28 吟遊詩人「どういうこと?」
勇者「いてて……」
おばさん「はい、おしまい。その擦り傷だけ? 他に怪我はない?」
勇者「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
おじさん「そんくらいツバつけときゃ治るってのに」
おばさん「あんたさっきの子にもそう言って。もっと若いのに優しくなさいよ」
勇者「(さっきの子――っていうのは僧侶のことか……)」
宿のお爺さん「ばあさん、ばあさんや。飯はまだかえ?」
宿のお婆さん「じいさんや、さっき食べたじゃないですか」
宿のお爺さん「はて、そうだったかのう。どうも小腹がすいたんじゃよう」
宿のお婆さん「それじゃあお饅頭でも食べましょうかい。今お茶を淹れてきますよ」
おじさん「あーあ、あの爺さんも順調にボケが進んでんなあ」
おばさん「そんなこと言うもんじゃないよあんた。あたしゃ先に店に戻るからね」
宿のお爺さん「わしゃぁのう、その昔森の中で、それはそれは美しい……」
おじさん「精霊だか妖精だかを見たんだろ? 知ってる知ってる。その話はもう何百回も聞いたぜ?」
勇者「妖精?」
おじさん「あのボケ爺さんお得意の昔話さ。夢と現実の区別がついてないだけだから本気にすんなよ坊主」
宿のお爺さん「ありゃあ、わしがお前さんくらいの歳の頃じゃったわい。もっと東にある森でのう」
勇者「は、はあ……」
おじさん「西の森じゃなかったのか?」
宿のお爺さん「東じゃよう」
おじさん「この前は南とも言ってたじゃねえか、ったく、妄想も大概にしろよな。俺も店に帰るぜ。坊主、お前も早く逃げねえと年寄りの長話に付き合うはめになるぜ」
勇者「え、あ、は――はい……」
宿のお爺さん「そいで東のォ……なんと言ったかのう……ルフ……ラフ……レフ、レフレル……」
宿のお婆さん「リフロルじゃないのですか、お爺さん」
宿のお爺さん「ああそうじゃそうじゃ、そいでそのレフラルという山でのう」
宿のお婆さん「森ですよう」
宿のお爺さん「わしは道に迷うとってなあ、ほいだら木の葉の隙間からのう、羽根が生えた小人と、こんくらいの光の塊が現れてなあ、わしを森の入り口まで案内してくれたんじゃ」
勇者「へ、へえ……」
カランカラン、
宿のお婆さん「ああおじいさん、おじいさん、お客さんですよう」
宿のお爺さん「はえ?」
勇者「あ、じゃあ俺はこれで」
勇者「(少し散歩にでも行こうかな)」
~・・・~
剣士「……外から凄い音がしたから見に来てみたら」
勇者「」チーン
アルボル「」ピヨピヨピヨ
剣士「なんだこれ……」
~宿~
勇者「何があったのかうまく思い出せないけどとりあえず木に登っていたアルボルが落ちてきたのは覚えてる」
剣士「それが全てじゃないのか」
勇者「っていうか、アルボルはなんでここに? 約束の日は三日後だろ?」
アルボル「通りすがっただけさ――っいてて、消毒もっと優しくしてよ」
剣士「……通りすがっただけでどうすれば木から落ちて勇者にぶち当たるんだ」
アルボル「別になんでもな――痛いって! しみる!」
魔法使い「それはしょうがないよ」
剣士「我慢しろ、子供か」
ガチャ
僧侶「おや」
ガンナー「うお、デコ石がいる」
アルボル「デコ石とか言うなよ」
ガンナー「で、お前なんでいんの?」
魔法使い「通りすがって木に登ったら勇者にぶち当たったんだって」
僧侶「どんな状況ですか」
ガンナー「そうか、石無事だったか? お前から石を抜いたらもはや『デコ』だから気をつけろよ」
アルボル「ごめんちょっと意味がわからない。デコ石ってのは額に石が埋まってるからでしょ、石なくなったら『デコ石』じゃなくなるし普通にアルボルでよくない?」
ガンナー「まあ落ち着けよデコ石」
アルボル「いや僕は十分落ち着いてるけど……」
ガンナー「で、お前なんでいんの?」
アルボル「同じ質問をついさっき聞いた」
アルボル「通りすがりっていうか、本音を言うと話があったから来たんだけど――」チラ
吟遊詩人「?」
アルボル「……ま、明日でいいか。僕個人からすれば特に急ぎなわけじゃないし。また明日ここへ来るよ」
勇者「……なんだったんだ?」
魔法使い「話ってなんだろうね」
ガンナー「明日になれば分かるし、寝るわ」
剣士「おいまだ昼だぞ」
~・・・~
勇者「ガンナーの規制ってまだ解けないのか?」
ガンナー「デコ石との戦いには間に合わないな」
勇者「うーん……」
ガンナー「なんだ、俺抜きじゃ戦えないのか」
勇者「そ、そういうわけじゃないけど……でもこのパーティって職業的には結構バランスいいはずなのに、戦力がかなり偏ってるんだよなぁ」
ガンナー「まあ勇者が弱いからな。十がこのパーティの戦力の数値として、俺と剣士だけで五はあるんじゃねぇの? あとは騎士二、魔法使い一、僧侶一で吟遊詩人と勇者が合わせて一みたいな」
