婚約破棄された令嬢は王子に溺愛され、家族に囲まれ幸せに暮らしております
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以前「婚約破棄された氷の令嬢と呼ばれた侯爵令嬢は、王位を放棄した第一王子と告白され、夫婦になる。」のを改良した短編小説になります。
美しい庭園に面したサロンで、リリア・ブロージェットは紅茶を啜っていた。
優雅に、静かに、凛とした佇まいで。まさに『氷の令嬢』と呼ばれるにふさわしい貴族の娘として。
そんな彼女の真正面に座るのは、十年来の幼馴染であり、婚約者である青年。
名はディアス・レンフォード。
金髪碧眼、剣術も学業も優秀、街娘の噂話の常連にして、『貴族界一の爽やか系』などと何故か呼ばれている、少しばかり調子の良い男。
そんな彼が、今、ものすごく爽やかな顔で、こう言った。
「――好きな人が出来たんだ、リリア」
……うん。知ってた。
リリアは静かにまばたきをひとつし、それから紅茶のカップをソーサーに戻す。
内心では数々の罵倒語がカーニバルを繰り広げていたが、それを顔に出すことはなかった。
「……」
「……リリア?」
「あなたがおっしゃるのでしたら、婚約は――破棄いたしましょう」
口調はあくまで丁寧に――動揺してはいけない。
淑女の教養とはこういう時にこそ発揮されるものである。
相手の目を見ずに微笑を浮かべ――いや、微笑はダメだ、今は一切笑ってはいけない。
筋肉が勝手に動こうとするのを理性で鎮圧しながら、リリアはお辞儀をする。
「すまない……でも、君だったら、きっと――」
「わたくし、だったら?」
「その……君なら、一人でなんでもできるだろう?」
来ました、決め台詞。
はいはい、名言風に言ってますけど要するに『俺に甘えてこないからつまらなかった』って話でしょう?
なんですか、『守ってあげたくなる女』信仰でもお持ちで?
リリアの頬が引きつることはない。
だが、彼女の内心のリリア's軍団(仮称)は一斉に机をひっくり返していた。
「……それならば、私は父に報告させていただきます。そちらも、よろしいですわね?」
「ああ……わかった。本当に済まない、リリア」
――そのように思っているなら、どうして今そんなに顔が晴れやかなんですかね?
リリアはそっと視線を逸らし、深く、深く、呼吸をする。
このままでは、テーブルの上にある銀のティースプーンをつかんで相手の額に突き刺してしまいかねない。いや、寧ろ突き刺したい。
(無表情、大事……私、今『氷の令嬢』なんだから……これが『鉄火の令嬢』だったらもう戦争ですわよ)
「それでは、失礼いたします。今後は、どうかお幸せに」
そう言って、リリアは立ち上がる。
そしてその背中から、ディアスの能天気な声が聞こえてきた。
「ありがとう、リリア! 君なら――」
リリアのスカートの裾が、ふるえた。
それは怒りの震えではなく――笑いを堪える震えだった。
(……バカですわね。最後まで、ちゃんとバカ)
無表情を保ったまま、静かに部屋を出る。
扉が閉まる音がして、背後の気配が遠ざかる。
廊下を曲がり、ひとけのない庭園の影へと足を進め、ベンチの端に腰を下ろした。
その時、張り詰めていたものが、ふっと緩んだ。
脳裏をよぎるのは、あの懐かしい声を思い出す。
『大きくなったらリリア、結婚してくれる?』
あの時のディアスの瞳は、真剣だった。
幼いながらも、未来を夢見る無邪気さがあった。
そして、自分も――信じていた。
「……どうして、でしょうね」
ふっと零れた声とともに、頬を一筋、雫が滑る。
誰もいないはずの庭園で、リリアはようやく、氷の仮面を外した。
静かに、音もなく、涙を流す令嬢の姿は、まるで散り際の冬の花のようで――その美しさを誰も知らないまま、風に溶けていった。
▽
「――で、その婚約者は堂々と浮気をしていた、という事なんだね、リリア」
侯爵家の応接間で、第一王子ウィンセントは紅茶を啜りながら、のんきにそう言った。
まるで今夜のメニューがビーフシチューだとでも聞いたかのような、気楽な口調である。
「ええ、そうですよ……それより、何故こちらにいらっしゃるのですか、ウィンセント様」
「何って、今日は弟の見守り。君の妹と仲良く遊んでるじゃないか。いやあ、君の妹、ますます可愛くなったねぇ。将来有望!」
「……それはありがとうございます。妹には惜しみなくお金と教育を注ぎ込んでいますから。将来、立派な妃になってもらわなくては困りますし」
