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ACCEPT  作者: 機動戦士ガンジス
Ghost meets the ghost
14/20

Goodbye,Goodmorning part.4

「全く、無茶なやっちゃなー。……ま、あの場で出て行かなきゃ男じゃねえよな」

「……別に。朝から騒いでてムカついただけだよ」


 後ろ歩きで先を行くしんとクンは、蔵馬の吐き捨てるような物言いに肩をすくめる。

 そのまま2人で道なりに歩く。早速のうだる暑さの中、野郎二人の通学路。ただ、大仏フェイスが目立って仕方がない。一体いつまで被っている気だろうか。


「しかしアレな、せっかく助けたんだし名前ぐらい聞けばよかったんじゃん?」

「……そう言うつもりで、助けたんじゃない」


 思い返せば、あんなの只の八つ当たりだ。只ムシャクシャしてやった。

 らしからぬ行為に今は反省している。……否、猛省だ。

 亡霊が前に出るべきではないし、彼女と『彼女』、ちっとも似ていない。何故重ねてしまったのだろう……。むしろ、


「ああいう子は、苦手だ」


 そう毒づきながら、蔵馬は鼻に当てていたハンカチを改めて見つめた。



 ◆◆◆



 一連の出来事の口火を切ったそもそもの当事者は、あまりにも遅い警察の到着を持ってしても未だ放心の最中にあった。


「あの……大丈夫?」

 あまりにも遠い目をしている彼女の目の前で手を動かすと、弾かれたように二、三歩後ずさる。

 改めて正気に帰った顔つきは凛とした花の如し。涼しげな目元にながーい睫毛、高い鼻梁に薔薇の頬、桜色の唇。

 まるで『美少女ときたらこうあって欲しい』という願いを凝縮したような、ある種奇跡みたいに整った容姿の持ち主だった。

 ……ただしそれも、黙って立っていればの話。


「大丈夫じゃない! も、ぜんっぜん大丈夫じゃない!」

 もうすっかり聴き馴染んだ金切り声は今だ健在、獅子舞のごとく乱れる髪に遅れて、たわわな実りがたゆんたゆん。

 つくづくスゴい物をお持ちな子だよ。ちょっと持たせすぎじゃねえのかコレ──と思ったが、そこは神様手抜きはしない。

 地団駄踏み踏み、品性の欠片もない動きは100年の恋も何とやらである。


 しかし失礼にならない程度に全身を見渡しても、どこも怪我をした様子はない。そのはずだ。

 電車の中で心の傷を負っていたとしても、そこまで責任は──


「アンタが大丈夫じゃない!!」

 鼻っ面に指先。ぴしゃりと叱りつけられた。


「……ああ」

 そういう意味か。鼻の下を拭えば、べったりと赤黒いモノが付着した。道理で呼吸がしづらいと──

「ふぐ!?」

 スカートからポケットティッシュを取り出すと、力一杯蔵馬の顔に押し当てる。


「やり方が滅茶苦茶なのよ! 信じらんない! 最ッ低!」

 半泣きのまま、只ひたすらに蔵馬の鼻を押さえつける。誰か止めろと周りを見るが、帰ってきたのはしんとクンの冷たい視線。あまねく衆生を助ける気はないらしい。


「……滅茶苦茶だったのは分かってるよ」

 あんなのはカマかけにもなっていない。相手がもう少し利口な奴なら、唯のピエロだっただろう。


「そうじゃなくて!場合によっては貴方が一番悪者に……ああ、もう!バカ!ホントバカ!ナチュラルボーンバカ!おはようからお休みまで暮らしを見つめるバカ!!」

「バカにバリエーションつけるのは上手いんだな……」

「減らず口を叩かない!運が良かっただけなんだからね!」

「そっちもね」


 ああ言えばこういう蔵馬に、女子高生のテンションは更なるヒートアップ。

