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ACCEPT  作者: 機動戦士ガンジス
Ghost meets the ghost
17/20

Joy Ride part.2

 

 ◆◆◆ こうぎしま高校 放課後 廊下 ◆◆◆


 佐野大志──またの名をしんとクンは、怒りに震えながら放課後の廊下を疾走する。

 行き交う生徒の迷惑そうな視線や態度も今は気にしていられない。

 一刻も早く見つけねば。奴だけは絶対に許すわけには行かない。この世全ての悪のような、とんでもない奴だ。


 その名は勿論、土間蔵馬。


 変わった奴だと思ったのは、例の痴漢騒ぎでだ。アレほど自信満々に出ていって、アッサリと返り討ち。

 しかしその直後、『ざまあみろ』と言わんばかりの狡猾な笑みを浮かべたのを大志は見逃さなかった。

 結局助けに入ったが、本音の処では少し腹も立てていた。

 あのようなやり方では、いずれ身を滅ぼす。自殺まがいのやり口を大志は見過ごせない。

 迷いあるものは救わねばならぬという使命感を胸に、どうにか彼の心を開こうとし、その全てに失敗した。


 ……とはいえ、今は反省している。あまりのツンツンぶりに、手法がついついエスカレートしてしまった。

 反応を見るのを楽しんでいた自分もいる。ああ言う手合いはジョークが通じにくいと分かっていながら。

 でも、だからといって──


(……──幾らなんでもアレ(・ ・)はねーだろうが……ッ!)


 大志が思い出すだけで死にたくなる、アレとは──。



 ◆◆◆ こうぎしま高校 男子更衣室 ◆◆◆



「……で? 話ってなんだ?」


 すっかり着替え終わった大志に比べて、蔵馬は未だにネクタイを外したきり。

 うつむく細身の少年は曰くありげな様子で、悩ましいため息をついた。

 その様子に妙な空気を感じ、草食ってれば幸せみたいなロバ面だった大志は落ち着かない気分にさせられる。

 泳ぐ目を時計に合わせれば、休憩時間は残り4分と少々。

 この際授業自体はサボってもいいが、この空気はなんかヘンだ──……人前で暴れたり脱いだりする事には何ら照れのない大志だが、他人が同じ事をしているのを見ると妙な気恥ずかしさを覚えた。

 ひとまず気持ちを落ち着かせようと、鞄からマスクを出して『佐野大志』から『しんとクン』へと意識を切り替える。マスクはいい。動揺を悟られずに済む。ヒーローが平時に取り乱すなどあってはならない事なのだ。



「実は、さ。最近ちょっと悩んでて……」

「おお? やっぱそうだったんか。いいぜ、なんでも聞くぞ」

「………本当?」


 振り向きがてらの上目遣いは恐るべきコントロールで大志の瞳に吸い込まれ、心臓に直撃した。

 はだけたYシャツから薄い胸板と、水がたまりそうな鎖骨が見え隠れ。鍛え上げた己の肉体と比して、その姿の何と儚げな事か。


(──って待て待て。どうかしてるぞ)


 うっかりテンプテーションされかけた己の頬を一叩き。

 見切るにはどうすればいいんだっけ? 電球持ってくるくる回ればOK? 


