囮にされて死にかけた荷物持ち、裏世界の力でドラゴンを倒し本物の仲間を得る
創世の神話の伝説にはこうある。
かつて世界には“原始の神”が産んだ色があった。
だが、邪神との戦いの果てに原始の神が倒れたとき、世界は一度、灰色に沈んだ。
その灰の中から、ひとりの神が生まれた。
原始の神の娘——“創世の女神”。
彼女は父の世界を取り戻そうとしたが、その力は父には及ばず、灰の世界を蘇らせることはできなかった。
だから彼女は、父の世界を模して新たな世界を創り上げた。
そして、いつか——
灰の世界を再び動かす者が現れることを静かに待ち続けているという。
■
迷宮の中層。
俺たちはモンスターの群れに囲まれていた。激しく剣と魔法が飛び交う中、死角から飛び込んできたモンスターの攻撃を受けて俺は吹き飛ばされた。皮鎧の下から伝わる鈍い痛みを感じて顔をしかめた。
「っ……くそ、肋骨いってるだろ、これ」
胸を押さえる俺に、勇者は剣でモンスターの攻撃を受け止めながら振り返りもせずに怒鳴りつけてきた。
「おい荷物持ち!さぼってないで立て!お前の怪我はすぐ治るんだから、そんな傷なんか問題ねえだろ!」
これがさぼっているように見えるのか、ポンコツ勇者。
そもそも迂回しようと言った俺の意見を退けて強引に進んでモンスターを怒らせたのはお前らだろう。
そんな俺の考えなどガン無視で、後衛にいた魔法使いが鼻で笑う。こいつは本当に性格が悪い。勇者に非があってもそれを認めようとせず、屁理屈を言ってこちらが悪いと決めつけてくる。
勇者の次に嫌いなクソ女だ。
「痛がる演技とかいいから、さっさと治しなさいよ」
……これが演技なら名役者だっての。
俺はため息をつきながら壁際に下がった。同時に【裏界門】のスキルを使って裏世界に移動する。
このスキルは瞬間移動などのスキルとは違い、こことは違う次元の空間に移動する特殊なものだ。仲間たちには門を潜った俺の姿がその場から消えたようにしか映らないだろう。
移動した先は先ほどまでいた洞窟の中と変わらない景色が広がっている。ただし、そこには先ほどまでいた魔物の姿も勇者たちの姿もない。生きているものは俺だけだ。
周囲の色は全て灰色だ。ここは特殊な場所だ。外の空間とは時間の流れが異なり、この場でどれほどの時間を過ごそうとも外は時間の流れが止まったままだ。
自分の呼吸すら大きく響く静寂の中で鎧の金具を外して上着をめくる。打撃を受けた個所は真っ赤に腫れていた。そこにポーションをぶっかけると非常に染みた。
激痛で涙が出そうになった。
ポーションは外傷をすぐに癒す効果があるが、骨折などには即効性がないため、1個や2個くらい使っただけでは完治は難しいうえに時間がかかる。
本当ならどこかで体を休め、時間をかけて傷を癒す必要があるだろう。
「くそ、あいつら、無茶ばかりしやがって」
今回の遠征で勇者パーティのシーフ兼荷物持ちとして同行した俺は酷い目に遭わされ続けていた。冒険者ギルドからの指名で勇者パーティに協力してほしいという要請があり、最初は世界を救うと言われる勇者の手助けができればと参加した。
だが、行動を共にして内情を知れば知るほど本当に勇者なのかと疑ってしまうほどの常識知らずの連中だった。
まず、迷宮の攻略の仕方が異常だった。
回復魔法や強化魔法に頼り切った休息なしの長時間の行軍。
当たり前のようにやらされるモンスターの囮役。迂回すれば避けられる戦闘もすべて正面突破。脳金にもほどがある。頭のねじがすべてぶっ飛んでいるとしか思えない。
これまでも勇者パーティ特有のスキルに頼った力任せの攻略で進めてきたのだろう。
俺に対する扱いも酷い。傷ついても自動回復する荷物持ち人形くらいにしか思っておらず、そういった無茶ぶりを平気でしてくる。
ケガをしても回復魔法を飛ばすのではなく罵声を飛ばしてくるという心遣いには乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
もっともパーティに加入したばかりの頃は冒険者ギルドから紹介された冒険者だということもあり、それなりにまともな対応をされていたような気がする。
俺の扱いが決定的に変わったのは間違いなく“あの日”が関係している。
初めて勇者たちを裏世界に連れて行こうとした時、俺が開いた扉の向こうにある灰色の世界を見た瞬間、全員の顔色があきらかに変わった。
国教である大聖教の教義では“色のない世界は冥界”とされているそうだが、そんなことは知らなかった。大聖教の教えなんて俺の生まれ育った田舎では教えてくれなかったからな。
裏世界を見た連中の反応は俺から見れば異常そのものだった。勇者は剣を抜き、魔法使いは泣き叫び、戦士は後ずさった。
「冥界の門だ……!」
「穢れが移る!」
「近寄るな、冥界の眷属め!」
ただのスキルだと説明しても、誰も聞こうとしなかった。あの日を境に、俺は“冥界の力を使う不浄な荷物持ち”として扱われるようになった。
――信頼関係なんて、最初から築けるはずがなかったのだ。
本来であれば【裏界門】スキルで裏世界を移動すれば無用な戦闘を避け、安全に迷宮内を攻略することができる。
だが、奴らは決して裏世界に入ろうとしなかった。いくら説明しても話を聞こうともしなかったのだ。
「戻ってもまた酷い目に遭わせられるだけだからな。いっそ、このまま帰ってやろうか」
思い付きの呟きだったが、我ながら名案だとは思えた。
だが、それができないのも分かっていた。すでに契約料を半分もらっている以上、途中で離脱すれば契約違反になるからだ。自己都合でパーティを抜けたときの違約金はかなり高かったはずだ。
やってられねえ。大きな溜息をついたあとに俺は元の場所に戻ることにした。
■
異界での応急処置を終え、俺は表の世界へ戻った。視界が色を取り戻すと同時に、耳をつんざく咆哮が飛び込んでくる。さっきまでは気づかなかったが、奥のほうからモンスターの群れの気配がさらに増えている気がする。
さすがにこの数はまずいぞ。そう思っていると俺の姿を見るなり、勇者が叫んできた。
「おい、荷物持ち!喜べ、お前の出番だ」
今までのパターンを考えると嫌な予感しかしないのだが。だが、パーティに所属している以上、リーダーの指示は聞く必要がある。本音を言えば聞きたくもない。
「……なんだよ」
