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ep.3 死んだ友達

 放課後。寮の部屋へと帰ってきたエリスは、机に鞄をひっくり返した。教科書、ペン、そして禁書。


 禁書庫からくすねてきたのはあの魔導書だけじゃない。格式高く豪華に装飾された分厚い本もあれば、数枚の紙の束を麻紐で纏めただけのものも。本というのは胸躍る。それも禁断の書物だ。読書は歴史の授業よりは遥かに価値ある時間と言ってもいいだろう。


 中でも魔術大百科は、大昔の魔法の辞典。もしかすれば、『シセルマジック』についてわかるかもしれない。授業中、ずっとそれが気になって勉強に身が入らなかった。


 呪文の意味がわかれば、魔導書の系統がわかる。系統がわかればその魔法を多く身につける。そうすれば魔導書の魔法も増える。

 これまでは闇雲に魔法を身につけようとしたが、今後は系統に合わせるのだ。上級生たちがやっていること。それを一足先に行うだけ。違うのは、禁じられた魔法さえも身につけようとしていることだけ。


 エリスは確認するようにベッドを見た。真後ろの自分のベッドではない。もう一つ、扉の近く、やたらとカラフルなぬいぐるみたちが取り囲むベッド。


 同居人スケアはまだ眠っていた。相も変わらず幸せそうな寝顔で。


 眠り姫が起きた姿を誰も知らない。彼女の声はもちろんその瞳の色も。ご飯は寝たまま食べ、鼻提灯を作りながら運動をしている。それを可能にする桃色の魔導書を持っていることだけを皆が知っている。


 だけど、いくら夢から現実に干渉できるからといって、禁書庫に忍び込んだことをスケアは咎めるだろうか。優等生ぶって教師に言うだろうか。


 数ヶ月とわずかな間ではあるが、同居しているのだ。常に眠っている彼女でも、その人となりは何となくだが理解している。


 スケアの好奇心は機能していない。全くと言っていいほど面倒ごとに突っ込まない。


 春先のことである。学生寮に戻る廊下で同じCクラスの生徒と上級生が言い争っていることがあった。豊作の年。魔導書に選ばれて日の浅い一年生と然るべき教育を受けてきた上級生。今にも魔法が飛び交いそうな緊迫した状況を、生徒たちは固唾を呑んで見守っていた。


 そこに颯爽と現れたのは、桃色の綿で作られたゴーレムだった。ゴーレムは学校から寮へ、お姫様を抱き抱えるようにスケアを優しく運ぶ途中だった。ゴーレムは命令に忠順だ。その場にいる誰もが、喧嘩する二人の間を通ると思っていた。この緊張を和やかに壊してくれるのだと。


 だがゴーレムは、素通りしていった。渡り廊下の外の地面を踏み締めて、絶対の無関係を保持したままに横を通り過ぎていった。スケアが夢の中から指示した結果なのだろう。面倒ごとに関わるな。無視をするなら波風を立たせないように。スケアバーテンはそういう人間だ。


 彼女の具現化する夢ゴーレムは、ただ出席日数のためだけに学生生活を補佐している。まるで機械のように同じ日々を過ごしている。


 それでも心配は心配だ。しばし本を開かず待ってみたが、案の定と言うべきかスケアから反応はない。突如出現したゴーレムが禁書を奪い逃げ出すこともなければ、生徒禁制の秘密に興味をそそられムクリと起き出すこともない。いつも通り夢の世界に引き篭もっている。だからこそエリスは気兼ねなく禁書を開ける。


 さてと視線を落としたところで、潮風が開いた本のページを捲った。


(朝の、閉め忘れたんだ)


 窓に近づき閉めようと手を伸ばしたところで、ふと、疑問が沸いた。


(スケアは閉めなかったの?)