優雅に笑みを浮かべながら紅茶を口に運ぶリリアの隣、ひときわ無邪気な笑い声が響いていた。
金色の髪を揺らして駆けまわる少女――リリアの異母妹、アンジェ。
そしてその手をぎゅっと握って遊んでいるのは、この国の第二王子、クリストファー。
二人は幼い頃から婚約者であり、未来の国を担う小さな王子と姫である。
リリアはその教育係として、日々手を尽くしていた。
大切な義妹が将来、この国を背負う存在となるのだ。両親も、そしてリリアも、金を惜しまない。
リリアも自分磨きより、妹を優先にしてきたところもある。
そんな彼女の姿を、クリストファーが優しい瞳で見つめる。
「……君、あの子たちを見る時だけ、目がすごく柔らかいね。表情筋が急に生き返る感じ」
「そうでしょうか?」
紅茶を優雅に啜るリリア。だがウィンセントは気づいていた。
その目元に、わずかな赤みが残っていることに――そう、彼女はさきほど泣いたばかりなのだ。
誰にも見られぬ場所で、音もなく。
だがそれを表に出さないのが、彼女という女だった。
「で、その浮気男、どうなったの?殴ってないのか?」
「いえ。穏便に終わらせました。……ただ、父とお義母様が少々、立腹しておりまして」
「……『少々』あの二人が?」
「ええ……昨夜、二人で『あの家、焼き払ってもいいかしら?』と言う家族会議が行われていました」
「嘘だろう……」
「私も『それはまずいです』と止めました。ですが、あの二人が手を組んだら――国が滅びますので」
事実である。
父は元・英雄級の冒険者。
義母――アンジェの実母は、魔術の名門出身にして元・天才魔導士。
二人が『おしおき』の名のもとに本気を出せば、ひとつの町くらい容易く消し飛ぶ。
そして、もう一人――同じくバケモノのような存在の少女が居る。
「おねえさまーっ!」
庭の向こうから、全力で走ってくるアンジェ。
髪に葉っぱ、スカートに泥、顔にどこからついたのか花びらまで……自然と一体化していた。
「見てください!クリスさまとお花摘んできました!」
「泥の量のほうが気になりますけれど……ありがとう。あとでお風呂ですね」
「はーい!あ、そうだ、おねえさま!」
突然きゅっと拳を握りしめ、アンジェの表情が変わる。
さっきまで無邪気だったのに、急に――戦闘モードである。
これはまずいと認識したリリアだったが、既に遅かったらしい。
「昨日ね!おかあさまとおとうさまが、『あの男は一回地獄見たほうがいい』って言ってたの!」
「それ、普通に物騒だから!やっぱり止まってなかったんですか!?」
「おねえさま! わたしもおかあさまとおとうさまと一緒に手を出しにいっていいですか!?おねえさまのこんやくーをことわった男、ぼっこぼこにしたいので!」
満面の笑顔で、手のひらの上に火の玉がふわっと現れる。
隣のクリストファー王子も「わーっ!すごい!」と拍手している。いやいや君、王族だよね!?
「……母親譲りの魔導士でしたわね、あなた。どうするつもり?」
「えっとねぇ……誘惑して近づいたら、ぶすっとします!」
「もっとダメです!!」
あまりに物騒なプランBに、リリアがつい本気の声を上げる。
ぶすっと、って軽く言ってるけど、魔術絡みなら本当に刺さる可能性があるから怖い。
「じゃあ幻術で追い込むのは……」
「だからそれもダメですってば!!」
ぽかんとするアンジェ。リリアは頭を抱える。
(この妹、どこで淑女教育間違えたのかしら……)
「いやあ……本当に、姉妹って、いいね……」
爆笑を堪えながら、ウィンセントがぽつりと呟く。
「ふふ……とても『平和』ですわね……」
「この家、平和の基準が戦場なんだよな……」
苦笑いを浮かべるウィンセント。
でもその表情の奥には、どこか安心したような光があった。
――この人は、笑える場所を知っている。
そしてリリアもまた、そっと目を伏せながら思う。
家族って、ありがたいものなのだと。
どんなに笑えなくても、どんなに冷たく見えても――自分を大切にしてくれる存在がいるというだけで、人は、温かくなれる。
リリアはそんな彼らを見て、静かに笑みを見せた。
その時、まさかそのような言葉を言われると思っていなかった為、不意打ちを食らった。
「――俺の妻になる気はないか、リリア?」
その一言に、リリアは紅茶を吹きかけそうになった。
実際、口の中で噴き出しかけたのだが、ぎりぎりで飲み込み、喉に詰まり、結果むせた。今、この男何と言った!?
