Nice to Know you part.2
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ひょうっ──どすっ。ボテグチャすてぽてちん。ごろん。
一連のオノマトペに続いて、さあっと夜風が吹き抜けた。
──何だコレ。
眼前で起こった出来事に、本日何度目かの現実逃避。
ついうっかり声をかけたせいなのか、屋上の縁に腰掛けていたそいつは、カッコつけて跳ね起きようとして──そのまま頭から落ちて転げた。
蔵馬の足下まで1メートル、幅寄せバッチリニアピン賞。
直撃弾は免れたものの、ビクンビクンとイヤな痙攣を繰り返す四肢に、|ふっ……っと気が遠くなる。
どっこい相手は満身創痍ながら意気軒昂、力感の全くない挙措で蔵馬ににじり寄る。
「呼ばれたんで超特急で来てみたYO! ……ところで君、よかったらその、何か食べ物か飲み物を哀れな僕にぶちまけてくれないだろうヴァヴァヴァッァアアアアアア」
なるほど、ショートカットかぁ──命がけの天丼をブチかます怪物に迫られて思考が一周てしまったのか、笑みさえ浮かべて取り出したるは10秒チャージのゼリー飯。
二度目ともなれば変に手慣れたもので、クイックドロウめいた手つきで、残っていた唇らしきそれにくわえさせてやる。ヤッコさん、驚きの吸引力でもってバキューム・イン。
必死過ぎるそのがっつき様に、なんだか餌付けしているような気分にさせられる。
「いやー、一度ならず二度までもお恵みいただき誠にかたじけのうござった。……処でキミ」
「……は?」
「あんまし驚かないねェ」
「イヤもう十分怖がったっていうか疲れたって言うか」
今だって感覚がパラライズしてるからどうにかこうにか平気なだけで、気を抜いたらきっとまともじゃ居られない。ぱんつを濡らさないよう頑張るのが精々だ。
それならそれでとっとと逃げればいいものを、グロ物体の敵愾心のない笑顔は「コレは公明の罠だ」という本能の囁きさえも麻痺させるほど際だっていた。
「ふむ。まあ幾ら迷子だからって普通はこんなタカリ相手に道聞かないよね。変わった人だなあ。アハハ、おかしいなぁあははHAHAHA」
ライク・ア・米人な胡散臭い笑い声を上げながら、ゲル状の塊からにょきにょきと一対の手足が生まれ、頭がつくられ、さらに髪の毛までもが生え──満足な五体を取り戻す。
服装ばかりはそうも行かず、砂や泥にまみれたTシャツに、ボロっちい七分丈のパンツにスニーカーと、どう見ても浮浪児そのもの。
えらく屈託の無い感じで話す外見は、その体質同様不思議な感じ。
身長は悔しいことに蔵馬よりちょっと高くて、パッと見167センチ前後。
体格は華奢で、触れれば折れるとまでは行かないが、栄養が行き届いているって感じはしない。
そのくせ表情は明るくて、瞳の奥は夜目にもキラキラ、星が瞬くサファイアブルー。
髪の毛はどちらかと言えば猫っ毛。伸び放題にしている割には柔らかそうで、微風にもそよぐほど。
顔の造形も何だか、整っては居るんだが、可愛いというか綺麗というか、どっちにも取れる感じ。
中性的であやふや──性別さえも。
どう考えても変だ。
変ていうかおかしい。おかしいと言うか何でこんな物が存在するのか。島の天然記念物かなんかですか? つうか、本当に生き物ですか?What are you?
「お前、一体何なんだよ……」
ショーとした思考に任せて思わずつぶやくと、そいつはうっすい胸板をふんぞり返らせて、堂々と宣言した。
「僕の名前はタマ!トシデンセツやってます!」
──どうしよう、どっから突っ込もう。
もう頭を使うのが面倒くさくなった蔵馬は──考えることをやめた。
◆◆◆
「いやーほんと悪いねえ、こんな物までご馳走になっちゃって………ん!うずらウメェずら!」
「いいよ別に…・・・。食欲なくなっちゃったし」
冷えた中華丼をメシウマ状態でかっ込むタマ氏を見ながら、げっそりと蔵馬は答えた。
一度ならず二度までもスプラッタを見せられて、あんかけ食えるほど蔵馬の肝は座ってない。
タマは、といえば、ほっぺたにご飯粒をつけたまま、メシウマ状態であっという間に平らげてしまった。
礼儀正しく再び合掌。何だか凄く崇められてる。けれども蔵馬はそれを無視。
もういい時間だ、そろそろ帰れないとマジで捜索願を出されてしまう。
「……腹一杯になったんなら、いい加減こっちの要件答えてくれよ」
「あー、あーそうだったねぇ。わざわざ引き返してくるなんて酔狂な人だなあとは思ったけど、只の迷子か。
アハハ、君もいい年してその何だ、結構そそっかしいと言うかドジと言うか。クールそうなのに可愛い処あOK暴力反対。話しあおう、ね?」
思わず握った拳を顔の前まで振り上げると、あっさりとホールドアップ。べらべらとよく喋る生物だ。
「一言多いってよく言われないか?」
