21話
「……布団から出て行って」
「えー、嫌ですよ」
「でも、蒼ちゃんに見られたら……」
「蒼先輩なら、ぐっすり寝てますよ」
光ちゃんの言う通り、蒼ちゃんは寝息をたてて寝ていた。
「スリルがあった方が楽しいですよ」
「……私は楽しくない」
バレるかもと思うと、生きた心地がしない。
「釣れないですね……えい」
光ちゃんが私を抱きしめてきた。
逃れようと抵抗するけど、離れられない。
「あんまり騒ぐと、蒼先輩起きちゃいますよ」
「っ……」
その言葉で私は抵抗をやめた。
「蒼先輩とキスできなかったので、欲求不満なんです……なので、文香先輩が代わりに私とキスしてください」
「っ……」
「あ、これは命令ですよ」
「……」
命令と言われると、私に断る選択はない。
私は目を閉じる。光ちゃんのキスを待つ。
「文香先輩からキスをするんですよ」
「え……」
私から……! キスするだけでも勇気がいるのに……!
私は光ちゃんに顔を近づける。
「は、恥ずかしいから目を瞑って」
「ふふ、仕方ないですね」
光ちゃんが目を瞑った。唇と見せかけて、おでこにキスをした。
「文香先輩」
ちょっと拗ねたような光ちゃんの声。
「……場所は指定されてないもん」
「では、唇にお願いします。もちろん、命令です」
「……」
最後の抵抗は虚しく失敗。
諦めた私は光ちゃんの唇へとキスをした。
「ふふ、緊張が伝わってくる初々しいキスですね」
「……光ちゃん、手慣れてる……女の子と付き合ったことが無い、て嘘?」
「さあ……? もっと、キスしたらわかると思いますよ」
「……いや、しない」
「ふふ、まあ文香先輩には拒否権は無いですけど」
光ちゃんはそれから何度も私にキスをした。
「ご馳走様です」
光ちゃんは満足したのか、私の布団から出て行った。
「……」
指で唇に触れる。
光ちゃんの唇の感覚が鮮明に思い出せる。たぶん、死ぬまで忘れることはできないだろう。
そして、一つわかったことがある。光ちゃんはキスに慣れている。たぶん、初めて女の子と付き合ったというのは嘘だろう。いや、男の子はあって、女の子は初めてとかも。
私は悶々としながら寝ることができずに朝を迎えた。
「……」
起き上がると、光ちゃんと蒼ちゃんはぐっすりと寝ている。
二人を起こさないように部屋を出て、洗面所で顔を洗う。
「……コーヒー、飲みたい」
やかんに水を入れて、コンロの火を点ける。
椅子に座り、ボーとコンロの火を眺めていた。
スティックタイプのコーヒーを入れて、居間のソファーに腰掛ける。
「ふぅ……」
夏なのにホットコーヒー。アイスコーヒーにすれば良かった。
コーヒーを飲んでいると居間の扉が開いた。
「……おはよう、文香」
「……おはよう、蒼ちゃん」
蒼ちゃんはボサボサの寝癖と眠たげな表情を浮かべて居間に入ってくる。
「……早起き」
「文香もな」
蒼ちゃんは身体を伸ばすと、その場で腕立てを始めた。
「うーん……文香、悪いけど上に乗ってくれ」
「うん」
私は蒼ちゃんの背中に乗るけど、蒼ちゃんはびくともしない。私を乗せたまま、腕立てを継続する。
馬鹿げた身体能力は日々の筋トレから成り立っている訳だ。
「文香、ちゃんと飯食ってくるか?」
「……どうして?」
「いや、あまりにも軽いから……」
「……食べてる……蒼ちゃんが重いだけ」
「なっ……」
「特に胸の部分が」
「……っ」
蒼ちゃんは身体を震わせていた。筋トレの限界ではなく、羞恥によるものだろう。
「どうしたら、そこまで成長するの?」
「……たくさん食べて、運動して、ちゃんと寝れば良いと思うぞ」
「……なるほど」
健康な生活には、大きなおっぱいが宿ると。
「文香、降りてくれ」
「うん」
私が降りると、蒼ちゃんは腕立てをやめて、逆立ちをした。シャツが捲れて、見事な腹筋が目に入る。
蒼ちゃんは逆立ちをしたまま、腕立てを始める。
もはや、人間業ではない。
「文香も筋トレするか?」
「……どうして?」
「いや、熱い視線を感じた」
「……見事な腹筋だと思って……」
「ふっ、ありがとう。文香も筋トレすれば見事な腹筋が手に入るぞ」
「いや、私には無理……」
「そうか……」
蒼ちゃんは筋トレを続ける。私はソファーに座ってコーヒーを飲む。
「朝ごはん、何がいい?」
「おっ、文香が作ってくれるのか?」
「うん」
「じゃあ……ハンバーグ!」
朝からハンバーグて……そもそも、作れないし。
「無理。簡単に何か作るね」
「……わかった。私はシャワー浴びてくる」
蒼ちゃんは居間を出て行った。
私は食パンをレンジに入れて、トーストを作る。ウインナーを焼き目玉焼きを作って完成。
「おはようございます」
「……おはよう」
光ちゃんも起きてきた。蒼ちゃんも戻ってきて、三人で朝ごはんを食べる。朝食を終えて、帰る時間になった。
「蒼先輩、文香先輩、ありがとうございました。また、誘ってください」
「ああ、またお泊まり会やろうな。次は……食べれる物作れるようになるから……」
「私も蒼先輩の為に、料理覚えます」
「蒼ちゃん、またね」
「ああ、またな」
私と光ちゃんは蒼ちゃんの家を出た。光ちゃんは私の隣を歩く。
「楽しいお泊まり会でしたね」
「……そう」
楽しんでもらえたなら良かったけど。
「はい、キスされる文香先輩が可愛くて……今度は二人でお泊まり会をしましょう」
「……絶対にしない」
「えー、どうしてですか?」
光ちゃんと二人でお泊まり会したら、私の身が危ない。もう唇は奪われてしまったけど。
「では、私はこっちですので」
「じゃあ」
「はい、また」