「ごほっ……う、ウィンセント様……な、何をおっしゃって……?」
「そのままの意味だよ。リリア、君と結婚したい」
「…………」
時が止まる。
アンジェはきょとんとしていたが、隣のクリストファーは「やっぱり言った!」と小さくガッツポーズをしていた。
君たち、知ってたのですか?
「ま、まさか……気の迷いでは?」
「迷ってたら、王位放棄なんかしてないさ」
「――はい?」
「俺、もう王位継承権放棄してるんだ。父上も母上も、了承済み」
サラッと言った。今さら感覚が麻痺していたが、第一王子が王位を捨てたという事実が、爆弾級であることに変わりはない。
「……そ、それは何故……?」
「君が婚約してたから」
「は、はい?」
「政略結婚の話もあったし、君の人生に土足で踏み込むようなまねはしたくなかった。だから、王子という立場を捨てて、ただの俺になった。……それだけだよ」
「………………」
いよいよ言葉が出ない。
『氷の令嬢』と呼ばれていたリリアだが、その冷静な仮面がほんの一瞬だけヒビを入れる。
「……そ、そんな大事なことを、なぜ今まで……」
「君、察しが悪いから」
「………………」
今度はカップを置いて、無言でリリアが立ち上がる。
数秒の沈黙。空気がぴん、と張り詰めた。
「……殴っていいですか?」
「ごめん! 冗談だから!!」
「真顔で言われると冗談に聞こえませんわよ……」
冷たい目を向けるリリアに、ウィンセントは乾いた笑いを浮かべた。
だが、彼の表情は真剣そのものだった。
「……それでも、君がまだ誰かと結婚するつもりがないなら、俺は――待つつもりだった」
「……ウィンセント様」
「でも、もし、君が……『今なら』と、思ってくれるなら」
ウィンセントが手を差し出す。
「――俺と、一緒に未来を歩んでほしい」
ウィンセントが手を差し出し、静かにリリアに告げたその瞬間――可愛らしい声が響き渡る。
「おねえさまが!おねえさまがプロポーズされたーっ!」
元気な声がサロン内に響きわたった。
叫んだのはもちろんアンジェ。そしてもう一人。
「うわぁっ! お兄様、本当に言った! 本当に! おねえさまに求婚したんですね!? やっぱり好きだったんですね!!」
隣で同時に跳ねていたのは、クリストファー第二王子。
彼は王子である以前に、リリアを慕う『可愛い弟』でもある。
「おねえさまーっ!! おうじさまからプロポーズされるって、夢みたいです!!」
「……アンジェ、クリストファー様。落ち着いて、少し、静かに――」
「だってすごいことなんですよ!?おねえさまが、あのクールなおねえさまが、おにいさまにお嫁さんってことですよね!? わぁぁああ!!」
「アンジェ、リリアおねえさまがお兄様のお嫁さんで……僕の、僕のおねえさま……えへへっう、うれしぃ……」
「わたしも、うれしい……!」
二人してわちゃわちゃ騒ぐ弟妹。
その光景を前に、リリアの顔はますます赤くなっていく。
もはや『氷の令嬢』の仮面、原型を留めていない……が。
事件はここからだった。
「おとうさまーっ!おかあさまーっ!おねえさまがプロポーズされましたーっ!!」
「「――何ッ!?」」
アンジェの報告により、嵐がやってきた。
ズシンッ、ズシンッと床が揺れるような足音とともに、
扉が、力強く開かれる。
「……誰だ。うちの娘に手を出したのは」
「王子だろうが神だろうが、許しません。問答無用で、灰にします」
そこに現れたのは、父と義母。
父・ロイ・ブロージェット。元・英雄級冒険者。肩には巨大な大剣。
義母・セリーヌ。魔術の名門“炎のアルマ家”の元後継者。既に指先に炎が踊っている。
しかも二人とも、明らかに戦闘用の装備に着替えていた。
「えっ!? ちょ、待って! 落ち着いてください!? あの、違――」
「プロポーズです!!プロポーズですから!!不純じゃありません!!婚前略奪でもありません!!」
慌ててウィンセントが全力で弁明する。
