表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15

ep.6 マギアの秘密

 ガーベラが初めに感じたのは、逞しさだった。


 憎悪そのもののような赤黒い瞳に、長く艶やかなダークレッドの髪。顔立ちは良くも、その不気味な瞳で損をしているであろう幸の薄さ。それでも時折見せる力強い目つきには殺意に似た覚悟を感じさせる。


 エリスハウメア。


 自分が疑われていると知って、それでもどこか余裕を感じさせる態度。さらには自らの手で疑いを晴らすと宣言し、こちらの質問にも素直に答えてくれていた。


 なによりも、スケアバーテンの死体に無反応だったことが彼女の逞しさを象徴的に見せた。


 普通の人間なら、同じ部屋に住む学友が死ねば激しく動揺するはずだ。その心労はたった一晩眠りについたくらいで安らぐはずがない。


 学園長が安息魔法をかけていたらしいが、それも一晩のうちに解けている。


 彼女が寝ている間に確認したが、エリスには一つしか魔法がかかっていなかった。連鎖する内密の魔法。これも学園長がかけた物だろう。特定の秘密を知らない者には言えず、知っている者には同じ魔法が連鎖する。おそらくは一週間程度の効力。


 それはそれとして、精神的な魔法もかかっていないのなら、目覚めたときに同居人の死を嫌でも思い出してしまいそうなのに、寝起きの彼女は清々しいと言わんばかりの顔つきだった。


 それだけではない。寮の部屋へと戻った時もそうだ。死体がそのまま放置されていれば、目を大きく見開くなり、肩を跳ねさせるなり、何らかの反応があっていいはずなのだ。それがない。無反応そのもの。逞しいと評価するよりは、他人に興味がないと言うべきなのか。


(……他人というよりは、死体に興味がない?)


 何度かガーベラ自身について尋ねていた様子からそう推察する。それでもゴキブリには嫌悪感を示していた。単純に虫だからなのか。そう判断づけられないことに、世間とのズレを感じる。


 他人と感覚を共有できれば、あらゆる事実が判明する。相手の考えがわかり、行動の意味さえ理解できる。でも、それはできない。それをするには、まだ近すぎた。


「あの、そろそろ鞄を返してもらっていいですか?」


 鞄。客間のベッドの側に置いてあったエリスのスクールバッグ。黒の革製で、鍵付きのそれには四冊の禁書と、一冊の魔導書が入っていた。


「ああ、悪いね。この四冊は返すことはできないけど、後はどうぞ」

「ありがとうございます」


 エリスの反応をガーベラは鋭く観察する。鞄を取り返したにしては強い安堵。瞬きの回数。上がる口角。目線。鍵を撫でる右手。


(やっぱりこの魔導書も禁書庫のものかな)


 腕に抱え込んだ四冊の本。その間に隠した平らな黒い本。随分と古いもので中身は全部白紙。


 魔導書は選ばれた者にしかその文字を見せない。知らないものが見れば単なる白紙のノートにしか見えないだろう。だが見分けるのは実に簡単で、魔導書を燃やせばいい。燃えれば偽物。燃えなければ魔導書。


 だが、そんなことを学園は教えない。魔導書を手に入れるために図書室、禁書庫を燃やされてはひとたまりもない。


 エリスも当然知らないはずだ。それなのに彼女がこの魔導書を持っていた理由。


 考えられるのは一つだけ。


(エリスも魔導書に選ばれたということだろう。それも禁書。持ち出し厳禁の危険な書物。…………実に厄介だ)


 魔導書は選んだ魔導士が死ぬまでその側を離れることはない。今はガーベラの腕の中にあるが、十数メートル、寮から学園までの距離。その程度離れれば、魔導書の意思でエリスの元へと帰るだろう。当然、禁書庫にしまうことなどできるはずがない。


 禁書庫の魔導書が、ただの一年生の手元にあるということがどれほど危険なことか。


 何よりも、その魔導書についての、無視できない可能性がさらに不安を煽っていた。


 系統と呪文。学園に保管される魔導書の目録にはそれが記されている。何世代もの魔導士が受け継ぎ、魔導書の記録を積み重ねてきたのである。


 無論本の特徴だって記されている。それでも絵ではない。主観の混ざる文字が幾つもの可能性を示唆する。


 その中の一つ。禁書庫の目録に記された黒い本の情報。


『死の魔法』


 外傷もなく死を齎せられる、魔導書である可能性。


 聞いたことがない。見たことがない。だが——ないはずがない。目録に記されたのならそれは誰かが回収したことに他ならない。魔導学園ができて何百年になる。いつ収蔵された本なのかわからない。だが確かに、死の魔導書は存在するのだ。


 そして、エリスの魔導書が命を奪う死の魔法だということ。スケアバーテンの遺体を見ては、その可能性を否定できない。外傷無しで痛みすらも感じさせない安らかな死に顔。あまりにも危険な魔法の存在を。


