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1.夕暮れのカフェ

春の終わり、日差しが柔らかく仕込む夕暮れのカフェ。

仕事を終えた立花美波(たちばなみなみ)は窓際のいつもの席に座り、冷めたカフェラテをぼんやりと見つめていた。


「先輩、またここにいたんですか。この席好きですね、ほんと」


「あなたもまた来たの?」


美波の問いかけにへへへと笑う彼は美波の会社の後輩の湯目陽翔(ゆのめはると)であった。

明るい茶髪の無造作に遊ばせた髪。子供みたいに人懐っこい笑顔。

いつも勝手に隣に座ってくる陽翔の愛嬌に負け、美波は隣に座るなと彼に強く言えたことがなかった。

今日もまた美波の横の席に腰を下ろした陽翔は「あ、ストロー貰ってくるの忘れた!」と陽翔がストローを取りに席を立った。机に残されたのはストロベリーホイップマシュマロラテ。


美波はくすりと笑う。甘いものが好きなのはあの人と一緒だなぁ。

よく2人でこの席の座って…。


航平ーーーー。


美波の婚約者だった浅田航平(あさだこうへい)

彼は海の家に生まれ、幼い頃から海と共に生きていた。

10年前ライフセーバーだった航平が海の中で足を攣った当時大学一年生の美波を助けたあと2人が恋に落ちるのにそう時間はかからなかった。

大学を卒業して就職して仕事に慣れたら結婚しよう。

そう約束も交わした。

美波が社会人一年目となったときには2人で式場を見て周り、籍を入れるのは2人が出会った日にしようという話もしていた。


しかし、そんな楽しい日々は簡単に消え去った。

嵐の日だった。航平は人がいないか見回りに出た彼は浜辺で荒れた海を撮影し盛り上がる高校生を見つけたらしい。そのうちの1人が荒波に飲み込まれた。

その子を助けに航平は荒波へと自ら飛び込んだそうだ。

高校生は数日後に遺体として発見。

数年経った今でも航平の遺体は見つかっていない。


「先輩!」


美波の顔を心配そうに覗き込む陽翔の声に美波は過去の記憶から引き戻された。


「大丈夫ですか?何度呼んでも反応がないから…。」


「大丈夫。ごめんね。」


もう、びっくりした。と1人呟きながら陽翔はカップにストローを挿す。


「ねぇ湯目君。」


ストローを咥えたまま陽翔は美波に向き直りどうしました?というかのように首を少し傾げる。


「会社終わって毎日ここに来ていていいの?会社の先輩と毎日カフェなんて時間が勿体無いと思うんだけど」


「大丈夫です。俺にとっては有意義な時間なんで。」


「でも彼女さんとか…。」


「いません。」


「彼女いりませんってタイプ…?」


「いえ、全然ほしいです。俺先輩のことが好きなんで」


不意な告白に美波は口を開けたまま固まる。


「毎日毎日先輩と一緒にいるためだけにカフェに来てるのにまさか俺の時間がもったいないと思われてるなんて思いませんでしたよ。」


あーこんな告白するつもりなかったのになぁとため息をつく陽翔の隣で美波は残りのカフェオレを一気に流し込んだ。

そこに砂糖が溜まっていたのだろうか。

甘くなったカフェラテに美波は思わず眉を顰めた。



2人はそのあと会話という会話はせずにカフェを出た。

またあした。そう別れを告げる陽翔にも応えずに美波は黙って背を向けた。


美波にはわかっていた。

陽翔の好きという言葉が本心であることを。

だがその春の午後の陽射しみたいにあたたかい言葉は今の美波には眩しすぎた。


陽翔は優しいし真面目だ。私にはもったいないほどに。

それでも私には忘れられない人がいるから。

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