戦女神の娘と人間の少年のお話
初めての短編投稿です。
今回は昔話風なので、厳密には物語では無いかも?
では、どうぞ。
―――――これは、とある世界のとある王国の物語。
その王国は、世界の中心でした。
他のどの国よりも強く、豊かで、人々が幸福に過ごしている王国でした。
その王国には何でもありました。
お金も、食べ物も水も、豊かな自然も歴史ある文化も、この世の何もかもを持っていました。
周りの国は、その王国が欲しくて欲しくて、たまりませんでした。
いくつもの国がその王国を手に入れようと、戦争を仕掛けました。
ですが、長い歴史の中でその王国を侵略出来た国は一つもありませんでした。
たくさんの国の兵士達が、その王国に入ることもできずに倒されてしまいました。
国境に触れた途端に、倒されてしまうのです。
何故ならその王国には、女神様がいたからです。
誰よりも美しく、誰よりも強く、誰よりも優しく、この世の全ての光に包まれた女神様が。
誰よりも白い髪と瞳と肌を持つ、とても美しい女神様でした。
『我が愛しき民達に害を成す邪悪の徒、私が滅びを与えましょう』
女神様は王国の民を守るために、周りの国の兵士達を倒してしまうのです。
周りの国の人々は、女神様を魔女と呼んで畏れました。
王国の民は、女神様を敬い、王国で一番高い所に祀り上げました。
誰も近付かず、祈りを捧げて、自分達を守ってくれる女神様を崇めていました。
女神様はあまりにも眩し過ぎて、誰も女神様の近くに行けないのです。
「女神様」
「女神様は尊いお方です」
「どうかこれからも、我々をお守りください」
心優しい女神様は、王国の人々を守り続けます。
戦い続けます。
周りの国からやってくる侵略者を、次々と倒して行きます。
大好きな王国の人々を守るために、白い女神様は赤く染まっていってしまいます。
いつしか、女神様に祈りを捧げる人は誰もいなくなってしまいました。
女神様が王国を守るのが、当たり前になってしまったのです。
それでも女神様は、王国の人々を守り続けました。
1人きりで過ごして、1人きりで生きて、1人きりで戦い続けました。
女神様はとても優しくて、王国の人々のことが大好きだったからです。
真っ白だった女神様は、いつしか真っ赤な女神様になってしまいました。
「女神様」
「女神様は恐ろしいお方です」
「どうかそのお力で、我らに害を成す敵を皆殺しにしてください」
赤くなってしまった女神様に、王国の人々は口々に言います。
恐ろしい、恐ろしい。
それでも1人きりの女神様は、周りの国の人々を倒していくのです。
いつしか、女神様の周りには誰もいなくなってしまいました。
皆が女神様を怖がって、王国で一番高い所に閉じ込めてしまったのです。
それでも女神様は、1人で戦い続けます。
周りの国の人々を倒しては王国で一番高い所に戻り、次の侵略まで大人しくしているのです。
それでも女神様は、王国の人々のことが大好きでした。
だから、1人きりでも平気でした。
『愛しい王国の民、王国の人々が幸福であれば、何を思い煩うことがありましょう』
ある時、女神様はある王国の民を助けます。
周りの国の人々に囚われた人間の少年を、女神様が助けたのです。
自分を助けてくれた真っ赤な女神様に、人間の少年は言いました。
『ありがとう』
女神様は、驚きました。
お礼を言われるなんて、初めてのことだったからです。
女神様は、とても嬉しくなりました。
いつしか、女神様は人間の少年と友達になっていました。
1人きりの女神様にとって、初めての友達。
人間の少年は王国の人々の目を盗んで、王国で一番高い所に毎日のように通いました。
女神様は、人間の少年といろいろなお話をしました。
自分のこと、自分の知識、自分の力、自分の全て。
人間の少年は、言いました。
『女神様は、とても優しい「人」です。僕はそんな貴女が大好きです』
女神様のことを好きになってくれたのは、その人間の少年が初めてでした。
女神様は嬉しくて、その人間の少年といつまでもお話をしていました。
人間の少年は、音楽がとても得意でした。
女神様は、人間の少年が奏でる音が大好きになりました。
いつしか、人間の少年は青年になりました。
強くたくましく成長した少年は、いつしか青年になっていました。
人間の青年は、女神様に言いました。
『どうかもう、戦わないで。僕が貴女を守ります』
女神様は、迷いました。
王国の人々が大好きだから、迷いました。
それでも、女神様は人間の青年の願いを聞き届けました。
女神様は、人間の青年のことが好きになっていたからです。
いつしか女神様は、王国の人々を守らなくなっていきました。
周りの国の侵略があっても、女神様は戦わなくなったのです。
女神様は人間の青年の願いのために、王国の人々のために戦わなくなったのです。
周りの国の人々を倒さなくなって、王国の人々は怒ります。
それを見た人間の青年は、王国の人々に言いました。
『女神様ばかり戦わせるなんていけない、あの方はとても優しい方なんだ。自分達の国は自分達で守ろう』
人間の青年は、真っ赤な女神様をこれ以上、赤く染めたくありませんでした。
これ以上赤くなってしまったら、とても恐ろしいことが起こるような気がしたからです。
だから王国の人々に、女神様に守られるのでは無く、女神様を守ろうと呼びかけたのです。
そして、王国の人々は人間の青年を殺してしまいました。
女神様が人間の青年に夢中だから、自分達を守ってくれないのだと思ったのです。
人間の青年がいなくなれば、女神様は王国の人々を守ってくれると思ったのです。
