18 魔法使い「水」
魔法使い「思ったんだけど、洞窟の何処で戦うの?」
勇者「最奥部に広いフロアがあるみたいなんだ。手紙に書いてあったよ」
魔法使い「手紙に?」
勇者「裏面のあぶり出しで……」
剣士「凝った事するよな、普通に書けよ」
ガンナー「遊び心だろ」モグモグ
剣士「お前何食ってんの」
ガンナー「パンが余ってたから」
剣士「ああ……朝飯の」
勇者「――っとここだな」
魔法使い「……」
勇者「魔法使い、大丈夫か?」
魔法使い「なんか、魔道師試験の日みたいでちょっと緊張するね」ハハ
勇者「いやわかんないけど」
魔法使い「とりあえず今めっちゃドキドキしてる」ドキドキ、
勇者「恋じゃない?」
剣士「一番奥への道は――勇者、覚えているか」
勇者「いや、奥へ行く前にドロシーに刺されたから――って、剣士は一度ここを探索したんじゃないのか?」
剣士「いや人影がないかだけを見て歩いてたから道は全然覚えてない。もう一度来ることになるとは思ってなかったしな」
勇者「頼りにしてたのに」
剣士「悪かったな」
僧侶「奥までの道は私が知っています。ここには何度か来たことがあるので」
魔法使い「あ、私も多分わかるよ。勇者を捜しに来たときに歩き回ってたらそれっぽいところ見た気がする」
勇者「ソレっぽいところってどんなところ?」
魔法使い「なんか無駄に広くて無駄にランプがあったよ」
勇者「えっと、じゃあ二人が前を歩くか?」
僧侶「私はそれでも構いませんが」
剣士「……」ブンッ
勇者「ったああぶねえええ!?」バッ
勇者「なっ、なぁっ、何!?」ドキドキバクバク
剣士「いや、勇者が僧侶と魔法使いに先頭を行かせるみたいな事を言った気がしたから」
勇者「だ、だ、だからって本当に殴ろうとするか!? 聞いてみただけじゃん!」
剣士「ややこしい事すんなよ」
ガンナー「紛らわしいぞ勇者」
勇者「うわあ、何もォこの二人本当、変なところだけ似てる」
ガンナー「長い間一緒にいれば似てくるっての」
勇者「……待って、よくよく考えたら、剣士の方がガンナーより三つ上で兄貴なわけだから……剣士がガンナーに似てるんじゃなくて、ガンナーが剣士に似てるって事になるんだよな? ガンナーがこう、いろいろ濃いから前者の感覚だったけど」
剣士「まぁ、子が親に似るのと同じ原理で考えたら、弟が兄に似るって事になるな」
勇者「……剣士にもガンナーと同じく鬼畜外道の血が流れているという事か……!!」
魔法使い「お、おお、さすが勇者……そこに気が付くとは」
勇者「血は争えないって奴だな……」
魔法使い「もうこれは剣士とガンナーじゃなくて、ガンナーが二人いるって考えた方がいいんじゃない?」
剣士「俺じゃなくて?」
勇者「剣士はゲームでよくあるそのキャラのアナザーカラーだな」
剣士「俺がアナザーの方かよ。普通逆だろ」
魔法使い「だから、ガンナーの方がこうさ、強いんだよ。」
剣士「お前らの中の『兄弟イコール似てる』っていう方程式がそもそも間違ってるんじゃないのか?」
魔法使い「あ――いた」
僧侶「おや、フロア全体に水が張ってあるようですね。前来たときはありませんでした」
剣士「何か細工してあるのかもしれないな」
勇者「本当だ。どうする? 先手を取って遠距離からなんかこう……」
ガンナー「勇者せこい卑怯」
剣士「正々堂々勝負したらどうなんだ」
勇者「剣士なんだ、どうしたんだなんか怖いぞ。お前ら今日やたら兄弟じゃない?」
魔法使い「いつも兄弟だよ」
勇者「そうだけど」
~レンテ最奥部~
アグア「時間ぴったり」
ドロシー「逃げずに来たようね」
風「……」
勇者「ちょっと待ってなんで三人もいんの」
ガンナー「遊ぶ時は人数多い方がいいだろ」
勇者「遊ぶわけじゃないから」
ガンナー「知ってるよ」
ドロシー「安心しなさい。私と風はこの後すぐに帰るわ。今日あんたたち五人と戦うのはアグアだけよ」
