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7.交差する想い

昼休み、オフィスの空気が少しだけ緩む。パソコンを閉じ、コーヒーを片手に持った由香がコロコロと椅子を美波に寄せ腰を下ろした。


「ねぇねぇ、昨日陽翔くんに送ってもらってどうなった?」


由香はわくわくと興味津々と言った様子で美波に問いかけてくる。


「何もありません。」


「えぇ?送り狼じゃないの?草食だなぁ〜陽翔くん。」


残念そうに口を尖らす由香に美波は陽翔くんはいい子だからねーと笑いながらコーヒーを飲む美波はいつも通りの笑顔だ。

しかし、由香にはその笑顔がどこか張り詰めたような、薄く膜を張ったような笑顔に見えた。

疑うように由香はじっと美波の顔を見つめ直す。


「なんかついてる?」


顔をペタペタと触って確認する美波。


「いや………なんか、無理してる気がして…」


全てを見抜かれた気がして美波は驚きに目を見張ったが、すぐに由香から目線を外して何にもないよと誤魔化しながら笑う。


「…ふぅん」


由香は小さくため息をついてコーヒーを啜った。

航平が死んだ時もこんなことがあった。今よりもっと酷かったが、笑っているけど心ここに在らず。

美波の何もないよほど信用できないものはない。

美波の中で何かが揺れている。

けれど、まだそれを口にできる状態ではないのだろう。

由香はそっと目線を落とした。


「ま、無理に言わなくてもいいけどさ。いつでもあたしを頼るんだぞ。」


「うん。ありがとう。」


そう言って目を細める美波が孤独に見えて、消えてしまいそうに見えて…。

由香はコーヒーを持つ手をぎゅっと握り直した。








気分が暗いままに仕事を終えた美波は1人会社を出た。

航平との朝の会話を思い出しまっすぐ帰る気になれず、ビルの灯りが消えゆく街をゆっくり歩いた。


「美波先輩?」


突然の背後からの呼び声に美波が振り返ると陽翔が少し驚いた顔で立っていた。


「あれ?今日夜ご飯無理って……用事じゃなかったんですか?」


美波は一瞬言葉に詰まり、それでもなるべく自然に笑って返す。


「ううん。ちょっと体調が悪くて。」


「じゃあすぐ帰らないと!送っていきましょうか?」


「でも帰りたくもないんだよね…」


ぽつりと漏らした美波の言葉に、陽翔は少し考える。

そして何かを思いついたように微笑んだ。


「じゃあ…ちょっとだけ、公園でも寄っていきません?」


「公園…?」


「僕の帰り道の途中に静かな公園があるんです。ベンチもあるし、ちょっと気分転換になったりしませんか?」


数秒迷った末、美波は小さく頷いた。





夜風の吹く公園。

ベンチに並んで座った2人の間に生暖かい風が吹き込む。

ただその距離は過去に比べ着実に縮まっていた。


「……こういうの、なんか学生の時思い出さない?」


「夜の寄り道ですか?」


うんと美波が小さく頷くとすこし陽翔は悲しそうな顔をした。


「…俺、片親だったから高校も大学もバイト三昧であんまり寄り道とかの思い出はなかったなぁ…」


「そうだったんだ。」


「あの頃はずっと忙しくて周りを見る機会もなくて、そのまま社会人になって、恋なんてほぼ初めてに等しいから先輩に嫌がられてるかもしれません。」


そんなことないよと美波は笑う。

その言葉の通り陽翔の包み隠さないまっすぐな思いは美波にとってそれなりに嬉しく受け取っていた。


「好きって言ってくれて嬉しいよ。」


そう言って陽翔に笑いかける美波の笑顔に陽翔の胸がどきんと揺れる。

月に照らされた美波の笑顔は儚く、慈愛に満ちていた。


「俺、優しくて好きとか優しくしてくれて嬉しいとかよく言われるんです。」


ぽつりと語り始めた陽翔の言葉に美波は黙って耳を傾けた。


「そういう風にみんなに当たり障りなく、距離をとりながら優しくして、自分は傷つかないように逃げてるだけなんです。」


陽翔の目には迷いと後悔が浮かんでいた。


「美波先輩には…そうしたくないんです。もっと踏み込みたいし、隣にいたい、隣にいてほしい。」


「……ごめんね。」


「いえ、僕が待つと言ったのにこんなこと言ってごめんなさい。返事もいらないし困らせるつもりはなかったんです。…ただ知っていて欲しかった。」


美波の顔は少しずつ熱を帯びてきていた。

だが、美波はそれを認めるわけにはいかなかった。

自分が航平に言った一緒にいるという言葉が美波を暗く縛り付けていた。


さぁと陽翔が立ち上がる。


「そろそろ帰りましょう。途中まで送ります。」


そう言って美波に手を差し伸べる。

美波はその手を取って立ち上がった。


公園の地面に月に照らされながら歩く男女の影が長く伸びた。

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