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ACCEPT  作者: 機動戦士ガンジス
Ghost meets the ghost
7/20

Welcome to

 こうぎしま。

 行政区分上では静岡県こうぎしま市、と言うことになっている。

 亜熱帯性気候で一年を通して非常に暖かい、というより本土の人間からすれば暑い。

 面積1317.22平方km。最大標高777メートル。島民、入植者合わせて108万人。

 

 主な産業は大きく分けて3つ。

 長らく日本の工業界を牽引し、なおも最先端を走り続ける大企業『SUDO』の発動機制作。

 それらのノウハウの蓄積から生まれた大規模発電事業。最後に、景観を活かした観光事業である。

 

 これだけを見れば、規模こそ大きいもののどうという事のない、ただの南の島であるのだが──この島の大地の大半が、『正しくは島ではない』となればどうか?

 あの細長い半島に聳える山も、台形の島になだらかな曲線を描く小高い丘も、今降り立っている大地も、聳える数々の摩天楼も皆全て──根を張る地盤を掘り進んでゆけば、その底にある物ははがねである。

 

 つまりこの島は、あまりにも馬鹿馬鹿しい面積、容積を持つギガフロート・アイランドであり、大小あわせて8つの島を合体させた、誠にバカバカしくも壮大な人工物なのだ。

 照和(しょうわ)初期、戦後の混乱からいち早く立ち直った『SUDO』創業者・朱童(すどう)喜一、それから彼の片腕であった白澤(しらさわ)善覚(ぜんがく)の二人が立ち上げた計画──連綿と平世(へいせい)の現在まで続く『発電島計画』の集大成──。

 件の老人が『バカと冗談で出来た』島と評した一因はそれであった。

 

 更に。

 

 この島の中心部、巨大な鳥居が建てられた他とは趣の異なる島──本当の意味での『こうぎしま』には、世界中どこを見渡しても類を見ない特性を持っていた。

 その特性があるからこそ、前出の『発電島計画』は始まったと言っても過言ではない。

 

 無数の人工島を城壁のように纏うこうぎしま本島、その姿を遥か遠く、空の彼方──衛星軌道上から島の姿を見てみよう。

 地球の表層、そのほとんどを埋め尽くす青い蒼い大海原。北半球、極東ユーラシアの小さな島国、我らが日本をピックアップ。

 本土の中程、霊峰富士を見届けたなら、そのまま視点を南南西に延々下っていく。

 南太平洋、どこを見渡しても水平線、その最中に煌めく物が見えたなら、それがこうぎしまだ。

 佐渡ヶ島を二回り大きくしたほどの大きさを持つこの島は、首都東京より現在の(・ ・ ・)ところ(・ ・ ・)350km地点を南下中(・ ・ ・)

 そのままゆっくりと南下を続け、10月半ばあたりにはフィリピン海中央まで到達した後、再び海流に乗って北上、遠州灘沖200kmまで戻ってくる。

 

 そう、この島は。

 

 さながら生きているかの如く、大海原のど真ん中、波を蹴立てて深い青を割り進む──『動く島』であった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 その動く大地の上に飛行機は無事着陸、最初の一歩を踏みしめる。

 この島自体が時速何ノット出ているのかは知らないが、湾内の小さな半島──「士島(つかさじま)」の中にあっては、それほど変わった島に降り立ったという感慨は浮かばない。

 むしろ、肌を撫でる南国特有の湿った風の方が異郷に降り立った事を実感させてくれた。

 あまり荷物の入っていないボストンバッグを抱え直し、搭乗口へと向かった。

 

 

 辟易したのは飛行機を降りた途端の歓待ぶりだ。

 露出度の高い華やかな衣装に身を包んだ女性たちが、花を散らしながら乗客を迎え入れ、一人ひとりに首飾りを下げていく。

 これではまるで照和のハワイ旅行だ。蔵馬は断ろうとしたが、しつこく後ろについてきていた老人に見咎められ、それを受け入れた。

 制服姿に花飾り姿というのはどうにも恥ずかしい。かと言って捨てるわけにも行かず、トイレに入ってそっと鞄の中に収める。

 ふと気づけば、その辺りで件の老人はいつの間にか姿を消していた。

 

 不思議な人物であったが、数々の言葉に少しだけ気が楽になったのは事実だ。

 口ぶりからすると旅行か一時帰郷のようであったし、恐らく再会することはないであろうが、心遣いに心中で感謝して、これからの下宿先へと向かう。

 

 島内を環状に走る5つのモノレール、そのうち最も大きな円環を描く『ループライン』の一角、士島エアポート駅前に到着。

 ここから反時計回りの線に乗って、今日からのホームタウンになる『臣島(おみしま)駅』へと向かう。

 臣島駅はこうぎしま一番の大きなターミナル駅だ。ここでモノレールを降りて、メインストリートを北上して20分で『臣島ヒルズ』に到る。

 その内の一棟のマンションに、当面の保護者となる土間神楽(かぐら)が住んでいるはずだ。

 

