Under the Surface Part.1
大志ゎ走った……必ず誅滅してやる……でも……もう疲れちゃった…でも……あきらめるのょくなぃって……大志ゎ……ぉもって……がんばった……でも……マスク蒸れて……アツイょ……ゴメン……まにあわなかった……でも……蔵馬ゎ……仏敵だょ!!
◆◆◆
Operatiion:TOMODACHIの作戦失敗から、既に数分。
全力全開で包囲網を突破し、必死で追い縋った大志であったが、その僅かな時間で目当ての背中は既に無かった。
校門から大量に吐き出される、無数の制服の群れ。あるいはその中のどこかに潜んでいるのかもしれないが、一々探して回るには途方も無い労力が要りそうだった。
……終わった、何もかも。明日から三年間、今まで以上に強く生きていかねば──……。
がっくりと大地に両手をつき、めそめそと泣き崩れる若き仏を、しかし慰める者は居ない。
むしろ往来を塞ぐ彼の姿を、なるべく視界に入れぬようにしている節さえある。
それでいい。己の慢心を悔い改めるには、いっそこんな扱いが丁度いいのだ──その内祟ってやるがな。
そうやってたっぷりとセルフ仏罰に酔いしれた後は、座禅を組んでキッパリと脳みそを切り替えた。いわゆるプランBを練る為だ。
こういう時の切り替えの速さだけは、掛け値なしに誇れると自ら思う。
主な原因は自らの力の過信。それは間違いない。だがそれ以外にも要素はあった。慢心し、敵を過小評価していた事だ。
あの邪智暴虐の輩は、大志の想定以上に足が速い。その上、恐るべき悪知恵と演技力。
オツムは平凡な男子高校生とはいえ、承認者たる自分が翻弄されている。よくよく思い返せば、先週もあれほど追いかけ回して振り切られているではないか。
すなわち奴は、トラブルに慣れている。それを避ける某かの手段を持っている。そう見るべきだ。
(──アイツ……一体何モンだ?)
今更ながらに素性を訝りながら、大志もまた駆け出す。
この際ホモ疑惑を晴らすとか、詫びさせるとか、そんな事はどうでもいい。
ただ純粋に、土間蔵馬という人物に興味が湧いてきた。
勝機はまだ、ある。
その気になれば、目標を炙り出す手段ぐらい持っているのだ。
「あんまし、この手は使いたくはねーんだけどな」
不甲斐ない己の実力に眉を顰めながら、大志はポケットを弄った。
◆◆◆
一方その頃──蔵馬はと言えば。
無数の制服の中に埋もれながらのスネークを解除し、一人と楽島の街並みを歩いていた。
夕暮れ時は最も混雑する時間帯だけに、雑踏に紛れ込んでしまえばまず見つかることはないだろう。
大戦果に晴れ晴れとした気分を抱きながら、赤々と己と街並みを照らす太陽に目を眇める。
「ハハッ」
思わず笑みが零れた。
これで大志も分かっただろう、亡霊と関わると碌な事がないと。
思えば最初の出会いからして気に入らなかった。一方的に、見透かすような事ばかり言ってきて。
いつだって正しいみたいな面も、強引でデリカシーが無い所も、何もかもが気に入らなかった。何が承認者、何がヒーローだ。そう名乗りたいなら勝手にすればいい。
ただし──蔵馬のいない所で、だ。そしてそれは、島内に居る残り4,999人にも同じ想いだった。
彼らの活躍ぶりは、ほんの少しだがニュースやネットで漁ってみた。そして驚いた。
本当に様々な人物たちが、各々の信条を掲げて島のために動いている。先日見かけた『汚れた手』や、ヒーロー兼V系バンドの『ドミネ・クォ・ヴァディス』等など、名前を挙げれば枚挙に暇がない。更には各々ファンがついているようで、島のローカルなメディアでは連日彼らの活躍が報道されている。
まるで芸能人のような扱いを本土育ちの蔵馬にはかなり奇異に映ったが、ここではそれが当たり前。
おそらく誰もが、幼い頃に一度は夢想したであろう世界。それは蔵馬も同じだ。
だが実際にそんな世界に放り込まれて見ると、そこには感動よりも戸惑いのほうが大きい。
いつだって彼らはすぐ近くに居る。声をかければすぐに届く。ここではそれが認められている。逆に言えば──ここにしか存在しない。
アレが、あんな連中が本当に居たのなら。たった一人でも、あの時側にいてくれたなら。
あるいはそんな力が、蔵馬にもあれば。もっと今とは違う未来があったかもしれないのに。
……何の事はない、要するに拗ねているのだ。抱えた気持ちの名前がわかると、それまでの晴れやかな気分の一切が、苦いものに変わる。
そもそもこの島に来た切欠は、唯一慕った恩師の言葉だ。
死んだような毎日を過ごす蔵馬が将来の事など考えられるはずもなく、受験もおざなりに仕掛けて揉めていた時の事。
──取り敢えず行ってみろ。亡霊が生き返るかもしれん。
今思い出しても、全く奇妙な薦め方だ。それ故に、心惹かれるものがあった。
一体何故あのような言い方をしたのか、未だに理解できない。。確かに島の風景には、癒しと安らぎに満ちあふれている。それと同じぐらいの刺激と享楽も。
しがらみから解き放たれて、そういう物に触れていけば、いつかは。…──そんな風に考えて送り出したのかもしれない。
しかしそれらに身を委ねるには、心の奥深くで固く咎めているものがある。
それはどうやっても一人では消せなくて、同時に手放したくもない複雑な色の思い出で。
きっと、完全には忘れられないものなのだろう。
「……帰ろう」
ため息と、呟きを一つ。
振り返ったその顔は、もうすっかり能面のように元通りになっていた。