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第9話 目覚まし係に安息なし

 日曜日、日中の眠気に耐える吸血鬼ゾルカに付き合って己の体力の限界に挑んだ私。その代償は、月曜丸ごとの寝過ごしという形で表れた。目を覚ませばいきなり火曜日でパニクるわ、ゾルカを起こそうにもまるで起きずスタンガンまで持ち出す羽目になるわ、おまけに生存確認に来た同期の真木に玄関先で説教されるわで、私のバイタリティは朝っぱらから品切れ寸前だ。しかしそこは社会人、二度寝に逃げることなど許されず、無慈悲にも一週間が幕を開ける。ゾルカは私と真木のやり取りで何か腑に落ちないことがあるようだったが、まあ気にしなくていいだろう。


〜〜〜


「おはざっす……」


 始業時間5分前、心なしかいつもより背を丸め、私はオフィスに入室した。わずか1日とは言え、無断欠勤をぶちかました後の初出勤である。


「おっ、坂出せんぱぁ〜い!」


 いの一番の反応したのは、隣のデスクに座る睦だった。


「昨日はびっくりしたッスよ〜。午前中寝過ごして昼から来てみれば、先輩も来てなくてしかも音信不通だなんて! オッサン連中は慌ててたけど、ウチはニヤニヤが止まらなくてヤバかったッス!」


 私は態度が悪いだけで基本的に時間は守る。それとは逆に、睦は明るい性格だが遅刻常習犯だ。そして、こいつが朝寝坊する原因の九割方は行きずりの女との夜遊びにある。そして失礼なことに、この無節操女は私が会社をブッチした原因も自分と同じだと思っているらしい。


「まさか休日をセルフ延長するなんて、こないだ一緒に居た鉄仮面のカノジョとよっぽどウマが合ったんスね。いや〜あの子の背中を押した身からすると感慨深いッス! ウチほどのバリイケ女ともなれば、人の恋路まで応援せずには居られないんスよ〜なんちゃって! うはははは!!」


 私の背中をバンバン叩きながら興奮気味にまくし立てて来る睦が率直にウザい。あの日、カフェで別れた後こっちが色々大変だったのをこいつは知らないのだ。


「勝手に納得すんな。あの兜女とは何でもねーよ」


「またまたぁ〜! わざわざウチに隠すこともないじゃないッスか。あの子がどんな風に先輩を籠絡したか教えてくださいよ〜。てか、仮面は脱いだんスか? 流石に最後は脱ぐッスよね? どんな顔してました? 声は癒し系な感じでしたけど、あれで案外綺麗系とか? 逆に地味めでモッサリしてても美味しいな〜! ねぇ先輩? せんぱ〜い? 何とか言ってくださいよ〜せんぱむぎゅっ!?」


 こちらの一言に対し十言は返して来る睦のマシンガントークを、私は彼女の頬を正面から鷲掴みにすることで中断させた。


「な、ん、で、も、な、いっつってんだろコラ。人の話を聞け」


 頬肉ごと唇を圧迫するようにアイアンクローをかけながら、私は全力で睨みを利かせる。やがて睦の方から私の腕をタップして降参を申し入れて来た。


「フン」


 勝利の快感に軽く酔いながら、私は睦を解放した。


「ぶはぁ〜……もうせんぱ〜い! ファンデが落ちるから顔はやめてって言ったじゃないスか〜!」


「知るかそんなん。嫌なら私の機嫌を損ねなきゃいいだろ」


「ぐぬぬ、パワハラ〜」


「教育的指導」


 PCモニターの陰で化粧を直し始める睦を横目で見ていると、始業のベルが鳴った。今日も今日とて、平穏でクソダルいお仕事タイムの始まりである。


「あ」


 と、何か思い出したように睦がこちらを見た。


「それで、付き合うんスか?」


 いい加減にしろ、と私は適当な紙クズを睦に投げつけたのだった。


〜〜〜


 私が会社に居る間、ゾルカは家で一人きりだ。学校はまだ始まっていないため、わざわざ彼女が危険を冒して外に出かけることはない。よって、彼女は私が帰るまでおよそ10時間あまり室内で暇を潰さなくてはならない。