弁解しながら、話を続ける。
「俺は、リリアを本気で愛しています!婿入り志願です!!この家に入って、全力で支える所存です!!」
「――ふむ。婿志願ときたか」
父のロイが、大剣を床に突き立てた。
威圧感だけで壁が鳴いた気がした。
「では、『儀式』を執り行う」
「え、は?ぎ、儀式……?」
リリアが目を見開く。ウィンセントは青ざめる。
「娘の婿となる者には、『我が家式・夫適正試験』を受けてもらう」
「内容によっては爆発四散も辞さないので、ご覚悟を」
「え、ええと、それって具体的には――」
「【問1】リリアがもし、家事を失敗しても笑って許せるか?」
「もちろん! 全部俺がやるつもりです!!」
「【問2】もし、別の女性に言い寄られたら?」
「全力で逃げてリリアに助けを求めます!!!」
「【問3】……リリアが、愛をくれなくても?」
沈んだ声に、サロンが静まり返る。
リリアが、思わず目を伏せた。
だが――
「俺が愛するのは、リリアです」
ウィンセントは、まっすぐに答えた。
「たとえ彼女が俺を見てくれなくても、俺は彼女を愛し続けます。最後まで!」
その瞬間。父と義母が顔を見合わせた。
「――合格だな」
「即答すぎる!? 試験って何だったんです!?」
「もうこれ以上、婿に相応しい奴なんて現れないからな」
「真実の愛とかぬかして、リリアを捨てたバカがいたくらいですからねぇ」
口々に言う両親に、リリアはとうとう限界を迎えた。
「……も、もう……いいです……!全員、少し黙っていただけませんか……!?」
思わず声を上げたその頬は、かつてないほど赤く――けれど、どこか嬉しそうに見えた。
全ての試験を終え、「合格」を告げられたウィンセント。
父・ロイはすっかり満足し、「いい婿が来てくれたな……!」と既に泣きそうになっていた。
だが――そのとき、隣で炎の魔力をまとった義母・セリーヌが、ひとつため息を吐いた。
「まあ、夫としての覚悟は見せてもらいましたけど……」
パチ……と、指先で小さな火の玉を弾けさせる。
「それと『娘を託す』のは、話が別ですのよ?」
空気が変わった。
それはまるで、王国魔術大会の決勝戦のような圧力――否、実際それ以上だ。
「セ、セリーヌ様……!?」
「王子様だって遠慮はしません。リリアを大切にすると言うのなら、私を倒してからになさい。」
ウィンセント、完全に固まった。
周囲の家族たちも一瞬フリーズしたが――
「やっば……戦闘モード完全覚醒した……!」
「いつぞやの竜退治のとき以来ですね……!」
父・ロイが懐かしむように言い、アンジェとクリスがワクワクして応援に回る。
そんな中、リリアだけは慌てて立ち上がった。
「お義母さま!?まさか本気で!?だ、だめです、ウィンセント様じゃ敵うわけが――」
だが、セリーヌは優しくリリアを見つめた。
「リリア。あなたにはまだわからないかもしれないけれど……」
その目には確かな愛情が宿っていた。
「あなたは、私の大切な娘ですのよ。血が繋がっていなくても、誰より大事に思っています。だからこそ――『本当にこの人でいいのか』、私は母として、最後まで確かめたいのです」
「…………お義母さま」
「感動している所悪いけど、場合によっては勝たなきゃ俺殺されるからね、リリア!」
その言葉に、リリアの喉奥から声が出なかった。
同時にウィンセントは青ざめた顔をしながらはっきり言った。
しかし、彼女は感動しているので、その声は届かない。
彼女は、この家に来たとき、どこか遠慮していた。
『実の娘』じゃないという気持ちは、常にどこかにあった。
けれど――この瞬間、確かに届いたのだ。
義母が、全力で愛をぶつけてくれていることが。
「……いいでしょう」
沈黙を破ったのは、ウィンセントだった。
ゆっくりと立ち上がり、静かに前へ歩み出る。
「リリアを本当に愛しているというのなら――」