 

 摩天楼の手前、小高い丘にある島の大半を見渡せる中~高所得者向けの住宅地らしいが、当面の保護者になる従姉妹はそんなにも羽振りがいいのだろうか。

 何せ最後に会ったのが彼女が島に入植する直前、8年前の事だ。どんな仕事をしているのかもよく分からない。それどころか、どう接していいのかもよく分からない。

 本当なら一人暮らしの方が良かったのだが、そればかりは両親ともに折れなかった。

 ならば寮暮らしはどうかという案もあったが、これも今までの蔵馬の学校生活を考えると、どうも上手くない。

 どうしたものかと考えあぐねた末、母が思いついたのが神楽との同居案である。

 

 

 母曰く、神楽は二つ返事で了承してくれたという話だが、果たして本当にそうだろうか?

 何せ8年も交流のない親戚からの突然の要請だ、額面通りに受け取れる話ではない。

 普段はふわふわしている母だが、いざというときには謎の押し出しの強さを発揮する。

 神楽もその手管に頷かざるを得なかったのでは……今更ながらにそんな光景が想像できてしまい、僅かな逡巡が生まれる。

 さりとて右も左もわからぬ現状、他に行く宛もなし。いざとなれば、改めて一人暮らしを相談すればいい。

 

 そんな風に気持ちを切り替えて、音もなく滑りこんでくるモノレールに乗り込んだ。丁度家路に着く人が増える時間帯のせいか、座席はほぼ埋まっている。

 もう少し景色を眺めていたい事だし、乗車口近くに陣取った。藍に染まった空に光で溢れた街並みが映える。

 ガラス越しに映る自分の顔はなるべく見ないように意識して、8年ぶりに会う神楽の事を少しだけ思い出す──とはいえ、当時の蔵馬は7歳だ。

 覚えている事はそんなに多くない。明るくて世話好きだったな、とかその程度だ。ああでも、そうだ。──髪が長かった。腰まで届く長い黒髪だ。重いからそろそろ切りたいとボヤいているのを、綺麗だから切らないでと止めた覚えがある。今思えば随分とマセた物言いだ。思わず苦笑する。

 

 なんだ──特に不安がる必要、無いじゃないか。

 

 

 あの(・ ・)神楽姉さんなら、きっと大丈夫。むしろ自分の方こそ粗相がないようにしなければ……改めて自分を戒めている側から、粗相の予行演習とでも言うべき事態が起こった。

 

 

 音が、鳴った。矮躯からは考えられないほど豪快に重い音──胃袋が渇望の慟哭をあげていた。

 驚くほど静かに進むモノレール内にあって、これほど見事な騒音は他になく、また誤魔化すにしろ、生憎そういった機転の利くタチではなかった。

 

 座席の何割かの視線が蔵馬の背中にそれとなく向けられ、もう何割かは聴こえぬ振りをしながらもしっかりと意識している様子。

 首を掻いたり咳払いをしてみても恥ずかしさは消えてくれない。当然飢えた胃袋も鳴き止んではくれない。

 

 

 羞恥に耳まで染め、欠伸をする振りをしつつ腕時計を見ると、もうじき17時になろうとしている。道理で空腹なわけだ。

 

 

 ……とりあえず、降りたら何か買って行こう。

 

 

 最早宥るのは諦め、奔放に鳴り響く低音を轟かせたまま臣島駅への到着を待つ。到着まで残り27分。

 全く、幾ら亡霊などと嘯いても身体は正直なものだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ……暑い。それでもって、人が多い。オマケにドコがナニやらサッパリワカラナイ。

 羞恥プレイから脱出したのも束の間、早速蔵馬は参っていた。ウンザリ、ゲンナリ、モウタクサン。

 

 幾ら島の中心、ターミナルだといっても、

 

(居すぎだろ、これ…………!)

 

 白の大理石の床を叩く足音が、行き交う人々の声が、津波のように耳朶を叩く。

 激流のように行き交う人々の様子は蔵馬の思い描く『南国ののどかな日常』とはあまりにもかけ離れた、言ってしまえば新宿や渋谷と全く変わらない喧騒を生み出している。

 当然といえば当然、何しろこのこうぎしまの数多ある異名の中でも、最も日常的に使われる名は──『新都』。

 

 南海の孤島に出現した、新たな都──奢りが過ぎると思っていた俗称だが、いざ現地に来てみればそれも頷ける。

 むしろ建物の真新しさ、いちいち小洒落たオブジェにお洒落な構内の売店を見ると、本土の一歩も二歩も洗練されているようにも思えた。

 

 ひとまずそれは置いておく事にして、目的の出口はどこだ。

 流れに乗ってウロウロしてるのはいいが、四方八方にあるものだから真剣に悩む。人に尋ねようにも皆一様に足が速い。加えて観光客は興奮気味、現地人らしき人達も帰途に着く最中であったり、はちきれんばかりのテンションで客引きをしたりと大忙しである。飲まれてしまって声が出ない。