「お前さ、俺たちが逃げるまでの囮になれ」
予想をはるかに上回る発言が来た。あまりのことに咄嗟に返す言葉が出ない。
いやいやいや、人を何だと思っているんだ。
「お前はケガしてもすぐ治るのだから大丈夫だろ」
「本気で言っているのか」
馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたが、ここまでとは。自分でも嫌になるくらい勇者たちに対して心が冷え込んでいくのが分かった。魔法使いが追い打ちをかけるように言う。
「本気に決まっているでしょ。あんたが群れの相手をしている間に、私たちは抜けるから」
「世界を救う勇者の俺たちの命と冥界の穢れにまみれた荷物持ちの命、どちらが重いかは明白だよな」
「ふざけん…」
俺が言い終わる前に、戦士が俺の腕を掴んだ。慌てて振りほどこうとしても全く振りほどけなかった。
馬鹿力め。
戦士はそのまま小麦粉の入った麻袋でも扱うかのように軽々と俺の体を持ち上げると抱え上げた。
「ほらよ、行ってこい!」
「おい待っ——」
次の瞬間、俺は空中に投げ出され、モンスターの群れのど真ん中へ突き飛ばされていた。
地面に転がり、視界がぐるりと回る。鼻を刺す獣臭と、唾液の混じった熱い息が顔にかかる。
最悪だ。慈悲も許容もない化け物の群れにとって俺はエサでしかない。
もはや乾いた笑みを浮かべるしかなかった。腰からナイフを取り出すと周囲のモンスターたちに警戒態勢をとった。
「……っ、マジでやりやがったな、あいつら」
背後から勇者、いや、人でなしたちの声が聞こえてきた。だが、それを追うにはこのモンスターの群れをどうにかしないといけない。状況的にそれは不可能だった。
「よし、今のうちに逃げるぞ!」
「早く早く! あいつが食われる前に!」
「荷物持ちが囮になってくれて助かったわ〜」
足音が遠ざかっていく。——本当に逃げやがった。
いろんな状況がクソすぎる。俺は何度目になるか分からない溜息をついた。
なんだか癖になっている気がしてうんざりする。
「……あーもう、クソ野郎ども、覚えていろよ」
状況的には最悪だが、そう簡単に死ぬ気はない。モンスターたちが一斉に俺へ飛びかかろうとするのをなんとか避けると周囲を見渡した。モンスターだらけの状況の中でわずかながら包囲を抜けられそうな隙間を見つけた。
あの位置からならなんとかいける。完全包囲の状態でなければ【裏界門】のスキルで異界に入れるはずだ。
俺は手を伸ばし、ギリギリ敵の爪が届かない位置に走りこむとスキルを使用し、異界へ飛び込んだ。
世界が灰色に沈む。
異界に入った瞬間、化け物たちの姿が消え、外の咆哮はピタリと止む。
先ほどまでの喧騒が嘘のように静寂だけが広がる。いつもなら幾分か不気味さを感じるのだが、今の俺にはこの静けさがありがたかった。
「……ったく。人を囮にして逃げるとか、どんな勇者だよ」
治りきっていない胸の痛みが再びズキリと走る。とりあえずゆっくりと傷を癒してから地上に戻ることにしよう。
もう急ぐ必要もなくなったからな。
奴らが人を見捨てたのだから違約金なども発生しないだろう。もしかしたら冒険者ギルドに死亡届を出しているかもしれない。
はあ、これからどうするかな。俺はゆっくりと息を吐き、気持ちを切り換えると静まり切った異界の中を歩きだした。
■
冒険者ギルドに戻った後、応接に通された俺はギルド長と受付嬢から死ぬほど頭を下げられた。
ギルドが悪いわけではないことも理解していた俺は激高することなく、冷静に対応を行った。そもそも国の機関である冒険者ギルドが、同じく国から支援されている勇者パーティに求められれば冒険者を紹介するしかないからだ。
だが、まさかここまでやつらがクズだったことは情報が入っていなかったのだろう。
勇者どもにされた扱いの詳細なレポートに目を通したギルド長はショックのあまりに目頭を押さえた後に天を仰いだ。
「ここまで酷い勇者がいるのか」
「歴代でも最悪だと思うぜ。で、奴らはまだこの街にいるのか」
「いや、君が迷宮でモンスターによって犠牲になったことを伝えた後に逃げるように街から出て行った。なぜそこまで急ぐ必要があったのか首を傾げたが、こういうことだったのだな。どうする、奴らを追うなら馬の準備をするが」
「仕返ししようとかは考えてねえよ、国に目を付けられたくねえからな。だが、ほかの冒険者ギルドに情報共有をしておいたほうがいい」
「そうだな、君のような目に遭う冒険者を増やすわけにはいかん。カリーナ君、冒険者ギルド本部に連絡を入れてくれ、大至急だ」
ギルド長の指示を受け、カリーナと呼ばれた受付嬢は慌ただしく出て行った。残ったギルド長が俺を見る。顔を見ればわかる、謝罪と申し訳なさが入り混じっている。こういう顔をされるのは好きではない。
「本当にすまなかった。せめてもの謝罪の気持ちだ。どうか受け取ってくれ」
手渡された皮袋はずっしりと重かった。多分、勇者パーティが俺に約束した契約金より多いのではないか、これは。
だが、これを受け取るわけにはいかない。
なぜならばこの金がギルドの運営金から出ているだろうことは容易に想像できたからだ。
この街の冒険者ギルドはそう裕福ではないことを俺は知っている。
真っ当なやり方で金のない冒険者の支援をしていることも知っているからな。駆け出しのころは俺もさんざん世話になった。
これだけの金を俺に渡したら今後のギルド運営に影響が出る可能性がある。
「この金は受け取らない。その代わりに多めに仕事を回してくれ。そうだな、物品の輸送とか、商人ギルドに卸す資材の回収とか優先的にこちらに回してもらえると助かる」
「いや、しかしだな」
「俺は無事に戻った。勇者も出て行った。それだけのことだ」
そう言って俺は立ち上がると、なおも引き留めようとするギルド長に背を向けて手を振りながら部屋から出て行った。
■
それから数日後、俺はいつものように冒険者ギルドの窓口に行って依頼完了の報告を行っていた。
カウンターの机の上に収納から取り出したモンスターの素材を取り出して無造作に並べていくと、それまで営業スマイルだった受付嬢のカリーナが次第に顔を引きつかせていく。
「えっと、確かに虹色トカゲの尻尾と金色鶏の尾羽、岩石ウルフの瞳、それから薬草200束の納品承りました。でも、依頼を受けたのは1時間前のはずですよね。そんな短時間で見つかるものではないはずなのですが」
