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ACCEPT  作者: 機動戦士ガンジス
プロローグ
5/20

騒動始末

「こンのモヤシがァああああッ!」


 構えも何もあったものではない、男の捨て身の一撃。

 しかし捨て身なればこそ、その踏み込みは鋭く、そして深く。避けるという選択肢を許さぬ必殺の踏み込みとなった。

 翻ってマノスキア。休憩がてら飲んでいたペットボトルをくしゃりと丸め、笑みを消して男を睨む。


 迫る男。振りかざすは凶気と凶器。観衆、騒然。或いは悲鳴。

 マノスキア、ゆらりと後退し半身構え。双眸に灯る、射ぬくが如き意志の光。

 柳のような両の腕が持ち上がり、弧を描く。息吹を一つ。研ぎ澄まされた闘志が弾ける。

 両者の距離が零に、二つの影が重なり合う。闇を引き裂くけたたましい音と共に、狂い咲くは電流火花。


 ……──(かつ)然ッ!


 …必殺の意志が刹那の間に弾け合い、彼方へと過ぎ去る。訪れる再度の静寂。

 交差した両者、微動だにせず。……ややあって、手型が二歩、三歩とよろめき、ガクリと膝をついた。


 すわ、敗北か──観衆がどよめき、何事か嘆きの声を上げかけたが、遮る様に掲げたマノスキアの両手を認めた瞬間、嘆きは驚きに変わる。


(──何だよ、一体…)


 吹き飛んだ理性がゆっくりと軟着陸を始めるのを感じながら、男は振り返る。…そして、それを見た。

 マノスキアの手中に収まった、己が命運を託した凶器と、この期に及んで後生大事に抱え込んでいた筈の女物の鞄──。


「ちょなッ!?何でっ…!?おまおまおッ……!?」


 驚愕のあまり言葉も上手く継げず、眼を白黒させながら、敵対者の顔と手中の戦利品を交互に指さす。


 忘我の一瞬があったとは言え、己の力と糧、その二つを自ら手放すなどあり得ない。

 あり得ないのだが…──では自分が今掴んでいる物体は一体何だ?確かに自分は、今もこの手に筒状の物を握り締めている。

 確かめるように握りしめた手に持つ物体が、ベコンと音を立てて潰れた。その頼りない感触に眼をやると、そこには。


(──空の…ペットボトル…だと……!?)


 先ほどマノスキアが譲り受けたミネラルウォーターの残骸を、男は強く強く握りしめていた。わずかに残った水がちゃぷりと揺れ、街灯の光を反射している。

 眼にした情報を全て統合し、判断すれば、あの一瞬で怒った出来事は至って単純──だが、信じがたい。


 『互いの荷物をすり替えた』…只それだけの事だが、しっかりと握りしめたスタンロッドと鞄を奪い取り尚且つすり替えるなど、本当に可能なのか──!?


 一体いかなる仕業によるものか。それを考えることに意味はない。ただその魔術のような手練の業に、何もかもを奪われた。それが結末。

 男の驚愕は衝撃に、やがて戦慄へと変わって背筋を撫で上げた。


「──確かに、俺はもやしんボーイ…だが」


 己のわざを誇るでもなく、男に状況を理解させるだけの間を置いてから、マノスキアがポツリと呟く。


「…俺の名は『汚れた手《マノスキア》』──手癖の悪さには自信があるんだよ」

「……クッ」


 入れ替わるようにガクリと膝を付く敗者を尻目に、勝者は満面のドヤ顔を浮かべて立ち上がる。


 決着。

 やはりというべきか、見事というべきか。

 とにかく鮮やかすぎる手並みを見せたマノスキアに、に万雷の拍手と賞賛の嵐が送られる。

 その内どこからか、「胴上げしようずwwww」という声が上がり、物見高い連中が集まって馬鹿騒ぎが始まった。

 枯れ枝のような身体が軽々と宙に舞い、情けない悲鳴が上がる。その光景に重なりあう笑い声。


 戦い終わって、平和な光景──それを上から眺め、忌々しげに、鼻を鳴らす赤貴族。しかし口元には形容しがたい笑みが浮かんでいた。

 癪な話だが、彼は手型が敗れる事など毛頭考えていなかった。

 互いに殉じる正義は違えど、この街の守護者を自認する同胞の一人なのだ。この程度の捕り物でへばるようでは務まるはずがない。

 何かと顔を合わせる度に小競り合う間柄ではあるが、その程度には実力を認めている──訳もなく、彼なりの美学に基づいて動いただけに過ぎなかった。

 一々発破をかけねば動けぬ小物を相手にするなど、強者のやる事ではない。


(弱者を一方的に討つ強者など──それこそ悪党ではないか)


