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始まり

「ッスゥー……まじっすか。コレ」


 眼前に映し出された透明な板……SF映画等ではよく見るホログラムという表現が一番近しいソレには、自分、いや私のいわゆるステータスが表示されていた。


 名前、年齢……そこら辺はまぁいい。見慣れた私の個人情報が記載されているだけだ。

 問題があるなら性別、そして異世界転生モノ特有のスキルとかその他諸々……。


「じょー……だん冗談じゃないっスよぉ……。性別変更の必要性あったんスか?……いや、あるんか」


 身長は男の時とさして変わらなかったのが唯一の幸いか。

 それ以外は全て不幸だ。


 そして視線を少し下へ、ホログラムの下部に写ったスキル欄を見れば何故女性にさせられたか嫌でも分かる。


 痛みに対する耐性


 完璧且つ最適な母胎


 強力な自己再生能力


 ……この文字列を見ただけでこの世界でダンジョンマスターに何を求められるか分かってしまう。


「マジにただの孕み袋じゃん私……」


 いやまあどんな生き物でも生殖して数を増やすのは当然の話で、小説みたいに食事や排泄、交尾の生き物としての当たり前のサイクルが無いよりはリアルで説得力あるけどさぁ……。


 だからってダンジョンマスターに情婦の真似事させるかね普通?


 溜息と共に女性にあるまじき蹲踞……いわゆるヤンキー座りをしてしまう。


「いや、よくある転生もダンジョンマスターになるのもいいんスよ。どうせあっち地球じゃ死ぬ寸前したから……でもこれはどうなんすかぁ」


 なんて事は無い昨今の小説じゃよく見る転生を実際に経験した私だが、これはちょっと抗議の声を一つだけ上げたくなる。


 そんな落ち込んで座り込んでいる私を慰めるように、黒くうっすらとぬめりを帯びた頭が視界に映り込んでくる。


「ん……あー……ありがとね。旦那サマ」


 神による依頼、ダンジョンマスターとまぁ俗っぽい言い方をすればなってしまう職業になるにあたり、相手がいなければ増やすも何も無いと判断されて送られたのか、一匹の魔物が転移した私の側にはいた。

 

 言い方を考えなければ、交尾相手だ。


 穴があっても棒が無ければそもそも交尾は出来ない。

 下品で夢の欠片もない話だが、これはどうしようもない事実だ。


 彼は瞳も、鼻もないそのつるり、とした丸い頭をこちらに近づけて甘えるようにすりすり、とこちらに擦りつけてくる。


 一本線を引いたかのように綺麗に閉じられた口は私の錯覚で無ければ笑っているように見え、私に懐いている……のだと思う。


 ぶっちゃけそうでなくては困る。


 こんな何もないよく分からない洞穴にいる身としては、それが例えどんな異形であっても縋りたくなる。

 異世界転移してまず最初にステータスと性別を確認した私は、恥も外聞も無くこの異形の化け物を旦那サマと呼んだ。


 打算十割の擦り寄りに、この化け物……旦那サマは気付いていないようだった。

 ただ私の発言を聞いて、喜び、そして私が落ち込んだ仕草をすればこうしてどうしたの?と言わんばかりに心配そうに近くに来る。


「ま、なるようにしかならないっスよね。大丈夫ッスよ、旦那サマ」


 内心を悟られないように、手が異形の化け物たる旦那サマへの恐怖に震えないように必死になりながら、ぬめりを帯びた旦那サマの頭部を撫でる。


 上がらぬ気分を無理矢理に上げ、私のステータスやら何やらが書かれたホログラムを見る。


 ダンジョンマスターが何を出来るか軽く調べて分かったのは、自身の領域……この場合はこのじめっとした何もない洞窟、これを自由に作り変えれるという事。

 そして侵入者のダンジョン内での活動や死亡によってポイントの様な物が貰え、それを使って様々な便利なアイテムの類が購入可能だという事。


 ここまではテンプレ通りでご都合主義……リアルでこういう状況になったら全肯定して飛びつくありがたい仕様……問題は魔物関連だ。


「まさか魔物召喚的なテンプレだけ無いなんて……思ってなかったスねぇ。まぁだからこその痛み耐性と最適な母胎のスキルなんっスけど」


 そこだけ綺麗にテンプレから外れてしまっているのだ。

 魔物を召喚して、罠を作って……ダンジョンを自由に作り変えて……そんなテンプレ通りのダンジョンが出来ない。


 いや、魔物召喚以外はテンプレ通り出来るのだが……。

 代替案が酷すぎるだけで。


「ま、そこはしょうがないッスね。痛みに対して耐性があるならそんなに酷い事にはならないはずッス。それに最適な母胎のスキルがあるから……後は私の心をの問題ッスね」


 楽観的、且つ元が男だから実感が無いのも手伝ってまだ気楽でいられる。


 本番になったらそうも言ってらんないスけどね。


「そんな事よりダンジョンの構造ッスよ。ほら、旦那サマこっちこっち」


 どうやら私の言葉が明確に分かる旦那サマは、その細く、しなやかな身体をするりと動かして私の側に立つ。

 足音の類がほとんどなく、まさにするり、あるいはぬるりと私の横に立った彼は洞窟……ダンジョン内のマップへと画面を切り替えたホログラムを見る。


「私は残念ながら戦えないんス。ですから、旦那サマに戦って貰わなきゃで……」


 とそこまで言って旦那サマの様子を観察する。


 もしこの愛さなきゃいけない化け物たる旦那サマがここで拒絶したら、その時点で私の運命は終わる。


 私のそんな自己中心的で打算に塗れた思考など露知らず、旦那サマは任せろとばかりにしきりに頷いている。

 あんまり激しく動かれると体表を流れるように覆っている透明な粘液が飛ぶからやめて欲しいんすけど……。


 改めて見ても不思議な魔物だと望まれず出来た旦那サマを見る。

 口のみの頭部に、黒一色の体色……猫や犬のような骨格。……まぁ、大きさは猫のように可愛らしくはないのだが。


 場所や時代が違えば、ダクト、通風口等の小さな隙間に難なくするりと入り込み、音も無く獲物を殺せる暗殺者のような動きが出来る事だろう。


 そうでなくとも、旦那サマだけが入れる隙間を幾つも開ければ……


「ふふ、ありがとッス。それでですね旦那サマ?このダンジョンを旦那サマにとって有利になるように作り変えたいんスよ。だからちょっと協力して欲しいッス」


 任せろとの意気込みと共に肩に置かれた旦那サマの手に思わず身体が硬直した。

 人間のそれと同じように細長い指が……五本ではなく七本、その節くれだった指の感触は慣れ親しんだ人間のそれとはあまりにも違う。


「あ、ありがとッス……はは」


 ダンジョンマスターになれ。としか言われてないから、何故とか、目的は、とか何も分からない状況で頼れるのはこの異形しかいない以上、怯えや恐れは決して出さないようにしなければ。


 旦那にとって従順で非力、そして都合のいい穴である必要がある。

 でなければ私はこのダンジョンで生きられない。


「じゃあ、一緒にダンジョンを作っていきますか」

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