「あ~、たまたまさ、収納ボックスの奥にしまっていたのを思い出したんだよ」
もちろん嘘である。
カリーナの言いたいことはわかる。なんでそんな短時間でこれだけの依頼をこなせているのかと言いたいのだろう。
虹色トカゲも金色鶏も岩石ウルフも本来であれば生息地を見つけることが困難なレアモンスターだ。一週間程、目撃例がある森をうろついてようやく出会えるかどうかという遭遇率なので、1時間ほどで見つかるわけがないのだ。
さらに言えば薬草200束。これは生えている場所は分かっているが、多くの冒険者が嫌がる場所だ。
なわばりに足を踏み入れると群れごと狂暴化するブルホーンたちの生息地を越えないと辿り着けないのだ。
だから俺は裏世界の力を最大限に活用した。裏世界にいるとき、何故か俺は自分以外の生き物の座標や情報を見ることができる。
効果範囲は一つのダンジョンの広さくらいだが、その範囲内にいればどこにその生き物がいるのか把握できるのだ。
だから俺は裏世界内から表の世界を渡り歩いて、お目当てのモンスターを次々に討伐していったわけだ。
ついでにその足でブルホーンの生息地を裏世界経由で歩いてすり抜け、薬草を取って戻ってきた。
まあ、実際には1時間で行ったわけではない。裏世界の中ではしっかりと目的地まで歩いている。時間の流れでいえば5日程だろうか。
裏世界での時間の経過はこちらの時間には反映されないため、時間がかかっていないように見えるが、しっかりと労力がかかっているのだ。
「あの、これってやっぱり例のスキルの力ですよね」
「企業秘密だよ」
先日の勇者一行との一件があってから俺は自分の能力について気軽には話さないことに決めている。よからぬ噂が立ってトラブルが起きるのを避けたいからな。
事情を知っているカリーナは怯えることなく接してくれる。それは今の俺にはありがたい話だった。それでも能力の詳細を語るつもりはなかった。
「やっぱり有能すぎますよ、本当にこんなに有能な方を追放するなんて勇者パーティはクズ過ぎます」
「それ、あんまり大きな声で言わないほうがいいぞ、ああいう手合いもいるからな」
俺はそう言ってカウンター後ろの壁際で俺のことを睨んでいる冒険者たちを見た。視線に気づいた奴らは舌打ちすると出て行った。
奴らは勇者パーティとお友達だったはずだから、俺に対するよからぬ話を聞いているのだろう。
「あの人たちは気にしないほうがいいです」
「それでもな、どこでだれが見ているか分からないのだから気をつけろ」
「心配してくださるなんて、やっぱり優しいですよね」
優しいわけではない。トラブルに巻き込まれたくないだけだ。
どこでお国の回し物が見ているかもわからないからな。
冒険者ギルド間ではすでに勇者パーティの悪行は伝わっているが、それでも奴らは国から認められた存在だ。
熱心な国粋主義者からすれば勇者の悪口を言う奴など言語道断だと言い出すに決まっている。
そんなことを思っていたら、外から雨が降ってきた音がしてきた。
天気が崩れそうだとは思って依頼をこなすのを急いだが、どうやら正解だったようだ。
「雨が降ってきたみたいだな」
「え、本当ですか。確かに変な天気でしたけど。ひょっとして天気が崩れる前に依頼をこなそうとか考えて短時間でこなしたんですか」
「そんなわけないだろ」
図星だったが肯定するとさらに変な目で見られそうだったので適当に誤魔化した。
そんな世間話をしていた、まさにその瞬間だった。
——ビーッ! ビーッ! ビーッ!
ギルド全体に、耳をつんざく鋭いアラーム音が鳴り響いた。
「誰かがダンジョン内で緊急脱出用の魔法結晶を使ったようです!」
受付嬢の一人が放った言葉を境にギルド内の空気が一変した。
普段は依頼書を仕分けしている受付嬢たちが椅子を蹴るように立ち上がり、慣れた手つきでカウンター下の緊急用の魔道具を取り出して操作し始める。
「赤の反応です、緊急脱出者は3名!」
「直ちに治療班に連絡!要救護者は魔力を枯渇している可能性があります!」
「治療班より返信です!直ちに受け入れに向かうそうです!」
奥の部屋から飛び出してきたギルド長とそれぞれのスタッフたちが緊迫した対応で動いていく。
魔道具で示される緊急脱出者の状況は色によって示される。赤は最悪な状況で死の危険のある重傷を負っているか、パーティ内に欠員が出ている場合に表示される。
緊急脱出用の魔法結晶はめったに使われることがない。
迷宮内から入り口まで一瞬で戻ることができるが、高価なうえに、迷宮内で手に入れた金品やアイテムなどが全てロストするため、ダンジョンで手に入れたアイテムで生計を立てる冒険者には嫌がられるアイテムだ。
それでも使うのはデメリットを飲んででも逃げないといけないと判断した時だけだ。ゆえに戻ってくる人間は命の危機に直結した重傷を負っていることが多い。
多くの人間が転移者の戻ってくる魔法陣のほうに走っていく中、俺も自然と足を向けていた。
他人事ではないと思ったからだ。
ギルド裏口の庭にある転移陣が赤く脈動し、光が弾け、三つの影が床に崩れ落ちた。
現れたのは魔法使いが扱うような大きな杖を持った金髪の少女、巨大な盾を持った全身鎧を身にまとった大男、そしてプリーストの装束を身にまとった青い髪の少女だった。
三人とも皮膚の至る所に傷だらけで血まみれだ。衣服もところどころ焦げ付いている。激しい戦闘があったことを物語っていた。
息も絶え絶えになりながらも金髪の魔法使いらしき少女が絞り出すような声をあげた。
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……」
勝気そうな瞳から涙がにじみ、頬を伝ってぽろぽろと流れ落ちていく。
こいつら、見覚えがあるな。確か切れ者の剣士の姉とその妹の魔法使いを中心とした4人パーティだったはずだ。
姉妹でパーティを組んでいるというのは珍しかったので印象に残っている。だが、姉の姿が見当たらない。どうやら何かがあったようだ。
「お姉ちゃん、私を庇わなければ逃げることができたのに」
「ミアのせいじゃないよ……私の回復が追い付いてさえいれば……」
「俺が……もっと前に立てていれば……レイナは……!」