 そこで最も危惧されるのは二度寝だ。折角、無理をして生活リズムをリセットしたというのに、私の目がない所でぐーすか寝ていてはまた元の木阿弥になる。


 今朝、家を出る時に私はそのことをゾルカに話した。すると、この件に関してゾルカはあまり不安視していないようだった。


「大丈夫だよ。寝ない寝ない」


 極めて軽い調子でそう言った彼女の自信の根拠を尋ねたところ、彼女はただこう付け加えた。


「すぐにわかるから」


 意味がわからん。


 私を見送ったゾルカの顔は安心しきっており、ただ楽観しているだけではないのはわかった。しかし、あの己の欲求にまことに素直な自称ティーンエイジャーが、誰の監視もなく睡魔に打ち勝てるとも考えにくい。結局、私だけがぼんやりとした不安を抱えたまま、目下キーボードを叩いているというわけだ。


(なんであいつのことで私が一番気を揉んでんだか……許せんな主従契約)


 そんな苛立ちを覚えながら、私が作業を続けていた時、異変は起こった。


 突然、目の前のPC画面がぼやけて文字が見えなくなった。


(えっ、何これ?)


 モニターの不具合かと思ったが、電源ボタンを探して目を凝らす私自身の視界もまるで焦点が合わない。それ以前に、まぶたが重い。額の上からじわじわとのしかかって来る鈍痛に押され、勝手にまぶたが下がっていく。それこそ、気を抜けば開けていられなくなる程に。


(これは……眠気!? なんだか凄く眠いんだが!?)


 そう認識した瞬間、私の視界がフッと暗くなり、首の力が抜けて頭がガクンと落ちた。反動で再び意識を取り戻せたから良いものの、このままでは遠からず私は失神してしまうだろう。しかもそれは、揺り動かされても簡単には目を覚ませないような深い深い昏睡だ。


(いやいや!! 無断欠勤の次の日にガッツリ居眠りは洒落にならんぞ! 課長の面談コースが確定してしまう……そんなめんどくさい事態は何としても避ける! 耐えろ私……耐えてくれ……っ!)


 懸命に深呼吸を繰り返して酸素を取り込み、意識を繋ぎ止める私。しかしわからないのは、どうしてこんなにも強い睡魔が急に襲いかかって来たかだ。月曜丸々寝過ごしたためか、今朝の目覚めは割とスッキリしていた。それなのに何故……?


 私が困惑していると、霞がかった意識の中にこんな声が割り込んで来た。


『んみゅ……眠い……眠いよぅ。頭フラフラしてツラいよぅ……』


 低い音域の中に確かな幼さを感じる声。私の頭の中で響いていると思しきその声は、まぎれもなくゾルカのものだった。


『……杏朱ちゃんは居ないし……ゲームとか全然わかんないし……時間が経つのがこんなに遅いなんて……。もういっそ寝ちゃおっかな……仮眠……そう仮眠しようそうしよう。仮眠ならセーフ……』


 そして、頭の中の彼女は今まさに睡魔の誘惑に負けつつあるらしい。冗談じゃない。そう思った私は満身の力を振り絞ってスマホを手に取り、今朝登録したばかりの番号に電話をかけた。


 プルルル、プルルルと発信音が数回ループし、まもなく応答があった。その瞬間、私は息を吸い込んで全力で叫んだ。


「寝るなーーーーーーーーーっ!!!!」


〜〜〜


 事の真相はこうだ。


 吸血の刻印によって結ばれた主従契約により、ゾルカは私の思考や行動にある程度干渉できるようになっている。


 とは言え、それが何もマインドコントロールのような代物ではないことを私は既に知っている。単に要所要所で絆されやすくなるだけのことで、彼女と対面で話している分には何の違和感もない。


 しかし、彼女から距離を取ると“干渉”というものの正体が浮かび上がって来る。一言で言えば、彼女の思念が私の脳に直接流れ込んで来るのだ。それは彼女の欲求や感情の動き、時にはバイタルまでも、囁き声に似た言語情報として私に伝え、判断や行動に影響を与えて来る。時にはさり気なく、そして時には直接的な要請としてだ。


