1話
私には大切な友達がいる。
夏目蒼。私の唯一の友達で、男勝りな女の子。
いつも私のことを助けてくれて、臆病の私を大切な友達と言ってくれる。
そして、今日は蒼ちゃんの初デートだ。
いつもなら、パンツとTシャツといったラフな格好の蒼ちゃんだけど、今日はおしゃれをしていた。
白色のTシャツ、黒色のジャケット。黒のショートパンツにブーツ。
おしゃれをした蒼ちゃんの隣に並ぶのは可愛らしい女の子。
名前は光ちゃん。
ピンク色のフリルがついたブラウスに黒のミニスカート。髪はツインテールにして、リボンでまとめている。
蒼ちゃんは可愛らしい光ちゃんをチラチラと見て、手をギュッと握っては開けてを繰り返している。もしかして、手を繋ぎたいのかな?
蒼ちゃんの初心な内心を想像して、私は笑った。
蒼ちゃん達がやってきたのはアイス屋だった。
ベンチに座り、アイスを食べていると、光ちゃんがスプーンでアイスを掬い、蒼ちゃんの口元に運ぶ。
俗に言うあーんである。
蒼ちゃんは顔を赤くしながらも、受け入れていた。
「……っ」
甘酸っぱい光景に、私まで恥ずかしくなってきた。
そして、そんな初々しいデートを柱の影から盗み見るのが私である。
「はぁ……」
帽子を被り、大きめのメガネを掛けている。
服装はパーカーとロングスカートだ。
何やってんだろ……私。
嫌気が差しながらも、蒼ちゃん達の尾行を続ける。
光ちゃんが蒼ちゃんの元を離れた。もしかして、トイレ?
蒼ちゃんは壁に背中を預けたまま、スマホを取り出す。スマホを鏡代わりに、髪型を整えていた。
「……」
おしゃれなんて、全然興味がなかった蒼ちゃんが、そうしてると、自然と涙が出てくる。
立派な女の子になって……!
ちょっとした親の気分になった。
「何泣いてるんですか、文香先輩」
「っ……」
ギギギ、と壊れた機械のように振り返ると、
「っ……ひ、光ちゃん……」
蒼ちゃんの恋人が立っていた。
「あ、蒼ちゃんに見られたら……」
慌ててそう言うと、光ちゃんはため息を吐いた。
「この柱、あっちからは影になってるんで、大丈夫ですよ」
「そっか……」
「それよりも、私達のデートを盗み見た感想はどうですか?」
光ちゃんが私の顔を覗き込む。
私は視線を逸らしながら答えた。
「盗み見た、て……光ちゃんの命令……」
私はしたくて蒼ちゃんのデートを覗いていたわけではない。
ただ、目の前の蒼ちゃんの恋人に命令されて、尾行しているのだ。
「ふふ、そうですけど……で、感想を聞かせてください。これは命令です」
「……」
命令。
その言葉に私は逆らう事ができない。
「……何と言うか……胸がいっぱい……」
「え? 文香先輩、胸ないじゃないですか?」
「っ……そ、そういう意味じゃない……!」
「分かってますよ。ただの冗談です。冗談」
「……」
光ちゃんは楽しげに笑った。
「それにしても、蒼先輩は可愛いですね。あーんした時なんか、顔を真っ赤にしてました」
「……」
「今度、文香先輩にもしてあげますね。文香先輩の場合、気絶しそうですけど」
「わ、私は……いいから」
「分かりました。今します」
「え?」
光ちゃんはバックから飴を一つ取り出すと、包装紙を開けた。
「ほら、口を開けてください」
「……」
今いるのはショッピングモールの通路。土曜日だから、人通りも多い。こんな中で、あーんされたら恥ずかしくて死ねる自信がある。
「その……無理」
「無理じゃないです。命令です」
「っ……」
光ちゃんが持っている飴玉が唇に触れる。真っ直ぐと光ちゃんが私を見つめてきた。
「っ……」
抵抗を諦め、僅かに口を開けると、飴玉が口の中に入ってきた。
「上出来です。褒めてあげます」
光ちゃんが私の頭を撫でる。私の方が年上なのに、完全に逆の立場。
「じゃあ、私は戻りますね。ちゃんと尾行続けてください」
「……うん」
光ちゃんは私の元を離れていくと、蒼ちゃんと合流した。蒼ちゃんの前でわざとよろけて、蒼ちゃんが抱きしめる。
蒼ちゃんの顔が真っ赤になっていた。腕の中ではあざとい表情を浮かべる光ちゃん。
「……」
蒼ちゃん、幸せそう。
この光景を見れただけでも、私は頑張った甲斐がある。
その一方で私の胸はちくりと傷んだ。
私には蒼ちゃんに話せない秘密がある。
それは、蒼ちゃんの彼女である光ちゃんと付き合っていることだ。