ミアと呼ばれた魔法使いの女の言葉に青い髪のプリーストと全身鎧の大男が同じく悔しそうな表情を滲ませる。
ミアは地面に手をつき、杖を頼りに震える足で立ち上がろうとする。だが、あまりにも消耗が激しいのか、起き上がったと同時に倒れそうになり、駆け寄ったギルド職員に支えられた。
「無理をするな、命に関わるぞ、おい、医療班、早くこいつらに回復魔法をかけてやれ!」
「治療なんてしている場合じゃないの!行かなきゃ……こんなことしているあいだにお姉ちゃんが!お姉ちゃんが!」
駆け寄った医療班のプリーストの手にしがみついて彼女は鬼気迫る表情で訴えかけた。ていうか暴れ出してないか、あいつ。
ケガ人なんだから大人しくしとけっての。
冷静には見えず話を聞ける状況ではない。今のあいつから話を聞くのは難しそうだ。
同様の感想を持ったのか、ギルド長は魔法使いのほうではなくプリーストの少女に近寄って話しかけた。
「君はレイナのパーティのプリメラだったな。詳しい話が聞きたい。状況の説明はできるか」
「…はい、大丈夫です」
憔悴しきっていたが、冷静さを失ってはいない。彼女の返答に頷いたギルド長は状況説明を求めた。
「まずは何があったか説明してくれ」
「パーティリーダーのレイナがダンジョンに取り残されています」
「わかった、急ぎ救援隊を向かわせよう。階層はわかるか」
「地下18階だったはずです」
18階層だと。まともに潜って数日はかかるはずだ。迷宮内の救援は時間との戦いになる。時間がかかればかかるほど救援対象の状況は悪化する。
すでに絶望に近い状況だ。
問題はそれだけではないようだ。救援隊という単語を聞いた後からプリメラの表情がどうにも暗いように見える。
「一つだけ問題があります、あるモンスターがモンスターの群れを率いているのです」
「それはいったいなんだ」
「……ドラゴンです」
今、何と言った。ドラゴンといったのか。その言葉にギルド内が凍りついた。
ドラゴンは他のモンスターとは格が違う。鋼鉄を溶かす炎を吐き、その体が強靭な鱗で覆われているため、生半可な攻撃では傷つけることもできない。さらに化け物じみた怪力と体力の持ち主だ。
「ドラゴン……?」
「中層に……?」
「まさか“群れの主”の噂って……本当だったのか……!」
周囲の冒険者がざわめき始める。無理もない、ドラゴンと戦える腕前を持つ冒険者は稀だ。
その名を聞いて腰が引けてしまうのが当たり前だ。
群れの主の噂は聞いたことがある。数多くのモンスターを率いる狂暴な竜が迷宮内に出没するという噂が少し前から流れていたのだ。
レイナたちは迷宮攻略の中で運悪く群れの主に遭遇したのだろう。
これはまずいな。ギルドの救援隊でドラゴンと戦えるわけがない。返り討ちに遭う。
そうならないためにはドラゴンとも戦えるほど腕前を持つパーティに救援依頼を出すことだが、そんな連中が滞在している噂も聞いたことがない。
「おい、無茶をするのはやめろ」
声がしたほうを見ると、ミアがふらつきながらも前へ進もうとしていた。だが、足が震え、すぐにその場に崩れ落ちた。それでも、その瞳だけは折れずに再び立ち上がろうとする。
「行く……私が……行かなきゃ……!」
その言葉に呼応するようにプリーストの少女プリメラも立ち上がろうとする。
「行くなら私も連れて行って、レイナは…私たちのリーダー……置いて逃げるなんてできない……」
レイナというリーダーは彼女たちに慕われているのだろう。全身鎧の男も血を拭いながら立ち上がる。重症具合では彼が一番ひどいありさまだったが、仲間たちの姿に己を鼓舞させているようだった。彼は強い決意を秘めた瞳で宣言した。
「ドラゴンだろうが関係ねえ……仲間を見捨てるくらいなら……死んだ方がマシだ……!」
俺は三人を見つめ、静かに息を吐いた。これだけボロボロになりながら仲間のことを思えるとは、あのクソ勇者どもとはえらい違いだ。
雨が激しくなってきた。
ギルド内と違い、外の魔法陣はむき出しのため、空から降ってくる雨粒に打たれていると本当に陰鬱な気分になってくる。
ふいに俺を裏切った勇者一行の顔が頭をよぎった。また裏切られるかもしれない。
だが、この状況を静観できるほどクソ野郎になるつもりは毛頭ない。
自分でも損な性分だとは思ったが、俺はこいつらにおせっかいを焼くことにした。
だが、そのためにこいつらの覚悟を確認しておく必要がある。
俺は心を鬼にすると魔法使いの女に近づいて話しかけた。
「せっかく助かった命を捨てに行くのはやめたほうがいいぜ」
「な、なによ、あんた」
「迷宮の18階層だって言っていたな、しかも相手はドラゴだ。無理無理、周りの奴らを見て見ろ、どいつもこいつも腰が引けて救援部隊なんか期待できないぜ」
俺が視線を促すとそれまで押し黙っていた冒険者たちがぎょっとした顔をする。少女はすがるような眼をしたが、冒険者たちは一斉に目を逸らした。当然の反応だろう、誰だって命は惜しいからな。
「なんで、なんであんたにそんなことを言われないといけないのよ」
「親切心で言っているんだ。18階層までどのくらいかかると思っている。いくら急いだところで5日はかかる。間に合うわけがない、ましてや待っているのはドラゴンとモンスターの群れだ。思い出してみろ、ドラゴンの炎は死ぬほど熱かったはずだ」
俺の言葉にドラゴンと対峙した時の恐怖を思い返したのだろう。三人の表情が一気に暗くなった。ドラゴンと対峙した時の怖さは遭遇したものでなければ本当に理解できない。
俺もそうだったからな。
「はっきり言ってやる。このまま行けば確実に死ぬぞ。それでも行くというのか」
「…行く。行くに決まっているでしょ」
大したものだと思った。
俺の厳しい問いかけに対しても、多少は涙を滲ませることはあっても全くブレることなくためらいのない返答をしてきたからだ。
俺はその姿を美しいとすら思った。
「だったら俺も一緒に行ってやる」
「え、あ、えっと」
「意地悪なことを言って悪かったな、お前らの決意を知りたかったんだ」
さっきまで厳しいことを言っていた人間から突然そんなことを言われてミアは驚いた様子だった。目をぱちくりさせているが、構わずに俺は続ける。そんな様子を見ていたギルド長が慌てて声をかけてくる。
「おい、いいのか、あんなことがあった後だというのにパーティを組んで」
「心配してくれるのはわかるが、緊急事態だ。それに俺はこういう馬鹿どもを放っておけなくてね」