 朝から放課後までの数時間。スケアはずっとこの部屋で眠っていた。曇天の日の潮風は強く吹き、雪のように白い顔を撫で続ける。長い髪がその美しい顔を覆っている。顔に神経が通っていれば、嫌でも閉めたくなるはずだ。彼女なら、眠りながらでもそれができる。


「スケア……」


 試しに名前を呼んでみる。入学して同室になった初日以来の一方的な会話。その時と同じく、反応はない。


 それなのに、いつもとは違う。何か、違和感があった。何だ、何が違う。観察してみれば、それはすぐに気がついた。


 魔導書が落ちている。


 いつもなら、スケアの胸元で宙に浮き、開かれているはずの桃色の魔導書。宝石のような透明感のある分厚い本が布団の上で表紙を天に向けて倒れていた。


「スケア……?」


 もう一度、返事がないことはわかっていた。それでも呼ばずにはいられない。ザワザワと嫌な予感が足元から這い寄っていた。


 寝息がない。血色が悪い。胸が上下に動かない。体が冷たい。


「死ん……でる……?」


 硬い皮膚に触れた指先から寒気が全身を伝う。その気持ち悪さに慌てて離れ、尻餅をつく。


 同居人は死んでいた。決して眠っているわけではない。


 苦しみも未練も感じさせず、ただ安らかに——死んでいた。




 日は沈み、学園長が今日は客室で寝るようにとエリスに言った。廊下には騒ぎを聞きつけた生徒が野次馬のように集まっている。


「明日の朝、憲兵がつくまで誰もこの部屋には入るんじゃないぞ」

「あの、学園長」

「何だエリスハウメア。ああ、そうそう。明日、おそらく憲兵たちが調査目的で君を尋ねてくるだろう。協力してくれ」

「それは、はい。もちろんですが、あの、部屋に忘れ物が……」


 禁書。人を呼びに行く時、それらは鞄の中にしまい込んだが、その肝心の鞄は今も机の側にあった。それを憲兵に、学園にばれるのは非常に不味い。


「悪いが、明日まで待ってくれ。なあに授業の心配は必要ない。スケアバーテンがあのようになっては、君も心労が溜まっているだろう。明日はゆっくりと休むといい。調査の後にはなるだろうが」

「……はい」


 そう言われてしまうと何も言うことができない。それでも何とか部屋に入りたい。エリスがあれこれと策を考えているうちに、学園長は施錠を行う。


ロックマジック(鍵をかける魔法)


 さらに野次馬へと向き直り、続けて呪文を唱えた。


「今日あったことを知らない者に漏らすことを禁じる。エリアチェインバインドシークレット(秘密を守れ)。それからピースフル(平穏を)。おやすみ諸君。良い夜を」


 魔法は不思議なもので、ただの言葉であるはずなのに、心は穏やかになる。焦りも恐怖も忘れてしまう。禁書が見つかってもいいかと——。


(いいわけないでしょ!)


 頭ではわかっている。それでも心が認めない。足は重たく、安らぎが眠りを誘うのに、頭の奥底であの禁書たちが絡みついて離れようとしない。エリスは客室へ向かう足を止め、階段を駆け上がり部屋へと向かう。


 幸い学園長の魔法のおかげか、廊下には誰もいなかった。皆、平穏に部屋で過ごしているのだろう。今日あったことなど対岸の火事にさえならない。何処か遠い国からの風の噂程度。死者に敬意も祈りもない。


オープン(開け)


 ドアノブを回すが扉は開かない。


「ロックオープンマジック(鍵を開ける魔法)アンロックマジック(鍵を開ける魔法)。……あとは、キーターンマジック(鍵を回す魔法)。……っこれもダメ?」


 どれだけ唱えようとも開かない。ガチャガチャと扉が揺れるのみ。学園長と魔力の差がありすぎるのだ。扉や鍵を壊すことも考えたが、問題を大きくしたくはない。


「そうだ、窓」


 たしか、まだ窓を閉めてはいなかったはずだ。事件現場をそのままにとは憲兵による注文。エリスは急いで寮の外へと向かう。


 崖に波が打ちつける夜。寮は崖際に建っている。窓も海を向いている。失念していたわけではない。


 寮と海との間は人一人が通れるかといった狭さ。黒い海は部屋の灯りをキラキラと反射させ、光の道を作っていた。見えない崖の終わりは光の道標へと簡単に繋がっている。一歩でも踏み外せば、その先は考えたくはない。