「大志君?」


 どきん、と鼓動が跳ね上がった。いきなり名前呼びなんてその、困るじゃないか。

 つうか誰ですか貴方。オレの知ってる土間はコレジャナイ──理性はそう訴えているのに、余りに可憐な姿に目が離せない。


「とりあえず、着替えたらどうだ? もう時間ねぇぞ?」

「そ、そうだけど……僕、今日は見学しようかな」

「具合でも悪いのか?」

「そう、なのかな。……胸が、苦しくて」

「お、おう。そうか。そりゃしょうがないよな……」


 ──えーちょっとアレですか、やっぱ恋愛相談っすか……。


 大志自身ろくに経験がないのにどうしろと。しかし承認者として、助けを求めるものを見過ごせない。


「──やっぱあの時の子、逃したの後悔してるのか?」

 ふるふる。何故か無言で首を横に振る。


「じゃあクラスの奴? まさか古杣ちゃん?」

 ぶんぶん。えー……違うのか。ウチのクラス結構レベル高いと思うんだけどなあ。……あ。


「わかった! 保護者のねーちゃんだろ? すげえ美人だったもんなー。 結構歳離れてるっぽいし、血縁者となると悩むよな! 分かる分かる」

 ブンブンブンブブブヴヴヴヴヴ。会心の回答に蔵馬はヘッドバンギングを始めた。『断固違う』と言う意思表示だろうが、まず口を開けと。


 コレは予想以上の難問だ。二人が共通で知る女性は今のでネタ切れである。

 真剣に悩み始める大志はお手上げの様子で天井を見上げた。残る可能性は幾つか、ある。が、あまり考えたくは──


「意地悪だね、大志君は」

「ん? パードゥン?」


 何やら聞き捨てならない調子に視線を戻すと蔵馬の右手が震えながら指さした。指し示す方向は──


「……俺?」

 こくり。小さな小さなうなずきが、大志の思考を飛ばす。


「俺かぁ。……え。…………オレー!?」

「しっ」

 情熱と驚愕のスペイン風の叫びをあげかける口元に、蔵馬の人差し指が当てられた。

 あたりを見回し、聞きとがめられていないことを確認するとほっと胸を撫で下ろす。


「大志君……大志」


 今度は呼び捨ての、恐ろしくなるほど甘い囁き。気付けばその小さな体躯が胸の中へ。

 反射的に抱きかけた両腕をわななかせ、大志は蔵馬のつむじを見下ろした。

 オイオイちょっと待ってくれよベイビー、一体どういう心変わりだい? それとも誤解させちゃったかい?

 突如降って湧いたピンチに戸惑いしか覚えない。が。


(…──Oh)


 再びの上目遣いがマスク越しに直撃、ドキンがズキュゥゥゥゥゥンに加速した。

 この際、SYUDOもいいかもしれない──JYUDOのTOMODACHIみたいなもんだよな、うん。──いやいや、女人さえ知らぬ身でいきなりコレはちょっとその。

 わなわな震える指先は肩に触れるか否かの距離、仏さまらしからぬ煩悩にヤラれている大志を他所に、蔵馬の腕がそっとマスクを掴む。


(…──ああ)


 もう無理。仕方ない。ロマンティックが止まらないし、マスク越しならノーカンだよね。

 逡巡を振り切る異様な気配に飲まれた大志は、いよいよもって蔵馬の肩に触れた。


 ……その瞬間、蔵馬は。


「──死ね」


 怨念渦巻く囁きとともに、溜め込んだ悪意を開放した。



 ◆◆◆



 絹を裂くような突然の悲鳴に見回りの教師が駆けつけると、そこにははだけたシャツを書き抱いた小柄な少年、そして体操着姿の不審な大仏。 生徒の顔は真っ青で、唇をわななかせる姿はあまりにも哀れ。対する大仏は、中途半端なガニ股スタイルで、華奢な少年に向けて両手を突き出している。