「馬鹿ってなによ、喧嘩売っているの。だいたい、来てくれるのはありがたいけど、あんた一人増えたところで状況は良くならないじゃない」
「いや、待て、ミア、俺はこいつを知っている。A級冒険者ヴェイル。異界渡りのヴェイルだ」
俺のことを知っている奴がいたのか。全身鎧男、見た目に反して博識だな。周囲がざわめき始める。以前にも迷宮に取り残された冒険者を助けたことがあることがあるのを知っている奴がいるのだろう。
全身鎧男の言葉にかぶせるようにギルド長が俺の横に立って高らかに宣言した。
「ギルド長の私が保証しよう。彼が力を貸してくれるなら救助部隊を送るよりも確実にレイナを助けることができるはずだ」
ギルド長、いい仕事してくれるぜ。このまますんなり話が進むかと思ったが、それまで話を聞いていた外野の冒険者たちが騒ぎ始めた。
「いや、待てよ、俺、勇者パーティの奴に聞いたぞ、こいつ、冥界の力を使うって」
「冥界ってなんだよ、それは、本当に人間なのか」
「奴は大聖教の教えを冒涜するものだ、冥界の穢れに侵されている」
余計なことを吹き込まれたものだ。あいつら本当にロクなことしないな。
時間がないのになんとも面倒くさいことを言い出すものだ。外野は黙っていろと言いたい。
言い返すのも時間の無駄だったので、俺は外野を完全に無視したうえでミアに手を差し伸べた。
「地獄の門を潜る覚悟はあるか。覚悟があるならこの手を取れ」
彼女は少しだけ躊躇ったようだが、やがて意を決したように俺の手を握り返した。
「信じるよ。あんたのこと・・・・えっと」
「ヴェイルだ。俺のことはヴェイルと呼べ」
「ありがとう、ヴェイル、私はミアよ」
俺はミアの手を力強く握ると起き上がらせた。そして背後で話を聞いていたミアのパーティメンバーに問いかける。
「お前らはどうだ、俺を信じられるか」
「…お前を頼るしかないようだ、頼む、力を貸してくれ」
「どうかお願いします、レイナを、大切な友人を助けるために手を貸してください」
「いい返答だ、お前らなら大丈夫そうだな」
全員の返答を聞けたことを確認した俺は【裏界門】のスキルを使用して裏世界の扉を開けた。周囲が一瞬にして灰色に変わる。
次の瞬間——
俺たちは灰色の裏世界へと沈んでいった。
■
静寂に包まれた灰色の世界。先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返り、不気味なほどの静寂に包まれた世界に3人は立ち尽くしていた。驚くのは無理もない。
空間の異常性を示す一番の理由が目の前にあるからだ。
それは宙に浮かんだ雨粒だ。まるで時間が停止しているかのように振り出していた雨の一粒一粒が宙に浮いたまま止まっていた。
「何、これ、どういうこと」
戸惑いながらミアが雨粒の一粒に触れると停止していたのが嘘のように動き出し、掌に雫となって流れ落ちた。その光景を見ていたプリーストの女も全身鎧の男も言葉を失っていた。
「見ての通りだ。この空間は時間の流れが停止している」
「これって、あんたの仕業なの」
「俺の仕業というより、この空間がそういうものなのだと理解してくれ。俺のスキルでお前らを世界の裏側に引き入れたんだ」
「こんなことができる冒険者など聞いたことがない。何者なのだ、お前は」
「ちょっと変わったことができる荷物持ちさ」
「こんな奇跡は神の所業です、貴方はまさか神の使徒ですか」
「そんな御大層なものじゃねえよ、たまたま変なスキルを持って生まれただけだ。口の悪い連中はここが冥界だっていうけどな」
「確かに大聖教の経典には色のない世界は冥界だと言われています。でも冥界であるならば穢れが辺りに渦巻いているはずです。ここには穢れが全くないですよ」
「俺には穢れとやらはわからんが、聖職者さまが言うならそうなのだろうな」
なんだか変に視線が集中している気がする。興味と恐れを含んだ視線が気まずくなって俺は視線を逸らした。何だ、こいつらの視線は。悪意を感じられないぞ。
これまでに人をこの裏の世界に連れてきたことは数えるほどしかないが、俺の力を知って敵意以外の視線を向けられたのは初めてな気がする。
「この時間が停止した空間の入り口と出口を潜っていけばお仲間のところまで表の時間の経過なしで連れていける」
「待て、ちょっと待ってくれ、理解が追い付いていないんだ、裏とか表とかどういう理屈なんだ」
「いいから理解しろ、俺も説明は苦手なんだよ、えーと、重戦士のあんたはガルドっていうんだな、そっちのプリーストはプリメラか」
「さらに待て、俺はまだ名乗ってないはずだが」
「ああ、悪い、裏世界に入った奴の名前はなんとなくわかるんだ」
正確には名前と現在の体力や魔力が書かれたステータスバーが表示されている。どういう仕組みかと言われると俺にも説明が難しい。そういうものだというしかない。
名前と職業を正確に言い当てられたガルドとプリメラはキツネにつままれたような顔をしていた。
しかし、こうしてステータスを見てみるとこいつら本当に瀕死だな。魔法職二人に関しては魔力切れを起こしかけているじゃねえか。放っておくと死ぬぞ。
「とりあえず傷の手当てをする。お前ら、これで回復しろ」
そういって俺はインベントリに収納されていた各種のポーションをぞろぞろと取り出した。
「これが傷に効くやつ、こいつは打ち身に効くやつ、こいつは火傷に効くやつ、こいつは魔力を自然回復させるのを助ける効果を持った奴だ。マジックポーションと違って副作用とかはないやつだから安心して使え。足りなかったら追加を出すから遠慮なく言えよ」
両手に抱えきれない量のポーションを渡してやるとツッコみに我慢しきれなくなったミアが悲鳴をあげた。
「待って、待って、ちょっと待って!」
「なんだよ」
「なんだ、じゃないわよ、あんた、このアイテムをどこから取り出したの」
「どこってインベントリだよ、知っているだろ、収納ボックスくらい」
「私の知っている収納ボックスは空中からアイテムが出てきたりしないのよ」
言いたいことは分かる。普通のアイテムボックス持ちは収納口に手を突っ込んでアイテムを取り出すからな。
だが、俺は裏世界にいる間はそんなことをする必要すらない。
インベントリのアイテムリストを頭に浮かべて、それを取り出すと命じれば即座にその場にアイテムが現れるのだ。