 エリスは上を見上げた。大陸で三番目に大きな学園。その学生寮がどれほど大きいか。女子寮、男子寮とわかれていても、五階層はある。一年生は大抵入り口から遠い上の階。その分眺めはいいが、飽きてしまえば利点はない。ただただ玄関から遠いだけ。


 闇の中、規則正しい窓の列から灯りが漏れる。その中の一つ。開け放たれた窓から潮風が入り、カーテンが揺れる真っ暗な部屋。


 五階。最上階。手を伸ばしても届くことはない。でも、届かせる必要もない。


サーチ(探せ)


 物を探す魔法。見たことがあればどんな物でも探すことができる。目当てはあの鞄。正確な場所さえわかればいい。机の真横。四本足の一つに身を預けた姿を朧気に捉える。それはまるで脳裏に浮かぶ勘のようなもの。


カム(来い)


 あとは簡単だ。手繰り寄せる魔法。移動魔法の一種であるそれには正確な場所だけが必要だった。鞄は這うように窓を飛び出し、宙を舞うようにエリスの元へと降りてくる。


 手元に届いた鞄の中身を確認すれば、確かに禁書が入っていた。もちろんあの黒い魔導書も。


「良かった……」


 次第に笑いが込み上げてくる。あまりにもあっさりと危機は乗り越えられる。魔法というのはどうしてこんなにも便利なのか。それに加えて魔導書まである。まだ、ハッキリとどんな魔法かはわかっていない。しかし、この胸を満たす高揚感は何だろうか。炎の魔導書があれば、熱の魔導書がある。同じ魔法系統の魔導書は存在せど、同じ魔導書というものは存在しない。


 エリスは魔導書を捲った。自分だけの魔導書。自分だけの呪文。自分だけの魔法。その事実が、学園長の魔法以上の安らぎを産む。


「良かった……本当に」


 一先ずは安心。頭も体も心より一足遅く平穏を取り戻した。




 夜が明け、寮は荒々しくなる。女子寮と男子寮の中間。元々は管理人が住んでいたという客室のベッドは寝心地が良い。それとも憂いが取れたからか、学園長の魔法のおかげか。ともかく清々しい気分で目覚めたエリスは布団から起き上がり、伸びをする。


「やあ、おはようエリスハウメア」

「あ、はい。おはようございます…………って、誰?」


 ベッドの正面。木製の椅子の背もたれに、しがみつくよう座る女がにこやかにエリスを見ていた。長く薄い金の髪を無造作に纏め、トパーズのような黄金色の瞳の下には邪悪を煮詰めたような深いクマ。スーツ姿の上に羽織った生地の薄いコートは、室内では似つかわしくない。


「早速で悪いんだけど、昨日の状況について聴かせてくれないか?」

「昨日のって……あ、憲兵さんですか?」


 都の憲兵が調査に来るとたしか学園長が言っていたことを思い出す。だが、女は露骨に嫌そうな顔をした。


「誰が憲兵だって? 紹介が遅れたよ。私はガーベラ。ガーベラプランテスト。マギアの研究員だ」

「マギアの……」


 はて、マギアからも人が来るとは聞いた覚えがない。彼女の口ぶりから察するに、やはり昨日の事件が目的なのだろう。それでもエリスにはひっかかりを覚えた。


「でも、どうしてマギアの人が? いえ、この学園はマギアが運営しているので当然マギアの人が調査に来るのはわかるんですが、でも、何で研究員の方が?」


 普通であれば、もっと位の高い人が出てきてもおかしくはない。それとも捜査専門の私兵がいたり。マギアは巨大な魔法研究組織だ。全員が全員、研究員というわけでもないだろう。


