第三章 悪徳? プロモーター登場!
翌朝──
「うーん……」
「ん? どうしたマネージ。難しい顔をして……」
宿から出立しようと荷支度していたキタガワが、ベッドに座ったままマジクホンとにらめっこをしているマネージに問いかける。
「いやー、ちょっとねー。えらいもんが来てねぇ」
「えらいもん? なんだ?」
「一千万YENを獲得できるチャンス、って言ったらどうする?」
「よし!」
「うわああっ!」
キタガワの太い腕にひっぱられ、マネージの小さく薄い身体が中に浮く。
「いくぞ! どこにいきゃ手に入るんだ、一千万!」
「あ、いや、その……」
「一割を経費やらアンタに払ったって九百万だ! 目標一億の十分の一だぞ! やらないわけないだろ! なんでもやるぞ! ……人の道に反してなけりゃな!」
「ちょ、ちょっと下ろして!」
「あ、すまん。つい……」
スッ、と床に降ろされたマネージが、急に引っ張られて乱れた髪や服を直しながら、マジクホンをキタガワに差し出す。
「マジッチの個別コメントのところに来たんだけどさ」
「個別コメント?」
「ああ。動画に見た人がコメントをつけてるだろう? それとは別に、管理者である私へのメッセージを送ることもできるんだよ」
「ふーん、そんなの来るんだな。普段はどんな内容なんだ?」
「いやまあ……聞いても愉快にはならないと思うよ」
「そう言われると気になるな。どういうのなんだ?」
「え、ええっと……」
マネージが下を向き、少し戸惑いながら言う。
「君に対する……いやらしい言葉とか……」
「ハッハッハー!!」
それを聞いたキタガワが、豪快に笑い飛ばす。
「こっちは三十二歳の母親だぞ!? そんなやつに欲情するやつなんかいるのかい?」
「あ、ああ。けっこういてね……」
マネージがマジッチの「ショート動画」という部分を検索すると──
〈デカ女のデカ尻ドアップ!〉
〈戦う女の揺れるオッパイ!〉
といった、戦闘中のシーンを切り抜いた短い動画が次々と流れてくる。
「ははぁー……」
「あ、ああ。気にすることはないよ。この手のやつは……」
「ありがたいことだね」
「へ!?」
マネージが目を丸くする。
「い、いいのかい? こんなことをされて?」
「まあ最高! って感じではないね。ただアタシは、あっちの世界でもこっちの世界でも自分の身体を見せもんにしてメシを食ってきたからね。こういうヤツだって、大事なお客さんさ」
「そ、そこまで割り切れるのかね……」
「ああ。アタシは、金の……いや、娘のためなら何でもするってことは、どこにいても変わらないからね」
「じゃあ……話を戻すけど」
マネージが改めて個別コメントのページを開く。
「ここに来たメッセージでね。
〈キタガワさん、いつも楽しく動画を拝見しております! 私、その強さに心酔しておりまして! ぜひ私が経営する戦闘動画サイト「バトルハブ」で、戦いの様子を配信してみませんか!? ギャラは最大一千万YENになる可能性もありますよ〉
……と、書いてあるんだ」
「『バトルハブ』って聞いたことあるか?」
「いや……ないね。だから怪しんでるんだ。少なくとも表立ってやってないところが、一千万YENなんて用意できるのかなって……」
「まあ、話くらいは聞いても大丈夫だろう。どこの街にいけばいいんだ?」
「フィラフィアの街だね。今ここを出れば歩いて二日くらいだけど……うーん、大丈夫かな……なんか怪しいニオいがするよ……」
「そうだな、じゃあ」
キタガワがそれまでの笑顔とは違う、真剣な顔をして──マネージの顔を見る。
「話し合いになったとして、出された飲み物には手をつけるなよ」
「あ、ああ……」
「それくらいしないと、女は自分の身を守れないからね。いくらアタシがこの世界で強くなっていたからって、毒や睡眠薬に抵抗があるかは、わからないからさ」
「……そういう経験、あるの?」
マネージの問いかけに──キタガワは、応えようとはしなかった。
フィラフィアの街──バトルハブ・アリーナに併設された建物の一室。
「なるほど、わかりました」
そう言いながら、マネージが分厚い書類を机の上にバサッと置く。
「このバトルハブ・アリーナで行われていることは……公にはできない、ということですね」
「ホホホ……人聞きの悪いことで」
キタガワとマネージが座った椅子の対面にいる──頭の大半は禿げ上がり、よく太った中年の男が満面の笑みをたたえながら言う。
「公にはできない、のではなく秘密にしているのですよ。マジッチで配信されているような戦いとは違う、過激で、楽しい、ワクワクするような……」
「なんでもありの戦い、と。それがアイマンさんの主催しているバトルハブなのですね」
「そうですな」
アイマン、と呼ばれた男がしたり顔で言う。
「なんでもあり、危険と隣合わせ……その代わりにファイト・マネーははずみましょう。それが今回の契約内容です」
「本当に一千万YENも出るのかい?」
「もちろんでございます。おい!」
パチン。
アイマンがキタガワの質問を待ってましたとばかりに指を鳴らすと、部屋の奥から出てきた若い──肩幅の広い男が大きなカバンを机の上に起き、それをパカリと開ける。
「どうですか?」
「マネージ、どうなんだ?」
「すごい……本当に一千万YENはあるよ。こんな大金、生で見るの始めてだけどね」
「ホホホ、これはまだ序の口。あなたは今回で一試合目なのでこれですが、もし人気が出た場合は……もっと試合ごとのお金を弾みますよ」
「へぇ、稼いでるやつはどんくらいなんだい?」
「最高で一試合五千万YENですね」
「へぇ」
キタガワの目がギラリ、と輝く。
「ならアタシがそうなる可能性もある、ってことだね」
「もちろんです。では……こちらの契約書にサインを」
「……マネージ、一度それは持ち帰ってくれ」
「うん、わかった」
マネージが分厚い書面を片付けるのを見て、アイマンが少し不快な顔をする。
「ここでご契約いただけないのですか?」
「ああ、契約は一晩置くタチでね。すまない。明日返事はするよ。じゃあ」
そう言うとキタガワとマネージは席を立ち、そして──部屋を出ていく。
「……」
その様子を見ていた肩幅の広い男が、多少訝しみながらアイマンに言う。
「よろしいのですか?」
「ホホホ、ずいぶんと用心深いようですからね。頭の足りない連中はカネに目がくらんですぐにサインするものですが、そういった輩とは多少違うようです。ですが……」
アイマンが不敵に笑みを浮かべる。
「契約なんぞで騙そうなどという、細かいことをする必要はありません。どんな形であれ、このバトルハブに参加さえしてもらえれば……それで、私の懐には大金が転がり込むのですから。ホホホホホ……」
アイマンが口に手を当て、気色悪く笑う。彼らが話していたテーブルに残っていたものは──一千万YENが入ったカバンとカネ、そしてまったく手が付けられずに冷め切った、陶器のカップに入ったお茶のみであった。
続く。