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とりあえずダンジョン完成

「ふふん、どうっスか旦那サマ。いい感じっすよね?」


 努めて明るく、内心など悟らせぬように旦那サマに変化したダンジョンの出来上がりを見せる。


 気温や湿度等の細かな設定に至るまで変更可能なダンジョンの変更機能によってその姿を大きく変えたダンジョンは、旦那サマにとって最適な環境だ。


 高温多湿で、若干の視界不良すら引き起こすじめり、としたダンジョン。

 加えて、人間の子供が辛うじて出入り出来るほどの狭い横穴や天井の穴……これも旦那サマが自由に出入りし、奇襲を仕掛ける為の物だ。


 旦那サマの体表や体色と同じく暗く、黒く岩ではなくどこか有機物めいた壁面は旦那サマの存在を上手く隠してくれるだろう。


「まぁ実際に試して貰わないとッスけど、とりあえずはいいと思うっす」


 旦那サマのすぐ側、触れる程の距離にまでわざと近づいて成果を発表するようにホログラムに映ったダンジョンの全体図を見せる。


 入り口から曲がりくねり、上へ下へと移動を強制させられ、時には這いずらないと進めぬ場所もある、直接戦闘する想定をあまりしていないダンジョン。


 それが、私と旦那サマが作ったダンジョンだ。


 戦闘をしてくれる存在が旦那サマしかいない以上、あまり無茶をしたり、正面きっての戦闘をして欲しくないという私の思いと、どちらかと言えば闇討ちや隠密に長けた種族である……らしい旦那サマの要望をふんだんに取り入れた形になる。


「さて……出来たっすけど……。そもそも私ら誰と戦うんすかね?」


 ダンジョンマスターをやれ。以外の細かな事を一切言われていない。


 そもそもダンジョンマスターって?

 人類と敵対しているの?

 目的は?

 他にもダンジョンマスターっているの?


「全て謎っすよねぇ……」


 私の独り言に首を振って否定、あるいは不明と意思表示してくれた旦那サマに相槌を打つ。


「……」


 そして、それっきり会話が続かなくなってしまった。

 いや、人語を解しても話せるわけではない旦那サマだから続くはずもないのだが……そうではなくて気まずい沈黙の類が、という意味でだが。


 旦那サマはダンジョンマスターたる私の配下であり交配相手だ。

 それはもはや疑いようも、そして否定しようもない。


 だがそれと旦那サマを心から受け入れるかは別の問題なのだ。


 男から女へと性別が変わったというだけでも内心を整理するに十分以上の時間を要する案件だというのに、未だ心を整えきっていない内から交尾相手を充てがわれる。

 理性や合理の面、そして私に備わっているらしいスキルから受け入れるしか無いとはわかっている。


 だがやはり私は人間だ。

 感情の面でそれを受け入れる事が出来ていない。

 ましてや異形の、化け物が交尾相手なのだ。


 ただの人である私の心が旦那サマを受け入れるのはかなり先になるだろう。


 だが、彼が悪いという訳ではない。


 この短い間だが旦那サマは何も悪い事などしていない。

 私を気遣う素振りを見せ、人語を話せぬなりに必死に私にボディランゲージで会話を試みようとする等、魔物でありながらその有り様は人間らしさというヤツを覗かせている。


 ダンジョンの制作にしたって、旦那サマは自分の特性や特徴、どういった戦い方をするのかを必死に伝えてくれていた。


「単純に私の器がちっさいって話っすよねぇ……」


 そこまでしてくれているのに、旦那サマが人ではない魔物であるというだけで心を許せない私が悪いのだ。


 旦那サマに聞かれないように、ゆっくりと小さく溜息をつく。


 気持ちを切り替え、考え方を変える。


 不信や不和、それらの原因は大抵が知らぬ、という所から来る。

 分からぬから怖がる、遠ざける。

 知らぬから決めつける、誤解する。

 理解せぬから警戒する、敵対する。


 今の私はまさにそれだ。

 旦那サマの事を知らないから怖がっている。


 彼ともっと積極的にコミュニケーションを取ろう。

 そうすればもっと仲良くなれるはずだ。


「ねぇ旦那サマ……」


 ちょいちょい、と旦那サマに話し掛けようと彼の左手を取ろうとして、その手を逆に掴まれてしまう。


 自分でも笑ってしまうほどに肩が跳ね、旦那サマを見つめる。


「だ、旦那サマ……?なん、すか……?」


 何か彼の機嫌を損ねる事をしてしまっただろうか?


 恐る恐る旦那サマをじっと観察していると、彼も私が驚き、怖がっているのに気付いたのか頭を下げて謝罪するような仕草を取る。


 そしてなにやら必死にこちらに伝えようとしている。

 これは……


「えっと、さっきのホログラム……っすか?」


 おそらくはダンジョンの全体図を確認したいのだろう、とあたりを付けてステータスやダンジョンの全体図等が見れるホログラムを彼にも見えるように出す。


「うん……?なんすか、これ」


 旦那サマと共にのぞき込んだそのホログラムには、ゲームなんかではよく見るし知っている、通知やアプデ告知などのお知らせを告げるようなベルのマークが画面端に出ていた。


 タップして見れば「侵入者あり。迎撃用意」とだけ簡素な文字が表示される。


「あ……さっきのはこれを伝えようとしてくれたんスすね?それなのに、ごめんなさいっす」


 恐らくは人間とは違い感覚機能に優れているのだろうか、ダンジョンへの侵入者を先程感知し、それを私に伝えようとしてくれていたのだろう。


 なんか知らん奴来てる、とりあえず伝えとこ。くらいの感覚で私に触れたら、私がそれに過剰に反応してびっくりした、と……。


 あぁ、もう。なんて私は馬鹿なんだ。


 一瞬でも旦那サマが何か怒っているのではと疑った自分が恥ずかしい。

 旦那サマはただ私に伝えるべき事があって私を呼ぼうとしていただけというのに……。


 自省している私の思考を遮るように旦那サマの人のそれよりも遥かに長く、しなやかで鋭い指先がダンジョンの入り口あたりを指差す。


「ん、見ろって事っすよね?……んー、この赤い点々が侵入者ってコトっすか」


 ダンジョンのマップには赤色の点が三つ、入り口付近でうろちょろとしていた。


 私達がいる最深部までは遥かに遠いが、確かに侵入者だ。

 私がどうすべきか迷うよりも先に、旦那サマの顔がこちらを向く。


 そして手のひらをじっと見て、少し悩む素振りを見せ……不器用に親指だけをグッと立てて私の側から離れていく。


「あっ、ちょっと!……行っちゃったっす」


 私が止める暇も無く旦那サマはダンジョンの入り口へとその細い身体を暗い横穴に滑り込ませて消えていってしまった。

 あの親指はたぶん任せろ、という意味……だと思う。


「にしたってもう少し私に確認というか、してくれたっていいじゃないスか」


 勝手に自分で決めて解決に向かっていってしまった彼にそう愚痴るも、私一人の為当然返事の類も無い。


 こうなってしまっては非力で戦力にすらならない私はただ待つしかない。

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