「この空間は俺の収納ボックスにもなっている。だから俺の意思で自由にアイテムの出し入れをすることができるんだ」
「あんた、どこまで規格外なのよ」
「人をバケモノみたいに言うな」
「やっぱり神様…」
「神様でもないから手を合わせて拝むな」
「お前の力は…」
「いいから黙ってポーション飲んでいろ、余計な説明させんな」
ツッコミが渋滞するような発言を一気に繰り出すな、お前ら。いちいち疲れるな。
俺からのリアクションが期待できなくなったことが分かった三人は大人しくポーションを使い始めた。
俺はそれを見ながらその場に座り込むとインベントリからマグカップと熱々のコーヒーが入った金属製のドリップポットを取り出して注ぎ始めた。
どこから取り出したの、というか、なんで湯気が出ているの、いや、もはや言うまいという視線を受け流しながらコーヒーを口にした。
実にうまい。
「さて、傷を癒したら裏世界の中で半日ほど休息を取るからな」
「は?何を悠長なことを言っているのよ、こうしている間にもお姉ちゃんが」
「この空間は時間が止まっているっていっただろ。だったら準備万端の状態で救助に行くべきだ」
魔力切れを起こしている魔法職の二人が戦闘に参加しても役に立つどころか足手まといになるはずだ。
魔力は時間経過すれば回復していくのだから、ここで回復させておいたほうがいい。
急激に魔力を回復させるマジックポーションは使いすぎると中毒症状になるからな。
何かが引っかかっていたのかガルドが質問してきた。
「この空間のことはよく分からないんだが、あまり長時間はいないほうがいいんじゃないのか」
「あん?どういうことだ」
「これだけ桁外れの力だ、何かリスクがあるのではないのかと俺は考えている。例えば長時間使えばこの世界から出られなくなるとか」
「どうだろうな、今まで最長で一か月くらい異世界で過ごしたことがあるが、特に不具合はなかったぜ」
「い、一か月もいたのか、こんな異常な環境で」
「なにそれ、怖い」
「おい、そんなに怯えるな、俺がおかしいみたいじゃないか」
おい、座ったまま後ずさって距離をとるな。
器用なことをする連中だな。そんなおかしなことをしてないぞ。
俺は自己弁護をするために弁解を始めた。
「確かに色のない世界だし、不気味なくらいに静かだけど暮らしてみればそんなに悪くはないぞ。冒険者やっているといろいろと便利な機能がたくさんあるし。なによりもだれとも会いたくないときとかめちゃくちゃ落ち着けるし、安眠できるし」
言えば言うほど後ずさるのやめてくれ。なんだか凄く気の毒なものを見る目で見られている気がする。気まずくなった俺は話を変えることにした。
「とりあえずだ、お前らのリーダーが置かれている状況を説明するぜ。えーと、じゃあマップとか座標とか見えるようにするか」
俺が頭の中にイメージするとその場に皆が目視できる立体映像が現れた。そこには迷宮内の各階層と構造とモンスターの配置が表示されていた。
「これが現在の迷宮内だ」
「見たこともない術式なのですが、どういう魔法なんですか、これは」
「説明できないからそういうものだと理解しろ」
「もはやなんでもありね、あんた」
「話をつづけるぞ、で、俺たちはこれから徒歩で行軍を続け、この地下18階を目指す」
地下18階を表示すると洞窟の一番奥のほうに大量のモンスターに囲まれた人間を示すアイコンが表示された。このアイコンがミア達の姉なのだろう。
ステータスを見る限り、HPは危険域ではある。死んでいるわけではないが、この数のモンスターに襲われたら時間の問題だろう。
「ステータス表示を見る限りでは今から行けば十分に助けられる」
「お姉ちゃん、よかった」
「だが、激戦になるのは間違いない。ミア、お前は魔法使いだから広域の攻撃ができるはずだ。頼りにしているぜ。だから回復をしっかりしておけよ」
「わかった、まかせなさいよ」
俺の言葉に火が付いたのかミアは一瞬だけ躊躇った後にポーションをぐびぐび飲み始めた。結構苦いはずなんだが、よくやるぜ。
それはそうと少し冷えるな。
そう思った俺はインベントリから火のついた焚き火を取り出すと暖を取り始めた。
それを見ていたミアが先ほどよりもギョッとなった。びっくりしたせいで飲んでいたポーションが器官に入ったのか盛大にむせ始めた。
「ちょ、ちょっと、げほ、それ待って、それは流石にスルーできない」
「なんだよ、インベントリから焚き火を出したのがそんなに変か。そんなの誰でもやっているだろう」
「誰にもできないから言っているのよ、非常識なことやっていて当たり前の顔をしないで」
「そんな非常識かな」
「あの、ヴェイルさん、普通は火を収納ボックスに入れると消えるものなんです」
「プリメラの言う通りよ、入れた炎がそのまま出てくるってことは攻撃魔法だって同じように仕舞えるってことじゃないの」
「おい、ミア、それってとんでもない話じゃないか」
うん?何か今物凄く重要なことを言われた気がするぞ。
え、それってあれか。攻撃魔法を仕舞いこんで自由に放てるということか。
俺がインベントリを使えるのはあくまで裏世界の中だけに限定できるが、戦う相手をこの空間の中におびき出せれば無双できるってことにならないか。
できないかと言われるとたぶんできるぞ、それ。
「あれ、俺って結構すごい?」
「すごいわよ、すごいんだけど」
「何でお前、そんな凄いことできることを気付いていなかったんだ」
「いや、俺、基本的にソロだし…協力してくれる仲間とかいなかったし、できた仲間も俺のことを穢れだ、なんだと言って話聞いてくれなかったし」
「あ…なんかすまん」
謝られても反応に困るからやめてくれ。しかしながら面白いことが分かったな。
18階層に行く前に実験しておくか。そう思った俺は奴らが回復するのを待って準備をすることにした。
■
地下18階層。
崩れた岩壁の隙間に追い詰められたレイナは、血に濡れた剣を杖代わりにしながら迫りくるドラゴンの影を睨みつけていた。
彼女たちの周囲にはすでに息絶えた無数のモンスターの死骸があった。その剣でレイナはモンスターの猛襲に抗い続けたのだ。
だが、息は荒く、魔力も体力もすでに限界だった。
仲間を逃がすために時間を稼いだが、もう足が動かない。
「……ミア……プリメラ……ガルド……無事で……」