「残念なコトにこれだけ長くお喋りする人っていうのは初めてでね。そうか、僕は一言多いのか。イゴキヲツケルようん」
あーこれ全く反省してないな……うん。でもコイツのペースには付き合っていられない。
深いため息をついてから蔵馬がジト目で睨むとようやく素直に情報を吐き出した。
「出口はねぇ、結構簡単。というかここを真反対にまっすぐ歩けば通りに着くんだよね」
なんだそれ。そこんとこもうちょっとkwsk。視線で送る疑問形。タマは汲み取って、
「いやね、君、臣島駅から迂回して通ってきたってんでしょ?大雑把に地図を書くと──ココ、いわゆる旧市街って所ね。んで臣島ヒルズがココ。 な?まっすぐ行って隣のストリート入ったらええねん。何をわざわざ右に左に折れ曲がっちゃってんの?バカなの?死ぬの?」
全くキミは実に頭がバッドボーイだわねオホホと言わんばかりに肩をすくめるタマ。その様子にカッと頬が熱くなる。
「仕方ないだろ、通りは観光客と野次馬で埋まってるし…・・・なんだよこの街、聞いた話よりずっと滅茶苦茶じゃないか」
「あ、君お上りさん? そっかーそりゃしょーがない。ここは一つ郷に入りては~って奴で楽しみなよ。ココじゃそれが何より大事だよ? ダーイジョウブ!うざくてもうるさくても人間そのうち大体慣れる!」
落ち着けよ、と言わんばかりに爪楊枝でシーシー口内のお掃除。実に親父臭い。
「さ、もう行ったほうがいい。お巡りさんだってこの辺来る時は来るんだから、見つかったら言い訳できないでしょ」
周りをよく見てご覧、とタマが指差す方向には、萎れた花束、大量のお菓子の袋、空き缶──。
明かりもなく、テンパりすぎて認識できていなかったが、こんな状況証拠を突きつけられては察しがつく。
これはつまり、その──……。
「そういう事。……さ、今から締めでいいこと言うからそれ聞いて帰ろう、な? ──家に帰るがいい、お前にも家族がいるだろう」
どこかで聞いたセリフを剽窃したタマは慄く蔵馬の背中をグイグイ押してくる。
そのままおっさんとかち合った道まで押し戻すと手を止め、後ろ手に手を組み上目遣い。どうやらここでお見送りということらしい。
「お前は──」
「名乗ったでしょ、名前で呼んでほしいね」
「タマは……帰らないのか?」
「僕のねぐらはここ。という訳でお別れだ!さぁ、もう行った行った」
『美味しかったし楽しかった。カモネギみたいな人だねキミは』。
最後まで減らず口を叩きくタマはやにわに右腕をレイズアップ。
あれほど踏まれた指先もしっとりふっくら、ワキワキと動かして握手を催促する。
思わず握り返して、さて何といったものかと思い、あまり面白いことの言えない蔵馬は無難に返す事にした。
「僕は土間蔵馬。……もう馬鹿やって人を驚かすのはやめとけよ」
「ハッハーそりゃ無理だなクラマ君、僕はそれしかできないのさ」
◆◆◆
最初に見た元気いっぱいの笑顔を見せて、タマは再び闇の中へと消えていった。
ノリの良いライムの様な彼?のトークが聞こえてこないと、途端に墓標のような空間に早変わり。
ふと風までもが冷たくなった気がして、荷物を抱えて足早に歩き始めた。
教えて貰った通り、タマのねぐらを背に真っ直ぐ歩くこと10分。
いともあっさりと光り溢れるメインストリートに到着、今までの苦労は一体何だったんだ……嬉しいような虚しいような、フクザツな思いが去来する。
さりげなさを装い通りを歩けば、ほんの数十メートル先で喚き散らす男を、女が縛りあげている。
その二人をよくよく見れば、駅で声をかけてきたあのコスプレ女と先ほど身も世もなく乱れていたあのおっさんではないか。
なんという偶然、なんというイミフなコラボ。
おっさんは女のやたらごついブーツの下、屈辱と安堵と恍惚をない交ぜにした味わい深い表情で伏していた。
その周囲に集まり、どよめく無数の人、人、人。
礼賛、賞賛、羨望、憧憬。コスプレ女に向けられる様々な感情の色。当の主役はそれに応え、堂に入ったお愛想を振りまいている。
おっさん。喝采。独壇場ビューティ。……以上の状況から、導き出される応えは一つ。
そう、これはつまり──。
(──どういう事だってばよ)
残念無念ダメだった。疲れきった頭と身体ではもはやロクに考えもまとまらない。
おっさんに襲われかけた事だって、あいつに比べれば所詮は些事。
何をやったか知らないが、無事家に帰れるように祈ってもいいぐらいだ。
見ようによってはプレイにしか見えないその光景に、パトカーとごつい刑事が駆け寄る所で意識を帰宅にスイッチング。内心補導対象になりやしないかとドキドキしてても、表情は至ってナチュラルに元の能面のままだった。
そうとも、あんな訳わからん物見せつけられるよりは、よっぽど現実的だ。
(僕は、亡霊──。)
コレを唱えてるうちは、蔵馬は誰にも気付かれない。
平常運転に戻って、土間蔵馬、ようやくの帰宅。