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第7話 今日誰も寝てはならぬ 後編

 日没まで絶対に眠ってはならない日曜日は、何やかんやでゾルカとの初デートに発展した。とりあえず適当な店で昼食を取っていたら、会社の後輩・睦に遭遇。私が見慣れない女を連れていることを一通り冷やかして来た睦だったが、店員をナンパしてさっさとどこかへ行ってしまった。それはいいが、ゾルカがその光景にインスピレーションを覚えて俄然積極的に。なお、この間もゾルカは日差し対策でフルフェイス兜を被っていることに留意されたい。彼女のやる気に応え、私は行きつけのパチスロ店をデートスポットに選んだのだった。


〜〜〜


「あ〜、出た出た。最高の気分だね」


 入店してから3時間、ひたすら打ち続けた私はここ数ヶ月なかったぐらいの馬鹿づきを見せ、収支プラス4桁円で店を後にした。


『ゔ〜〜……あんなの何が楽しいの。台に向かってる杏朱ちゃんなんか怖いし、全然良さがわかんないよ……』


 ほくほく顔の私とは対照的に、ゾルカは終始テンパりながら見様見真似のガチャガチャプレイを披露し、それはもう負けに負けて終わった。パチスロにはビギナーズラックが付き物だと言うが、彼女の分の運はどうやら全て私に回って来ていたらしい。それはまるで私にとっての幸運の女神……いや、厄を避ける身代わり人形といったところか。


『まだ耳がキンキンするよぅ……杏朱ちゃん試しに何か言ってみて?』


「この大負け野郎」


『えっ、可愛いだなんてそんな……照れるじゃん』


 ついでに耳が潰れたらしい。


『あーあ、でも結構使っちゃったなぁ。またサンダーに怒られるよ』


 そう言ってゾルカが手元で広げた財布には、まだ数枚の万札が残っていた。打っている最中はかなりのペースで紙幣を飲み込まれていた筈だが、この吸血鬼にとってはちょっと痛い程度のようだ。


(この口振りからして、こいつの金銭面は三田さんが世話してるのか。もしくは、三田さんが所属してるあのナゾの団体か。どちらにせよ、裕福で羨ましいこった)


 私もパチスロにはつぎ込む方だが、それは日々の実入りをそこに集中させているだけのこと。独り身でしかも趣味の少ない身の上だからこそ出来る無茶だ。


 その点で言えば、こうも雑な金遣いを事もなげに行うゾルカの感覚は明らかに庶民離れしている。吸血鬼と言えば貴族的なイメージが強いが、やはりゾルカもそうなのだろうか。


(三田さんの名刺……確か保全主任って書いてあったな。貴族の従者にしては肩書が硬い気がするけど、まあ現代だしそんなこともあるか。保全……フフッ……この世間知らずなお嬢ちゃんが路頭に迷わないよう保全するって?)


 などと考えながら私があてどなく歩いていると、ゾルカはその後ろをちょこちょこついて来る。耳に違和感があるのに兜のせいで触れないことに対してぐずっていたようだが、それは落ち着いたらしい。


『ねぇ杏朱ちゃん、次はどこ行くの? 今度はわたしにもわかるとこにしてよねっ』


「あー?」


 期待を込めてこちらを見て来るゾルカだが、正直私としては休日に行くところと言えば外食とパチスロと、あとは精々日常の買い物ぐらいだ。急に言われても行き先なんて出て来ない。そもそも、これは私が考えるべきことなのかすら疑問だ。


「デートしようって息巻いてたのはあんたでしょうが。言い出しっぺなんだから行き先ぐらい考えなよ」


『えぇ〜』


 ゾルカは声のトーンを落として一旦思案する素振りを見せたが、数秒経たずにこう言った。


『そんなの無理だよ。だってわたし、昼の遊び場なんてわかんないもん』


 身も蓋もないその言葉を聞き、私は心の中でずっこけた。信じられないがこの女、最高のデートがどうとかブチ上げておきながら内容は相手に丸投げするつもりだったらしい。


「はい解散。達者でな」


『待って待って! 違うの!』


 露骨に歩調を速めた私の後に、ゾルカが慌てて追いすがる。パーカーの裾を掴まれた時、彼女の被っている兜の頭頂部が私の背中にコツンと当たった。


『……本当にわかんないんだよ。普段わたしが行く所って、杏朱ちゃんと会ったようなバーとか、ナイトクラブとか……あとは夜が明けるまで街を歩き回るぐらいだからさ。で、でも、わたしが居ればどんな場所でも最高になるの。それは間違いないの。それだけは褒めて貰えるから……だから、杏朱ちゃんの好きな所に連れて行って欲しくて……』


「……ふぅん」


 ゾルカの弁明はどうにも要領を得ず、こちらの前提知識を考慮していない。私の背後で切なげに吐き出す彼女の気持ちに共感するには、未だ共有されていないものが多すぎる。もっと言えば、これから共有する予定もない。