(……しかし、この魔導書から残留魔力は検出されない)


 皆無。ただの本と同じ。それを魔導書と知らなければ、捨ててしまいたくなるほど見窄らしい古書。


 だが、エリスはこれを魔導書だと理解している。さもなくば、ただの学生鞄をあれほど愛おしそうに撫でるだろうか。


(エリスは間違いなく、魔導書を使っているはずだ。誰だって新たな力を手にすれば、使おうとしないはずがないのだから)


 それは確信に近いものだった。人の持つ本能であれば、心理学。数で表せというのなら、統計学。思い込みや偏見ではない。ほぼ間違いのない事実として学問上に立ちはだかっている。


 しかし、なら何故、残留魔力が出ないのか。


(あの時からマギアでも幾つか研究があったけれど、完全に無くす方法は見つからなかった)


 魔導書に強い魔力を纏わせれば、残留魔力は消えるが、代わりに纏わせた魔力が残る。同じ理由で魔法を用いて残留魔力を消失させる方法はない。


 自然現象が理由であるというのなら意図してその状況が作り出せなくては常用は不可。思考が続く限りの有限の道筋はどれも試してみたが答えに辿り着かなかった。


 かけた魔法の魔力さえ完璧に消せるというのなら理論上は可能だが、そんなものが果たしてあるのか。


 今は考えても出ない答えを探すべきではない。ガーベラは頭を振る。


(兎にも角にも、魔導書が『死の魔法』である可能性がわずかにでも残るのなら、エリスに返すわけにはいかない)


 だがその場合、ガーベラはエリスから離れることもできない。


 そうなれば、学園に来た本来の目的を達成することができなくなる。


「本当に……厄介な仕事だね、まったく」


 数ヶ月前、その異変は豊作という言葉を盾に現れた。この学園に入学してきた大半の生徒が数日も経たぬうちに魔導書に選ばれたのである。


 本来あり得ないことだ。マギアは即座にこの異変の調査を秘密裏に行っていた。その結果、新入生全体の四割強が、誰かに魔法をかけられていたことが判明する。異変は人為的なものだったのだ。


 術者を探すのは簡単な手順だ。魔法から魔力を分析し、その持ち主とを繋げ、追跡する。ただそれだけのこと。あっけないほどに簡単な手順。これまでも、そしてこれからも。魔法犯罪で未解決となることはない。故に犯人特定は容易に思われた。


 だが、その魔力の持ち主がいなかった。


 魔力を垂れ流す人間が行える犯行ではない。魔導書。それでもたった数日で魔力が無くなるのはおかしい。残留魔力の消失。スケアバーテンの事件と同じ現象。


 マギアでもこの話題で持ちきりだった。残留魔力を消すことが可能なのか。魔法が発展して千年あまり。魔法について知らないことはまだまだある。それを解明するためにマギアがいる。


 だが結局、消し方もわからなければ、魔力の持ち主もわからなかった。そのうち新たに魔導書を手にする生徒の数も、落ち着きを見せ始め、マギアは一度調査の手を引くこととなった。


 しかしそれから数日。


 その日を待ちわびていたかのように、さらに魔導書を持つ生徒が爆発的に増える。上級生も、果ては教員でさえも。今まで選ばれたことのないものが、大きな成長もせずに簡単に魔導書を手にできた。


 マギアは静観することができなくなった。


 もし、学園内の人間全てが魔導書を持ったなら、犯人は次にどう動くだろうか。目的は不明だが、魔導書を持つ人間を増やすというのなら、学園外、この世全ての人間が魔導書を持つかもしれない。マギアはこれを良しとしなかった。


 魔導書を持つこと。さらに上の次元の力を持つということ。


 まともな教育を受けていく学生ならばまだしも、魔法、魔術、魔導学園の生徒でもない、魔法の知識を十二分に持たない一般人が魔導書を手にできてしまう事態を重く見た。


 魔導書の扱いを一歩でも間違えれば、人は魔の手に落ちる。秩序が戦火とともに焼かれ果てる様を危険視した。


 何より、魔導書を扱えると知った人間が、魔導学園を襲わない保証がどこにもない。知識もない人間たちが、力を独占するなと学園に火を放てば、鎮火とともに無傷の魔導書が簡単に見つかってしまう。


 だがしかし、犯人の感は動物並。秘密裏に調査した所で直ぐにバレ、尻尾を掴ませない。ならば、別の大きな事件を使い、それに隠れて調査してしまえ。調査員の数も少なければ警戒されないはずだ。