 どこかズレた矜持を胸中でつぶやき、彼は誰にも見られぬように深く嘆息する。

 果たして、自らが戦うに相応しい相手は、一体いずこに隠れているのか──或いは最早、そんな者はこの街には存在しないのか。

 いや、よそう。求めよ、されば与えられん──言葉通り、いずれその時はやってくる。彼の、彼にしか倒せない本当の悪との邂逅が。





 ◆





 …さて、どうにかこうにか収まりの良い話にこぎつけた所で、最後の仕事が残っている。

 敗者の身柄を確保して、警察に引き渡さねば──そのぐらいの仕事は変わってやるつもりで、男が居た当たりに視線を移すと、


「──おい。奴はどこだ」


 忽然。先ほどまでがっくりと項垂れ、惨めな敗者となって地に伏せていた男が居ない。

 それに気付いた赤貴族の声は猥雑な空気の中でも鋭く響き、ヒーローの勝利に浮かれた一同がピタリと動きを止めた。

 半拍遅れてドサリ、と音がして「オウフッ」と情けない悲鳴が上がるが、最早それには誰も振り向かない。


 人ごみに紛れて逃げ出した──この場の全員がその推論にたどり着くのにそう時間はかからず、ややあって、観衆のうちの一人、手型の胴上げを提唱した若い男がポツリと呟いた。


「そういやさ、武器は奪ったけど、アイツ別に倒してなくね?」

「あっ」


 そうなのだ。確かに武器と鞄は奪う事に成功し、心も折れたように見えたが、だがそれだけだ。

 そしてこの場にいる一同全員が、悪役としての価値を失った男から興味を失っていた。

 男は心底諦めず茶番の最後の最後で我に返り、生き延びる事を優先した。

 生き意地汚さは敵ながら見事。…などと妙な所に感心している場合ではない。


 お祭りムードは急激に冷え、観客の視線は勝者に冷たく突き刺さる。


「い…いやホラ、凶器は取り上げたし、こうして婆さんの荷物は取り返したわけだし……と言うか俺の用事ってソレ(・ ・)だけだし……別に戦って倒す必要なくね?」


「「「よくねえ」」」


 この場に集う一同の心が一つになった瞬間であった。

 それまでのお祭りムードは一気に暗転し、周囲一帯は演芸場から弾劾裁判の傍聴席へと早変わり。

 被告、マノスキア。原告及び裁判官、観客の皆さん。


「オイィ、犯人逃がすってどういうこと?」「フツー縛るとかしておくだろ常識的に考えて」

「ねーわー、油断するとかまじないわー」「つか誰も気づかないとかwwワロスwww」


 扱いが一気に転落し、文字通り持ち上げて落とされたマノスキアに反論の余裕はない。

 割れそうな尻の痛みを抱え、襲いかかってはこないものの無責任な批判を浴びせられ、只々苦笑うしかなかった。


「…いかん、いかんなあバッボーイ。その体たらくで承認者(アクセプト)を名乗るとは、まったくもって度し難い」


 調子よく尻馬に乗る赤貴族に、『お前も働けよ!』と誰もがツッコミを入れようとしたその時。



『ああ、全くだ』



 不意に聞こえたスピーカー越しの(いかめ)しい声に、この場の誰もが硬直した。

 その声を皮切りに、ぞろぞろと濃紺の一団が人垣をかき分けマノスキアの前に躍り出る。警察だ。

 その顔は緊張に滲み、職業意識から来るものとは別の勤勉さを発揮している。


 彼らのさらに奥より、ハンドスピーカーを片手にのしのしと歩いてくる人物を見るにつけ、一同の顔色がにわかに青ざめた。

 巨体の上に鎮座する彫深い顔は渋面に彩られ、無造作に後ろで縛った浪人めいた長髪が風になびいている。

 ヨレヨレのコートにくわえタバコのその男からは、それまでの騒ぎには全く乗ってくれそうもない、いうなれば『ガチ』の空気が漂っていた。

 一歩、また一歩とゆっくりと踏み出し、未だ身動きの取れぬ一同に向かって悠然とマイクを構える。


『…あー、お集まりいただいたギャラリーの皆さんに申し上げる』


 そこで区切り、咥えたタバコに火を点ける。安物の100円ライターの着火音がやけによく響いた。胸いっぱいに紫煙をため、ふうっと一息。

 少しの間、その味を堪能したかと思うと、再び大きく息を吸い込んだ。


「騒いでねぇでとっとと帰れ!!」


 咆哮のような怒鳴り声はマイクを使わずとも十分以上に威嚇の効果を発揮し、決して崩れる事のなかった人垣が雪崩れるように散っていく。

 まるで怪獣にでも遭遇したようなパニックぶりだ。マノスキアはその場から一歩も動けず、等身大怪獣が猛るのをただ見守るしかなかった。


「ったく…。毎度毎度毎度毎度、どんだけ手間こさえりゃ気が済むんだお前らはよ。ホレ、鞄とロッド( そ  れ )よこせ」


「あ…あうあ…うあー…」


 言われるがまま、手にした物を手放す。

 ニッコリと男──警官を従えている様子からして、おそらくは刑事であろう──が笑い、そして。



「んじゃ、寝てろ」



 ごんっ。



 鈍い音と共にマノスキアは天高く舞い上がり、見事な車田ぶっ飛びを披露する頃には夢の世界へ旅立っていった。

 煙が目に入ったのか、片目を閉じながら、動かないマノスキアを運ぶよう顎で指示を出すと、今度は頭上に向けて殺人光線もかくやの眼光を向ける──無論その先に居るのはもう一人の自称・正義の味方。


