第6話 今日誰も寝てはならぬ 中編
吸血鬼ゾルカの初登校まであと2週間足らず。日光を受け付けない身で果たして日中の登下校時は可能なのか。対策と称してゾルカが持ち出した日避けグッズはなんと西洋甲冑の兜。最強の拒絶アイテムと言えるこの骨董品を被った彼女と、これから私はデートをしなければならない。なお、ゾルカ本人は体内時計の矯正のため昨日から一睡もしておらず、私は起き抜けから血を吸われて低血圧。同棲2日目の過酷な日曜日、昼下りという名の後半戦が始まった。
〜〜〜
私のアパートから程近い、大盛りで有名な喫茶チェーン。手始めに私とゾルカはそこで昼食を取ることにした。
『2名で』
兜越しのくぐもった声で、ゾルカが店員に告げる。中堅アルバイトと思しき店員は一瞬眉をひくつかせたが、すぐに接客スマイルに戻って私たちを窓際のボックス席へ案内してくれた。そのプロ意識の高さに私は柄にもなく感動した。
『あ、通路側空いてるじゃん。ラッキー』
が、その感動に水を刺すようにゾルカはさっさと日当たりの悪い椅子席に陣取ってしまった。私は店員に詫びの会釈をすると、ゾルカの向かいにどっかりと腰をかけた。
「……そんな完全防備でもやっぱ日陰がいいわけ?」
『あくまでしんどさを和らげるだけだから、なるべくはねー。私、ココアだけでいいから。杏朱ちゃんゆっくり選んでね』
ドリンク欄を一瞥してから、メニューを私の方へ滑らせて来るゾルカの様子は全くの自然体だ。よくもまあそんな大層なものを被って周りの目が気にならないものだ。私なんか、ここまで来る20分足らずの道中で何度彼女を置いて走り去ろうと思ったか知れないのに。
(元がいい御仁は自信の程が違うのかね。頭部の異様さに目をつぶればコーデも決まってるし、そこは流石だ)
ゾルカが首から下に纏っているのは、オーバーサイズのパーカーとスキニージーンズの組み合わせ。元から細い彼女の脚が更に華奢に見えて、こころなしか小動物感が増している。同じパーカーコーデでも、カーゴパンツで下半身の太さを誤魔化している私とはえらい違いだ。
(ってかこいつ、私がパーカー引っ掴んで出たのを見てわざわざ合わせて来たな。嫌味な真似を……!)
生物としての造形美の差をひしひしと感じるが、今は体型のことは考えないことにする。何しろさっきから低血圧による眠気と倦怠感に耐え続けて頭が痛くて仕方がない。ここはガッツリ食べて血を補給しなくては。
「私カツパンにするわ。もう呼んでいい?」
『……』
と、私の呼びかけにゾルカは応えない。
「おい、ピンポン押すぞ?」
『……』
念を押しても返事はない。私が訝しんでいると、沈黙したままのゾルカが突然こくりと頭を垂れた。首の座っていない赤ん坊のようなその動きで、私は事態を察した。
「寝るなっ!」
ベコンッ
兜の頭頂部に私の張り手が炸裂し、鉄板を叩く音がホールにこだました。
『うわわわわっ!? 何何何!!』
途端に飛び起き、膝をテーブルの裏にぶつけるゾルカ。その衝撃でお冷が1mmほど跳ねた。
『もぉ〜やめてよ杏朱ちゃん! びっくりするじゃん』
「いやこっちがびっくりだわ。顔見えないからって何寝ようとしてんの? ふざけてんの?」
平然と喋っているから当座は覚醒しているものと思っていたが、油断のならないやつだ。こいつにはココアだけと言わず、眠気覚ましのエスプレッソコーヒーも頼んでおいてやろう。
と、私が店員の呼び出しベルを押そうとした時だった。
「おお、先輩が女殴ってら!」
突如として背後から、聞き覚えのある声で失礼な言葉が聞こえて来た。咄嗟に振り返ると、そこには茶に染めたウルフカットの髪を揺らしてケタケタ笑う女が居た。会社で私と同じ事務方をしている、後輩の睦夏織だ。
「痴話喧嘩ッスか? それならウチがお話聞きますんで、相席失礼しますね。あ、お姉さーん! お冷こっちー!」