僧侶「一対五ですか、大した自信ですね。お互い相手の事は名前くらいしか存じないはずですが」
ドロシー「人間に負ける気なんてしないもの。それに今回は相手が相手だしねぇ」チラ
魔法使い「……」ムカ
ガンナー「アグアってあれだよな、あの、耳が耳じゃないアレだよな」指差し
剣士「覚えとけよ」
ガンナー「耳が魚のヒレみたいだなあ、爪で弾いたら割れそう。……じゃあ、ヒレについてるあのピアスみたいなのが石か」
勇者「ひ、ヒレ……確かにヒレみたいだけど……」
魔法使い「あれってどうやって周りの音拾ってるんだろ」
ガンナー「横髪捲ってどんな風に生えてんのか見たいな」
魔法使い「ね。不思議だね」
ガンナー「『ヒレみたいな』っていうか完全にヒレだよなあれ。いやウロコ? エラ呼吸とかできそうだな」
勇者「女の子を魚類化させるのやめろよ……」
アグア「いい」
勇者「あ、いいんだ」
アグア「僕、魚」
勇者「え?」
ドロシー「アグアは元々魚だったのよ」
勇者「ちょっと何いってんのかよくわかんないッス」
ドロシー「頭悪いのね」
ガンナー「頭悪いなぁ勇者。つまり、元々そのへんにいる魚だったけど、なんやかんやで魔王がトンデモパワー使って今の姿になったんだろ?」
勇者「超アバウト」
ドロシー「まあ、でもその通りよ。魔王様が水辺にいる魔物だったアグアの、周りとは違う実力を見込んで刺客にしたの。雑魚モンスターにしては強かったアグアの力は何倍にも膨れ上がった。そして今のあの子があるのよ。元々、モンスターになる前は魚だったらしいんだけど」
ガンナー「あー、マジで魚だったのか……ちょっと、ちょっとだけ水面に顔付けてみ? エラ呼吸? エラ呼吸出来るか?」
アグア「……」フルフル
勇者「できないってさガンナー。いじめんなよ」
ガンナー「両生類……蛙の親戚……」
勇者「ひでぇ」
ドロシー「……そっちも随分と余裕じゃない? 相手が女だからって油断してちゃダメよ。女はいつだって男を騙す生き物なんだから」
剣士「別に油断してるわけじゃないぜ。余裕を見せているだけだ」
ガンナー「まあ要するに――耳狙って撃てばいいんだろ?」
ガンナーが銃をとる。それを合図に全員が武器を構えた。
フロアには水が溜まっているが浅い。水深わずか十センチと言ったところだろう。アグアは元いた場所から数歩後ろに下がり、彼女が両手を広げると水面から無数の水の塊が浮かび上がってきた。
塊の中は空洞で、それは分厚いシャボン玉のようだ。
既にドロシーと風の姿はない。
勇者「何だ――?」
ガンナーが銃弾を放つ。しかしそれはアグアに辿り着く前にひとつのシャボン玉にぶつかった。
水のシャボン玉は銃弾によって割れ、そして――爆発した。
アグアは自身の肩ほどの長さの棒をどこからともなく取り出す。
勇者「えっ」
アグア「名づけるとしたら、水爆」
ガンナー「チッ」
剣士「……とにかく、あれに触れなきゃいいんだろ? 行くぞ勇者!」ダッ
勇者「えっ、あ、お、おう!」ダッ
剣士と、少し遅れて勇者がアグアに向かって走り出した。アグアが武器を構えるより先に剣士が彼女の懐に踏み込む。
速い。
しかし剣士が刃を振るう直前、突然目の前に特大の水爆が勢いよく浮上してきた。
剣士「!」バァンッ
勇者「剣士! うわっ」バァンッ
後ろに吹き飛ばされた剣士は即座に体勢を立て直し着地したが、一方勇者は派手に転んだ。
爆破をモロに受けた剣士の腕から水と血が滴る。見た目以上に殺傷力があるようだ。
僧侶がすぐさま剣士の傷を癒す。
剣士「悪い、油断した」
剣士「(なんだアレ、いきなり速く……)」
ガンナー「俺が道を開ける、その間に行け」
簡潔に言い、両手に銃を構えるとその時浮かんでいた水爆を全て打ち砕いた。
銃声音が止むと同時に再び剣士と勇者が走り出す。
新たな水爆が次々と現れ、ガンナーがそれを撃つ。しかしハンドガン二丁ではサポートが追いつかない。