 ちょうど今、私がスマホを手に席を離れ、トイレの個室に飛び込んだのもその結果に他ならない。


「……全部読めたぞ。お前、ハナから自分で睡魔に耐える気なんてなかったんだな。テレパシーで私を巻き添えにして目覚ましコールさせれば、寝落ちする心配はないもんな。ハッ! 怠惰な上に厚顔無恥でこの上なく合理的……マジでふざけんなよ。しまいにゃ殺すぞクソバカ吸血鬼がよ」


「やん、杏朱ちゃん怖〜い」


 薄暗い個室内、罵詈雑言を吐く私に対しスマホ越しのゾルカの声はやけに嬉しそうだった。


「でも良かった。わたしの気持ちがちゃんと伝わって。わたしと杏朱ちゃんの愛の絆は、幾千里を越えて思いを繋ぐんだよ」


 ゾルカがうっとりしているのが声色でわかる。私の家から会社までは車で精々30分の距離なので、かなり盛った言い回しだ。そもそも愛の絆じゃなくて主従の軛だろうに。


「……あんまり気色の悪いことを言うと世話してやらないんだからな」


 そんな警告が何の意味もなさないことは私が一番わかっている。それを知りながら嬉々として絆を語るのだから、ゾルカという女は相当悪趣味だ。


「とにかく! これで日中の睡魔は怖くない。わたしの秘策が見事当たったわけだね。ン~~~入学が楽しみ!早く4月にならないかなぁ」


「チッ……もう切るぞ」


 彼女の浮かれた声がどうにも腹立たしく、私は返事を聞かずにスマホを耳から離した。遠ざかるスピーカーから「あん、ちょっと」と声が聞こえた気がしたが、知るものか。画面をタップして通話を終了し、私は個室内にへたり込んだ。


(私ともあろうものが、あんなロクでもない女に良いように使われちゃって……嘆かわしいったらないな)


 深く息を吸って、長い溜息をついてみる。ゾルカが覚醒したことで強烈な眠気はどこかへ行ったが、まぶたを押すような疲労感は抜けない。思えばここ数日は生活リズムもガタガタで、あらゆる面で振り回されすぎだ。挙句に先程はオフィス内で急に叫んでしまったし、状況は最悪と言っていい。


(だけど)


 それでも、再びゾルカが睡魔に襲われるのを感じた時、私は席を立って電話をかけるのだろう。そうしなければ寝覚めが悪いように、私の体は出来てしまっているのだから。


「……アホらしい。仕事の方が1000倍マシだっつーの」


 トイレや電話での離席は15分までと決めている。休憩とサボりのギリギリ境目を攻めることで確立した自分ルールを守るため、私は便蓋に手をついて立ち上がった。


「たまには真面目に働いてみますか……って、ん?」


 個室のドアを開けようとした時、ポケットに入れたスマホが震えた。ゾルカからの電話なら流石に無視しようと思ったが、振動は1回で止まった。どうやらメールの類らしい。


(そう言えば、電話番号交換したからメッセージアプリの方も使えるんだっけ。奴めわざわざ何を言って来るやら)


 確認するのも煩わしかったが、スマホに通知があれば思わず見に行ってしまうのが現代人の哀しき習性だ。条件反射でタップしてしまった画面が暗転し、メッセージアプリが立ち上がる。


「……はあ?」


 通知の正体は、ゾルカからのメッセージ第1号。その内容を見て私は困惑した。


――帰ったらお礼するからね〜


 文面は簡潔だったが、続いて一枚の画像が届いていた。スウェットの襟を引っ張り、胸元をチラ見せしながら微笑むゾルカの自撮り写真が。


「本気で死なすぞあいつ……」


 こんなもので私の気持ちが上向くと思われているのなら、それは甚だ不愉快だ。


 しかし悔しいことに……写真を見た瞬間、私を苛んでいた鈍痛が少し和らいだような気がする。


(あーあ、やだやだ。だらしない私。そんなだからあいつに付け込まれるんだ。しゃんとしろよ、ホントに)


 写真は保存しない。それがせめてもの意地だと言い訳しながら、私は仕事に戻ったのだった。


《つづく》







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