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ep.10 行進魔法

 客室の謎の男と遭遇した後、エリスは寮の中を走っていた。パタパタと自分の足音だけが聞こえてくる。振り返っても誰も追いかけてくる気配はない。


 午後の太陽が廊下を照らし、世界に一人取り残されたような錯覚を覚える。


「何だったの」


 気になるのは、男の目的。誰の差金で何を狙っていたのかエリスには皆目見当もつかない。


「殺すわけじゃ……ないみたい」


 ガーベラにかけた魔法を意思を奪う魔法だと言っていた。そして自分にかけようとした魔法も同じ。略奪の魔導書、何でも奪えるというのなら、ユーカリ先生が言っていたように魂でも命でも奪えばいいものを。生かすことに意味があったというのか。


 だとしても、何故。


 それにガーベラとエリス、二人を襲うのも変だ。


「ガーベラにはスケアを殺したことがバレただろうけど、あんな変な男にわかるはずもない」


 だというのに、ガーベラが倒れた後もエリスを狙ったということは、その目的がエリスにあるということ。だがその理由がわからない。


 考えても仕方ないとエリスは思考と足を止める。


「……あれ、何で私、男子寮にいるんだろう」


 地続きになっている寮の中。それでも逃げるなら女子寮か、それとも校舎に向かうのが正解だ。どれだけ慌てていようが、女子禁制の臭い男の園に入るわけがない。


「とにかく、学園長にでも知らせなきゃ」


 そう考えながら一歩踏み出す。


「…………?」


 エリスは困惑した表情を浮かべる。

 確かに自分は校舎へと向かおうとしていたはずだ。それなのに、何故か前に踏み出している。そしてまた一歩。


 エリスは振り返った。振り返ることはできた。自分は確かにこの廊下を走ってきたのだ。角を曲がり、階段を駆け上がり、廊下を進んで来た。窓から陽の差す人気のない廊下。戻らなくては。


「……何なのよこれ。何で前に進めないの」


 視線は遥か先。封鎖するように机が並べられた女子寮の壁。戻ろうとする意思に反して足は爪先とは逆の方向へと突き出される。


 どれだけ足掻こうとも、窓に指をかけようとも、前傾になり廊下を這おうとしても、進むのは後ろ。


「どこへ行こうって言うのよ……きゃっ」


 やがて足が辿り着かせた一部屋の扉のノブに背中をぶつける。エリスは立ち上がり、中へと入った。無意識だった。そんなつもりまるでないのに、体がいう事を聞いてくれない。


「思ったより可愛い声を出すじゃないかエリスハウメア」

「…………誰ですか? 貴方も私の名前を知っているのですね。……一年生?」


 部屋の中には男が一人。木製の椅子に腰掛け膝を組んでいた。

 胸にバッジはない。かといってただ試験に落ちまくっている無能とも言い切れない。エリスは冷静を装うように、服についた埃を払い、辺りを見回した。日の位置が悪く部屋は薄暗い。女子寮も男子寮も大差ない部屋の作りをしているようで、二つベッド、机の位置まで同じだ。


「なんだ自己紹介がお望みか? いいだろう答えてやる。俺の名はポピータイム。気安くポピータイムと呼べ」

「一年生ですか?」

「…………それを知って何になる?」


 ポピーは呆れ顔をエリスに向けた。他に聞くべき情報が山ほどある中で理解し難い質問。それでも答えない理由もない。


「だがその通りだ。一年A組14番。誕生日は四月十四日の牡羊座。血液型はAB型。好きな女性のタイプは馬鹿。好きな男のタイプも馬鹿。嫌いなタイプも馬鹿。人生の中で最も幸運だったのはこの顔で生まれてきたことで、不幸だったのは親がどうしようもないほど馬鹿だったこと。後は何を言えばいい? 子どもが産まれたらコクリコって名前にしようとしていることか? 魔導学園を卒業したら交通省に勤めようとしていることか? 父が浮気してできた弟妹が四人いるって話か? 俺自身も浮気でできた子って話か?」

「…………」

「おい、何か言えよ。スベってるみたいだろ」


 エリスは何の反応も示さない。聞いてもいない事をベラベラと話すポピーに呆気に取られたわけでもない。瞼は疲れ切ったように閉じられ、口からは強いため息が漏れている。


「そんなにつまんなかったか?」

「……ええ。とってもつまらないわポピー」

「ポピータイム」

「無駄に長い自己紹介。偉そうな座り方。他者を見下していそうな話し方」


 ポピーは何かを言おうと口を開くが、影の中佇むエリスの瞳がそれを制す。


 赤黒い瞳。ルビーの中に澱みを混ぜ入れたような不気味で歪な瞳。それが、冷たく覗いている。


「ねえ。どうして座っているの?」

「……は?」

ブラストマジック(放つ魔法)


 静謐な声が聞こえた刹那、ポピーの座っていた椅子が爆煙を上げる。木製の椅子がチリとなって弾け飛ぶ。


「いきなりなんだ? 危ないだろうがよ」


 危機一髪、というわけでもなかったのだろう。ポピーは涼しい顔で天井に立っていた。学園の紋章の入った革靴がピタリと天井に引っ付いている。ポピーは格好をつけるように制服のポケットの中に手を入れた。彼の横ではオリーブのような燻んだ緑の本が浮かんでいる。


 エリスは驚くわけでもなく、淡々と答える。


「……そうね、挨拶をしていなかったわ。さようならポピータイム。ブラストマジック」

「おっと」


 弾ける天井。当たれば一溜まりもない一撃もポピーはくるりと躱わす。やっと地に足をつけたポピーに降り注ぐ木片は彼に当たらない。気にすることはない。エリスは再び魔法を放とうとする。だが。