ドラゴンが喉奥で炎を溜める音が響く。熱が空気を歪ませ、岩壁が赤く染まる。そして全てを焼き尽くすブレス、蒼い炎が放たれた。
——ここまでか。
そう思った瞬間だった。世界が、灰色に沈んだ。色が消え、音が消え、熱すら消えた。
ドラゴンが放った炎がレイナの前に現れた空間の歪みに吸い込まれていく。
レイナは何が起きたのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くす。
「……え……?」
その静寂の中、灰色の空間でレイナの眼前に一人の青年が立っていた。
まるで急にその場に現れたかのようだった。彼はレイナを守るようにドラゴンに立ち塞がり、不敵な瞳で敵を睨みつけている。
レイナはその男を見たことがあった。異界渡りのヴェイル。
A級の冒険者だ。
「引き離すのが面倒だったからドラゴンがいる周囲の空間ごと異界に引き込んだが、うまくいったみたいだな」
灰色の世界を背に、彼はいつもの軽い調子で笑っていた。呆気に取られてレイナが呆然とヴェイルを見つめていると何者かに抱き着かれた。
「お姉ちゃん!!」
それは二度と会えないと思っていた妹、ミアだった。無事な妹の姿を見てレイナの目に涙が滲みだす。そんな姉に感極まったのかミアは一層強く姉を抱きしめた。
「お姉ちゃん、よかった、生きてた、お姉ちゃんが生きてたよ、ふえ~~ん…」
泣きじゃくる妹の頭を撫でてあやしながら、レイナは迂闊にも泣きそうになった。
「どうして来たのよ、まったく、あなたはいつも人の言うことを聞かないんだから」
「ぐす…聞けるわけないじゃん、たった一人のお姉ちゃんなんだから」
後方に控えていたプリメラとガルドもレイナのもとに駆け寄ってくる。ガルドはドラゴンの攻撃がレイナの方に来るのを警戒し、皆を守るように前に立つと大盾を構えた。
「無事でなによりだ、レイナ!守りは俺に任せろ!」
「レイナ、無事でよかったです……!すぐに回復魔法をかけますね」
仲間たちが来てくれたことに安堵し、思わずレイナの瞳から涙がこぼれた。
「……みんな、どうして……ここに……?」
「迎えに来たに決まってるだろ。仲間を置いて逃げるなんて、俺の性分ではないんだ」
「でも、どうやってここに」
「あいつよ、ヴェイル、あいつのおかげ。規格外すぎるわよ、あいつ」
突然現れた冒険者に警戒を増したドラゴンの咆哮が木霊する。
だが、もう恐れる必要はない。
ヴェイルが一歩前に出た。
「さあ、やろうぜ——ここからは俺の仕事だ」
灰色の残滓が彼の足元で揺らめき、まるで“異界の王”が降臨したかのように見えた。
「まずは返すぜ、お前の炎だ!」
ヴェイルが宣言した瞬間、空間の歪みからドラゴンに向かって凄まじい熱量の蒼い炎が放たれる。
それは先ほどドラゴンが放ったブレスだった。
突然の炎に焼かれ、ドラゴンが苦しみと怒りの咆哮をあげる。
「どういうこと、なんでドラゴンの炎を跳ね返しているの」
「あ、あれね、ちょっと信じにくい話なんだけど、あいつはドラゴンの炎をインベントリに収納したの」
「はあっ!?収納、どういうことなの、敵の攻撃を収納するなんてアイテムボックスのスキルでもできないわよ」
「レイナ、落ち着け、これが彼の【裏界門】スキルなんだ」
「でたらめすぎる、というか、この灰色の世界は何なの」
レイナは周囲を見渡して眉をひそめた。これも彼が起こしたスキルの影響だというのか、こんな広範囲に影響を与えるスキルなど聞いたことがない。
「ここはあいつが使っている裏世界、この中でのあいつは規格外なの」
「規格外って」
「多分ここからもっと驚くと思います」
ドラゴンが怒り狂ったように咆哮し、蒼い炎をまとった爪を振り上げる。
だがヴェイルは一歩も引かず、ミアのほうを振り返った。
「ミア、さっき見せてくれた魔法って全種類だよな」
「え? う、うん……確かに戦力の確認のためだって言われて撃ったけど……まさか……!」
ヴェイルはニヤリと笑った。
「ああ、全部、預かってる」
その瞬間、ヴェイルの背後の灰色空間が“ざわり”と揺れた。
——裏界門の空間が捻じ曲がっていく。
灰色の裂け目から、ミアが撃った魔法の光弾が次々と飛び出してくる。
火球。
雷槍。
氷刃。
爆裂の光。
風の刃。
重力弾。
炎の柱。
雷の奔流。
ミアが休憩中に撃ちまくった全魔法が、インベントリから連射されるように一斉にドラゴンへ襲いかかる。
「おほー、すげえ威力だ、ミア、お前の魔法はえげつねえな」
「ちょ、ちょっと待って!?なんで私の魔法が勝手に出てくるのよ!!」
「預かったって言っただろ。さっき撃ってたお前の魔法、全部“保存”してあるんだよ」
魔法による爆風や衝撃が飛び交う中でもヴェイルは涼しい風の中で攻撃を続けていく。激しい風に髪の毛とスカ―トが巻き上がりかけて慌ててそれを押さえながらミナが叫んだ。
「練習で何回も撃てっていうから変だと思ってたけど!!でもこんな量の魔法を保存できるなんて」
「俺と裏世界ならできるんだよ。ほら、まだまだ行くぞ」
ヴェイルが指を鳴らすと、灰色の裂け目からさらに魔法が溢れ出す。
まるで魔法の弾幕。
ドラゴンは咆哮し、炎を吐き、翼で風を巻き起こそうとするが——
その動きを封じるかのように収納から取り出される魔法の弾幕は途切れない。
「な、なんなの……これ……」
レイナが呆然と呟く。圧倒的すぎる光景だった。妹の魔法はこれまでの冒険でも目にしたことは何度もある。その威力の凄まじさも理解している。
だが、それら全てが同時に一匹の敵を襲う光景など見たことがない。
たとえドラゴンが鋼鉄のごとき強靭な鱗で守られていてもただでは済まないことだけは理解できた。
プリメラは震える声で言った。
「……魔法の並列起動による“連射”……?そんなこと、高位の魔術師でも行うことはできないはずです!」
「ヴェイル、お前は本当に何者なんだ……!」
ガルドは剣を握りしめながら顔を紅潮させて叫んだ。それは畏怖ではなく、ある種の憧憬や熱狂に近い感情であることにガルド自身は気づいていない。
そんな仲間たちの反応にヴェイルは肩をすくめて言った。
「俺はただの荷物持ちだ」
どこの世界にドラゴンを瀕死の状態にできる荷物持ちがいるというのか。
「だがな、信じてくれる仲間の協力があれば、竜をも殺せる力を引き出せるらしい」