 そんな結論を出して近いうちに、学園の生徒の死という畏れ待ち望んでいた事態が起こった。


 マギアは、犯人がすぐに見つかると思っていた。誤算だった。唱えられた魔法がそれほど危険なものだとは思っていなかった。見誤っていた。


 事件の犯人と付かず離れずの距離感で監視する。事件の解決は先送りにして、異変の犯人を突き止める。たったそれだけがガーベラの目的。


 それが、できない。


 近すぎる。だが、離れることもできない。今の状況はガーベラにとって好ましくないのは間違いなかった。


(今、最もスケアバーテンを殺した可能性があるのはエリスハウメア。ほぼ確定的に……。むしろ、情報がなさすぎてそれ以外に考えられないところでもあるけれど)


 彼女が唯一無罪を証明でき、あるいは、犯人であることを証明する方法は一つある。ガーベラの本を持つ力がわずかに強まる。


(魔導書の魔法さえ分かれば。だけど——)


 ガーベラは考える。魔導書の魔法を知るには、エリスに使わせるしかない。それには少なくとも部屋の広さと同じだけ離れる必要がある。おそらくは2、3メートル。多く見積もり3.5は離れるべきだろう。


 それで、もし、魔導書の魔法が『死の魔法』だったのなら。それをエリスが自覚してしまったのなら。……人の善性をどこまで信用できるだろうか。彼女がこれ以上人を殺めない保証がどこにあるというのだろうか。


 だが、だからといって捉えることも隔離することもできない。


 犯人が確定してしまったのなら、それだけでガーベラが学園にいられる理由がなくなる。


 それに、魔導書は魔導士を守る。その気になれば、十数メートルと離れることなくエリスは魔導書を手にすることができる。そうなれば、物理的に捉えるのは不可能になる。


(それどころか、さらに強力な呪文が表れたのなら)


 最悪の未来がガーベラの頭を過ぎる。


 エリス自身も魔導書の魔法を唱えたのなら、自分がスケアバーテンを殺した可能性には気づいているはずだ。それなのに言い出さないのは何故だろうか。


 捕まるのが怖い。誰もが感じる恐怖心。ガーベラはそれを感じ取ることができない。他人を理解できない。


(共有さえできれば簡単にわかるのに)


 ガーベラは上着の内に隠したブックホルダーに

そっと触れる。黄金色の魔導書が朝日を反射する。


 リンクマジック(繋がりの魔法)。人と心を通わすことも、考えを読み解くことも、全てこの魔法でできること。時には憲兵の調査を逐一探り、時には死体に残った魔力で術者と結び付けようとした。


 これを使えば、事件の解決に奔走する必要はない。一人一人に魔法をかけて思考を読み解いてしまえばいいわけである。


 しかし、それには犯人に気づかれてはいけない。ガーベラが魔法を使ったことも、心が互いに共有されていることも、気づかれてはいけない。もし、気づかれたのなら。


 近すぎる。だけど離れられない。


 ままならない状況にガーベラは小さく息をこぼす。


 それを不審に思ったのか、エリスは怪訝な顔をした。


「何ですか。また何かわかったのですか?」

「んや、何にも。残念だけど、ここで得られる情報はもう無いね」

「そうですか。殺した魔法もわからない。スケアに残った魔力から追跡することもできない。唯一わかっていることが凶器が魔導書であることだけ」


 これでは真相解明なんて到底無理ではとエリスは笑うわけでも、憤るわけでもなく淡々と口にする。一体何を考えているのかガーベラにはまるでわからない。もしかすれば、彼女が殺したのではないのかもしれない。そう願いたい。


「いやいや、情報がないなら集めに行けばいい。捜査は足で稼げって昔から言われているだろう」

「へえ、ガーベラさん学者なのに意外とアウトドアなんですね」


 学者をなんだと思っているのか。マギアの研究員だからといって一から十まで何もかもを魔法で済ますはずもない。


「適度な運動は脳を刺激するんだ。さあ、行くよ」

「……私もですか?」


 二度目となる同行に関する問い。一度目は客室で、あの時と同じ言葉。だが、戸惑いが見られない。


 わかっていて儀式的に言っている、呆れの感情。

 それをなぞっている。赤黒い瞳を瞼で半分隠し、口は無感情に固く結ばれている。そうやって意図的に呆れているように見せている。ガーベラは無意識のうちに唾を飲み込んだ。


「……もちろん。君が一番怪しいんだから」


 ここからは、選択を間違えてはいけない。もし、真犯人がいるのならそれはそれでいい。第一に優先すべきは異変の犯人なのだから。だが、エリス。エリスハウメア。黒い魔導書を持つ少女。彼女は、どこか危うさを感じさせる。その気になれば、死の魔法さえも手段に入れる危険性。


 思い過ごしであるのなら、どれほど良いか。


 手を繋いだだけでは彼女のことなど何一つ知り得ない。あまりにも細く冷たい指が、無意識に唾を飲み込ませた。

ここまでがプロローグ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