これまで通り、周りの国の人々を倒してくれると思ったのです。
これで全てが元通りだと、そう思ったのです。
ところが、それで全てが終わってしまいました。
女神様は、女神様で無くなってしまったのです。
最愛の人間の青年の死を知った女神様だったナニカは、もう王国の人々を大好きではありませんでした。
王国の全てが、大嫌いになりました。
憎んで、憎んで憎んで、憎んで憎んで憎んで、憎んで憎んで憎んで憎んで。
大きな大きな怨嗟と絶望と悲嘆と苦痛と憎悪に、悲鳴を上げます、悲鳴を上げます・・・悲鳴を、上げ続けます。
その悲鳴が、王国の全てを飲み込んでしまいました。
真っ白で生まれた女神様、真っ赤に染まった女神様だったナニカは・・・王国を赤色に染めて行きました。
王国の人々を、真っ赤に染めて行きました。
王国の人々の身体から流れる赤色が、女神様だったナニカの足元で道を作ります。
その道を歩む女神様だったナニカは、女神様だった頃の光の全てを失ってしまいました。
いつしか、真っ赤だった女神様だったナニカは・・・真っ黒になって行きました。
白かった髪と瞳と肌は、少しずつ真っ黒に染まって行きました。
いくつもいくつも赤く塗られた女神様だったナニカは、黒くなってしまいました。
女神様だったナニカは、全ての光を失った代わりに、全ての闇を手に入れてしまいました。
・・・そして女神様だったナニカは、魔王に。
『女神様は、とても優しい人です。僕はそんな貴女が大好きです』
・・・最後の一歩。
最後の一歩で、女神様だったナニカは踏み止まりました。
真っ黒な魔王になる直前、ほんの少しだけ、止まりました。
止めたのは、もういない人間の青年の言葉でした。
真っ黒になってしまった女神様。
髪も瞳も肌も・・・涙も真っ黒な女神様。
でも、たった一つだけ・・・。
右眼だけが、白いままでした。
その瞳からは、透明な・・・綺麗な涙が、流れていました。
その涙は―――――「希望」と言う名前でした。
―――――これは、とある世界のとある王国の物語。
その王国は、世界の僻地でした。
他のどの国よりも弱く、貧しく、人々が不幸の中で生きている王国でした。
その王国には何もありませんでした。
お金も無く、食べ物も水も無く、自然も文化も、この世の何も持っていませんでした。
周りの国は、その王国を無視しています。
その王国を侵略したがるような国は、もうありませんでした。
◆ ◆ ◆
―――と言う話が、あったんだよ。
一抱え程もある弦楽器をジャランッ、と鳴らして、その女性はそう言った
その女性の前に座る小さな男の子と女の子は、可愛らしい目をお互いに見つめ合った後、弦楽器を持つ女性を見上げる。
そこは、薄汚れた幌馬車の中。
ボロを纏った人々が身を寄せ合って砂漠を超える、馬車の中。
・・・馬車と言っても、引いているのは巨大なアルマジロのような生物だが。
1000年以上前に豊かな王国だったと言う伝承のあるその場所は、今では何も無い砂漠。
異形の化物が跋扈する、この世の地獄。
「・・・それで、女神様はどうなったの?」
「さぁ・・・何も無くなってしまったから、それは誰にもわからない。消えてしまったのか、それともどこかで生きているのか・・・もしかしたら、どこかの馬車の中で子供に昔話をしているのかもしれない」
「そんなわけないじゃん、どーせただのお伽噺だろ」
「お伽噺・・・そう、そうだね。これはもう、ただのお伽噺だから」
ジャランッ、弦楽器をかき鳴らす女性。
幌馬車の中で蹲っている人々は煩わしげに女性を見るが、力無く俯くばかりで何も言わない。
この地に住む人々は、多かれ少なかれ無気力だった。
厳しい自然の中で生きて行けず、周りの国からも見捨てられた人々・・・。
女性はそれを・・・ボロのフードの中から一瞥しただけ。
黒い左眼が、薄暗い馬車の中で不自然な程に輝いているように見える。
それは、とても昏い色の瞳だった。
フードの間から流れる黒髪は艶やかで、纏っている衣服に対して不釣り合いな程に美しい。
弦楽器を持つ手は、キメ細やかで滑らかな褐色の肌。
「ねぇねぇ、そう言えばお姉さん、お名前は?」
「名前・・・そうだね、名前か」
弦楽器をかき鳴らす手を止めて、女性は上を見る。
薄汚れた幌の天井、まるでその向こうの夜空を見ようとするかのように。
そこに何か、尊い何かがあるかのように。
はらり・・・フードが滑り落ち、長く艶やかな黒髪の大部分が露わになる。
そしてその顔は・・・男の子と女の子が見惚れてしまう程に、美しい。
黒い髪、黒い左瞳、褐色の肌・・・ただ、一つだけ。
右眼の瞳だけが、透き通るように白かった。
その瞳だけは、闇の中で不自然に優しい光を灯している。
「・・・アーサー、それが今の名前だよ」
「あーさー・・・?」
「変なの、男みたいな名前じゃん」
「そうだね・・・とても変な名前だ。でも、忘れられない名前なんだ・・・」
白い右眼を細く歪ませて、アーサーと名乗る女性は微笑む。
それから、アーサーと名乗る女性は再び弦楽器に手を添える。
かつて大切な誰かが奏でていた、そのままに・・・。
彼女はいつまでも、謳い続ける・・・。
―――――これは、とある世界のとある王国の物語。
戦女神の娘と、人間の少年の物語・・・。
ご存知の方はこんにちは、初めての方ははじめまして、竜華零です。
初めての短編投稿、一応、オリジナルなはず。
しかしそこはかとなく、いろいろなものに影響を受けてるような。
もし次があれば、もっと上手に書きたいですね。
では、失礼致します。