勇者「う……俺れいてんご……」グサッ
ガンナー「(いやまあ流石に勇者ハーフはねーけど)」
ガンナー「そうそう、確認したら規制期間はあと四日だってよ、デコ石戦が三日後だからギリギリ間に合わない」
勇者「あと何日とかってどうすれば分かるんだ?」
ガンナー「職業規制されたら身体の何処かに印が出てくるんだよ」服めくり
勇者「バツ印に数字の四――今まで気付かなかったのか?」
ガンナー「……気付くか?」横っ腹
勇者「……分かりづらい位置ではあるな」
ガンナー「だろ」
勇者「にしても、間に合わないのか……」
ガンナー「おう間に合わねえぞ」
勇者「うーん、どうするかな」
ガンナー「だから今回は俺に頼るなって事だって」
勇者「わ、分かってるよ……正直お前がいないって戦力的にすごい痛いけどさ。今回はそうするしかないんだし。剣士がいるだけまだ心強いか」
ガンナー「僧侶がいるから怪我のことは問題ないし、吟遊詩人が敏捷性だの腕力だの強化できる魔法使えるだろ。防御面では心配ない。問題は前線に立つお前らだ。特に勇者」
勇者「う……」
ガンナー「つかお前まわりに頼りすぎだろ」
勇者「ごめんなさい」
~翌日~
ガンナー「さあ話とやらを聞かせてもらおうか!」
剣士「うわ上から目線」
勇者「来るのが遅いからこっちから出向いてやったわ!」
アルボル「なんでこの勇者こんなにノリノリなんだよ」
勇者「あ、呆れたような顔すんなよ……」
アルボル「『ような』じゃなくて呆れてるんだよ」
勇者「あれか、精神攻撃で追い詰めるみたいなアレか! き、効かないぞ!」
アルボル「こんな勇者じゃ世界終わったも同然だな」
勇者「うっ」グサッ
アルボル「戦力といいその他もろもろ、後衛のガンナーに抜かれるってどんな気持ち?」
勇者「うぐぐ……」グサグサッ
アルボル「挙句女の騎士にも勝てないってどんな気持ち? ねえ今どんな気分?」
勇者「うぐううっ……」グサグサグサッ
剣士「……ばっちり効いてんじゃねぇか」
勇者「き、きき、効いてないし。全ッ然効いてないし? あれ? ……っかしーなぁ段々目の前がぼやけてきた」
アルボル「泣く程? 涙腺緩いなぁこの泣き虫勇者……」
勇者「ううう」
剣士「それ以上言ってやるなよ、段々哀れに思えてきた」
アルボル「あーもう、悪かったよ、これからは心の中で言うだけに留めるから」
勇者「もうやだこの人」
魔法使い「……で、結局話って何なの?」
アルボル「あーあ、昨日ののほほんムードじゃ言いにくいからわざわざ日を改めたのに、また昨日と同じことになってんじゃん」
剣士「半分くらいお前が自分で作った空気だぞ」
ガンナー「もういいからさっさと言えよ」
アルボル「言うけどさ」
アルボル「うーん、そうだなぁ――吟遊詩人だっけ?」
吟遊詩人「何かしら」
アルボル「君、西大陸に家族――って言うか、弟と妹がいるんだってね」
吟遊詩人「……ええ」
ガンナー「……まさかとは思うが、お前そいつ等をアレしたのか」
アルボル「大事なとこ伏せるなよ。なんにも伝わんないじゃん」
ガンナー「これをはっきり言えるほど鬼じゃないから俺」
アルボル「……まあ、多分ガンナーの予想は合ってるんじゃないかな?」
吟遊詩人「ハッキリ言って頂戴」
アルボル「うん、言うよ? ただ瞬間的に重い空気になるだろうからちょっと覚悟しといて。だからつまりさ――」
アルボル「君の弟と妹、殺しちゃったよって話がしたかったの」
勇者「!」
ガンナー「……」
吟遊詩人「え……?」
魔法使い「吟遊詩人の――弟と妹を……」
勇者「……それ、本気で言ってるのか?」
アルボル「冗談でこんな事言うわけないじゃん? ほら」ぽい、
ぱさ、
勇者「……髪の毛?」
吟遊詩人「こ、これ……まさか、あの子たちの……?」
魔法使い「!」
アルボル「さっすがお姉ちゃん。長く家空けても家族の髪色くらい覚えてるよね」
僧侶「なんてことを……」
剣士「そもそも、どうして吟遊詩人に弟妹がいる事を知ってるんだ。この短期間で俺たちについて詳しく調べたのか」
アルボル「いいや、それぞれの出身も家族構成も歳も知らないさ、僕だってつい最近この事を知ったんだ」
吟遊詩人「だからどこで――……あ」
アルボル「……分かった?」
僧侶「……まさか、私たちの話を聞いていたのですか?」
アルボル「ご名答。ずっとではないけど見張ってたってわけ。だからガンナーが職業規制で戦えない事も知ってるし、勇者が素振りの最中にこん棒を頭にぶつけた事も知ってる。吟遊詩人が西の大陸出身で弟と妹がいて、小鳥を飼っていた事も知ってる。……ま、厳密には盗み聞きしてたのは僕じゃなくてビエントなんだけどね」
勇者「……」
吟遊詩人「……」
アルボル「話ってのはそれだけね。じゃ、僕はちゃっちゃと帰るよ。二日後にまた会おう」