 しかし、彼女の言い分を退けられるほどの材料も私は持ち合わせなかった。思えば大学時代に付き合っていた彼氏とも、やれ金がないとか人混みが嫌だとか理由をつけてお泊まりデートばかりを重ねていた。だから今でも、娯楽と言えば酒喰らうか遊興するぐらいしか能がない。


(私も人のことは言えない、か……)


 一応、ゾルカは辛い体を押して出歩いている状況だ。段取りぐらいこちらでしてやるのが道理かもしれない。私は過去の数少ない友人との外出の記憶を懸命に辿り、案を考えた。


「……じゃ、カラオケでも行く?」


 前を向いたまま呟くように尋ね、私はゾルカの反応を待った。しかし、数秒経っても返事はない。


(あれ、外したか? ボウリングとかの方が良かったか……いやでもこちとら貧血の身だ。運動はキツイぞ……)


 私の服の裾を掴んでいた手も、いつしか離れている。いよいよ彼女の反応がわからなくなった私は、照れを見せぬよう努めながら振り返った。


「おい、何か言え……って、どうした!?」


 思わず大きい声が出た。少し目を離した間に、ゾルカは道にうずくまって荒い息をしていたのだ。


『はぁ……はぁ……杏朱ちゃ……ごめっ……』


 兜の奥から、苦しい息と共に謝罪の言葉が聞こえて来る。私は堪らず屈み込んで彼女の肩をさすった。


「大丈夫かよおい……ってか何があったんだこの数秒で」


 彼女に語りかけながら、私は周囲を見回して座れる場所がないか探した。しかし往来には雑居ビルの軒先とガードレールが顔を突き合わせているばかりで、適当なベンチなどは見当たらない。ここら一帯の都市計画の方針を疑いながら、私は仕方なく街路樹の根元にゾルカを座らせた。


(通行人は居るが……誰も声をかけて来ないな。まあ救急車なんか呼ばれても吸血鬼には迷惑だろうから、この時ばかりは人の冷たさが好都合だ)


『……あはっ、ひんやりする』


 土の感触はゾルカにとって心地良いようだ。ついでに、茂った枝葉が庇の役割を果たして彼女を日光から守っている。私は思い切って彼女の頭から兜を引き抜いた。


「……あんたさぁ、早く言いなよ」


 露わになったゾルカの素顔は、微熱を出したように紅潮していた。目の周りも腫れぼったくなっており、明らかに疲弊している。加えて、大きく息を繰り返しているところを見ると、恐らく胸もむかむかしていることだろう。


「えへへ……ごめん。杏朱ちゃんと一緒ならいけると思ったんだけどなぁ」


 首をぐらぐらさせながら残念そうに言うゾルカ。彼女の掌に触れてみると、毛細血管が熱を持ってほんのり温かかった。完全に寝不足が極まっている。ここらがやせ我慢の限界といったところだ。


「別に、謝ることじゃないだろ」


 考えてみれば、夜行性の吸血鬼に昼間の行動を強いる時点で負担なのだ。そこへ来て睡眠を取らせず無理に覚醒させ続けたのだから、電池が切れたように動けなくなっても何らおかしくない。つまるところ、根性論でゾルカの体内時計を矯正しようとした私の考えがそもそも間違っていたのだ。


「……もういいから、あんたはそのまま寝な。私が背負ってでも連れて帰って、墓に放り込んでやるからさ」


「……やだ」


 私は謙虚にも折れてやったつもりだったのだが、ゾルカからの返答はそれに反するものだった。


「折角、杏朱ちゃんがわたしのこと考えてくれたんだもん……折角の、デートなんだもん。このまま寝落ちして終わりたくない……せめて日が沈むまで、この目を開いておきたいよ」


 ゾルカが私の指をぎゅっと握り、虚ろな目で訴えかけて来る。だが、強がったところで彼女はもう限界だ。ここは大人しくギブアップして、日中起きる訓練はまたの機会にすればいいではないか。