 せめて駅員が目に付く場所に立っていれば──高1にしてはやや低い160cmを爪先いっぱい背伸びして左右を見回すが、手近なところには居ないようだ。

 

 代わり、と言っては何だが──。

 

 

 奇抜、というかカラフル、というか傾奇者というか。

 そういう風体の輩があちらこちらに散見できる。ある者は迷子の子供らしき幼児を抱えて案内板に立ち、ある物はロッカー然とした格好で歌などを歌い、ある者は──今まさに蔵馬と目があい、こちらに向かって歩いきている。若い女だ。しかも、妙に色っぽい。遮光性のバイザーで目元を隠し、肌もボディラインも剥き出しまくった挑発的な黒と金のド派手な衣装。

 歩き方もパリコレみたいで、色気とともに妙な迫力さえ在る。

 そんなのがごついブーツをゴツゴツならして歩くのだから、自然人目も引くし動きも止まる。対して蔵馬は、いきなり舞台に立たされた素人みたいにおたつく事しか出来なかった。

 

「ハァイ、なにか困ってる?」

 

 黄金の蝶のように手をひらひらさせながらご挨拶。

 見た目よりもずっと甘い声のミスマッチさに、頭がクラクラしてしまう。

 

「ぇぁ、あー大丈夫です、間に合ってましゅ。ノーセンキューセンキュープリーズ」

 

 一体何をお前は言ってるんだ……! 失笑モノの返答に内心は転がりたい気分でいっぱいだ。

 しかし南国の豊かな実りを胸にくっつけたお姉さんはコレまた艶っぽく微笑み、やっぱり掌を羽ばたかせて行ってしまった。

 同時に人目もそっちに向いて、蔵馬は呪縛から解き放たれる。

 

 ……鼓動が荒れ狂っているのは緊張の為だけではあるまいて。少なくともあの胸が人工物だったらガッカリするに違いない。

 

 今のやり取りだけで、どっと疲れが増した──眉間に寄った皺を揉みほぐし、適当に当たりをつけてえいやと飛び出る。

 急な方向転換に幾人かが舌打ちを漏らすが、知ったことか。とにかく一刻も早く、ココを出たくなっていた。

 

 

 ほど近い所に出口と、駅付属のコンビニが見える。丁度いい、あそこで何か夕飯を買って、ついでに道を聞こう。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 で、結局コンビニも混んでいるわけだ。

 押し合いへし合いとまでは行かないものの、そこそこの広さの店内に満遍なく客が張り付いている。

 加えて時間も時間なので弁当の類はまともに残っちゃいない。奇跡的に残っていた中華丼を鮭を狩る熊のように掻っ攫うと、続けざまにサラダをハンティング。

 ついでだ、朝食がわりにドリンクタイプのゼリーと、今すぐ欲しい糖分のためにコーラを2本。どうにかカゴに収めてご満悦。

 

 店員さんから教わった通り、大通りを歩いて行くと視界前方に紅く輝く摩天楼と、小高い丘に群れなす光が見える。……恐らくあの辺りが『臣島ヒルズ』だろう。

 目的地さえ見えれば後は行くのみ──なのだが、それまで順調に流れていた人の流れが徐々に滞り、またしてもちびっ子蔵馬の行く手を塞ぐ。おのれ運命。どこまでも行く手を阻むのか。

 そうこうしている内に耳に馴染んだサイレンが四方八方から鳴り響き、パトカーが4台、車道を封鎖している。

 

 

 だというのに周りの連中ときたら至って平和そのもので、中には快哉を上げているものも多い。

 通り一帯がお祭り前の空気で浮ついていて、どうにも気味が悪い。

 そんな空気に当てられた人々は遠慮も思慮もどこかに置き去り、ぼうっとつっ立っている蔵馬を邪魔に思いこそすれ、気遣って道を開けてくれるものなど誰も居ない。

 我先にと詰めかける野次馬に肩はおろか頭もどやされ、とうとう蔵馬は端っこに追いやられてしまった。思わず漏れ出る舌打ち一つ。

 耳ざとく聞きつけた誰かが、じろり蔵馬を一瞥する。苦笑して誤魔化したけれど、どう見たって精神的には蔵馬の負けだ。

 

 

(──ふん)

 

 

 いいさ。どうせ遠回りしたってもうすぐだし。空気読めないと思われるのも嫌だし。ぶつかったのも、わざとじゃないだろうし。

 

 

 心中で様々な理由を並べ立てて自分を納得させようとしたけれど、どれをとっても負け犬の遠吠えに思えて仕方がない。

 拗ねるぐらいなら声を上げればいい。頭では分かってはいるのに、どうしてもそれが出来なかった。

 

「ちょっと、散歩してこ」

 

 誰にも聞こえないようにつぶやいて、一人寂しく喧騒に背を向ける──そう、散歩だ。

 こんな顔神楽には見せたくないし、少し頭を冷やさないと。

 コレなら何とか、納得できた。

 

 

 


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