29 騎士「優しくはない」
~宿~
魔法使い「吟遊詩人……」
吟遊詩人「どうしよう……家に連絡が取れない……電話が繋がらない……まさか本当に……?」ブツブツ
吟遊詩人「ああ、だとしたら私のせいじゃないの。二人をほったらかしてあちこち出歩いていたからこんなことになったのよ。私がちゃんとあの子たちと一緒にいれば、ちゃんとこまめに連絡をとっていればこんなことには……」
吟遊詩人「私の……私のせいだわ」
騎士「……」
~宿の裏庭~
ガンナー「デコ石が登ってたのってこの木か」
勇者「ああ」
ガンナー「……」
勇者「なんでアイツ木なんかに登ってたんだろうな」
ガンナー「鳥の巣――」
勇者「え?」
小鳥「ぴー」ウワァオチルゥー
勇者「あっ」
ガンナー「」パッ
小鳥「ぴー」アブネー
ガンナー「うわもうマジ鳥とかキショイわ」ヒョイ
勇者「ひどいこと言うなよ鳥に罪はないだろ」
小鳥「ぴー」アリガトヨー
勇者「……巣が傾いてて落ちやすくなってるんだな」
宿のお爺さん「兄ちゃん小鳥戻しといてくれたんかえ?」
勇者「あ、おじいさん……」
宿のお爺さん「そこの小鳥しょっちゅう巣から落ちよるんじゃ」
勇者「そうなんですか?」
宿のお爺さん「よう紫の髪の兄ちゃんがなあ、落ちた小鳥をなあ、助けてくれるんじゃよう」
勇者「紫……?」
宿のお爺さん「おでこに石みたいなんくっつけて、ああいうのが流行っとるんかえ?」
ガンナー「ほぼ確実にデコ石だなそいつ」
勇者「そんなものが流行ってたまるか」
ガンナー「まあ巣が傾いてんのは適当に直しといたし、もう落ちる事はないだろうよ」
小鳥「ぴー」アリガテェ
勇者「いつの間に」
宿のお爺さん「あや? 紫やのうて青じゃったかのう? ばあさん、ばあさんやあ」
ガンナー「……なんだ、あの爺さんボケてんのか?」
勇者「……」
勇者「(アルボル……どういうつもりだ、あいつ)」
勇者「剣士、吟遊詩人は?」
剣士「ああ、部屋で休んでる。しばらくそっとしといてやったほうがいいんじゃないか?」
勇者「そう――そう、だな」
魔法使い「僧侶はそこにいるけど、騎士がいないよ」
勇者「何処かで寝てるとかは……ないか、流石に」
魔法使い「さっきまでいたんだけどなぁ」
ガンナー「……」
勇者「アルボル、あいつさ」
剣士「ん?」
勇者「あいつが木に登ってた理由、一応分かったんだ」
剣士「ああ、昨日の」
魔法使い「何だったの?」
勇者「巣から落ちた小鳥を助けたらしい」
僧侶「小鳥を?」
勇者「宿の裏に大きな木が生えてて、そこに鳥の巣があるんだ。その巣が傾いているせいで中の雛が落ちるんだよ。さっきガンナーが巣を修復したから、もう落ちてくることはないだろうけど」
魔法使い「……そうだったんだ」
剣士「小鳥は助けるのに、人を殺せるのか。解せない奴だな」ハァ
勇者「……」
剣士「あいつは、もしかして――」
勇者「剣士?」
剣士「……いや、なんでもない」
~女部屋~
吟遊詩人「……ハァ」
吟遊詩人「……」
キィ……
吟遊詩人「! 騎士……」
騎士「……」
騎士「私は、出て行かない」
吟遊詩人「え……?」
騎士「魔法使いは気を遣って部屋にこないけど、私は貴女の事情なんて知らない。私は疲れたから眠りたい。この部屋は私と貴方と、魔法使いの部屋。だから私には、この部屋を眠るために利用する権利がある。もし貴女が一人になりたいからと言っても、私は部屋を出ない」
吟遊詩人「……」
騎士「自分だけだと思ってる?」
吟遊詩人「え?」
騎士「家族を失ったの。自分だけだと思ってる? 自分だけつらい思いをしていると思ってる?」
吟遊詩人「それは――」
騎士「……黙っていたけど、私たちも母を失った」