 上がって下がって、地団駄まで踏みそうな勢いを見てると、可笑しくなって来てしまう。知らず笑みが零れて、ついに爆笑にまで進化した。


「な……何よ……何がおかしいの……? 頭?」

「イヤ……マジで運が良かったなぁって思ったら、笑えてきてさ……」


 身をよじりながら尚も爆笑している蔵馬に毒気を抜かれ、ついに女子高生も吹き出した。……何でしょうねこの空間。

 居づらくなったしんとクンはその裏で爆発祈願を開始、さらにその影から滲むようにマノスキアが現れた。ナイスブロックと言わざるをえない。


取り込み(フラグ消化)中悪いんだけど、そこの彼女、こっち来てくれる?……一応、被害届出すのか確認だけしたいとさ」

 黒ずくめが指さす向こう、優しそうな婦警さんの会釈。

 黙礼を返しながらも女子高生は、迷子みたいに逡巡する。右を見る。仏ゾーン。左を見る。マドハンド。正面に蔵馬。ロックオン。

 こいつが一番マシ──女子高生的に考えて人は外見と言う事か、その目は確かに『どうしよう?』と訴えていた。


「──行って来なよ。アイツに何もやり返してないだろ? 一発かましてこい」

「じゃ、一緒に……」

 ぱっと顔を輝かせる彼女であったが、


「僕はいい。自業自得だ」


 さめた蔵馬の一言でまたしょんぼり。心細そうに肩を落とす。

 蔵馬は敢えてそれを見ないようにしながら、必死に爆発祈願をしているしんとクンの肩を叩いた。


「行こう。式に遅れる」

「あ? お前も行って来いよ。一応被害者だろうが」

「いい。遅刻すると保護者がうるさい」

「そう言う問題かぁ?」


 苦言は呈するモノの、しんとクンは敢えて止める様子もない。

『じゃ、さいナラ』とブン殴りたくなる挨拶を残して蔵馬の背中を追いかける。

 思ったよりも足取りはしっかりしているし、本当に問題はないのだろう。


 二人の背中を見つめながら、女子高生は思う。

 何よそれ。勝手に出しゃばって、怪我して。そして勝手に消える。何て勝手な男だろう──叫びだしたい衝動をぐっと飲み込んで、女子高生大地に立つ。


「待ちなさいよ、チビ」


 迷いのない声で背中を打つと、やはり迷いなく蔵馬達の前へ躍り出る。その手の中へ、無理矢理ハンカチを握らせた。


「そういうの、全然かっこよくない。……でも、ありがと」


 それだけを告げて踵を返すと、のしのしたゆんたゆんと存在感も露わに去っていった。

 全く、美人てのはホントに得だ。怒っていてもサマになる。

 最後まで泣かれずに済んだのは、まあ良かった、かも。




 ◆◆◆




「……エラい可愛かったけど、喧しい子だったなぁ」

「オマケに失礼だ」

「俺はカッコ良かったから問題ないな」


 コメントしづらい返答は無視して、また無言で歩く。徐々に制服姿が増えてきて、二人は川を遡る鮭のようにその流れへと加わっていく。

 なんとは無しに連れだってはいるが、そもそも初対面なのだ、会話が弾むわけもなく、キャッチボールは中々上手く決まらない。

 本当は色々聞きたくて仕方がなかった。あの腕力はどこから来てるのか、あの怪人とはどういう関係なのか……何で大仏なのか、とか。



 結局、



「……強いんだね」


 それだけを口にした。


「そりゃ、承認者(アクセプト)だかんな。まだ駆け出しだけど」

「アクセプト……」


 さも常識だとでも言うようにしんとクンは言うが、蔵馬には耳慣れない言葉だ。

 アクセプト。綴りがACCEPTでよいのなら、確か意味は──見なす。受け入れる。認める。そんなところ。


