったように、その、雇われてた時に色々あったんス。あの人割とやんちゃだったんで。悪戯するのにも躊躇いとかない人ですし」
勇者「ううん……」
鍛冶屋「……皆さん玄関で待ってます。魔王討伐、頑張ってください」
~イエルタ~
勇者「新しい武器で心機一転! ……でもやっぱり武器せいだけじゃなく俺自身が弱いっぽい」
ガンナー「今更か」
僧侶「そ、そんな事ありませんよ。これまでよりも魔物との戦闘がスムーズに進んでいます」
勇者「ありがとう僧侶。そう言ってくれるのはお前だけだ」
魔法使い「イエルタからアロネモまではどれくらいかかるの?」
勇者「結局行くんだ」
魔法使い「だってずっとここにいても仕方ないじゃん」
吟遊詩人「日が暮れるまでに着くのは難しいわね。途中に宿もいくつかあると思うから、それを利用すれば明日の明るいうちに着けるわ」
魔法使い「鍛冶屋さんがいなかったら一日中勇者の護衛しないといけなかったんだね」
勇者「ぶ、武器は手に入ったんだからいいだろ……」
僧侶「アロネモへ向かうのなら急ぎましょう。暗くなると危険なのは何処の土地も同じです」
剣士「そうだな。セシリカ周辺の魔物は弱いのばかりだったが、このあたりはそうも言えない」
勇者「よし。じゃあ次の目的地はアロネモだ」