セリーヌはそっと、指先を天に向けて掲げた。
「私を越えてからにしなさいな」
その言葉と同時に、空気が一変した。
風が逆巻き、庭の草木がざわつく。空気が熱を帯び、肌を刺すような魔力が迸る。
セリーヌの足元には魔法陣が自動展開され、周囲の地面がじりじりと焦げつき始めた。
『炎の魔女』――その異名は、伊達ではなかった。
「ちょっ……マジでやるんですか!?」
「ええ。手加減? 聞こえませんでしたわ?」
「……聞こえませんでしたとも!!受けて立ちます!!」
ウィンセントも覚悟を決める。
彼は王族として魔術の基礎教育を受けており、戦士としても鍛えられている。
だが――この『本気の義母、セリーヌ』が相手では、その差は歴然だった。
初手、セリーヌの指先から迸ったのは、赤紫に輝く業火の槍。
それは音を置き去りにして空を裂き、ウィンセントの足元に突き立つ。
「うわぁぁああッ!? まじで殺す気ィ!?」
「少し焦げたくらいで死にはしませんわよ。王子ですもの!」
「王子だから大事にしてとはならないんですか!?」
火花を散らしながら、ウィンセントは回避。そして風魔法で反撃する。
セリーヌの背後を狙った風の刃は――ふわりと浮いた防御結界に、あっさりと阻まれた。
「なるほど……まずまずですわね。でもまだ『娘の夫』には足りません」
そう言って彼女が振り上げた腕から、今度は無数の火弾が花火のように生まれ――
「連・続・詠・唱!?」
「逃げ場はありませんわ、坊や」
「ヒィィィ!!」
一方その頃、庭の隅のテント席では――
「お兄様、燃えてるー!」
「うん、でも立ち位置的にちょっと左すぎですね。火弾が避けやすい」
「クリスさま、解説ありがとうございます!」
「アンジェちゃんも実況うまいよ!」
二人してスコーンをもぐもぐ食べながら実況&解説を行っていた。
「……それにしても、うちの妻は容赦ないな」
父・ロイはケーキにかじりつきながら、まるで天気を語るかのような口調。
「しかし、アレを耐えきれば……リリアの婿として、本当に合格だ」
「ご自身の奥様ですよね?」
「うむ。俺も結婚のとき、三日は燃え続けたからなぁ……」
「それ訓練じゃなくて審判ですね!?」
戦闘はまだ続く。戦闘と言うより一方的なモノ。
「ほら、まだまだ行きますわよ、王子様?」
セリーヌの声とともに、空が一気に明るくなる。
それは巨大な、光と炎の複合魔法――『陽炎陣』
視界が揺らぎ、地面が溶けかける。
「こんなの婚約試験のスケールじゃないですってばあああああっ!!」
「さあ――愛と根性、どちらが勝つかしらね?」
最終的に、ウィンセントは全身煤まみれ、髪が若干チリチリになった状態で、
足元ふらつきながらも、真っ直ぐセリーヌの前に立ち尽くしていた。
「……よく……耐えきりましたわね……」
セリーヌが静かに口を開いた。
「ならば――娘を、お願い致します」
「……はい……命がけで、幸せにします……!」
その横で、リリアは手を口元に当てていた。
目には、涙がにじんしまい――義理の母、セリーヌ。彼女は最後まで自分の為を考えてくれた、大切な女性。
「あなたのために、全力で選ぶ」というその言葉が、今も胸を熱くする。
(……こんな母がいて、私、本当に幸せ者ですわね)
最終的に感動してしまったリリアに対し、ウィンセントは「なんか、納得がいかん」と言う顔をしているのだった。
▽
それから数年後――木漏れ日の降り注ぐ小さな森の中。
その奥深くに、ひとつの小さな小屋が建っている。
石造りの暖炉と、木材の温もり。
庭には小さな畑と花壇。柵の外には鶏がのんびり歩いていた。
そこは――元・第一王子と侯爵令嬢の、新しい住まいだった。
「ただいま、リリア。今日は遅くなってごめん。……鹿が三回、罠を抜け出してさ……」
「まあ、それはそれは。おかえりなさいませ、ウィンセント様。……まずは服を脱いでください。洗います」
