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3.帰ってきた日常

「……美波」


柔らかく包み込むような声が耳元に届く。

瞼の裏がほんのり明るい。美波がゆっくり目を開けると優しい朝日に照らされながら自分の顔を覗き込む航平の顔があった。


「おはよう。美波。」


「夢じゃなかったんだぁ…よかったぁ…」


寝ぼけたままの美波はへらっと笑いながら起き上がる。

朝起きると大切な人がそばにいてくれる。

当たり前でなくなっていた過去の日常にふわふわと心地よい幸福感が美波の胸に広がった。


「さぁさぁ。そろそろ支度しないと間に合わないんじゃない?」


航平が優しく、だけどちょっと揶揄うかのように笑った。


「…!ほんとだ…!」


美波は慌てて起き上がりドタドタと洗面所へ向かう。

顔を洗い鏡に映った自分の顔をみて驚く。


「めっちゃにやけてるじゃん…わたし…。」


航平がいるかいないかでこんなにも変わるのかと少し恥ずかしくなりながらせっせと支度を進める。

長い黒髪を一つに束ね、メイクもサッと終わらせた。

着替えも慌ただしく済ませ、カバンの中もちゃんと確認する。

よし、社員証、スマホ、財布、よしこの3つがあればなんとかなるな。

リビングに戻ると航平がソファに腰掛け美波を見上げていた。


「いってくるね!航平」


美波はぱっと笑って手を振る。

航平もにこりと微笑みいってらっしゃいと手を振りかえした。

玄関の外の世界は昨日よりも輝いて見えた。







「あ、美波先輩?」


いつものように電車に揺られていた美波の上からふと声がかかった。

見上げると陽翔が美波を見下ろしていた。


「え、あ、あーーー。おはよ。」


すっかり忘れていた陽翔の告白を急に思い出し美波は少し頬が熱くなるのを感じた。

そのときガタンと電車が揺れ他の人に押され体が押しつぶされ、わっと美波は声を漏らす。

すっと陽翔が美波の肩を掴み自分の場所と美波の場所を入れ替えた。

電車のドアに背中を預けた美波は突然の呼吸のしやすさに驚く。

サラリーマンたちと美波の間に陽翔が立ち壁となってくれていた。


「大丈夫ですか?」


心配そうに顔を覗き込む陽翔に美波は顔を逸らしながら大丈夫ですと小さな声で答えた。

しばらく二人は無言のままだったが陽翔が気まずそうに口を開いた。


「あ、あの…昨日の告白の件なんですけど…」


その言葉に美波は硬直した。

思わず視線を落として口をキュッと結ぶ。

やはり聞かれるか…。

美波の緊張に気づいたのだろう。


「あ、いや、ううん。いいです。ごめんなさい迷惑かけて。」


陽翔は慌てて謝った。

美波の耳は真っ赤に染まっていた。

断らなければいけない。断らなければ。だって私には航平がいるから。


「えーっと。」


美波が返事をしようとした時会社の最寄りに電車がついてしまった。


「あー、また。今度ゆっくり話しましょう先輩」


「そうだね…」


その後二人はまた無言のまま会社へと向かった。

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