水爆の大きさはさまざまだ。大きい物も小さいものもある。一番小さいサイズで小銭ほどの大きさだ。流石にそれら全てを打ち消す事はできないため大きいものだけを狙う。僧侶は前衛二人の回復に勤しむ。
アグア自身の切り札は無論水爆のみではない。長いステッキを軽快な動きで操り、二人の攻撃を受け流す。
大きな水爆によって勇者が後ろに飛ばされる。なんとか踏みとどまり転倒は防いだが、アグアがステッキを横にぶん、と振るとペンほどの大きさの針が数十本ほど飛び出してきた。
すかさず剣士が薄い壁のバリケードを作り、その進路を阻む。壁は役目を終えるとすぐさま地面に引っ込んだ。
魔法使い「剣士!」
魔法の詠唱を終えた魔法使いが叫ぶ。剣士は素早くアグアから離れた。
宙に出現した魔法陣から現れた無数の氷の塊がアグアに降り注ぐ。流石の彼女も全ては防ぎきれず、幾らかダメージを負ったようだった。
ばっ、とアグアが腕を振る。今まで以上に大量の水爆が空中へ浮上し、勇者たちの行く手を阻む。ガンナーが開けた道から前衛二人が攻め込むも、アグアは次々と新たな水の爆弾を生み出していく。
一瞬のうちに隙間がなくなった。
フロアの中央付近でひとつの水爆が割れた。それに連動してフロアに存在するすべての水爆が次々と爆発した。
後方で詠唱を唱えていた魔法使いと、銃をリロードしていたガンナーにも爆破の被害が及ぶ。
唯一、陸地に立っていた僧侶が全員の傷を一斉に治療した。大規模な治癒魔法だったため全ての傷は治療されない。
しばらくはそのような攻防戦が続いた。
ガンナー「量が多すぎて狙撃が追いつかない。この場合壊しゃいいってもんでもないが……ハンドガンじゃ無理があるな」
僧侶「他の銃は?」
ガンナー「ハンデだ」
僧侶「置いてきたのですね」
魔法使い「……ひらめいた!」
僧侶「?」
魔法使い「剣士!」
剣士「なんだ」
魔法使い「あのね――」
剣士「――うまくいくか?」
魔法使い「分からない。分からないから試すの」
剣士「わかった。やれ!」
魔法使い「はあっ!」
魔法使いが地面に手をつくと急激にフロアの水嵩が増し、魔法使いが出した水は一瞬で天井まで到達するとすぐに消失した。
水の塊は水に相殺され、空間がクリアな状態になる。
魔法使い「剣士ッ!」
剣士「ああ!」
剣士が地面に剣を深く突き刺した。その亀裂から新しい「地面」が出来上がり、溜まっていた水を地で覆い隠した。
アグア「!!」
突然の出来事にアグアが狼狽する。その隙を勇者は見逃さなかった。
勇者「くらえ!」
勇者が突き出した刃がアグアの耳元の石に直撃する。
パキッ……
アグア「あっ――」
魔法使い「水爆は水面から現れた。ここに水が溜まってたのって、それを使うためだよね? なら、溜まってる水がなくなっちゃったら、あの技使えないんじゃない?」
ガンナー「なるほど、考えたな。剣士の『大地』の能力と魔法使いの『水』の能力を使ったのか」
アグア「――負けちゃった」
アグアは少し悲しそうに耳ヒレに触れた。
アグア「殺さないの?」
勇者「殺さなくても、石を割ればこっちの勝ちなんだろう?」
アグア「……降参」
アグアは武器を捨てて両手を挙げる。
アグア「この石が僕をヒトの形に留めていた。石が割れたから、もうじき僕は元の姿に戻る」
魔法使い「えっそうなの?」
アグア「殺す気がないなら……近くの泉にでも放してほしい。戻ったら会話はできない」
勇者「……わかった」
アグア「敵にお願いなんて、変な感じ。でもね、うまく話せないけど、人間って、案外悪い生き物じゃないね。楽しかった、ありが――」
言い終える前にアグアの姿が消えた。否――戻ってしまったのだ。
アグアが先程まで立っていた場所には、小さな青い、金魚のような形の魚が地面の上を跳ねていた。
魔法使いが駆け寄り、手の上で水の塊を作ってそこに魚になったアグアを入れる。
勇者「戻った――のか」
僧侶「美しい青色ですね」
魔法使い「帰ろうか。騎士と吟遊詩人が待ってる」