第五章 勝利!? 必殺の関節技!
「へぇ、この世界にも鬼がいるんだね」
「オニ? なんだそれは?」
「お、言葉がわかるんだね。アタシの世界にもあんたみたいなヤツのお話があるのさ。でかくて角が生えてて、虎柄のパンツを履いていて、っていう。まあ、アンタは違うみたいだが」
ジョーの茶色の皮の腰巻きを見て、キタガワが軽口を叩く。
「アタシの世界、ってことは、オメェどっかの世界から来たのか?」
「ああ」
「可哀想にな……」
「なにがだ?」
「あたりめえだろ」
ジョーがニヤリ、と笑う。
「オメェはそこには帰れねぇ……ここで見世物になって死ぬんだからよぉ!」
「!?」
ガッ!
上からジョーが、下からキタガワがガッチリとロックアップ──両腕を絡ませる。
「ハアアアッ!」
「フウウ……ヌウッ!?」
ジョーが驚きの表情を見せる。自らより小さくかよわい人間にしか見えない女が、怪力自慢の自分の圧力に負けていないのだ。それどころか──
「へん! どうしたんだい! 鬼さんよぉ!」
「ぬ……ぬううう……!」
ジョーが上から思い切り力をかけ、キタガワを押しつぶそうとしても彼女はまったく揺るぐこともなく、逆に下から両腕に思い切り圧力を掛け続ける。
どうしたジョー!
女を押し潰せー!
「ぐ、ググウウウウウウウ!!」
観客の声に応えるように、真っ赤なジョーの顔がさらに朱に染まり──全身に血管が浮きで、汗が身体を濡らすほどに力をいれても──
「ふうううううううう!!」
同じく全身に力を込めたキタガワはビクともしない。
「こ、このやろ……」
ジョーがさらに力を込めようとした、その時だった。
ガシイッ!
「ぬうっ!?」
ジョーの大樹のように太い両腕をキタガワが両腕で下から抱えあげるように固める。〈カンヌキ〉の技である。
「ぐっ……腕がっ……」
「おりゃああああああっ!」
気合一閃──キタガワが身体を後ろに反らせると、テコの原理で──両腕を下からキメられたジョーがそのまま吹き飛んでいく。
「決まった! カンヌキスープレックスだ!」
マネージの歓声! そして──
「うわああああああああっ!」
ドスン!
ジョーの三メートルを超す巨体が壁に叩きつけられ、苦悶の叫びをあげると──
うおおおおおすげぇぜ女―!
何やってんだジョー!
キタガワを称賛する声と、そしてブーイングにも似た罵声があちこちから飛ぶ。
「て、てめぇ……」
「フン! 大したことないねぇ!」
キタガワはあえて余裕めいた笑顔を見せてタンカを切ったが、脳内では──
(……短時間での力比べならなんとか耐えられるが、相手は化け物、おそらくスタミナは恐ろしいほどにあるはず……こりゃ、真正面から付き合ったらやられる……ならっ!)
「くそおおお! 死ねえええっ!」
自らより小さいものに投げられ激昂したジョーが、キタガワの首を吹き飛ばさんと横殴りに拳を叩きつけてくる!
「ハッ!」
「なっ!?」
キタガワはそれを読んでいたのか、素早くしゃがんでそれをかわし、間を置かずに──
「てりゃああっ!」
しゃがんだままの勢いで低く飛び、そしてがら空きのジョーの左膝を両足で思い切り蹴りつける。低空ドロップキックである!
バキィ!
「ぐああああっ!」
キタガワの全体重を乗せたドロップキックが、カウンターのように膝に当たり衝撃が集中し──ジョーがぐらつき、思わず膝をつく。
「ひ、膝があっ!」
「今だっ!!」
ダッ!
キタガワが空に飛び──そして空中でひねりを描いてジョーの後ろにすばやく着地すると、膝に意識がいってがら空きのジョーの右腕に──
「もらったよ!」
「な……っ!?」
全身で捕まえ腕と足で固めると──腹をぐいっと突き出す。
「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!」
アリーナにジョーの叫び声が響く。彼の太い腕は、キタガワの腕ひしぎ十字固めにより──曲がっては行けない方向にぐにゃりと曲げられたのである。
「おらあああっ!」
「ぐ、ぐわああああああっ! いてぇえええええっ!」
「やった! キタガワの……〈カンセツワザ〉だ!」
マネージが嬉しそうに叫ぶ。キタガワの戦い方はこの世界にはないものばかりだったが、一番驚かされたのが「関節技」であった。生物の骨格を知り、それを逆に曲げることにより激痛を与える──それはこの世界にはない思想であったし、それを使いこなすことにより、自らより大きなオーガでもカンヌキスープレックスで投げられ、そして腕を逆十字固めで破壊できるのだった。
「ぐ、ぐあああああああああっ!」
「どうだい! ギブアップ……降参しなっ!」
「う、うああああああああっ!」
ギリギリと締め上げるキタガワの固め技に苦悶の叫びをあげるジョー! そして──
「ぐ、ぐああ、ぐああっ!
ダンダンダン!
苦しみのあまり、思わず開いたほうの手で地面を三回叩く!
その時──
「よっしゃああっ! アタシの勝ちだっ!」
「えっ!?」
──!?
マネージが、観客が一瞬固まる。それまで圧倒的に攻めていたはずのキタガワが、技を外し──そして両腕をあげ、勝ち名乗りをあげたのだ。
続く