「あ、他の人は部屋で調査していたり?」

「残念。来ているのは私一人だけだ」


 エリスの頭に次々と疑問が浮かぶ。目の前のガーベラと名乗る研究員が、どこか怪しく見えてくる。それを察してか、ガーベラはため息混じりに呟く。


「やれやれ、先に私の質問に答えて欲しいのだけれどね」


 そして、少し思案するようにゆったりと目を閉じて、覚悟したように口を開いた。


「どうも君の学友スケアバーテンは、自然死ではないみたいだ」


 寝不足かクマのできた瞳がエリスを捉える。ただただ真剣な金色の眼差しが突き刺す。エリスはゴクリと唾を飲み込んだ。


「君が第一発見者なら見ただろう? 体に外傷はなく、ベッドで安らかに眠る姿。薬の類でもないらしく、死因については原因不明。ただ、自然に息を引き取ったにしては、彼女は若すぎる。寝てばかりというが、健康状態に問題があったとも思えないらしい」

「あの、らしいというのは」

「…………私はね、まだ部屋にも入れていないんだ」


 あのアホ学園長と不機嫌なガーベラ。教育機関で人死が出たなど広めたくない大事。それも大陸で幅を効かせるマギアにとっては、内々で処理してしまいこと。それなのに、学園長が憲兵にも連絡を入れた事でマギアにとってはままならない状況だった。だが、こんなことをわざわざ一学生に言うことでもないと、ガーベラは学園長の悪口で留める。


「ま、憲兵の方も調査はまだまだ進んでいないみたいだね」


 どうやら今の情報は先に調査を行なっている憲兵たちから又聞きしたものらしい。はて、一体いつ聞いたのか。まだ日の上りきらない午前。やっとこさ一限目の授業も今し方始まったばかりだ。それでも大した疑問ではないので聞くことはしない。


「ま、どうやら殺害方法に魔法が使われていると教頭からマギアに連絡があってね。その調査のために研究員が派遣されたってことさ」

「それだけですか?」

「…………」


 調査程度なら研究員で済むというのはわかる。それも魔法による殺人なのだとしたら、魔法に詳しい研究員がというのも。ただ、何故だろうか。ガーベラは何かを隠している。そう思うのは。


「……ライアーマジックというのがある」

「なんですいきなり」

「ライアーマジック。嘘をつく魔法。面白いと思わないか? 嘘は言葉で行うもので、魔法もそうだ。つまりは、ライアーマジックを唱えたものは嘘をついているとわかる。嘘をつくための魔法で嘘をついたとわかるのさ」

「はあ……つまり、自分はライアーマジックを唱えていないから嘘をついていないと言いたいんですか?」

「聡いな。その通りだ」


 エリスは呆れたようにため息をついた。なんと回りくどい人なんだと。嘘をついているかどうかはわからないが、隠し事をしているのは間違いない。だが、もはやそこを追求する気にはなれなかった。


「それで、何でしたっけ。初めの質問」

「あ、ああ、昨日の状況を教えてほしいんだ」

「そんなの、部屋に行けば……憲兵が調べているんでしたね」

「だから先に君から話を聞こうと思ってね」


 深いクマが歪みにへらと笑う。ただその黄金に囲まれた黒の真円はひたすらエリスを写している。マギア。いつか学園を卒業すれば就職先の候補になるだろう。そうでなくとも魔法に詳しい人間と関わりがあることは大きな利点になる。打算的ではあるが、断る理由もない。エリスは快く受け入れる。


「わかりました。私としてもマギアと繋がりをもてますからね。協力しますよ」

「いいね、出世欲昇進欲向上心。ライアーマジックはなしで頼むよ」

「そもそも使えませんけど」


 くくくと笑うガーベラに呆れ果て、エリスからもくすりと笑いが溢れる。ガーベラのどこか気の抜けた会話につい絆されてしまう。


「よし、それじゃあ早速。この鞄の中の本はなんだ?」

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