「おい」


 目を付けられた。

 いや、話の流れからして当然なのだが、たった今人ひとりをぶっ飛ばしたというのにその声には何の感慨も感じられなかった。それが一層恐ろしい。


「…何か?」


 さりとて己もまた街の強者の一人。睨まれた程度で臆するとあっては沽券に関わる。

 せいぜい余裕のあるように取り繕い、変わらぬ睥睨を投げかける。


「追いかけねえのか」


 誰を、とは聞かない。獲物が場を逃れたというのなら、それは彼の勝利だ。約束を違えぬ事は彼の誇りでもある。



「何を言い出すかと思えば刑事殿、私はあの様な小物相手に振るう拳を持ちあわせては──」



 ひょうっ──どしゅっ。



 まだ言いさしている最中に不穏な飛来音が耳元を掠め、背後で名状しがたい音が聞こえた。

 刑事が何かをこちらに投げたということだけはかろうじて判別できたが、今まで事の一部始終をハッキリと捉えていたその眼力を持ってしても、何が飛んできたのかが理解できなかった。

 恐る恐る背後を振り返る。……見なければ良かった。鉢植えに突き刺さるスタンロッドなど。


「やる気がねえんならもう帰れ、若造」


 ふうっと再び紫煙を一息。やはりその声には抑揚が無く、ただただ面倒くさいといった感じのやさぐれた響きがあるだけだった。


 ──潮時か。いや潮時に決まってるだろう。だって怖いもの。なにあれどういう腕力してんの。


「…お言葉に甘えるとしよう」


 あくまで余裕の笑みは崩さず、エレガントに。

 おもむろにベランダに足をかけると二階から飛び降り、これまたブリリアントに着地。

 しかしその頬には冷や汗が浮いており、無理矢理に貼りつけた笑顔は引き攣っている。

 だが決して取り乱しはしない。紳士は窮地にあってこそ笑うのだ。笑おう。笑え──優雅に自然に、崩れた人垣の中を闊歩する赤貴族。

 やがて人目の及ばぬ暗がりに身を躍らせると、途端に全力で走りだして闇の中へと消えていった。



 ◆



 刑事は最後までその姿から視線を外さず、足音も聞こえなくなると、吸い切ったタバコを踏みつぶして新たな一本に火をつけた。

 胸いっぱいの紫煙を吐き出し一人ごちる。


 ふざけた街だ。

 ……と言うか、ふざけた街になって(・ ・ ・)しまった( ・ ・ ・ ・)

 刑事になって約二十年、故郷を愛する彼としては、街の現状を省みる度に『どうしてこうなった』と常々思う。


 ──承認者(アクセプト)ねえ。


 派手な衣装に身を包み、街の治安を守る正義の象徴。

 警察を差し置いて犯罪者と戦う彼らの存在はハッキリ言ってありがた迷惑なのだが、市民の支持、そして市政で認められている以上は容認せざるをえない。

 今夜のように馬鹿騒ぎですんでいるうちが華だ。特に若い衆は本物の悪党というモノを知らない。

 せめて連中が羽目を外しすぎないよう、ケツを叩くのが自身の役目だ。



 この街にはヒーローがいる。彼のような警察もいる。

 悪人は──最近は不足している。

 お陰で今夜のようなケチな小物でも、悪党が表を歩けば上を下への大騒ぎだ。

 彼らが派手に動けば動くほど、街の興味はそこに集まり、ある種の舞台と化す。

 野次馬共は客であり、演出家だ。その舞台を煽り、より面白おかしくなるよう転がしていく。

 この際正しいか悪いかは関係がない、面白ければいいのだ。

 街という劇場の中では、自らもまたそれに踊らされる駒でしか無いことも自覚はしている。

 ならばせいぜい、上手く()るだけだ。


 数多の視線を引きずり、振り払い。

 道化達の幕引き役は、今日も夜を闊歩する。


 煙草が燃え尽きた。人垣も消えた。ならばここには用は無い。


 一仕事終えて踵を返した途端、遠方で情けない男の悲鳴と、無責任な野次馬の声が上がった。

 続いて懐で鳴り響く携帯の着信音が、刑事の仕事がまだ終わらぬ事を告げていた。




























えー、街の雰囲気を知って頂こうと書いたのですが相当長くなりました。

こんな感じでgdgdと続いて行きますがエタらないよう頑張ります。

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