「ゴーマジック」


 口が動かない。それなのに、足はまっすぐ前に突き出される。まただ。男子寮に入った時と同じ。無意識。抵抗も意味がない。エリスはゆっくりとポピーの元へと向かう。愛おしい恋人の元へ向かうようにゆったりと、それでいて、顔は苦痛に塗れている。ポピーはその様子を楽しそうに見ていた。


「どうした? どうしたエリス? んん? 俺に会いたいのかな? いいだろう恋人を抱擁するようにこの胸に飛び込んでくるといい」


 絶対に嫌だ。そうは思っても体は思うように動かない。歯噛みする口の中、舌先、喉だって唾の一つも飲み込めない。まるで細胞さえコントロールされているような不快感。苦痛。憎悪。


 無力な温もりが身体に伝わってくる。


「……ん? エリスハウメア、お前魔導書はどうした?」

「魔導書……は、ガーベラの……上着に」


 答えるつもりもないのに、声帯が開き音を通す。ポピーはそれを聞き、残念そうにため息を吐いた。それが何かの区切りであったかのようにエリスの体は自由を取り戻し、ポピーの腕を払いのけ距離を取る。


「されど無駄だったな。ゴーマジック」


 しかし再び体のコントロールを奪われる。エリスは地面に拳を打ちつけたくなった。恨み言の一つも口からは出てくれない。その間ポピーは考え込むように顎に手を当てていた。


「魔導書が手元にないなら、俺の仕事はこれで終わり。知っているかエリス。A組の午後の授業は魔法薬学だったんだ。Cは屋外での防衛学だったか? 実技の授業ってのは楽しいものだよなぁ。座学だけでは学べない体験がそこにはある。だというのに何故俺はここにいると思う?」

「知らないわよそんなこと」


 口が動く。体は動かない。


「死の魔導書」


 急速に体が冷えていく。何故、この男がそれを知っているのか。わからなかった。だが、エリスは直感する。このまま体のコントロールを奪われたままでいることは、確実に良くない未来を迎えると。


「待っているんだろ? いや、いたんだろ?」


 何も言い返さず、首が動く。だからどうした。それを知って何になる。語らない言葉を目で訴える。冷めた殺意を込めて。ポピーはそれを鼻で笑う。


「ただの世間話だ。俺はジギタリスや他のやつらみたいにデメテルに恩義は感じてない。全てが終わるまで話していようじゃないか。座って話すか?」


 ジギタリス、デメテル。誰かはわからないが、彼らまでもが死の魔導書を知っているのだとすれば……。考えながらも近くの椅子を引く。


「ご苦労。エリスはそこで心臓を動かしておくといい」


 ポピーはその椅子に座ると膝を組み、エリスは窓際へと追いやられ床に座らされる。そのことに怒りが沸々と湧き上がってくる。それでも体に力を込められない。惨めだ。


「今頃エリスの魔導書も回収されて、デメテルの元に運ばれているところだろう」

「デメテル……?」

「女神だよ。西洋の豊穣の神。大陸人の神への信仰はいつしか失われたからな。神を輸入し当て嵌めた模造品。といえば人聞き悪いがお前や一年生にとっては神に変わらない」

「どういうこと?」

「豊作はデメテルの仕業ということだ」


 今年の新入生が魔導士になる者が多かったのは、デメテルによるもの。人為的に魔導書に選ばれたということ。エリスは口を開けたまま固まった。その顔から感情は読めない。


「そのデメテルがエリス、お前の持つ魔導書を所望している。だから俺たちはここにいる。そう、だから実技の授業に出られないのはお前のせいってことだな」


 エリスは何も答えない。感情の読めない顔がただ俯いている。知ったことではないとでも考えているのだろうか。ポピーは首を振る。考えたところで意味はない。進行の魔法はまだエリスを動かしている。全てが終わるまで余計なことをさせなければいい。


「それからガーベラプランテストが持つ魔導書も。これもジギタリスが回収しているだろう」

「…………魔導書を集めて何がしたいの?」

「……さあ? 俺はデメテルじゃない。魔導書を回収したところで選ばれた魔導士以外はその呪文を読むことはできないはずだが。デメテルが何を考えているかなんて俺は知らないし、知る必要もない」


 俺の仕事は足止めすることだとポピーは静かに言った。


 それなら、仕事は失敗だ。エリスは唱えた。


「ブラストマジック」


 攻撃魔法の一つ。ただの魔力を弾丸状に飛ばすだけの魔法。ずっと得意だった炎の魔法は唱えることができなくなったが、それでも攻撃魔法そのものは唱えることができる。放つ魔力が多ければ多いほど、その威力は上昇する。椅子を破壊するよりも、天井に穴を開けるよりも、さらに多い魔力を込めて、エリスは足元に唱えた。


 爆煙。爆風。間近に放たれた魔力が爆発し、エリスの体を後方へと弾き出す。窓際へ。その先の荒れ狂う海へ。


「……っ馬鹿か?」


 飛び交う破片から顔を守るポピーが苦言を漏らす。


 エリスの体が空を落ちる。体内に浮遊感が巻き起これど、背中は引っ張られるように海に向かう。嫌に晴れた空が目に映る。海鳥が鳴いている。潮風が吹き荒れ雲が動く。


 勢いはそのままに、体は水の中へ。小さな泡の粒が視界を塞ぎ、崖際から押し寄せる荒波が底へと引っ張っていく。


 呼吸をしようと体がもがく。もがくことができた。だが魔法は解けても、波が自由を許さない。苦しい。口から酸素が逃げていく。


 死。それが背中を摩る。


 朦朧とする意識の中で、聞きたくもない言葉がこだまする。心を哀れむ姉の声が。

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