Introduction Part1
◆◆◆ 4月某日 ◆◆◆
都市伝説のタマは今日も暇であった。
それは即ち、空腹を意味する。
あの空を流れる綿雲の群れを美味しくいただけたなら、どんなに良いだろう。
もう一々オソナエモノを漁る必要はなくなるし、時々迷い込んでくる人を驚かせなくても済む。
群れなすビルの陰に生えた草花は、まあ食べれなくはないが出来る事なら遠慮したい。
しかし、不満と言ったらそれぐらい。
旧市街と臣島ストリートの境目、切り立つビルの窓からそっと眺める足下の景色は、今日も色とりどりで飽きることがない。
陽光を跳ね返すレンガ道、様々な商品を飾ったショーウィンドウ、そこを行き交う人々に、たまに混ざる個性的なシルエット。
(いいよねぇ、みんな一緒で、みんなちょっとずつ違う)
声には出さず、温かい気持ちでそれを眺める。
彼らは時々仲間同士で争ってはいるけど、基本的に皆楽しそうだ。
翻って、己は違いすぎる。何もかもが違いすぎる。
言葉も分かる。笑うことも出来る。涙だって流せる。体力を使うが、彼らの容姿を真似ることだって出来た。その後、試しに犬の姿を取ろうとしても、どうにも上手く行かなかったことで確信した。
かつて、己は人間だったのだと。
それがどうしてこのような姿になったのかが、とんと思い出せない。
気がつけばどうしようもなく辛くて悲しくて、全身の手で何かをつかもうとする己の姿が、最初の記憶。
涙をとめどなく滝のように流し続け、自らを取り囲む風景を強く心に刻み付け──その日、都市伝説は慟哭を上げた。
近頃、あまり長いこと彼らを眺めていると、妙な気持ちになってくる。こんなことは今まで無かった。
お腹が満たされて、キチンと夜に眠れていればひたすらに幸せだったのに。
原因は解っている。彼だ。彼と『お話』してしまったから。
初めて人間とたくさん喋って、さよならしてしまったから。
要するに、寂しいのだ。コレが寂しいという気持ちなのだ──そんな新鮮な気持ちを胸の奥に大事に大事に仕舞いこむ。再び空を見上げる。
果てなき空にのんびりとした雲の群れ。彼らにそっと、願い事。
(……──また来ないかなあ、クラマ君)
そんな何気ない願いは、程なく叶うことになる。