店員を馴れ馴れしく手招きしながら、睦が許可もなく私の隣の椅子に滑り込んで来る。その勢いが余って、睦のオフショルダーのトップスから剥き出しの肩が私の腕にぶつかった。人のパーソナルスペースもお構いなしだ。
「ん、お冷ありがと。ウチはパスタランチでお願い。ところでお姉さん可愛いね、今日何時上がり?」
どうでもいいことだが、女もイケるというだけの私と違いこいつは生粋の女好き。そして遊び人でもある。ちょっかいを出されて戸惑う店員に向かい、私は「無視してください」と仕草で訴えた。
私とゾルカの分のオーダーもついでに伝え、店員が立ち去ると、私は改めて睦に向かい合った。
「まず最初に言っとくな。ここで見たことは全て忘れるように。他言したら後で怖いから覚悟しとけよ」
「え、開口一番怖っ。どんな訳ありなんスか……ってかこの人は先輩のお友達……いや、妹さん……? 」
私の放つ圧にたじろぎながら、睦がゾルカをしげしげと見る。いくら見てもそこには兜しかないのだが。
『はじめまして。杏朱ちゃんのカノジョですっ』
ゾルカも余計なこと言わんでいい。
「その辺で会っただけの他人だよ。何やら思い詰めているようだから、心優しい私が話を聞いてやってたってわけ」
「へぇ、ふたりしてパーカーで揃えちゃって仲良さそうに見えたんスけど、なんだ他人かぁ。そんな仮面で外界を遮断して……さぞかし深いお悩みがあるんでしょうね。おいたわしい限りッス」
睦の言う通りだ。本当に厄介な奴なんだこの女は。
『むー……異議を申し立てたい』
ゾルカが不満そうだが、却下に決まっている。ここで睦に契約だの同棲だのがバレたら、絶対に喰い付かれて面倒なことになる。多少強引でもゾルカのことは怪しい女性Aで通すからな。
「申し遅れたッスけど、ウチは睦。こちらの坂出杏朱サンの職場の後輩で、ちょっとツラが良いだけのケチなOLッスよ」
時代劇の三下役のように揉み手をしながら、睦がゾルカに挨拶をする。
『どうもご丁寧に。わたしはゾルカ。特に悩みとかはないけど諸事情で兜を被ってるスーパー美少女だよ』
ゾルカが深々とお辞儀を返すと、兜の頭頂部が照明を反射してピカリと光った。それを見て睦が「あっはは!」とけたたましく笑う。どうやら美少女云々は本気にしていないようだ。
「お嬢さん面白いッスね。それに坂出先輩を引っ掛けたのはなかなかお目が高い。今でこそご覧の仏頂面ッスけど、この人、高校時代は女子校の王子様としてモテモテだったんスから」
『そうなの?』
ゾルカが私の方を向き、格子状の面頬が斜め下から私を睨め上げる。睦のやつ、余計なことを言ってくれた。
『杏朱ちゃん、女子校で無双してたの?』
「……女子校じゃなくて共学な。ご覧の仏頂面で全く男っ気がなかったから、面白がってそういうこと言う奴が居たってだけ。今までの人生、男にも女にモテたことは一度もないよ」
ゾルカの声色は平然としたものだったが、表情が見えないので要らん気を回してしまう。睦の悪ノリなのだから乗っておけばいいのに、咄嗟に弁解をしているのが我ながら間抜けだ。
「いやいや! クールで甘いマスクにサラサラのショートヘア、背は高くスラッとしてて、周りと馴れ合わず窓際で本を読む姿は女子の憧れの的だったんでしょうが! 今はややぷにっとしてますけど、先輩は磨けばまだ光るんスからそう謙遜しないで〜」
睦は私の気も知らず、続けて愚にもつかないことを言っている。その減らず口を塞ぐように私はお冷のグラスを押し付けた。
「一旦黙ろうか」
「うぶぶぶぶ! ちょっ、リップが落ちるからそれは勘弁ッスよぉ」
それなら余計なことを言わなければいいのだ。口は災いの元とは睦のためにある言葉だろう。
「とまあ、こんな感じの偏屈さんなんで、先輩を落としたいなら粘り強くやることッスよ。頑張ってくださいね、鉄仮面のお嬢さん」