吟遊詩人「!」
騎士「私たちの家は教会。幼かった頃、別派の狂信者が凶器を持って私たちの家に来て、私たち兄妹の目の前で母が殺された。そのとき私たちは何もできなかった」
騎士「勇者も、魔法使いも同じ。家族が殺された。それどころか、故郷の世話になった人々全員が、遺体も残らず消し去られた」
吟遊詩人「……」
騎士「二人は当然悲しんだと思う。でもそれは、皆が知らないところで」
騎士「……見た事、ある?」
吟遊詩人「ない、けど。それは――私を責めているのかしら」
騎士「悲しむなとは言わない。貴女よりつらい経験をした人がしたたかに生きているから貴女もそうしろ――ともいわない。人の感情を指し図ることなんてできないから、どちらがつらいだとか、そんなことはわからない。貴女は悲しんでいい。でも、悲しむなら誰も見てないところでしてほしい。そうでないと今みたいに皆が気まずい思いをする。私は優しくない、自分勝手な人間だから、こんな空気のなかでの集団心理で誰かに気を遣うなんてことはしたくない。それに人が思い詰めて暗くなっているところを見ると、皆心配する」
騎士「私も」
吟遊詩人「!」
吟遊詩人「……駄目ね、私。年長者なんだからしっかりしないといけないのに。皆に迷惑かけてばっかりだわ。私よりも幼い子たちができたことが年上の私にできないなんて、おかしな話よね。それに、あの話が真実だなんてまだ決まったことじゃないもの。まだ希望を捨てるべきではないわ」
騎士「残酷な嘘でゆさぶりをかけてきたのだとしても、こちらが信じなければ意味はない。それは向こうだってわかっているはず。だったらこんな大げさな嘘はそもそも吐かないし、嘘だった場合、貴女の弟妹と連絡がとれなかったことの理由が説明できない」
吟遊詩人「そうね、そうかもしれない。でも私、自分の目で見たもの以外は信じないことにしてるの。……そういうことにしておいて。もし真実だったことがはっきりしたら、ちゃんと受け止めるから。そのときは、もう迷惑かけたりしないわ」
騎士「……悲しくなる事は、誰にでもある。でもそれを責めたり咎める権利は誰にもない。誰も見ていないところで悲しんでくれなんていうのは、私個人の意見。無理なら無理でいい。人の心はそこまで都合良くできてはいないから」
吟遊詩人「……ありがとう」
騎士「礼を言われるようなことはしていない。私は教会の人間らしく慈悲に満ちた言葉をかけたわけではない。貴女を慰めるどころか、むしろ貴女の気持ちを考えずに冷たく突き放した。非情な女だと毒吐かれても仕方がないし、そう言われれば何も言い返すことができない」
吟遊詩人「そんなことないわ。騎士は騎士なりに、私のことを心配してくれたんでしょう? でなきゃ、貴女が誰かに対してここまでお喋りになることなんてないもの」
騎士「そんな綺麗な理由じゃない。私が言わなければ他の人が言っていたこと。私は彼が、悲しみに暮れている貴女にいつかこう言うと思った。もしそれで彼が嫌われたり不必要に好かれたりする可能性がないとは言い切れないし、その結果がどちらであろうと私の心地が悪い。だから、彼が来る前に私が言った。そんな身勝手で醜い理由」
吟遊詩人「彼――というのは、ガンナーのこと?」
騎士「……」
吟遊詩人「心配しなくても、ガンナーは私にそこまで優しくしないわ」
騎士「なら、いい」
吟遊詩人「……ねえ騎士」
騎士「……」
吟遊詩人「一つだけ、お願いがあるの」
騎士「……何」
吟遊詩人「一緒に、お昼寝してもいい?」
騎士「……断る理由は見つからない」
~・・・~
僧侶「何があったのかよく存じませんが、吟遊詩人さんが元気になっておられました」
勇者「よくわかんないけど結果オーライ」