プロローグ
控え室の白いカーテンが、そよ風にふわりと揺れた。
海辺の式場。
波音がかすかに聞こえるその部屋には、純白のドレスを着た娘と、タキシード姿の男がで並んで座っていた。
娘は手のひらに汗をかいていて、緊張したように鏡をちらちらと見ている。
「お母さんも、こんなふうに緊張してたのかな……」
男はそっと笑って、持っていた古いアルバムをテーブルの上に置いた。
「どうだろうな。あいつは、こういう時ほど堂々としてたからなぁ」
娘はアルバムに目を留める。
「これ、お母さんの?」
「ああ。……“美波”が美波になる前の話も入ってる。このアルバムを、君に見せるのは今日がちょうどいいと思ってな」
男はゆっくりと表紙を開いた。布張りの表紙の中には、少し色褪せた写真と、思い出が詰まっていた。
娘は母の写真を愛おしそうに眺める。
若い母と映る父親ではない他の男の写真。少し日に焼けた黒い短髪の男。
「ねぇ、お父さん……。お母さんって、昔――誰か他の人を愛していたって話…」
娘の声は、まるでアルバムのページをめくるように静かだった。
男は一瞬だけ遠い海を思い浮かべるような目をして、そして笑う。
「ああ。お母さんには、すごく大事に想ってた人がいた。でもそれは、悲しいことじゃないんだよ。その人を想った時間があったから、今がある。そして俺は――お母さんの“これから”を一緒に生きることを選んだんだ」
娘はそっと、男の隣に座り直した。
「少しだけ……聞かせて?私の知らないお母さんの話」
男はうなずくと、アルバムのページを一枚めくった。
窓の外の風が潮の香りをのせて部屋に吹き込む。過去の物語が静かに、動きはじめた。