「は、はい……あの、僕、今日は戦利品が多くてな……このイノシシと、薪と、あと蜂蜜と……」
「ええ、わかりました。じゃあそのまま裏口から風呂場へどうぞ。泥、畳に上がらないでくださいね?」
「……はい」
ウィンセントは、侯爵令嬢だった妻の『きっちり家事管理力』に完全に頭が上がらなかった。
いや、彼は知っていた。
リリアがここまで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのは――彼のことを心から大切にしてくれている証拠だと。
「……まったく、」
リリアは、夫の背中を見送りながら、そっと笑った。
火を灯し、食卓を整え、スープを温める。
慣れなかった家事も、今ではしっかり板についてきた。
彼女の手は、確かに“令嬢”から“妻”へと変わりつつある。
その手が、ふと自分のお腹をさすった。
「……もうすぐ、この子にも会えますわね」
柔らかく膨らんだお腹。
数か月前に妊娠がわかってから、ウィンセントは一層張り切るようになった。
危険な仕事を避け、毎晩帰宅し、手紙を書き、スープを作り――何なら洗濯まで覚え始めている。
「……あんなに、火が苦手だったのに」
ふっと微笑んだその時、玄関のポストに「ぱさっ」と何かが落ちる音がした。
リリアが手を伸ばすと――一通の、分厚い封筒が入っていた。
「……アンジェから?」
封を開けると、例によってハートのシールが大量に貼られた便箋と、そして、その中に挟まれていたもう一枚の書状。
その差出人には――見覚えがあった。
「……ディアス?」
夜。暖炉の前。
帰宅したウィンセントが、紅茶を飲みながらその手紙に目を通し、そしてため息を吐いた。
「ふむふむ……なるほど。例の『真実の愛』とやらは、お金が好きなタイプだったと……」
「ええ、金遣いが荒く、ついにはディアスの家ごと破産。しかも、その彼女は『新しいお金を出す男』を探して出ていったそうですわ」
「ざまぁ……ってやつだな」
ウィンセントは笑いながら、ふと手紙の一文に眉をひそめた。
「……で、そのあと、ディアスはお前を『迎えに行こう』と思った、と」
「ええ。なぜ『捨てたもの』が戻ってくると考えたのか、理解に苦しみますが……」
紅茶を啜りながら、リリアは涼しげに言う。
「でも、門前払いされました。お父様とお義母様によって」
「だろうね」
ウィンセントは、思わず吹き出しそうになった。
「……しかも、なんでも『魔導書の表紙が焦げた』とか、『庭の石像が増えていた』とか書いてあるけど……あれ、お義母さま、直接魔術撃った?」
「ええ、でも『軽めに』だそうですわ」
「……軽め、ね……」
手紙の通りでは、それからディアスは再び門前に現れることはなかったという。
義母セリーヌの『炎の幻影百連射』と、父ロイの『物理的お引取り刀』のセットにより、魂の底から叩き直されたのだろう。
アンジェによれば、現在ディアスは山奥で花の栽培をしているらしい。
畑に『リリア』と書かれた小さな石碑が建っているとかいないとか。
暖炉の炎がぱちぱちと音を立てる中、リリアはそっと呟いた。
「……きっと、ディアスには『真実の愛』ではなく、『真実の代償』が必要だったのでしょうね」
「うまいこと言うなぁ、ほんと……」
隣に座ったウィンセントが、そっとリリアの手に自分の手を重ねた。
「でも、俺は後悔してない。王位を捨てたことも、全部捨てて、君を選んだことも」
「……ふふ、私も後悔しておりませんわ」
静かに寄り添う二人。
リリアの手は、再び自分のお腹をさすった。
「この子に、『幸せってこういうことだよ』って教えてあげたいですわね」
「――ああ。家族って、こういう時間のことだよな」
二人はお互い、顔を見合わせ、笑いあう。
暖かい光が、二人の影を静かに、優しく照らしていた。
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