Joy Ride part.1
◆◆◆ こうぎしま高校 3限目終了時 男子更衣室 ◆◆◆
こちらゴースト、今日で潜入1週間目だ。
ああ大丈夫。概ね上手くやってる。良い感じだ。
自己紹介から徹底してモブって過ごしてきたおかげか、徐々に影が薄くなってる。
肝心の学業の方はどうかって? 言うまでもないさ。ぶっちゃけついてくのが精一杯だからな。
だがそれも、見方を変えれば妙なヤッカミも受けなくて済むって訳だ。
上手くやるってのは、こういう事。実に平和だ──。
……という夢を見たんじゃよ。
古杣女史の新感覚日本語講座を夢想の内に乗り切った蔵馬は、未開の地の部族の長のような老け込んだ目を左右を見渡した。
次の授業は体育だ。クラスメイトの大半は既にクラスタを形成して仲良く着替えて校庭へと向かっていく。残るは初手をしくじったキョロ充未満と、ハナから孤独を好むぼっちーズ。木石のような面持ちで彼らの動向を見ていると、熱中症の危機をぼやきながらノタクタと着替えを行ない去っていった。
まだ気を抜かず再確認。俺によし。お前によし。皆によし。
(……行くか)
ようやく警戒態勢をとき、少し曲がったネクタイを解く。
本来なら大好きな体育の時間を、何でこんな気持ちで迎えなければいけないのか──
「土間、アウトー!!」
「んがフッフ!?」
出た。……立てば大仏笑えばロバ、叫ぶ姿はムスタング。本日はロッカーからご登場のこの男のせいだった。
◆◆◆
「……佐野くんさあ」
「おう、何だ土間!飴いるか!?」
「いらないよ!!」
差し出されたキャンディを押し返し、10センチは高い大志の目をキッと睨む。
ご丁寧にカルシウム満点のミルクキャンディだった。そのまま溶けて食えなくなってしまえ。
「なんだよ、やっと口開いたかと思ったらそれか? カリカリすると背、伸びないぞ」
「背の事は言うな……! ていうか、人の話ちゃんと聞こうよ」
「おー聞くぜ?何々?なんでも聞いちゃうよ」
まともに取り合う気0の軽薄な返事とともに、引き締まった肉体を見せびらかすように脱いでいく。……何故下からなのかは気にしてはいけない。
そんな事より、こちとら腸が煮えくり返っているのだ。
どういう仏心かしらないが、入学早々にして彼の所業は蔵馬にとって鬱陶しい事この上ないものだった。
入学からあけて二日目。昼飯時。売れ残りのコッペパンをもそりと平らげ、教室の隅で地縛霊を営業しようとした所に一撃。
「土間!飯食いに行こうぜ!」
「……もう食べた」
「育ち盛りだろ! 何諦めてるんだ! まだ入る! まだまだ入る! もっと食え! コメ食え? 背伸ばそうぜ!」
早速背の事をいじられカチンときた。
三日目。HRを終えて帰宅部ダッシュをぶちかまそうとした処、下駄箱に一通の手紙。
『土間くん……放課後待ってます』
通用門の所に大仏が潜んでいるのを鷹の目で発見し、裏口からスネークごっこをする羽目になった。
四日目。
前日と同様、我ながら惚れ惚れするメタルギアぶりで校舎を脱出。気晴らしに他所の人工島でも眺めに行こうと、楽島からほど近い盾島へと直行。
広大な敷地のほとんどが森林、もしくは丘陵地帯。森ボーイ(笑)気取りで彼方無数の風車に見とれていると、どこからとも無く一筋の白い流星が頬を掠め、遅れてメキメキと音を立てて沈む一本の樹木。ついで、聞き慣れた大音声。
「おーい土間ー! キャッチボールをするための空き地を探すところから始めようぜー!」
遥か彼方、グローブと白球を握りしめた大仏様の全力ダッシュ。
全力で森林を走らされ、ホラー映画のキャスト気分を味わった。
五日目。
あまりにつれない様子にやさぐれたのか、目があった途端に「ハイハイ土間土間」と言い捨てて立ち去った。苗字を二つ並べると居酒屋みたいなのでやめて欲しい。
六日目。日曜日。
酔いどれ保護者を介抱した後、部屋でgkbrして過ごした。ハクタクに相談したら早く結婚しろと勧められた。
そして──本日この日、月曜日。ここで会ったが1週間目。
今日は、死ぬにはいい日だと思う。……ただし。
(──お前もな……!!)