「……あーもう、めんどくせー奴」


 しかし、それはあくまで私の意見だ。ゾルカが意地を通すというのなら、私はそれに協力しなければなるまい。それが二人の間にある契約なのだから。


「ここから家に帰るまで小一時間、丁度陽もあらかた暮れる頃だろ。それまでの燃料をくれてやる」


 私はパーカーの前を開けると、それでもってゾルカの頭を包み込んだ。それはさながら、母鳥が両翼で雛を庇うかのような格好だった。


「え、あ、杏朱ちゃん?」


 内に着ていたタンクトップの胸元がゾルカの鼻先に触れ、彼女が恥じらいを見せるのがわかった。こちらとしてはそういうの要らないのだが。


「襟首、引っ張っていいから。そしたら血吸えるだろ。人目があるから早く」


「か、神……! で、でも今朝ぶりの2回目だよ? 杏朱ちゃん倒れちゃうよ?」


 ここへ来て要らぬ気遣いを発揮するゾルカ。流石にこの状態だと無関心な通行人もチラチラ目を向け始めているので、いいから早くして欲しい。


「ええい焦れったい。あんたから吸った運で大勝ちしたから、その金で焼き肉でも食べて血を補給するよ。それなら心配ないだろ?」


「杏朱ちゃん……やっぱ好き……!」


 感激しとる場合か。いい加減しばくぞ。


「そ、それじゃ……いただきますっ」


 ゾルカの顎でタンクトップの襟首が押し下げられ、続いて鼻先が私の胸元の刻印をくすぐった。


「うっ……」


 私はこそばゆさに思わず息を弾ませたが、驚くべきはその後だった。なんと、ゾルカが触れるや否や刻印の中心から血が滲み、たちまち流れ出して私の胸を伝った。


(マジかよ……噛まれてもいないのにもこんなに溢れて来るのか。つまり刻印っていうのは契約の証であると同時に、吸血を効率化するものでもあるんだな)


「んぐ……んぐ……ずちゅるるるる……ぷはっ……あんずちゃっ……はあっ……おいしいっ、おいしいよぉ……」


 私の胸に何度も吸い付き、ゾルカは美味そうに血を飲んでいる。疲労した体に人の血は殊の外効くようだ。


(例えるなら、ワインの樽に蛇口を取り付けたようなものか……なんだか便利になっちゃったな、私の体!)


 そんな風に私が心の中で自嘲しているうちに、ゾルカは心ゆくまで血を吸ったようだ。再び顔を上げた彼女の顔は、疲労の色こそ消えないが少し目に力があった。


「ン〜〜〜、満っ足……!」


「そっか。そりゃ何より」


 ゾルカの顔の下半分は、口から零れた血で赤く染まっている。こんな物騒なご面相を人に見せるわけにはいかないので、私は素早く彼女の頭に兜を被せた。


「これで少しは動けるだろ。誤魔化しが利くうちにさっさと帰るから、キリキリ歩くこと。いいな?」


『む〜……杏朱ちゃん味気ないんだ。もっと余韻を楽しもうよ』


 ゾルカは不満そうだが、私は構わず彼女の腕を引っ張って立ち上がらせる。ぐずぐずしてまた電池切れを起こされては堪らないからだ。


『わわっ、ちょっ……わかった、帰る! 帰るから……せめて腕組まない? 折角だから帰り道ぐらいデート気分を味わいたいっていうか〜。甘々な感じの方が眠気が紛れるっていうか〜』


 兜頭をあざとく傾けておねだりするゾルカ。こんな時に色気づく彼女の神経を本気で疑ったが、最早問答するのが面倒になった私はただこう答えたのだった。


「勝手にしろよもう……」


〜〜〜


 それから数十分後、兜を被った女とそれにへばりつかれた渋い顔の女という奇妙なカップルはやっとのことで自宅のアパートへ帰還を果たした。


「つ、疲れた……!」


 玄関の扉を閉じた瞬間、私は急に頭痛と胸の動悸に襲われた。今まで何だかんだ誤魔化せていたが、2回の吸血による貧血症状が出たようだ。ゾルカだけでなく、私の体力も大概ギリギリだったらしい。


「……なあ、私そろそろ寝落ちるから、先にベッドの中入って……っておいコラ」


 先に兜を脱いで居間へ入ったゾルカに私は声をかけたが、彼女はベッドの手前にあるソファにもたれかかってズルズルと崩れ落ちつつあった。今度こそまぶたの限界。恐らく既に意識を手放しているのだろう。


「ふざけんなよ本当に……」


 私は怠い体に鞭打って居間へ向かうと、ゾルカの体を引き寄せて仰向けに抱きかかえた。所謂お姫様抱っこの体勢だ。


(意外と軽い……ちゃんと食べてんのかこいつ……いや、吸血鬼だから食べないか。しかし何とも世話の焼ける……!)


 私はそのままベッドの側まで歩いて行き、足を使って天板をマットレスごと跳ね上げた。そして、中に敷き詰められた土の上にゾルカの体をそっと横たえた。


(安らかな寝顔だ。って言うか、無表情? こいつ、こういう感じで眠るのか)


 置かれた姿勢のまま眠り続けるゾルカはとても静かで、ともすれば寝息すら消え入ってしまうのではないかと思うほどだった。今日一日騒がしかった彼女とはあまりにかけ離れたその寝姿に、私は何とも言えない気持ちになる。


(……吸血鬼の眠り、か)


 ともあれ、私も既に意識を保つのがキツくなって来ている。夕食とか入浴とか、やるべきことはまだあるが、それは次に目を覚ましてからにしよう。


「おやすみ。私のご主人様よ」


 その一言に皮肉を込め、私は墓の蓋を閉じた。そしてマットレスを敷き直し、その上に身を投げ出すや速やかに爆睡した。


 折しもカーテンの隙間から差す西日が途切れる頃、私とゾルカによる初めての“昼更かし”は遂げられたのだった。


《つづく》


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