「あン?知らねぇ?……ってそうか、本土のお上りさんにはヒーローの方が通りはいいやな」

「……はぁ?」


 ぎょっとして顔を上げると、逆光になったありがたい面差し。どさくさに紛れて雀が一羽とまっていた。そのままウンコしてしまえ、と内心呪ってみる。


「だから、ヒーロー。島の皆から認められる存在。転じて承認者(アクセプト)。最近は外でも有名だと思ってたけど。まだまだ認知度低い?」

「……いや、僕が疎いんだと思う」

「まあ所謂ひとつの『ご当地ヒーロー』って奴だと思えばいい。本土にもいるだろ、そういうの」

「ああ……」


 一時期流行った、地方の町おこしなんかで見られるアレの事だろうか。

 尤も、そういうのはごくごくローカルな催しであるし、二匹目のどじょう狙いが多すぎてすぐに廃れてしまった気がする。


「ドミネ・クォ・ヴァディスとか、本当に知らない?V系バンドなんだけど」

「知らない」

「ちょっと前の顔っちゃ顔だけど、肝心のバンドのほうが一発屋だったからなぁ……」

「本業じゃないんだ」

「当たり前だろ、どこが給料出すんだよ。やりたい奴が勝手にやってる」

「ボランティアみたいな?」

「その解釈、イエスだね。次からはそう言おう」

 いらん助言をしてしまった。……そう言えば昨晩、臣島駅でバンドっぽいのが屯してたような、そうでないような。


「おーそれそれ。本土で売れるっちゅー夢破れて再起中らしい」

「……もしかして、駅にいたコスプレ全員、」

全員(・ ・)そう(・ ・)だ。結構いっぱいいるぞー。島内全部で5000人ぐらい?」

「そんなに!?」


 何という事だ。こんな阿呆で出鱈目な連中が、5000人。216人に一人はコスプレした超人と言う事になる。


『ま、他にも色々いるし、話題には事欠かない街だし?』


 ハクタクのアレはつまり、こう言う事だったのだ。

 いつでも会える驚異が、そこいら中にいる。道理で怪談があまり話題にならないはずだ。


 改めて思う。ここは別の『国』だ。

 蔵馬の事を誰も知らないように、蔵馬もまたこの国のことを何も知らない。

 いや、敢えて知ろうともしなかった。ただ先生の言うがまま、流れに任せて、この先の人生を、亡霊として過ごすために──。


「──おい、どした? やっぱ痛むか?」


 しんとクンに肩を揺さぶられて目を覚ます。いつの間にか歩みが止まっていたようだった。

 流れを阻害された生徒とその両親が、不審そうな目で二人を見ている。どっちが不審なのかはわかりゃしないが。


「なら止まるな。そろそろガッコつく」


 しんとクンに『行こうぜ』と顎で指し示され、再び歩きだす。

 悔しい事に10センチ以上の身長差があるせいか、連れ立っていると先輩後輩にしか見えないのが非常に悔しい。




 ◆◆◆




 私立こうぎしま高校。生徒数3000人を数えるマンモス校。出資元は勿論、島の経済を支配するSUDOである。

 島内各所に農業・工業・商業に水産、その他諸々の研修施設があり、授業が進めば各々希望に沿ったコースを選んでの専門的な教育が受けられる。大半の生徒はそのまま同大学に進学し、後にSUDO系列の企業への就職というのがお定まりのコースである。


 その総本山──楽島の中心部に敷地を構える本校舎には驚いた事に、満開の桜並木が咲いていた。本土でさえこれほど見事な物は早々ないだろう。


「フフン、冷却土っつってな。OTEC発電の副産物がどーたらこーたら……とにかく、この土を使えば亜熱帯でも桜だって咲かせられるんだとよ。他にも海水を真水に変えたり云々……とりあえず、すげぇだろ?」