普段ひねくれて本音を話そうとしないヴェイルにとって、それは貴重な心の底から出た言葉であった。
その言葉の示すとおり、すでに竜の皮膚は焼けただれ、切り裂かれ、自慢の羽根は無残にも打ち抜かれて穴が開いていた。
普通のモンスターならとうの昔に絶命しているだろう。
だが、強靭な竜種の生命力ゆえにまだ倒れることはなかった。最期に何をしでかすか分からない。畳みかける必要がある。
油断など微塵もない視線を向けながらヴェイルは振り返った。
「ミア、見せ場をやるぜ、最後の一発、派手に締めてくれ」
ミアは涙を拭い、杖を構えた。一度は心が折れた相手にリベンジできる機会をくれたヴェイルに対し、彼女は心の中で感謝の気持ちを伝えながら叫んだ。
「……任せなさい!!特大の一発をお見舞いしてやるわ!」
ミアの周囲から膨大な魔力の奔流が放たれる。それは大気を放電させながら強大な雷へと変っていき、巨槍を思わせる強大な雷の塊となった。
そしてドラゴン目掛けて光の速さで一直線に飛翔していく。
閃光。
そして続く轟音。
光の槍が一直線に貫いた後のドラゴンの胸には大きな穴がぽっかりと開いていた。
竜は自分に何が起きたのか理解できない様子だった。だが、核を潰されたことで生命活動が強制的に停止し、瞳から光が失われて崩れ落ちた。
地響きのような轟音が響き渡って竜が横たわった後、辺りに不気味なくらいの静寂が戻った。
■
ドラゴンが崩れ落ち、灰色の世界がゆっくりと色を取り戻していく。
レイナは震える膝を押さえながらヴェイルの背中を見つめていた。
「……信じられない……」
ヴェイルの姿は彼女が幼き日に見た英雄の背中にダブって見えた。無意識なのかレイナの頬は紅潮していた。心臓の音がドクンドクンと鳴っている。
普段、冷静沈着な姉がそんな顔をするのを見たことがなかったミアが心配そうにのぞき込む。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
妹に心配そうに声をかけられ、レイナは慌ててリーダーとしての冷静さを取り戻した。幾分かの心の乱れはあったが、いつものように冷静に戦場分析を行ない始めた。そして頭の中を整理した後に仲間たちに話しかけた。
「ミア、プリメラ、ガルド……聞いて」
三人が息を呑む。レイナは、戦士としての本能で今起きたことを整理し始めた。
「まず……あのドラゴン。私たち四人が全力で挑んでも勝てなかった相手よ。でも彼は——」
ブレスを“消した”。そのまま“保存”して撃ち返した。そしてミアの魔法を収納から取り出して連射して、パーティ全員分の火力を出した。しかも、全部を一人でやってのけた。
「彼の能力は戦略級よ、たった一人で戦争を左右できる力を持っているわ」
説明を聞き終えたミアはぽかんと口を開けていた。戦闘についてシビアな姉の口からこれほど手放しの賞賛の評価を聞くことは今までなかったからだ。
「……言われてみれば、やってることおかしいわね」
プリメラも震えた声で続ける。
「魔法の保存……魔法の連射……そんなの、神話の中の神々の所業です……」
レイナはゆっくりと立ち上がり、ヴェイルの背中を見つめた。
何をしているかというと倒れたドラゴンが本当に死んだのか気になったのか、眼球の瞳孔が開いているか確認しているようだった。
あろうことか「こいつ、裏世界のインベントリに入れられるかな」とかとんでもないことを呟いている。
「……あの人は、きっとただの冒険者じゃない」
ガルドが息を呑む。だが、否定はしなかった。彼自身がヴェイルの行なった英雄的な行動を認め、彼の強さに心酔したのだ。
「じゃあ、あいつは何者なのだ」
レイナは首を振る。
「わからない。でも一つだけ確信できることがある」
三人が固唾を飲んで聞き入る。レイナは静かに、しかし力強く言った。
「あの人はいつか大きな何かを成し遂げる人よ。あの人についていけば今までに見たことがない場所に一緒に行ける、そんな気がするの」
ミアが目を丸くする。常に現実主義の姉がそんな夢みたいなことを言うところも見たことがなかったからだ。
「今まで見たことのない場所……?」
レイナは微笑んだ。自分はこんな確証が持てないことを話す人間だったかと彼女自身が思ってしまっていたが、ヴェイルの存在は彼女が持つ幻想譚に近いものに思えた。
それは幼き日に夢見た英雄の物語、彼はそこに誘ってくれる、そんな不思議な確信があった。
「迷宮の奥でも、世界の果てでもない。もっと……ずっと深いところ。“世界の真実”に触れる場所よ」
プリメラが息を呑む。神職につくプリメラにとって世界の真実に触れることは教義の深奥に触れることにもなる。それは大聖教の教えに背くことでもない。彼女たちの神は探求に対して寛容なのだ。
「……まさか、彼についていけば創世神話で色を失った冥界の真実にも近づけるということですか」
レイナは首を横に振る。そうではないと思ったからだ。
「あの世界は冥界なんかじゃないと思う。きっと“もっと古い何か”よ」
そして最後に、ヴェイルの背中を見つめながら呟く。
「あの人はきっと世界の裏側に触れている。そんな気がする。これからもっととんでもないことに巻き込まれると思う。私はそれを助けたいと思った」
「命の恩人だもんね、あたしもついてくよ」
ミア自身、ヴェイルのとんでもなさに振り回されてばかりだが、悪い気はしなかった。
それにドラゴンと戦っていた時のあいつはちょっと格好良かった、内心で彼女はそう思った。
一緒に冒険してもいいかな、そう思い始めている中に淡い思いが生まれつつあることに彼女は気づかない。
「いいじゃん。世界の真実を追う浪漫とか、お姉ちゃん、本当はそういうの好きなんでしょ?」
そう言われてレイナも笑っていた。いつものパーティを率いる時のような作られた仮面を外したような、年相応の少女が見せる屈託のない笑顔で彼女はこう答えた。
「ええ。——悪くないわね」
こうしてヴェイルに信頼できる仲間が加わり、世界の真実を追う大冒険が始まることになるのだが、それはまた別の機会に語られる。
かくて、物語は幕を開ける。
面白かったという方はぜひ★★★★★を頂けると今後の励みになります。
評価が高ければ物語をさらにブラッシュアップし、連載版につなげていきたいと考えております。
どうぞよろしくお願いします。