『心得たよ。わたし頑張るね。手始めにこのデートを最高のものにする』
などとさっきその辺で会った怪しい女性Aが宣っているが、私は聞かなかったことにした。
(まず、なんでその二人がちょっと打ち解けてんだよ。距離感おかしい者同士が出会うとこうなるのか? 理解できん……)
などと私が訝しんでいると、注文の品が運ばれて来た。先程と同じ店員がフードやドリンクをひとしきりテーブルに並べ、最後に伝票を置いて行ったが、その端っこにはこう書き添えてあった。
――15時半に上がりです
「ゲッチャ!」
睦はそれを見るや快哉を上げ、フォークを引っ掴むと皿いっぱいのパスタを高速で平らげてしまった。
「ウプ……いや失礼。ウチはちょっとお色直しのため家に戻るんで、この辺でお暇するッスよ。先輩たちも素敵な午後を。ではっ!」
口元のミートソースを拭う片手間で睦はパスタの代金を置き、足早に店を出て行った。嵐が過ぎ去った後のように気もそぞろなテーブル席で、私はようやくカツパンに手をつけた。
『あの人……睦さんだっけ。すごいね。わたし、弟子入りしたいかも』
などと言いながら、ゾルカは面頬の隙間にストローを差し込んで器用にココアを飲んでいる。兜の下に黒いベールか覆面でも被っているのか、格子の向こうは影すら見えない真っ暗闇だ。
「まあ、不躾な奴だけど妙に人を惹きつけるのは確かだな。あの人柄は真似して出来るもんじゃないぞ」
そもそも睦のナンパ術を学んでどうするつもりなのか。日本の高校で女漁りでもしようと言うのだろうか。
(てか、ナンパならあんたも相当なもんだろうが。そのおかげで私は兜女と茶ァしばいてんだわ。こいつ、自分のたちの悪さに自覚がないのか?)
言いたいことは色々あるが、わざわざ公共の場でする話でもないので私は喉まで出て来た言葉を飲み込んだ。
『わたし決めた。杏朱ちゃんのこともっと虜にする。わたしにメロメロ夢中な王子様に仕立て上げて、それでめいっぱい優しくして貰うんだ』
目の前でナンパが成立する様を見て、ゾルカは要らん所に火がついたらしい。当初の目的が何だったのかそろそろ思い出して欲しいものだ。
「誰が王子様だ。誰が」
加えて、メロメロであろうがなかろうが私はゾルカに対し拒否権を持たない下僕だろうに。突っ込みどころの多さに呆れながら私がカツパンを貪っていると、ゾルカが『ねぇ』と身を乗り出して来た。
『この後はどこに行く? わたしどこでも行くよ? 杏朱ちゃんが行きたい所、わたしがどこだって最高の場所にしてあげる。それがデートってものでしょ?』
面頬の隙間から覗く暗闇の奥で、ゾルカの目がぼんやりと緑色に光っている。こうなればいよいよ有無を言わせないのがゾルカだと、私は出会って三日目で早くも学びつつあった。
「……本当にどこでもいいのか?」
それならば、私が行きつけのお楽しみスポットへ案内してやろう。
〜〜〜
数十分後。
『ううううう〜……うるさあああああああああああああああい!!』
兜越しに放たれたゾルカの絶叫が、辺り一面にひしめく遊技台の騒音にあえなく掻き消された。暇な休日にぴったりの遊び場、パチスロ店である。
「ほら、突っ立ってないで好きなとこ座りな。ここからは各自孤軍奮闘だから」
『今、孤軍奮闘って言った!? デートなのに!? てかわたしこういうのやったことないからわかんないよ〜!』
「これと決めた台を信じて、心の赴くままレバガチャする。あとはお祈り」
『も〜! 思ってたのと全然違う〜!』
いや違わない。ゾルカの言った通り最高だね、パチスロ初体験で狼狽えるトーシロを観察するのはね。
これだけうるさければ眠気も吹き飛ぶし、何だか今日は勝てそうだ。ゾルカと過ごす初めての日曜日、まだまだ続く。
《つづく》