「うん、すごい。……説明が適当すぎるのもスゴイ」

「しょうがねえだろ、水産志望なんだから!」

「……それもアクセプトの仕事ってわけ?」

「そゆ事。誰かの役にたてれば何でもいいんだよ」


 人差し指をおっ立てフリフリ、得意げに語る様子は実に調子よく、普段から喋り慣れてる様子が伺える。


「よく分かんない。頼まれもしないのに人の為、とか。大きなお世話だ」

「本土の人から見たら、そう思うんだろうなー。でもよ、島の事は島民が守るってのは当然だろ? どっかの誰かに任せていい問題じゃねえ」

「言いたいことは何となく分かる、けど……」


 頷きかねる。色々言い返したいが、会ったばかりの相手と論争になるのも馬鹿馬鹿しい。

 相手もそんな空気を感じ取り、熱っぽく語るのは諦めたようだった。……最後に、一つだけ。


「ま、ああいう無茶はもう無しだぜ? 次は助けてやれないかも。気をつけてくれよな」


 そればかりは反論の余地があるはずもなく、素直に頷くしかない。

 ようやくしんとクンはマスクを脱いだ。……そして、愕然となった。


「お前……!」

「思ったよりもイケメンだろ?」


 マスクの下からスタローンも顔負けの凸凹フェイス。どうしてこうなったかは──聞くまでも無い。


「やっぱ、3分はサービスしすぎたかなぁ。流石に痛ェ」

「ふざけんなよ……!どっちが無茶苦茶だよ! 病院いけって!」

「お、じゃあ一緒にどうだ? 一人じゃ寂しいからつきあってくれよ」


 あくまでもおどけた調子に腹が立つ。何だこいつ──再び拳に力が篭もる。


「冗談だよ、冗談。──同じクラスだといいよな、俺ら。アクセプト仲間としてさ」


 再び、差し出される右手。

 それが何を意味するかぐらいは分かる。分かるが、握った拳が解けない。

 思う言葉は沢山あるのに、言葉にならない。冷静であれともう一人の自分が囁く。笑え。これも冗談だ──一分ほどそうしていたが、結局その手を取ることはなかった。


 手を下ろしたしんとクンは、ほんの一瞬残念そうな表情を見せたが、再び笑顔を作ってみせる。

 それもまたヒーローの仕事とでも言うように。歯茎まで見えてロバみたいなイメージ。


「タイシー!」


 後ろからかけられた声に振り向くと、よく日に焼けた生徒が大勢、彼に向けて手を振っている。


「お~、お前らかー」


 しんとクン改めタイシはぱっと顔を輝かせると、『またな』と蔵馬の肩を一叩きして去っていく。

 そうして向かっていった先で、いかにも元気が有り余っている連中とドつきあっている。


 ──タイシ。それが本名か。多分、いや、間違いなくいい奴なのだろう。だけど。


(……ああ言う奴も、苦手だ)



 何が同じクラスだといい、だ。心の底から願い下げだ。














 ……まあね、分かってたんですよ。フラグが立ってたことぐらいはね。ええ。



「佐野大志です!こうぎしま4中からきました!ありがたいっぽい名前なのでおまえら拝むといいですよ!」


 さもウマい事を言ってやった感アリアリのドヤ顔に、一部の物は爆笑し、一部の物は痛ましげに顔を伏せる。

 蔵馬はなんというか、実にいたたまれなくなって窓の外に目をやった。

 青い空の向こうに赤い尖塔を頂点とした摩天楼が見える。いや、実に赤い。大志の滑り芸で蔵馬の顔も赤い。


「はい、ありがとう。顔がフジツボみたいになってるけど、どうしたの~?」

「あー……、実は次の奴と拳で語らいまして!」

「あらそうなの。元気があっていいわね~。じゃあ、その次の人~」


 担任の女教師、古杣女史がヘリウムガスでも常用してんのかって感じの甲高い声が先を促す。

 ゆるふわウェーブの髪型同様、喋り方までゆるゆるフワフワ。これで担当が現国とかちょっとありえない。

 それだけでも頭が痛いというのに、


「次の人~? んっと、ドマ君?」

「ツチマです」


 おいこら国語教師、人を靴脱ぐ場所みたいに言うな。訂正と言うよりは突っ込みじみた返しにクラスの一部が少し沸く。

 非常にやりにくい。咳払い一つ、せいぜい裏返らないように注意しながら喉を震わせた。


「……土間蔵馬です。東京から来ました。……よろしく」


 ごくごく普通の挨拶に、クラスの一部からつまらなそうな気配を感じる。

 教室というやつは、だからイヤなのだ。皆が皆を値踏みしている、そんな空気がたまらない。



 ああ──早く亡霊のようになりたい。


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