 瞬撃の審判──悪は、コイツだ。


「貴様ッ! 今すぐ指導室へ来いッ!!」

「ええー!? いや、ちょっと! 違うから! 濡れ衣すぎる!」

「喧しいわっ! よりにもよって同性だぁ!? しかもどういうプレイだコレは!? 高度すぎるので先生に説明しなさい!」

「イヤだよ俺被害者だよ! ちょっと先生マジでマジで! 聞いてってば! 」

「いや、やっぱりいいっ! 少なくともこの場で尋ねはしないっ! 被害者をコレ以上傷つけるわけにはいかんからな! まずソレを取れっ!」


 義憤に燃える男性教諭が大志に飛びかかり、しゃにむにマスクを剥ぎ取ろうとする。


「勘弁してくれよ!コレ一張羅なんだからさ! ってかオイ! なんか言えよ! 姑息すぎんだろお前!」

「脅すのか!? あのいたいけなウブい少年を脅すのか貴様! 仏門の風上にも置けん!」

「騙されるな先生! アイツの方から誘ってきたんだ! 俺は悪くない!」

「先生知ってるよ! このシチュでその台詞はアウトだって!」


 聞く耳もっちゃくれねえを不条理劇を他所に、蔵馬は悠々と服をキャスト・オフ。後蒸着。悠々と教室を出ていった。


「……ふざけんなァァァーーーーッ!!」


 大志の慟哭に重なるチャイムの音。

 この日確かに大志は死んだ。社会的な意味で。




 ◆◆◆




 その後のクラスでの大志の扱いときたら、それはもう惨憺たる有様だった。

 コレでも結構、人気者だったのだ。


 承認者であることに加え、入学式前の活躍ぶりがいつの間にか拡散されて、おらがクラスのヒーローとして振舞ってきた。

 その築き上げた地位を、全て失った。だーれも話しかけてこない。

 とりわけ同性は近寄るだけでもアウト。女性徒も大半は養豚場の豚を見る目つき。

 残りも暗い光を放つ目でhshsとこちらを見ている。現代の廃仏毀釈がここにはあった。



 対して蔵馬は、大勢の女生徒に囲まれて慰められていた。

「怖かったね、大丈夫?」

「確かに怖かったけど……いいんだ。ちょっと魔が差しただけじゃないかな。……ホラ、ヒーローってストレス溜まりそうじゃない?」

「えーでもさ~、アレ、たまに無意味に脱ぐし、ちょっとキモいと思ってたんだよね」

「そんな事言っちゃ駄目だよ。それに、あんまり言いふらさないであげてね? 可哀想だし、……僕もその、忘れたいから」

「……土間君……(きゅん)」


 今まで見せたこともないような愛想の良さと、例の上目遣いで株爆上げ。なんという人誑し。なんという演技力。

 この男、自分から何もかもを奪うつもりか──。


 やはりこのまま捨て置けぬ──HRまでを耐え忍び、いざ撤回をせまろうと近寄ったその瞬間、


「土間君、逃げて!」「コイツ諦めてねぇぞ!」「やめろ佐野、マスクが泣いてるぞ!」


 クラスメイト総出の肉の壁が大志を取り囲んだ。

 編成1週間目のクラスとは思えぬほどの素晴らしい団結振り、それぞれ箒だの椅子だのを手に持ち、机を重ねてバリケードを築く。

 幾ら超人相手とはいえ酷い扱いだ。……気のせいか、半分ぐらいは騒動を楽しんでいる節さえある。

 その有様に異議を唱える、甲高い悲痛な声。


「皆、駄目だよ! 友達をそんなふうに扱っちゃ!」


 最早クラスのヒロインと化した、土間蔵馬その人である。


「それは違うぞ、土間君! 我々は今、友人を救おうとしているんだ!」

「そうよ! 彼を真っ当な道に戻してあげないと! 第2、第3の犠牲者が出る前に!」


 悲しくもきっぱりとした学級委員2名の叫びに蔵馬はハッとなる。何て友人なのだろうか、と。


「だったら……僕もてつだうよ!」


「いいや、てめーは駄目だ」

 DQN風の生徒がぶっきらぼうに言い捨てながら、最前線に躍り出る。


「土間がいるとさ、大志も素直になれないだろ? ……汲んでやれ。そのぐらい好きなんだよ、アイツ」


 背中越しに語るDQN君が不敵に笑う。それでも尚蔵馬が何かを言い募ろうとするが、


「心配すんな。お前とアイツを、俺が……俺達が!友達に戻してやる」


 熱く頼もしい背中が遮った。最早何も言えなくなり、周囲に助けを求めるように見回す。

 きっとこの後、ここは戦場になる。……それなのに、何故。何故皆、こうも力強く笑えるのか──。


「皆……ありがとう……! 気をつけて!」


 美しい友情に涙を浮かべ、ついに蔵馬は教室を飛び出した。その背がグングン遠ざかる。

 挽回の機会が消えて行く。この期に及んで、遠慮などしていられようか? 

 ──否。断じて否。昔の人は言いました。仏の顔も三度まで。


「俺は……ホモじゃねェェェェェェェーーーーーーッ」


 絶望の教室に、吹き荒れる嵐。

 信心の足りぬクラスメイト達は、アンガーブッダの前に鎧袖一触であったと言う。


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